「あのカップ、コヨちゃん普段から使ってくれてるんだ……」
部屋に独りになると、アタシの口からつい呟きがもれた。
コヨちゃんが持っていったマグカップ、あれはアタシがコヨちゃんの家に遊びに来るようになった初めの頃に、一緒に買いに行った物だ。
あの頃のコヨちゃんはアウトドア用の金属製のカップを使っていて、アタシには「お客様用」って感じのお洒落なコーヒーカップを出してくれてた。
それがなんとなく居心地悪くって、アタシがワガママ言ったんだ。
だから、正しくはアタシがコヨちゃんを連れ出して買いに行った物。
ティーセットなら良いお店に心当たりがあったけど、コーヒーカップだと何が良いのかわからなくて2人でちょっと離れたモールへ出かけて……ううん、アタシがコヨちゃんをモールまで付き合せちゃってお店めぐりしたんだ。
あの時は人混みが苦手なコヨちゃんを引っ張って何件もお店をまわったっけ。
途中で休憩に入ったカフェで、コヨちゃんがカフェオレを頼んでたのをあの時は不思議に思ったけど、今だとたぶんあのお店のコーヒーの味に予想が付いてて避けたんだろうなって思う。
それで、確かモールではコレって物を見つけられなくて、アタシがコヨちゃんに謝りながら帰ってたら、道を間違えちゃってマップアプリで元の道に戻る途中でコヨちゃんが素敵なお店見つけてくれたんだ。
……アタシはスマホばっかり見て、周りを見てなくって気付けなかったんだよね。
そこで買った同じデザインで色違いのマグカップ。
その1つをアタシ用にお家に置いてもらってて、今はそのカップを使ってもらってる。
トントンとコヨちゃんが階段を上がってくる足音が聞こえたから、椅子から立ち上がってドアを開ける。
「やっぱりコヨちゃんの足音だった」
ドアから顔を出したアタシの目に、両手に色違いのマグカップを持って階段を上がってくるコヨちゃんが映る。
「お待たせリツカちゃん、たぶん美味しく淹れられたと思うよ」
スリッパから靴に履き替えながら、コヨちゃんがアタシにペールブルーのマグカップを渡してくれる。
ちなみにコヨちゃんのはペールイエローで、2人で自分に似合いそうな色を買って、その場でアタシが「プレゼント交換しよ!」って言い出して交換したから、コレはコヨちゃんカラーってことになる。コヨちゃんは凄く恥ずかしそうにしてたけど。
「わ~い!コヨちゃんのコーヒーだー!」
すごく楽しみにしてた「コヨちゃんコーヒー」が嬉しくてちょっとはしゃいじゃう。
だってアタシが飲みたいって思えるのはこのコーヒーだけだから。
アタシはピョンと椅子に戻り、ちょっと久しぶりの「コヨちゃんコーヒー」を口にする。
同じようにアタシの対面の椅子に戻ったコヨちゃんもコーヒーに口をつける。
「これこれ!やっぱコーヒーはコヨちゃんのしか飲めないよー!」
紅茶とは全く違うけど、すごく芳醇な香りが鼻に抜けて、どこか甘みを感じさせる苦みって不思議な味、そしてほんのちょっとの酸味が舌の上に広がっていく。
「コーヒーショップのコーヒーってなんだか「コーヒー味」って感じなんだよね。喫茶店でもコヨちゃんのコーヒーほど美味しいと思ったこと無かったし」
大好きな味を堪能しながら、ちょっとした疑問を口にする。
「う~ん。それは仕方無いんじゃないかな、今日リツカちゃんが飲んできたのみたいなのだと、コーヒーが前面に出すぎないように調整されたコーヒーを使ってたりするし、喫茶店でもこだわってる所じゃないと豆から挽くんじゃなくて、挽いたコーヒー粉で仕入れてるから……」
するとコヨちゃんはちょっと思案気な顔をして答えてくれた。
「え~、じゃあ外で飲むときは何に注意したらいいの?アタシ豆とかの種類も全然知らないしさー」
「えっと……一番簡単なのは一杯一杯ちゃんとドリップしてくれるお店だと大ハズレはないと思うよ。でも、ペーパードリップだと平坦な味になりやすいから当たりも少ないけど……」
アタシのワガママな質問にやっぱり思案顔のコヨちゃんが答えてくれる。
「ふ~ん……ねぇ「ペーパードリップだと」ってコヨちゃん言ったけど、コーヒー淹れるのに他にも方法あるの?」
「……うん、他にも何種類かあるけど一番多いのはペーパードリップだよ、コーヒーメーカーもほとんどの機種はペーパー式になってるし」
思案顔のままコヨちゃんの目線がちょっと天井に動いた。
コヨちゃんがこういう顔をするときはだいたい、たくさん話したいことを簡潔にまとめてくれている時だ。
「へー、そうなんだ!コヨちゃんもペーパードリップしてるの?」
だから、アタシはコヨちゃんの話がもっと聞きたくて質問を追加した。
「う、ううん、違うよ」
「じゃあこの「コヨちゃんコーヒー」ってどうやって淹れてるの?アタシがブラックで砂糖も入れずに飲めるのって「コヨちゃんコーヒー」くらいだから教えてよー!」
我慢してるっぽい……というかちょっとウズウズしてるコヨちゃんに追撃を仕掛ける。
「……リツカちゃん、話すと長くなっちゃうよ?それでも良い?もし、途中で飽きたらちゃんと言ってね?」
「わかったー!じゃあコヨちゃん先生、お願いしまーす!」
やった!コヨちゃんもノッて来てくれた!
「えっとね、まず抽出方法なんだけど、大きく分けて6種類あるの。さっき言ったペーパードリップ、それからネルドリップ、金属フィルター式、サイフォン式、あとはパーコレータにフレンチプレス。フレンチプレスはコーヒープレスとも言って、私が淹れてるのはこの方法なの。あ、エスプレッソはそもそも全く違う手順だからこの話とは別ね」
「へー!6種類もあるんだ!紅茶より多いな~。でも、コヨちゃんはなんでそのフレンチプレスって方法で淹れてるの?」
ネルドリップ?とか知らない単語が出てきたり、エスプレッソが普通のコーヒーじゃないって驚きもあるけど、アタシが聞きたいのはやっぱりコヨちゃんの淹れ方だ。
「フレンチプレスって言うのはね、前にリツカちゃんに教えて貰った紅茶のティープレスとほぼ同じ方法って考えてくれたらいいよ。この方法だといろんな成分が吸着されることなく抽出できるから」
ホント、好きなこと話してる時のコヨちゃんっていい笑顔するよねー。
普段からこんな笑顔だったら、周りが放っておかないだろうな。
……あ、でもそうしたらアタシがコヨちゃんを独占できなくなっちゃうからイヤかな?
そう考えちゃうアタシって、やっぱりかなりワガママなんだろうな。
「成分が吸着されるってどういうこと?」
「うん、例えばペーパードリップだと、油分なんかを吸着しやすくて香りが薄くなっちゃったりするの」
「ふ~ん、アロマオイルが拭き取られちゃうみたいな感じかな?」
「イメージはそんな感じかな?それで、フレンチプレスだと金属しかコーヒーに触れないから、上手にできるとコーヒー豆本来の味や香りを出し切れるの。でも、どうしても豆の微粉が残っちゃうから舌触りが悪くなったりもしやすいんだけど……」
コヨちゃんの説明に疑問が浮かび、手元のコーヒーに再び口をつける。
……やっぱり変な舌触りなんてしない。
「でも、コヨちゃんのコーヒー、そんなの全然気にならないけどどうして?」
滑らかに舌の上をコーヒーが滑っていくし、口の中に変な物が残るような感触もない。
「それはね、挽いた豆を一度篩いにかけて余計な微粉を落としてるのと、抽出時間を少しだけ短めにして、なるべくゆっくりプレスを押し下げて、中で微粉が舞わないように注意して、押し込み終えた後で、どうしても残っちゃった微粉が沈殿する時間を置いてるの。だから淹れてくるのに時間がかかっちゃうの、ごめんね。ペーパーとかだともっと早く淹れてこれるんだけど……」
あ、これはコヨちゃんがネガティブになってきてる。
ネガティブになったコヨちゃんはとっても頑固で面倒くさくなる。
でも、それ以上にアタシがネガティブなコヨちゃんを見たくない!
「ううん、そんなの気にしない!だって、そうしたらこの「コヨちゃんコーヒー」とは違う味になっちゃうってことでしょ?」
「今はコーヒーメーカーとかも、金属フィルター式で美味しく淹れられる物があるみたいだから、同じ豆を使えばそんなに大きくは違わない味が出せるんだと思うよ……」
ダメだ、まだネガティブモードが抜けてない。
こうなったらちょっと荒治療しちゃおう!
「だめー!」
大きく声を上げる。
……アタシ自身にもちょっと予想外に大きな声だったけど。
だけど驚いたコヨちゃんがビクッてなってアタシを見ている。
どうやらリセットできたみたい。
「だってそうしたら、アタシがその味の違いに気付けるかわかんないけど「コヨちゃんコーヒー」じゃなくなっちゃうってことでしょ?アタシはコヨちゃんが淹れてくれたコーヒーで初めて「本当のコーヒー」を教えて貰ったんだから、コヨちゃんが自分で選んで淹れてくれる「コヨちゃんコーヒー」じゃなきゃヤダ!」
これはアタシの本当の気持ちだ、他に美味しいコーヒーを知っても、たぶん「コヨちゃんコーヒー」が一番好きだと思う。
「リツカちゃん……」
あれ、今度はなんだかコヨちゃんが泣きそうになってる?
「時間がかかるってコヨちゃん言ったけど、紅茶だってちゃんとした手順で淹れようとしたら、食器の温度管理とか茶葉に注ぐお湯を沸騰させたまま空気含をませて、その後茶葉が開くの待ったりしてもっと時間かかるんだよ?それにさ、アタシ達が冬によく作ってるココアだって、ちょっとずつ牛乳を足して練りながら味を調えて作るから同じように時間かかってるよ?」
コヨちゃんの気持ちを切り替えるために言ったことだけど、紅茶は本気で入れようとすると本当に面倒だ、だって英国王立化学協会がわざわざ正式な手順の報告を発表するくらいだから。
って、あれ?なんだかまたコヨちゃんからネガティブな気配がする。
あ!たぶんココアは一緒に作るから、コーヒーだとアタシを待たせたって考えがぶり返してるんだ!?
「またコヨちゃんが遊びに来てくれたら、アタシも本気で紅茶淹れてあげるから!……でも、その時は今日のコヨちゃんよりもっと長い時間待たせちゃうからね」
……うん、その時はアタシも本気で淹れてみよう。「コヨちゃんコーヒー」に負けない「リツカティー」を淹れられるように。
そのためにも、久しぶりにコヨちゃんが遊びに来て欲しーな……。
え?あれ?なんかまたコヨちゃんが泣きそうになってる!今度はなんで!?
「でもさー、コヨちゃん淹れ方だけじゃなくて豆もちゃんと選んでるでしょ?じゃないとアタシが砂糖もミルクもなしでコーヒー飲めるようになるなんて思えないもん」
「え?あ、えっと……うん、隣の駅にあるお店で色々試させてもらって、ケニアAAって豆をシティローストにしてもらってるの」
よ、よしリセット成功。……成功、だよね?
でも隣の駅まで自分で買いに行ってるんだ!?
こういう時のコヨちゃんって行動力あるって思うなー。
「通販とかじゃなくて、わざわざそんなトコまで買いに行ってるの!?」
「う、うん。その時の生の豆の状態をちゃんと見てから選んで焙煎してもらうから……」
「ふえ~、そんなことまで気にして買ってるんだぁ」
あ、行動力だけじゃなくて信念?拘り?もやっぱりすごいんだ……。
「えー……。と、言うことは、コヨちゃん先生は「自分で納得のいく豆を買って来て」「自分が納得出来る淹れ方で」淹れることで「コヨちゃんコーヒー」が完成してるってことかぁ……拘りだねぇ」
「なんだかそう言われると恥ずかしいけど、そう……だね」
そう言ってはにかむコヨちゃんを見つめながら、それだけの熱意が込められたコーヒーだからこそ、アタシも好きになれたんだろうなって思う。
「コヨちゃんさー、バリスタ目指しちゃえば?」
それだけ好きで熱中できるコヨちゃんを見ていると、そんなことを口にしていた。
……でもアタシとしては、結構アリなんじゃないかなって思っちゃう。
「へっ!?…………えーっ!?無理無理、無理だよそんなの」
一瞬ポカンとしたコヨちゃんが真っ赤になってブンブン首を振る。
「あはは、コヨちゃん慌てすぎー。アタシ達なんてまだ学生なんだからさー、未来はいくらでもあるし、そのひとつにバリスタのコヨちゃんがあっても悪くないとリツカさんは思うわけですよ」
「そ、そうかもしれないけど……」
コヨちゃんの慌てっぷりが可愛くて、ついつい笑顔になっちゃう。
あ!?でもダメだ!いいアイディアのつもりだったけど、致命的な問題に気づいちゃった!!
「あっ!?でもコヨちゃんがバリスタになっちゃったら絶対人気出そうだし、アタシが「コヨちゃんコーヒー」飲めなくなっちゃうからやっぱりダメーッ!」
「あははっ、リツカちゃん気が早すぎるよ。それにさっきリツカちゃんが言ったみたいに私達の未来は無数にあって、そのどの未来になるかなんてまだわからないよ」
慌てて言葉を翻すアタシに、コヨちゃんは優しい笑顔で言葉を返してくれた。
それに安心したのか、またアタシも笑顔になっちゃう。
でもアタシが言っておいてなんだけど、アタシたちはまだ子供だ、未来を夢見る自由も時間もたっぷりある。
当然その夢が叶うかどうかは別だけど、それも含めてアタシ達の「未来」だ。
その未来にずっとコヨちゃんが居て欲しいって思っちゃうのはアタシのワガママかな?
とりあえず書きたかったことがひと段落したので次話投稿まで時間が開くと思います。
ただ、書きたいことは決まっているので第4話までは確実に更新します。
お目汚しですが、お付き合いいただける方はもうしばらくお待ちいただきたく思います。