怪文書置き場   作:ジャーム先輩

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オーヴァードバトル




五日目① あさひside

研修五日目。

現在あさひは神凪と共に名取市郊外の再開発地区を歩いていた。

 

今は昼を過ぎたばかりの時刻。春に移り始めた時期特有のすっきりとした気温だ。それに相応しく空は晴れ渡っていたが…………気候とは逆に、あさひの心中には重たい雲が漂っていた。

理由は言うまでもない、昨日アネモネに言われた言葉だ。

 

『お前は、お前の大切なモンを失うぜ』

 

刺すような言葉に絶句した。けれど言い返さなかったわけではないのだ。

 

『ッ……ぼ、ボクだって……!』

『あァ、まるでもう失ったみたいな顔してンな。だが足りねェ。それは本当に、お前にとって大切なモンだったのか? 周りの全てが大切、みてェな綺麗事はどうでもいい。それは本当に、命を懸けても守りてェと、そう思える人間だったのか?』

『そ、そんなこと…………』

『勢いが減ったな、図星か。結局そういうことだ。テメエはその、絶対に守りてェって熱意が無ェんだよ。何でUGNに所属してンだ? 誘われたか? 流れか? まァどうでもいい。お前、ここ向いてねェよ』

 

全てを見透かしたような眼差しだった。突き出された言葉の力強さにそれ以上言い返すことができなかった。

一日が経った今でもあさひの耳にはアネモネの言葉が残っている。それがどうにもあさひの頭を悩ませていた。

 

「(駄目だ駄目だ! 今は調査任務中なんだから、しっかりしなきゃ!)」

 

頭を振って耳に残る言葉を振り払おうとする。

あくまで今は研修中なのだ。こんな調子では同行している神凪に迷惑をかけてしまう。

少しでも冷静になるべく、あさひは改めて今朝命じられた調査任務の内容を思い返した。

 

今回の調査地域は名取市郊外、再開発地区。

どうやらその地域に設置されている計測機器が昨夜にレネゲイドの反応を感知したらしい。

レネゲイドの波形はUGNで登録されている者のどれとも一致せず、周囲一帯に未登録のオーヴァードがいる可能性がある。何らかの形跡がないか調査せよ、というのが今回の調査任務だ。

 

既に調査を開始してから二時間ほどが経過している。計測機器が反応を示したエリアを重点的に見回っているが、未だレネゲイドの残滓さえ見つかっていない。

この街の再開発地区は規模が大きく、廃墟になったまま放置されている建物も多くある。

そのため調査も進みづらく、結果としてそれがあさひの集中力を削ぐ一因にもなっていた。

 

「(絶対に守りたいものが無いから強くなろうって気持ちが無い。だから成長が遅い。…………UGNに、向いてない)」

 

そんなことはないと言いたかった。

 

守りたいものならある。

強くなりたいという気持ちもある。

だからボクはUGNにいるんです。そう言おうとして、口に出しかけた言葉が酷く薄っぺらいものに思えた。

 

どうしてだろう。

 

嘘ではないのだ。

守りたいもの。家族。友達。周りの人の平和。玲泉さん。十六夜さん。一緒に戦う人たち。

 

彼らの事をあさひは大切に思っているし、だからこそ強くなろうと思っている。それは決して嘘ではない。

なのにどうして、言葉にしようとするとこんなにも薄っぺらく聞こえるのだろう。

 

「(ボクは…………)」

 

 

トン

足が止まった。腹部に当てられた手があさひの身体を抑えたからだ。

 

 

「神凪さ……」

どうしたのかと尋ねて、言葉が止まる。

隣に立つ神凪は初めて見せる鋭い目で前方を見据えていた。

 

─────オーヴァードが立っていた。

 

二人の前方15メートル程先。張り詰めるようなレネゲイドを発する者がそこにいた。

目深にフードを被っており、その顔は窺えない。微かに見える部分から判断するに、フードの奥には更に仮面を着けているようだった。

 

おそらくは調査対象のオーヴァード。

唐突な邂逅に固まったあさひの思考が、それを認識すると同時に戦闘用の物へ移り変わっていく。

 

「僕たちはUGNです。そちらの所属を聞かせてもらえますか」

 

隣に立つ神凪がそう尋ねた。

何にせよ明らかにするべきは相手の所属だ。FHかギルドか、あるいは他の集団か。万が一ではあるがUGNのエージェントという可能性も無いわけではない。

 

─────ゴウッ!!

 

質問に対する返答は、巨大な火球だった。

正体不明のオーヴァードが右腕を上げ、その上に灼熱の塊が生成される。

腕を振り下ろすと同時。二人に向かって熱の暴力が撃ち出された。

 

「神凪さん、ボクの後ろに!」

 

瞬時にあさひが神凪の前に出る。そしてそのまま両腕を前に突き出した。

ビシリと空間を歪ませてあさひの目前に重力の障壁が形成される。

 

“ピアニッシモ”。《魔笛(まてき)》鳩原あさひが最も得意とする反重力防御。

その効果はいたってシンプルだ。重力を反転し、相手の攻撃を押し退ける障壁を展開する。ただそれだけ。

しかしバロールのピュアブリード、それも超血統(フルブラッド)の適合者が操作する重力はたったそれだけで難攻不落の城壁と化す。現にあさひは今まで対峙した敵のほとんどの攻撃をその障壁で防ぎきってきた。

 

障壁の展開が終わると同時、飛来した炎弾が障壁に着弾する。

あさひはいつものように重力の強度を上げ、それを弾き飛ばす。今までやってきた通りに。今まで通りに…………

 

「………………………………え?」

 

火球が着弾し。障壁とぶつかり。その速度を緩め。

─────ずぶりずぶりと、そのまま侵攻してくる。

 

「な、んで」

 

重力を強める。炎はどんどん侵食してくる。

 

オーヴァード同士の戦闘とは、つまるところレネゲイドの押し合いだ。見かけ上の現象がどうだろうとその本質はあくまでレネゲイドであり、炎が水を食い破ることも、氷が炎を閉ざすことも起こり得る。

 

「と、止まれ。止まれ、止まれ止まれ止まれ!!」

 

重力を強める。炎の侵攻は止まらない。

重力を強める。障壁が食い破られていく。

重力を強める。無理だ、これ以上は上がらない。

 

そして障壁が砕け散った。

 

「──────────あ」

 

ぐん

火球が当たる寸前、体が引っ張られる感覚があった。

気づけばあさひは神凪に抱えられ、先程まで立っていた路地から離れた場所にいた。

 

礼を言う間もなく神凪が指先を向ける。二人の周囲の地面が盛り上がり、牙となって謎のオーヴァードへ襲い掛かった。

 

逃げ場を埋めるように四方八方から飛来する大地を前にして、そのオーヴァードは動かない。

大地の牙が命中する寸前、パキン、とその周囲に分厚い氷の壁が出現した。

そのオーヴァードの後ろからもう一人、同じ格好をした人間が出てくる。

 

「(2人目…………!?)」

 

新たなオーヴァードの出現にあさひが目を見開く。

氷壁の量も展開速度も尋常ではなかった。一人目のオーヴァードと同じく強大な力を持っている。

 

フードの奥の仮面越しに視線がぶつかる。静かな睨み合いと同時に、双方でレネゲイドがぶつかりあっていた。

 

唇を噛み締め、あさひは今の状況に思考を巡らせる。

 

「(2対2、だけど…………あっちの人の攻撃をボクは止められなかった。もう一人はボクと同じ防御寄りの能力? でも、あっちは神凪さんの攻撃を止められてた。こっちはあの火球を止められない。これじゃ…………)」

 

数としては同じ2対2だ。しかし先程の攻防が、彼我にある能力の差を示している。

静かな睨み合いの中であさひは拳を握り締め……先に動いたのはフードのオーヴァード達だった。

 

「「…………………………………………」」

 

彼らの周囲を炎が覆う。

視界が晴れたその先には、彼らはもういなかった。

 

「えっ。…………逃げた…………?」

 

周囲を確かめたがレネゲイドの気配はない。理由はわからないが、あの謎のオーヴァードは本当に撤退したようだった。

 

「どうして……」

「鳩原さん」

 

平坦な声があさひを呼んだ。見れば、厳しい表情をした神凪が先程までオーヴァード達がいた場所に視線を向けている。

 

「調査任務は中断です。今すぐ支部に戻ります」

 

緊張を帯びた声で神凪は告げた。

 

 

「あのレベルのオーヴァードがもし3人以上いたら─────少し、まずいことになります」

 

 

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