暦とリツカの日常風景   作:黒衣旅人

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第4話~「本当の」出会い:暦side~

目を瞑って懐かしい思い出に浸る。

リツカちゃんの声も聞こえないから、多分同じようにあの夏のことを思い出しているんだと思う。

心地よい静寂に雨音が混じり始める。

屋根裏部屋だからその音がよく聞こえるけど、私はこの音も好きで、耳を澄ませて聞き入る。

あれ……雨?

目を開けるとリツカちゃんはさっきまでの私と同じように、目を瞑って微笑んでいた。

そのリツカちゃんの周りに目を配る。

……やぱり傘、持ってないよね。

どうしようって考えてたら階段を上がってくる足音が聞こえてきて、部屋がノックされた。

「あ、良かった。リツカちゃんまだいたわね」

そう言ってドアを開けたのはお母さんだった。

「お邪魔してます、挨拶もせずにすみません」

リツカちゃんが慌ててお母さんの方を振り返る。

「いいのよ。それより今日の夕飯、リツカちゃんも一緒に食べて行ってね。お母さんには電話して伝えてあるから。それから帰りはお父さんに送って行ってもらうから、ゆっくりしていってね」

「え!?いいんですか?ありがとうございます」

リツカちゃんがお母さんにお辞儀をする。

お母さんの突然の話に私はついていけず、目をパチクリさせていた。

「あ、夕飯は7時くらいになるから」

私とリツカちゃんに用件を伝え終えると、お母さんは扉を閉めて階段を下りて行った。

「やったー!まだゆっくりコヨちゃんとお話できるねー」

「う、うん。そうだね」

ちょっと置いてけぼりになってた頭を切り替える。

「雨も振り出したし、リツカちゃん傘持ってないからどうしようって考えてたら一気に解決しちゃった……」

「え、雨?……ホントだ」

雨音に気付いていなかったリツカちゃんが天井を見上げて言う。

「リツカちゃん、気付いてなかったんだ……」

「うん、どっぷりと昔の記憶に浸っちゃってた」

笑いながらリツカちゃんが答える。

やっぱり私と同じだったんだ。

 

【挿絵表示】

 

「あのキャンプ場の後は結構急展開だったよねー」

うん、本当にあの後リツカちゃんと仲良くなるのはすごく早かった。

「そうだね、帰ってすぐに私がお父さんと一緒にリツカちゃんのお家にお呼ばれして」

お父さんと一緒にリツカちゃんのお家にお邪魔したけど、どうもリツカちゃんのお父さんにしてみれば、私のお父さんは恩人のような人だったみたい。

お父さんは否定してたけど、リツカちゃんのお父さんはずっと昔のことのお礼を言っていた。

「で、アタシがコヨちゃんを捕まえて離さないからパパ達が諦めてコヨちゃんだけお泊りすることになって」

正直なところ私もリツカちゃんと離れるのが寂しくて、私も私でリツカちゃんの提案をお父さんに説得していた。

「お父さん達もなんだか仲良くなってて」

そうしたらリツカちゃんのお父さんが間を取り持つように「暦ちゃんのことは明日ちゃんと送りますから」って加勢してくれたんだよね。

「それでアタシ達は一晩中おしゃべりに夢中になって」

人と話すのが得意でない私が、あんなにもおしゃべりしたのはたぶん初めてだったと思う。

キャンプ場で会った時からそうだけど、私はリツカちゃんが悪い人だと思いたくなかったし、全然そう思うことが出来なかった。

リツカちゃんはフレンドリーで自分のこともよく喋るけど、私が何か話した時はちゃんと聞いてくれるし、私にとってすごく心地良い合いの手を入れてくれるから私もすごく話せたんだと思う。

「次の朝にリツカちゃんのお母さんに怒られちゃったね」

リツカちゃんとずっとおしゃべりしてたら時間に気付かなくって、リツカちゃんのお母さんが起きる時間になってたみたいで、様子を見に来たリツカちゃんのお母さんに呆れられちゃった。

今になって思い返しても、昔からリツカちゃんとなら本当に私はいくらでもおしゃべりができる気がする。

「そーそー「またいつでも会えるし電話も出来るでしょ!」ってね」

そこまで話して私とリツカちゃんは同時にクスクスと笑い出した。

そして私達は2年前から今までをもう一度なぞるような雑談を続け、お母さんの呼ぶ声でごはんを食べに2階へ降りていった。

 

 

テーブルには私とリツカちゃんの晩ごはんが並べられていて、お母さんは洗い物をしていた。

お父さんはソファーでテレビを見てるし、どうやら2人は先に晩ごはんを食べてたみたい。

「わー!コヨちゃんのお家のハヤシライスもすごく久しぶりだー!」

リツカちゃんがバンザイをして喜んでる。

テーブルにはハヤシライスにサラダとスープが並んでる。

サラダはリツカちゃんの好きなシーザーサラダをお母さんは作ってくれてた。

お母さんはハヤシライスに私のコーヒーのガラを煮出した物を隠し味に入れるから、ハヤシライスは休日にしか食卓に上がることはほとんどない。

「コヨちゃんのお母さん、ありがとうございます!」

「気にしないで、それより冷めないうちに食べなさい」

「「いただきます」」

テーブルについて2人で一緒に声を出すと、リツカちゃんは早速とばかりにハヤシライスをスプーンで掬っていた。

「ん~っ!やっぱりコヨちゃんちのハヤシライスって美味しいよね!」

一口パクリと食べたリツカちゃんが声をあげる。

「あらあら、ありがとうリツカちゃん。でもこのハヤシライスの隠し味は暦のお手柄なのよ」

お母さんが洗い物を終えてコーヒーカップを2つ持ってテーブルへやって来て、そう言うとお父さんにも声をかけた。

「ハヤシライスの隠し味……ですか?」

「そうよ、ルウを溶かした後に暦のコーヒーを少し入れてあるの、他にも隠し味はあるけどね」

そう言って微笑むお母さん。

それを聞いたリツカちゃんはハヤシライスのルーだけ掬って味を確かめてるけど流石にわからないと思うな。

「う~ん?コーヒーの味なんてしないけどなー?」

「リツカちゃん、コーヒーの味がしたら「隠し味」にならないよ」

と、言うかコーヒー味のするハヤシライスってたぶん美味しくないと思っちゃうな。

「それもそっか」

笑顔に戻ったリツカちゃんを見ながら私もハヤシライスを食べ進める。

「本当に暦はリツカちゃんと仲良くなったな」

お父さんがテーブルへ来て、そんなことを言いながらお母さんからコーヒーカップを受け取る。

「うん。リツカちゃんとお友達になれて本当に良かったって思ってるよ。さっきまでも初めて会ったキャンプのこと思い出したりしてたの」

「ふむ、暦はあのキャンプより前にリツカちゃんに会っていたことは忘れているのか」

「「えっ!?」」

お父さんの予想外な発言に、リツカちゃんと同時に驚いた声を出しちゃった。

私がリツカちゃんとキャンプより前に出会ってた?

……全然思い出せない、いつどこでだろう?

「まあ仕方ないか、暦もリツカちゃんも小さい頃だしな」

「コヨちゃんのお父さん、小さい頃っていつですか!?」

私と同じく覚えがないのか、リツカちゃんがお父さんに質問した。

「うん?私が仕事で知也君のお宅に伺った時だから10年前、2人は5歳か6歳の時だな」

……そんなに小さな頃にリツカちゃんに私は会っていた?

食事の手を止め少し考え込む。

「暦、そのときの話はしてあげるからちゃんと食べなさい」

すぐにお父さんにばれて注意されちゃった。

ひとまず食事を再開してお父さんの言葉に耳を傾ける。

「当時の私が銀行に勤めていたのは暦も覚えてるだろう?」

サラダを食べつつコクコクと頷く。

リツカちゃんもスープを飲みつつお父さんの話に聞き入ってる。

「その頃は融資課にいてね、知也君……リツカちゃんのお父さんから新しい仕事のために融資をして欲しいという話が来たのに対応を任されたのが私なんだよ」

そこまで言うとお父さんはコーヒーを飲んでリツカちゃんの方を向いた。

「リツカちゃんはそのあたりの話をお父さんから何か聞いていないかな?」

「えっと……パパからは「潤也さんは僕の恩人だよ」としか聞いてません」

リツカちゃんの答えにお父さんは苦笑しながら話を続けた。

「それで融資するにあたってその業務内容の詳細を聞くのに合わせて、知也君がどんな人間なのかを見るためにあえて暦を連れて佐伯さんのお宅に伺ったんだよ。業務内容も重要だが、それを取り仕切る人間が信用できないと融資するかの判断をしにくいからな」

そこまで聞いて私の頭に少し記憶が甦った。

「あっ!思い出した!ちっちゃな頃に知らないお家に行ってお母さんが日本人じゃなくて驚いたことあったけど、あれがリツカちゃんのお家だったの?」

……だけどそこでリツカちゃんと会ったことはまだ思い出せない。

「暦は思い出したようだね。そう、それが佐伯さんのお家だよ。……まぁ暦は私の後ろに隠れてばかりだったがな。家族仲も良くて人間性に問題ないと私は判断して、仕事について知也君の考えを聞かせてもらったりしていたんだ。そうして最終的に私が判断した結果、決裁が下りて智也君の仕事に融資が決定したから智也君は私のことを恩人だなんて言ってくれているんだよ。だが私は自分の仕事を全うしただけだから、恩人でもなんでもないと言っているんだがね」

そう言ってお父さんはまた苦笑しながらコーヒーに口をつけた。

「その時に智也君と雑談を終えて、本腰を入れて仕事の話をし始めたときだったかな、リツカちゃんが出てきて暦を連れて庭に遊びに行ったんだよ」

「あーっ!アタシも思い出した!同い年くらいの子がパパ達が話してる後ろで本読んでるの見て我慢できなくなって引っ張って行ったんだ!」

リツカちゃんが立ち上がりそうな勢いで反応する。

リツカちゃんの言葉で私も思い出した。

……あの頃から私は人と話すのは苦手だったのに、無理やり引っ張り出されて駆け回る羽目になったんだった。

……駆け回ってるうちに何回か転んだりしちゃったし。

「2人とも思い出したか。あの頃の暦は人見知りが結構酷かったからリツカちゃんが言ったように、本当に引っ張られて行っていたがな」

「し、仕方ないよぉ……今でも知らない人と話すのはすごく苦手なのに、急にお父さんが真面目な雰囲気で話してる所で知らない子に連れ出されちゃったんだから」

あ、私の反論にリツカちゃんがちょっとしょんぼりしちゃってる。

……でもリツカちゃんには悪いけど、あのときは正直言って私は放っておいて欲しかったな。

「ははは、確かに暦は相当疲れたんだろうな。帰りの車の中ではぐったりしていたからな」

「な、なんかゴメンね。その頃のアタシって結構ワンパクだったみたいだからコヨちゃんを相当疲れさせちゃったと思う」

「も、もう昔のことだし、私もあんまり覚えてないから気にしないで?」

……あと腕白なところはあんまり変わってないと思うよ。でもそのアグレッシブさもリツカちゃんの魅力だと今は思っちゃうけど。

私達の食器を片付けたお母さんが私達のマグカップを持ってテーブルに戻ってきた。

「その話だけ聞いてると今の暦とリツカちゃんの様子が全然想像できないわね」

マグカップにはカフェオレが入っていた。

当然私が淹れた物じゃないからインスタントコーヒーの物だ。

だから私のには砂糖が入っていないけど、リツカちゃんのにはスティック2本分の砂糖が入っているはず。

「ああ、私もあの時の2人を思い出すと今の2人とは同じとは思えないくらいだな。暦はマシになったとはいえ、人見知りの気がまだあるしな」

うう、お父さんの言葉に反論できない。確かに今でも新しい人と喋ったりするのは苦手で自分から声をかけるような事は滅多に無いけど……。

「キャンプの時はリツカちゃんから暦に声をかけてくれたようだが、翌朝から暦はリツカちゃんの事をよく話していたし、そう言った意味でも珍しく思ったものだよ」

「そうね、学校の友達の事も私達が聞かないとあまり話してくれないのに、あの時は暦が朝からリツカちゃんの事ばかり話していたものね」

お父さんとお母さんの言葉に恥ずかしくなって俯いちゃう。

でも確かに言われてみればその通りで、それが余計に恥ずかしく感じちゃう。

「コヨちゃんもそうだったんだ。アタシもキャンプ場でコヨちゃんと会った後は、コヨちゃんのことばっかり考えててパパとママに呆れられちゃったもん」

そう言って笑うリツカちゃん。

……そっか、私だけじゃなくてリツカちゃんもだったんだ。

「じゃあ私達は、やっぱりあのキャンプ場からお友達になったんだね」

「そーだね。昔会ったときはアタシがコヨちゃんで遊んでただけみたいだし」

リツカちゃんと顔を見合わせてクスクスと笑い合う。

「まあ仲が良いのはいいことだ。リツカちゃん、これからも暦のことを頼むよ」

「私からもお願いするわ、リツカちゃん。暦はあまり友達付き合いが上手くないから、これからもよろしくね」

お父さんとお母さんがそんなことを口にする。

「はい!コヨちゃんとはコヨちゃんに嫌がられても大切なお友達です!」

ピシッと手を上げてお父さんとお母さんにハッキリと言い切るリツカちゃん。

「リツカちゃんその宣言はなんだか恥ずかしいよ」

恥ずかしいのは本当だけど、それ以上に嬉しくってつい笑顔になっちゃう。

そうして私達の「本当の」出会いの話を聞いた後は少しみんなで雑談して、お父さんがリツカちゃんを送っていくということでバイバイすることになった。

「本当にリツカちゃんと遊びだしてから暦も変わったわね」

お父さんとリツカちゃんが出て行ってからお母さんがそんなことを言ってきた。

「え?私そんなに変わったかな……?」

「ええ、以前より明るくなったし少しは活発になったわよ」

そうなのかな?自分じゃわからないけどお母さんが言うならそうなんだろう。

……活発になったのは、どちらかというとリツカちゃんが誘ってくれるから一緒に遊びに行ってるだけな気もするけど。

「それじゃあ私は部屋に戻ってるね」

席を立ったときにお母さんが笑っているのが目に入った。

ちょっと照れくさくなってそそくさと自分の部屋へと戻っていく。

自分の部屋に戻って、リツカちゃんの使ってた椅子を部屋の隅へ戻した時にふと本棚が目に入った。

「あっ……!?」

しまった、リツカちゃんに頼まれた本を渡し忘れた!

思い出した私はすぐにスマートフォンでお父さんに電話して戻ってきてもらうようにお願いした。

ハンズフリーで通話したせいか、たぶん助手席に乗っていたリツカちゃんの慌てた声も聞こえたけどお父さんはすぐに戻るって言ってくれた。

ひとまず安心した私はリツカちゃんのリクエストだった2冊に、ついでとばかりに話題に使えそうな、ロバート・サンバーのマザー・グースと数冊の世界史と経済史の本を準備して手提げ鞄に入れてお父さんたちが戻ってくるのを待った。

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