「ありがとうお父さん」
そう言ってお父さんの運転するワゴン車の助手席から降りる。
期末テストも終わって今はテスト休み期間のお昼過ぎ。……もっとも補講がある人は今頃学校で補講を受けているんだろうけど、私は無事に全科目で補講は受けずに済んだ。
そんな中、リツカちゃんからちょっと不思議なお誘いのチャットがあった。
普段みたいに外出のお誘いじゃなくって、久しぶりにリツカちゃんのお家へのお誘いだったんだけど、なんだかリツカちゃんの必死さがチャットの文面から滲み出してた。
だって「アタシを助けると思って来て!」なんて書かれちゃうと、私としては行かないなんて選択肢はなくなっちゃう。
……もっともテスト前には、ホントに「助けて」ってチャットが入ってお勉強会をしたけど。
それに珍しいことに、私にリツカちゃんのお家でコーヒーを淹れてほしいっていうリクエストまでついてきた。
だから私はいつもの愛用の道具と豆を持って行くことにしたら、結構かさばっちゃってちょっとした手提げ鞄を持って行くことになっちゃった。
そうしたらお父さんが雲雀堂にお昼休憩を入れて車を出してくれるって言うから、その言葉に甘えてこうしてリツカちゃんのお家まで送ってもらっちゃった。
「帰りにはまた迎えに来るから電話しなさい」
「うん、わかった。ありがとうお父さん」
そう言って車を発進させるお父さんに手を振って別れると、リツカちゃんのお家のインターフォンを押した。
インターフォンのカメラに向かって待ってると、インターフォンが応答するより先にドアの開く音がしてリツカちゃんが飛び出してきた。
「コヨちゃーん!来てくれてありがとー!」
コーヒー道具の入った鞄を持っていない方の手をリツカちゃんが両手でつかんでブンブンと振る。
「うん、リツカちゃんのお家に来るのも久しぶりだから、私もすごく楽しみだったよ」
満面の笑みでまだ手をブンブンしてるリツカちゃんに私も笑顔で答える。
「でも今日は珍しいね、コーヒーを淹れてほしいなんてお願いされるとは思いもしなかったよ?リツカちゃんのお母さんも紅茶派だよね?」
リツカちゃんのお母さんは英国人でリツカちゃん曰く「気が付けば紅茶を飲んでる」っていうくらい紅茶が好きなはずだ。
偏見だとは思うんだけど、英国の人ってコーヒーが苦手か嫌ってるイメージがあるんだよね。
もともとは近代中世に入ってから欧州の植民地事情と貿易事情で英国だけが紅茶が安くって、他の国はコーヒーが安く手に入ったから、英国だけが紅茶を飲む習慣が根付いたはずだけど。
「うん、もうバリバリの紅茶派だよー。ただ、アタシがちょっと「コヨちゃんコーヒー」の凄さを言ったら興味が湧いちゃったみたい」
……なんだかリツカちゃんの私のコーヒーに対する評価は過大評価な気がする。なんだかんだ言っても私のコーヒーは所詮自分の趣味レベルを超えてないと思うんだけどなぁ。
「そんなことより早くお家に入ろっ!」
そう言ってリツカちゃんは私の手を引いて家の中へと招き入れてくれた。
「お邪魔します」
「いらっしゃい暦ちゃん、久しぶりね」
玄関を入ったホールにはリツカちゃんのお母さんが立っていた。
「ご無沙汰しています、今日はリツカちゃんのお誘いでお邪魔させていただきます」
お辞儀をして挨拶をする。
「ふふっ、暦ちゃんは本当に礼儀正しいわね、リツカにも見習わせたいくらい」
「いえ、そんなことは……リツカちゃんもキチンとしてると私は思います」
うん、リツカちゃんはちょっとアクティブなだけで、決して人に迷惑をかけるような人間じゃないはずだ。
「あら暦ちゃんのお墨付きなら大丈夫かしら?う~ん、私もコヨちゃんって呼ぼうかしら」
「ダメーッ!コヨちゃんのことをコヨちゃんって呼ぶのはアタシだけなのーっ!」
リツカちゃんのお母さんの発言に驚きかけたら、すぐさまリツカちゃんが割り込んできた。
「本当にリツカは暦ちゃんのことが好きなのね。……あら、ごめんなさい玄関で立ち話なんて。どうぞ上がってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
そう言って準備してもらってたスリッパを履いて、リツカちゃんのお母さんについていく。
久しぶりとなるリツカちゃんのお家訪問だけど手土産は持って来てない。
これはお父さんたちが「子供だけでお互いのお家に行くときは手土産を持たせない」ってルールを作ったから、私たちは気兼ねなくお互いのお家にお邪魔することができる。
リビングに入ると壁際のおっきな食器棚にいつも目を奪われちゃう。
食器棚の中にはそれぞれ意匠の違う3種類のティーセットが収まってるんだけど、どれもがカップとソーサーが5つにティーポット、シュガーポット、ミルクポットにティーコゼーやティーマットまできっちりとまるで美術品みたいに飾られてる。私にはそのうちの1つがマイセンだってわかるけど他の2つはわからない。
……マイセンだけわかるのは特徴的なブルーオニオンの柄が陶磁器が昔欧州に伝わった際に、ザクロの絵を当時の絵師さんがザクロを知らずに玉ねぎと勘違いしちゃったからってことが定説だって本で読んだことがあるからだけど。
あ、飾られてるっていうのも間違いだよね。だってリツカちゃんのお家ではこれらの食器を普通に使ってるんだもん。
「コヨちゃんこっちこっちー」
ティーセット達に目を奪われていたらリツカちゃんが奥から手招きしてて、そっちへ行くとキッチンだった。
キッチンにはリツカちゃんのお母さんもいて、なんだか期待するような顔で私のことを見ていた。
……もうこの時点でなんだか予想が付いちゃったんだけど。
「暦ちゃん、早速で申し訳ないんだけど、コーヒーを淹れてくれないかしら?」
リツカちゃんのお母さんが予想通りのことを言ってくる。
「キッチンの道具は自由に使ってくれてかまわないし、必要な物があればリツカに言ってくれればかまわないから、私は見学にまわらせてね」
そう言ってリツカちゃんのお母さんはホントに私の見学をするつもりのようで、キッチンの入り口付近へ移動して交代とばかりにリツカちゃんが私の前に立った。
「じゃあコヨちゃん先生、今日はよろしくお願いしまーす!」
そう言ってぺこりとお辞儀をするリツカちゃん。
私は内心ドキドキしながら持ってきた道具をキッチンの上に広げていく。
……なんだろう、いつものことのはずなのになんだかテストを受けてるみたいですごく緊張しちゃう。だけど私はいつも通り、私にできる限りの美味しいコーヒーを淹れればいいんだよね。
「あ、コーヒーの粉とかガラでシンクを汚しちゃいますけど大丈夫でしょうか……?」
これは確認しておかなくっちゃ。コーヒーの粉や豆からは結構な油分が出ちゃうから、たぶん紅茶を淹れるときなんかよりも汚すことになっちゃう。
「ええ、かまわないわ。こっちからお願いしてるんですもの、自分の家で淹れるように気にしないで使ってちょうだい」
「はい、ありがとうございます」
リツカちゃんのお母さんにお辞儀をして、広げた道具の準備に取り掛かる。お湯を沸かすのは道具のチェックが終わってからで大丈夫だよね。
まずはフレンチプレスのメッシュ類をいったん取り外して問題ないことを確認して、続いて持ってくる前に掃除して分解していたコーヒーミルを組み立てる。
臼の突出量を見てある程度のあたりを付けたら豆を2粒取り出して試し挽きをする。
……ちょっと細かすぎるかな、あと6メモリくらい荒くした方がいいかな?
取っ手を外しコーヒーミルの調整ダイアルを回して、取っ手を戻したらまた2粒の豆で試し挽きをする。
……うん、いい感じ。だけどあと1メモリ戻した方がいいかも。
再び取っ手を取り外して調整したらまた試し挽きをする。
今度は納得できる粗さに挽けたから次の準備へと移る。
IHコンロの上にあるお薬缶に水を張ってお湯を沸かしつつ、振り返って興味深そうに私の作業を見ていたリツカちゃんに尋ねる。
「リツカちゃん、ちょっと目の細かいザルか篩ってあるかな?」
「え?あー、うん。ちょっと待ってね」
リツカちゃんがキッチンの戸棚を開けていくつかの道具を出してくれる。
目の粗さを見てザルのひとつを選ぶ。
「ありがとうリツカちゃん、コレ借りるね?」
「はーい」
そう答えたリツカちゃんが他の物を片付けてくれる。
その間に豆を20gずつ2回にに分けて挽いていき、ザルで余計な微粉を落としたらフレンチプレスに入れて、沸騰したお湯を少し冷ましてから一気に注ぐ。
豆がキチンとお湯を吸って膨らんだことを確認してプレスヘッドをセットし、腕時計を見て蒸らし時間を計る。
「う~ん、こうやってコヨちゃんが「コヨちゃんコーヒー」を淹れるのって初めて見るけどすごく慣れてるねー」
後ろで私を見てたリツカちゃんがそんなことを口にする。
「慣れてるのかなぁ?確かに自分で淹れることは多いけど……」
言われてちょっと考える。
自分で淹れるようになったのは中学校に入るちょっと前からだからざっと3年半前で、最初のうちは何回も失敗しちゃったから淹れ直すことも多かったけど、半年くらいしたらコツをつかめるようになってきて、それからは月に10回くらいになってるから自分で淹れた回数はたぶん450回くらいかな?
……そうやって考えてみると確かに十分「慣れる」位の回数は自分で淹れちゃってるのかも。
でも、自分で納得できるようになったのは中学2年生になったころだったかなぁ?
ちょっと考え込みそうになったけど、腕時計に目をやると蒸らし時間の終わりが近づいていた。
時間になったらゆっくりと一定の速度になるように慎重にプレスを押し下げて、微粉が落ち着くまでまた1分ほど時間を置く。
「あ、リツカちゃん。コーヒーはどのカップに入れたらいいの?」
ほぼ完成となったコーヒーを前に、注ぐ先を準備するのを忘れてたことを思い出した。
「あ、ゴメン。今カップ出してくるね」
リツカちゃんが戸棚からイラストの描かれたマグカップを3つ、お盆に載せて出してくれたからそれに同量になるように注いでいく。
……良かった、もしあのティーカップを出されちゃったら畏れ多くて入れるのにためらっちゃうところだった。
「お待たせしました。コーヒーを淹れましたけど、どうしたらいいですか?」
キッチンの入り口で私たちを見ていたリツカちゃんのお母さんに声をかける。
「ありがとう暦ちゃん。じゃあリツカが太鼓判を押してるコーヒーをいただきましょう。あ、何かオススメのお菓子とかあるかしら?」
「えっと……ミルクチョコレートかビスケットがあれば合うと思います」
やや甘い目のお菓子を提案する。これだったらコーヒーにも合うし、コーヒーが苦かったとしてもお菓子で中和することができる。
「わかったわ、それじゃお菓子を出すからテーブルで待っててもらえるかしら」
「はい、わかりました」
そう言ってお盆を持つとリツカちゃんがテーブルへ案内してくれた。
「えへへ~、なんかアタシの家で「コヨちゃんコーヒー」を飲むってすっごく新鮮!」
リツカちゃんが笑顔で言ってくれるんだけど、私はリツカちゃんのお母さんがどう反応するかが不安で緊張しちゃってるんだよね。
テーブルにカップを配膳して椅子に座ると、リツカちゃんのお母さんがバスケットに個別梱包されたひと口サイズのチョコとビスケットを入れて持ってきてくれた。
「じゃあいただきまーす!……うん!これこれ!やっぱ「コヨちゃんコーヒー」は最高だって思うな」
真っ先にコーヒーに口をつけたリツカちゃんが笑顔をこっちに向けてくれる。
私もコーヒーに口をつけて、味におかしなところはないと思ったけど、どうしてもリツカちゃんのお母さんが気になって、そっちを見ちゃう。
「あの……お口に合えば良いのですが……」
リツカちゃんのお母さんは、カップを手にまず香りを確かめてからコーヒーを口にした。
そしてそのまま無言でビスケットを1つ取ってビニールを開けると半分ほどかじって、再度コーヒーを口にしてから残りのビスケットも食べて目を瞑った。
やっぱり気に入ってもらえなかったのかな……。
そう思ってちょっと落胆しそうになったときに、リツカちゃんのお母さんがしっかりとこっちを向いたから私もカップを置いて向き直る。
「暦ちゃん、貴女凄いわね。正直、リツカの贔屓目だと思っていたんだけど、飲んでみてリツカの言葉が正しいと思ったわ」
そう言って笑顔になってまたコーヒーを口にするリツカちゃんのお母さん。
「ね?ママもわかったでしょ?いかに「コヨちゃんコーヒー」が美味しいか」
そう言って自分のことのように喜んでくれるリツカちゃんを横目に、私は満足してもらえたみたいでやっと緊張が少し解けた。
「ええ、このコーヒーは本当に美味しいと思うわ。……暦ちゃん、貴女ならバリスタを目指せるんじゃないかしら?」
そんなリツカちゃんのお母さんの言葉に再度手に取っていたカップを落としそうになっちゃった。
「ママー、それ先月アタシがコヨちゃんに言ったコトと一緒だよ」
「あら、そうなの?でも本当に今の歳でこれだけのコーヒーを淹れられるなら十分に素質はあると私も思うわ」
確かにリツカちゃんにも言われたけど、リツカちゃんのお母さんに真面目に言われて私はアワアワすることしかできなかった。
「も~、コヨちゃん慌てすぎー。アタシのコーヒー嫌いを直してくれたんだから「コヨちゃんコーヒー」にはそれだけのパワーがやっぱりあるんだって!」
パニック寸前の私にリツカちゃんがそんなことを言ってくれた。
「そうね。このコーヒーを飲んだらリツカがコーヒー嫌いを克服できたのも頷けるわ」
「そーだよ。あのキャンプで初めて飲んだときは同じコーヒーだって思えなかったもん」
「そうでしょうね、私もこのコーヒーなら6ユーロでも飲むんじゃないかしら」
えっ!?……えっと1ユーロがだいたい165円だから6ユーロってことは約千円!?
日本って喫茶店のコーヒーの値段が高い方だけど千円のコーヒーなんて東京にある凄く有名な喫茶店とか高級ホテルのラウンジで飲むコーヒーとかになっちゃうよ!?
「あ、あの流石に6ユーロなんて価値はないと思うんですけど……」
つい怖くなって口を挟んじゃう。
「いいえ、暦ちゃん。英国のカフェでコーヒーを飲むとだいたい2ユーロくらいだけど、貴女のコーヒーは5ユーロを超えるプレミアムコーヒーに引けを取らない美味しさよ?暦ちゃんはキチンとした豆を使っているでしょうから、実際プレミアムコーヒーを今いただいたようなものですもの。……まぁ私にはコーヒーの銘柄まではわからないけれど」
「で、でも私なんて自分の趣味で淹れてるだけですから、そんなプロの人が入れるようなコーヒーと比較するのはちょっと……」
ビクビクと言葉を返す私にリツカちゃんのお母さんは、今度はチョコと一緒にコーヒーを飲みながら笑顔を向けてくれる。
「趣味だから尚更かもしれないわね。あれだけ丁寧にプレスコーヒーを淹れるお店なんてまずないもの。お店だと一定の品質が求められるから、どうしてもプレスは避けてサイフォンかネルドリップでしょうからね。とにかく私は暦ちゃんのコーヒーにはそれだけの価値があるって思ったのよ」
すると目の前のリツカちゃんも目を大きく開いて驚いてた。
「うわ~……コーヒーは普段飲まないし、飲んでも辛口採点しかしないママがベタ褒めしてる……」
「あの……リツカちゃん?だからって、またバリスタ云々はやめてね?」
なんだかリツカちゃんが再燃しそうだったので先手を打ってブレーキをかけると、リツカちゃんはやっぱり言おうとしてたのか頬を膨らませてジト目で私のことを見てきた。
……うん、バリスタに憧れはするけど流石にできないと思うから勘弁してほしいな。
そうして満足してもらえたことの安心感と、褒められすぎることへの羞恥心がまぜこぜになったままおしゃべりしてるとあっという間に時間が経っちゃった。
「あら?もうこんな時間なのね。じゃあお返しにとっておきのアフタヌーン・ティーを暦ちゃんに楽しんでもらおうかしら」
リツカちゃんのお母さんが時計を見てからそんなことを言って立ち上がるから、カップとバスケットを片付けるのを手伝おうとしたらリツカちゃんに止められた。
「コヨちゃん、ここからは完全にママに任せた方がいいからアタシ達はちょっと離れよ?」
リツカちゃんの言葉にハテナマークを浮かべながら、席を立つリツカちゃんを追ってリツカちゃんの部屋へと入る。
私の部屋と違って白を基調としたおしゃれなお部屋。
「んー!なんだかコヨちゃんが部屋に来てくれるのも久しぶりだねー!……って、そりゃあいっつもアタシがコヨちゃんの部屋にお邪魔しちゃってるせいか」
笑いながら部屋に置いてあるクッションに座るリツカちゃん。
私もテーブルを挟んで同じようにクッションに腰を下ろす。
「やっぱりいつ来てもリツカちゃんのお部屋ってオシャレだよね」
「そーかなー?でもコヨちゃんにそう言ってもらえると片づけをがんばった甲斐があったかなー」
そう言って部屋の奥にあるクローゼットの方へ目を逸らすリツカちゃん。
……今あのクローゼットを開けたらどうなってるんだろう?
「いやー、でも今日はゴメンねー。ホントは普通にお茶に誘おうと思ってたんだけど、ちょっとした手違いと言うかなんと言うかでおっきな2つのイベントになっちゃった」
リツカちゃんが頬を掻きながら頭を下げる。
「どういうこと?」
リツカちゃんが頭を下げる理由がわからなくって聞き返す。
「1つはアタシがまたコヨちゃんに勉強教わったのがバレちゃってねー……」
「え?この前のお勉強会は秘密だったの?」
「うん。だけどコヨちゃんに教わった科目だけ点数が結構良かったせいで、ママにすぐ見抜かれちゃって「暦ちゃんにちゃんとお礼をしないといけないからアフタヌーン・ティーに招待しましょう」ってママが本気出しちゃってさ、だからコヨちゃんが来てくれないとアタシがピンチになるトコだったから」
……なるほど。だから「助けると思って」って誘われたんだ。
「2つ目はテスト明けにパパとママと喫茶店に行くことがあってさ、そこでアタシが「コヨちゃんの淹れてくれるコーヒーはこんなもんじゃないし、飲めば絶対アタシの言ってることがわかる」なんて言っちゃったもんだからママが「じゃあ家に招待するときに淹れてもらえないか」って言い出しちゃってさ……」
そういうことだったんだ。……やっぱりリツカちゃんは私のコーヒーを過大評価してると思うな。それよりも喫茶店でそんな話はしないでほしいと言うかなんと言うか……。
「それでただのお茶会の予定が「コヨちゃんコーヒー」のお披露目会とママの本気のアフタヌーン・ティーになっちゃったの、ごめんねコヨちゃん」
「ううん、ちょっとビックリしちゃったけど、リツカちゃんのお母さんにも満足してもらえたみたいだし私は気にしてないよ?」
「あーん、ありがとーコヨちゃーん!」
そう言ってテーブルの向こうからこっちに体ごと乗り出して私の両手をにぎるリツカちゃん。
振られたポニーテールがテーブルの上に広がって、両手をこっちに伸ばしてるリツカちゃんの姿と相まってちょっとホラーみたいな光景になっちゃってるけど気にしたらダメだよね。
「でもリツカちゃんが予定してたとおり、この後はお茶会だよね?」
私の言葉にリツカちゃんは体を起こしてなんだか微妙な表情で首を横に振った。
「ママがわざわざ「アフタヌーン・ティー」って言って人を招待するときは結構本気でさ、英国の伝統的な作法にかなり近いの。気になってネットで同じようなメニュー調べたら1人5千円くらいする感じ」
「ええっ!?そんなのなんだか悪いよ!」
慌てて声を出したけどリツカちゃんは今度は微妙な笑顔で口を開いた。
「コヨちゃん、ああなったママを止めるのはアタシには無理だから諦めて?」
あわわわ、なんだか大変なことになっちゃってる気がする……。
「でもコヨちゃんにはいっつもアタシがお世話になってるから、何もしなくてもそのうちママはコヨちゃんを招待したと思うよ?」
「そんな、私こそいつもリツカちゃんのお世話になってるのに……」
「そんなことないよー。基本的にアタシのワガママにコヨちゃんを付き合わせるか、この間のテスト前みたいにコヨちゃんのお世話になってるかのどっちかだと思うよ?」
「でも私はリツカちゃんがお友達でいてくれるだけで十分すぎるんだけど……」
そう、私が「お友達」って言えるのはリツカちゃんくらいなものだ。クラスメイトのみんなはどうしても友達というより「知人」と言った方がしっくり来ちゃう。
「えー?アタシなんか迷惑かけてばっかりだと思うけどなぁ」
「そんなことないよ?私なんかのお友達でいてくれるってだけでホントに嬉しいから……」
「ん~……前からずっと思ってたんだけどさー。コヨちゃん自己評価低すぎるよ?」
「ふぇっ!?」
リツカちゃんの思わぬ発言に変な声が出ちゃった。
「だってコヨちゃん凄く優しいし。今でもテスト前とかクラスメイトにノート貸してあげたりしてるでしょ?落書きされたり破られたりしたことあったのに」
「う、うん……。でも、それは私が断れないだけだから……」
「アタシだったら、そんなことがあったら絶対もうその子たちと付き合わないよ?」
「で、でも一緒のクラスの子だし……」
「そういうトコがコヨちゃんの優しさだと思うなー。面倒見がいいってのもあるよね、アタシのテスト勉強にも付き合ってくれるし。それにコヨちゃん凄くかわいいし」
「そんなことないよ、リツカちゃんの方がすごくかわいいよ?」
「ん~……アタシとは違って「清楚」って感じですごくかわいいよ?たぶんコヨちゃん狙ってる男子絶対いると思うもん」
「男の子はちょっと苦手だから、それは私には全然わからないけど……」
「普段お昼とかコヨちゃんどうしてるの?」
「えっと、だいたい1人で図書準備室に逃げ込んじゃってるかな……」
「あ~……高校になってもそっかー。でもアタシと出かけたときとかコヨちゃん見てる男子、結構いるんだよ?」
「それはリツカちゃんを見てるんじゃないかなぁ……」
「ううん、違うって断言できるね。アタシは自分が見られてるかどうか気にしてるから、アタシじゃなくてコヨちゃんを見てるってのもわかるもん」
「そ、そうなの?」
「そーです!だからコヨちゃんはかわいいの。それに頭もいいしさー」
「それは人と話すのが苦手だから本をたくさん読んだりしてるせいで……」
「でもそれをちゃんと覚えてるし、テストの時はキチンと要点を抑えてて学年上位にいつもいるでしょ?」
「それはそうだけど……」
「それに学校の違うアタシに勉強教えて得点アップさせてるんだよ?言っちゃアレだけどアタシはコヨちゃんって家庭教師がいないとホント平均点くらいしか取れないんだから。……だから今回のテストでコヨちゃんに勉強教わったのがママにすぐバレちゃった訳だし」
「アレはリツカちゃんのノートから、先生の重視してる所を教科書とすり合わせて確認してるだけだから……」
「そーいうことができるってのが頭がいいってことだと思うなー。アタシはできないもんね」
「……リツカちゃん、ソレは自慢するところじゃないよ?」
「いーんです!コヨちゃんの頭がいいことの証拠だから!たぶんだけどアタシはコヨちゃんがどれだけネガティブなこと言っても反論する自信あるよ?」
そう言って胸を張るリツカちゃん。
本当になんでこんなステキな子が私のお友達でいてくれるんだろう。
……でもなんだかすごく恥ずかしいこと言われちゃってたし、ちょっとくらい意地悪言っても良いよね?
「……私、すごく運動音痴だよ?」
あ、胸を張ったポーズのままリツカちゃんが固まっちゃった。なんだか必死に考えてるみたいだけど、流石にこの事実はどうにも言い換えられないよね。
「えーと……あ~……ん~…………それは、ほら「個性」の一部だし?」
目を泳がせながら必死に答えるリツカちゃんがおかしくてちょっと噴き出しちゃった。
「あっ!?コヨちゃんわざと言ったなー!?」
腕を腰に当てて「怒ってます」ってアピールしながらリツカちゃんが言う。
リツカちゃんに謝りつつ、その後は他愛もないおしゃべりを続けた。
……でも私の自己評価ってそんなに低いのかな?リツカちゃんはああ言ってくれたけど本当は違うと思うんだけど。