翌朝、お母さんの作ってくれたサラダをパンと一緒に食べながら、昨夜会ったリツカちゃんのことを両親に話す。
「暦、いまその子のこと、佐伯リツカと言ったよな?」
すると、お父さんが少し驚いたような顔で聞いてきた。
「うん、同じ中学2年生で佐伯リツカって教えてくれたよ?」
「う~ん……今夜もその子と会うんだな?」
「うん、リツカちゃんは来るって言ってたけど……」
「そうか。邪魔はしないから少しだけ、そのリツカちゃんとお話させて貰えるかな?」
お父さんにはなにか心当たりがあるのか、そんなことを言ってきた。
「問題ないと思うよ。あ、でもリツカちゃんが何か変なことをしたり、何か言ったりしたわけじゃないからね?」
「ああ、そういったことを疑ってるわけじゃないから大丈夫だよ、暦。ただ、ちょっとその子のお父さんと知り合いかもしれなくてな」
出会ってまだ間もないけど、リツカちゃんが悪い人じゃないと私は思いたくて、そういうことかとホッとする。
そして朝ごはんを済ませたら、今日はお父さんの運転でキャンプ場から少し離れた場所にある展望台へと向かった。
駐車場からの山登りは私にはちょっと辛かったけど、展望台から見渡す景色はとてもキレイで疲れも吹き飛んじゃった。
でもお昼ごはんはどうするんだろうって思っていたら、お母さんがリュックからバゲットで作ったサンドイッチをいっぱい出してくれた。
「暦、折角だからコーヒーを淹れてくれないか?」
お父さんに声をかけられ、そっちに振り向くと私のコーヒー道具を入れた鞄と、もうひとつ手提げ袋を手にしたお父さんが笑っていた。
お父さんが東屋のテーブルに置いてくれた手提げ袋を開けてみると、ミネラルウォーターのペットボトルとお爺ちゃんから貰って愛用しているストーブにガス缶、折りたたみ式のケトルやプラスチックのカップなんかが入っていた。
「うん!すぐに淹れるね!」
そう答えた私は慣れた手付きでOD缶直付けのストーブを組み、ケトルに水を張ってお湯を沸かし始める。
それと同時に鞄から20gずつ小分けにして、真空パックに入れていたコーヒー豆をコーヒーミルで挽き、手早くフレンチプレスでコーヒーを淹れた。
コーヒーを淹れてる途中で私の様子を見てるお父さんとお母さんの笑顔が目に入って、ちょっと恥ずかしくなっちゃった。
コーヒーを配ると家族3人で山の上からの景色を見ながらお昼ごはんにしたけど、山の上だからか涼しい風がそよいでいて、とっても気持ちのいいひと時になった。
きっと、お父さんとお母さんが私のために考えてくれたお昼ごはんだったんだと思う。
そのまま両親とのんびりとお話して、少し日が傾いた頃に展望台を後にした。
そして夜。
またコーヒーを入れたボトルと蚊取り線香を持った私は、お父さんと天体望遠鏡のところへ一緒に歩いて行った。
お父さんと手をつないで歩いたのは久しぶりな気がしたけれど、大きな手に包まれるのがすごく安心して、なんだかそれだけで楽しかった。
「おーい!コヨちゃーん!」
天体望遠鏡のカバーを外していると、暗がりからリツカちゃんが手を振りながら走ってきた。
「あの、リツカちゃん……やっぱり声が……」
そう言うとリツカちゃんは、両手を合わせてゴメンって言って頭を下げた。
「えっと、コヨちゃんのお父さん……ですか?」
頭を上げたリツカちゃんは私の隣に居るお父さんを見て、ちょっとキョトンとして聞いてきた。
「ああ、暦のお父さんだよ。佐伯リツカちゃん、で良かったかな?昨日は暦に付き合ってくれてありがとう。朝から暦が楽しそうに君の事を話してくれたよ」
お父さんがそう答えると、リツカちゃんは恥ずかしげな視線を私に向けてモジモジしちゃった。
「佐伯リツカです。昨日はコヨちゃ……暦ちゃんにいっぱいステキなものを教えてもらいました」
改めて姿勢を正したリツカちゃんがお父さんに答える。
「ちょっとリツカちゃんに訪ねたいことがあるんだけど、いいかな?」
「は、はい。なんでしょうか?」
「リツカちゃんのお父さんは、佐伯知也さんで合っているかな?」
「えっ!?パパのこと知ってるんですか?」
リツカちゃんが目を丸くしてびっくりしてる。
「うん、昔仕事で少し付き合いがあってね。私達は明日の昼過ぎに帰るんだけど、その時にお父さんに挨拶させて貰えないかな?」
「大丈夫だと思います……。今からパパを呼んで来ましょうか?」
「いやいや、暦とリツカちゃんの邪魔をするつもりはないよ。そうだね、明日の11時くらいに、この望遠鏡のところへお父さんを連れてきて貰ってもいいかな?」
「わかりました。パパに伝えておきます」
「うん、ありがとう。じゃあ私は先にテントに戻るから2人はゆっくり……あんまり遅くならないようにするんだよ?」
そう言ってお父さんは、私達に手を振ってテントの方へ戻って行った。
残された私達はポカンと顔を見合わせていた。
「……パパとコヨちゃんのパパが知り合い?」
「そう……みたいだね?」
「コヨちゃんのパパって、なんのお仕事してるの?」
「今は本屋さんだよ。……お客さんとかだったのかな?」
「う~ん……パパが本屋さんに行くことなんてないと思うな……」
2人で首をかしげていたけど、結局ぜんぜんわからなかった。
「まぁいっか。コヨちゃん、またお星様見せてー!」
リツカちゃんが気を取り直して声をかけてきた。
「うん。あ、ちょっと待ってね」
急いで天体望遠鏡の準備をして、まずはアルタイルにレンズを向ける。
「はい、わし座にあるアルタイルがこれで見えるよ」
そう言ってレンズをリツカちゃんに譲る。
「アルタイルって、確か「夏の大三角」のひとつだよね?」
「そうだね、あとベガとデネブをまとめて「夏の大三角」って言うね」
「わぁっ!すっごく明るい!」
「だよね!アルタイルって太陽の10倍以上明るい恒星なんだって」
「へ~、コヨちゃんって物知りだよねー」
「そんなことないよ、お星様を見るのが好きだから知ってるだけで……」
「でもアタシなんて「夏の大三角」も期末テストで出たから覚えてただけだよ。ベガと……なんだっけ?とか、もう忘れちゃってるし」
リツカちゃんに褒められるのがくすぐったくて、そそくさとまたコーヒーを準備する。
「はい、リツカちゃん。またコーヒーでごめんね?」
「ううん、コヨちゃんのコーヒーならアタシ大好き!」
振り向いてカップを受け取るリツカちゃんの笑顔を見るのが、やっぱりちょっと恥ずかしくって、私は天体望遠鏡を次の星へと向きを変えた。
次に視野に納めたのはアルビレオ、私のお気に入りでもある二重星だ。
リツカちゃんはコーヒーを少し飲んで私の様子をずっと見ている。
二つの星が中央でキレイに見えるように微調整してリツカちゃんを呼ぶ。
「リツカちゃん見て。はくちょう座のアルビレオって星なんだ……あ、でもちょっと待って」
ブレーキをかけた私にリツカちゃんが不思議そうな顔をする。
私は天体望遠鏡カバーのポケットから天体図を取り出すとリツカちゃんに見せる。
「今から見てもらうのが、このはくちょう座の頭の部分の星なんだけど、ちょっとそのまま空を見て探してみて?」
そう言ってリツカちゃんに天体図を手渡す。
リツカちゃんは星空に指を彷徨わせながらアルビレオを探している。
「う~ん、アレであってる?」
リツカちゃんが指差す先を見る。
「うん、あってるよ。あの星をもうちょっとよく見てから望遠鏡を覗いてみて?」
「わかったー」
そう返事したリツカちゃんはリズムを取るように首を揺らしながらアルビレオを見つめる。
その姿がメトロノームみたいで笑っちゃいそうになっちゃった。
少ししてリツカちゃんが天体望遠鏡を覗き込む。
「あれ?あの星ってひとつじゃなかったの?」
「うん、実はそうなんだ。目で見るだけじゃわからないけど、本当は2つの星が一緒に見えてるだけなの」
「へ~、すごーい!……ねぇコヨちゃん、このアルビレオってなんだかアタシ達みたいだね?」
「え?どうして?」
発言の意図がわからず首を傾げる私に、リツカちゃんはこっちに向き直って指を指す。
「ほら、コヨちゃんは青い服でアタシは黄色い服。それで仲良くしてるお星様だもん」
リツカちゃんに言われて自分の服を見る、確かに青いワンピースだ。そしてリツカちゃんは黄色いシャツとスカートを着ている。
「ホントだ……でも、仲良くって」
「コヨちゃんはアタシと仲良くなるの、イヤ?」
言い終える前にリツカちゃんの言葉がかぶせられる。
「ううん、そんなことないよ。リツカちゃんの方こそ、こんな私と仲良くしてくれるの?」
「もちろん!だってアタシはもうコヨちゃんのことお友達だと思ってるもん!」
「……ありがとう、リツカちゃん……私、友達ってほとんど居なくて、そんなこと言ってくれたのリツカちゃんが初めてだと思う…………」
リツカちゃんの言葉に意図せず涙が零れ落ちちゃっていた。
「もー、コヨちゃんのほっぺに流れ星が流れてるよー!……こんなワガママなアタシで良かったらお友達になってよ」
そう言ってリツカちゃんの指が私の目元の涙を拭ってくれた。
「うん……こんな情けない私だけど、よろしくお願いします」
そう言ってリツカちゃんに頭を下げる。
「もー、コヨちゃんやっぱり硬いよー。あっ!折角だから乾杯しようよ!」
そう言ってコーヒーの入ったカップを持ち上げるリツカちゃん。
私もそれに倣ってボトルの蓋を手にとって乾杯する。
そうして飲んだコーヒーは、もう温くなっていたのに、私の心をとても暖かくしてくれた。
こうして私にステキな「お友達」ができた。
その後は残っていたコーヒーを飲みながら、スマートフォンが時間を知らせてくれるまで2人でおしゃべりをして過ごた。
テントに戻ったらお父さんもお母さんも起きていて、怒られちゃうかなって思ったけど、2人とも凄く優しい笑顔で私を迎えてくれた。
「暦にも良い友達が出来たみたいだな」
そういってお父さんが頭を撫でてくれる。そんなにわかりやすかったかな、私。
そうしてまたお父さんとお母さんの間のシュラフに入った私が目を閉じると、笑顔のリツカちゃんがまぶたに焼き付いていた。
リツカちゃんのことばっかり考えているとなかなか寝付けずに、いつの間にか夜が明けてお父さんに起こされるまで眠っちゃってた。
起きたらお母さんがもう朝ごはんの支度をしてくれてて、早速ごはんになったんだけど私はリツカちゃんのことばかり話しちゃっていた。
そうして朝ごはんが済むとテントなんかを片付けはじめて、大きい荷物を車に積んだりしているうちに11時前になったから、天体望遠鏡のところへお父さんと向かった。
「あっ!コヨちゃーん!!」
お昼だからボリュームを落とすことのないリツカちゃんの声が響く。
「リツカちゃん!」
その声に引っ張られるように私も駆け出していた。
「あははっ!コヨちゃんだー!夢じゃないんだー!」
「えぇ?どういうこと?」
「いやー、コヨちゃんと夜にばっかり会ってたから、アタシが勝手に都合の良い夢を見てたりしないか心配だったんだー!」
「そんなことないよ、それじゃあリツカちゃんが私のお友達になってくれたのも夢になっちゃうの?」
「ヤダ!もうコヨちゃんはアタシのお友達なの!」
リツカちゃんと両手を握り合ってはしゃいじゃう。
「やっぱり佐伯君だったか、久しぶりだね。今の活躍も少しだが耳に入っているよ」
いつの間にか近くまで来てたお父さんの声にハッとして、リツカちゃんの後ろに男の人が立っていることに気付いた。
お父さんが声をかけたから、きっとこの人がリツカちゃんのお父さんだ。
「あ、あの。初めまして小鳥遊暦と言います」
慌てて向き直ってお辞儀をする。
「あはは、リツカと仲良くしてくれてありがとう、暦ちゃん。僕はリツカの父で佐伯知也と言います」
そう言って私とリツカちゃんを交互に見るリツカちゃんのお父さん。
「でも小鳥遊さん、本当にお久しぶりです。あの時は本当にありがとうございました」
そう言ってお父さんに深く頭を下げるリツカちゃんのお父さん。
その様子にリツカちゃんと私は、またお互い顔を見合わせて頭にハテナマークを浮かべていた。
「昔の話だ、気にしないでくれ。積もる話もあるだろう、少し向こうで話さないか?」
「ええ、よろしければ是非」
そう言って管理棟の方へ歩きだす2人。
「あぁ、暦。望遠鏡を片付けるのは手伝ってあげるから、少し待っていてくれ」
「リツカ、暦ちゃんにあんまり迷惑かけちゃ駄目だぞ」
そんな声をかけられるが、私達2人はまだ顔を見合わせたままだった。
「なんだかパパの方がコヨちゃんのパパにお礼言ってたね……」
「お父さんも「昔の話」って言ってたけど……」
「コヨちゃんのパパって本屋さんだったよね?」
「うん。でもお爺ちゃんが死んじゃうまでは、確か銀行で働いてたと思う」
「パパの仕事って貿易関係なんだけど、それと関係あるのかな?」
「……わかんない。お父さんが銀行でどんな仕事してたのか私も詳しく知らないから」
昨夜と同じように2人で首をかしげていたけど、やっぱりぜんぜんわからなかった。
「あっ!そうだコヨちゃん、メッセ交換しよ!」
「あ、そうだね。リツカちゃんと連絡取れなくなっちゃうところだったね」
そうしてお互いのスマートフォンの通信機能でアプリのアカウントを相互登録する。
「え?コヨちゃん、コレっ……」
すると目の前のリツカちゃんが急に笑いを堪えだした。
なんだろうと思って自分のアカウントを確認すると、プロフィール画像がカメラを覗き込むようなアングルのうえに、上下が反対でちょっとしたホラーみたいになっっちゃってた。
たぶんスマートフォンの使い方に慣れてない時に、何かの拍子に撮っちゃったんだろう。
「わー!?画像変えるから!リツカちゃん今見たの忘れて!」
パタパタと手を振ってリツカちゃんに抗議する。
ひと通り笑いを堪えたリツカちゃんの横で、インターネットで見つけたフリー素材のアルビレオの写真にプロフィール画像を差し替える。
……アプリは入れていたけれど、今までお父さんとお母さんしか登録されていなかった名前に、リツカちゃんの名前が並んだ。
ならリツカちゃんが私達に例えてくれたアルビレオをプロフィール画像にしようと思ったから。
「また、コヨちゃんはアタシと遊んでくれる?」
差し替わった私の画像を見たリツカちゃんが、その場に座ってポツリとつぶやく。
「うん、もちろん」
私も隣に腰を降ろして答える。
「また、コヨちゃんのコーヒー飲ませてくれる?」
「うん、いつでも淹れてあげる」
「また、一緒にお星様見せてくれる」
「うん、また一緒に見てくれたら嬉しいな」
「ずっとお友達でいてくれる?」
「リツカちゃんがイヤじゃなければ、ずっとお友達でいて欲しいな」
そこまでポツリポツリと話していたら、突然リツカちゃんが飛びついてきた。
「コヨちゃん大好きーっ!今日でお別れするのヤダーッ!!」
「私もリツカちゃんが大好きだよ。今日はもうお別れだけど、お父さん達が知り合いみたいだし、会える機会はきっといくらでもあるよ」
リツカちゃんの言葉に涙が出そうになるのを堪えて、私もリツカちゃんを抱きしめながら答える。
これまで友人達とこんな風に抱き合ったりしたことなんてなかった。
リツカちゃんの体が小刻みに震えてるけど、泣いてるのかな?
そうしてリツカちゃんを抱きしめているとお父さん達が戻ってきた。
「小鳥遊さんがそんなに近くに住んでるとは思いませんでしたよ」
「確かに昔、佐伯君の家を訪ねたときも、私の住所については何も言わなかったか」
「ええ、ですから驚きました。……おや?」
近づいてきたお父さん達が私達の様子を見て立ち止まる。
「暦……なにかリツカちゃんを泣かせるようなことでも言ったのかい?」
お父さんが私に聞いてくるけど、私はなんて答えていいのかわからない。
それでどうしようと悩んでいたら、ゆっくりとリツカちゃんが体を起こしてお父さん達の方を向いた。
「……ううん、コヨちゃんはなにも悪くないよ。コヨちゃんがとっても優しくって、アタシがお別れするのが寂しくって泣き出しちゃっただけだから」
そう言って瞳に溜まった涙を拭うリツカちゃん。
「……リツカにも良い友達が出来たみたいだね、大切にするんだよ」
リツカちゃんのお父さんがそう言って屈みこんでリツカちゃんの頭を優しく撫でる。
「うん、アタシにもすごく大切なお友達ができたんだ」
また涙声になったリツカちゃんがお父さんに抱きつく。
「暦も良かったな。……ふむ、これはリツカちゃんに私も感謝すべきだろうな」
そう言ってお父さんも私の頭を撫でてくれた。
そうしてリツカちゃんとバイバイして、お父さんに手伝ってもらいながら天体望遠鏡を片付けて、お母さんとも合流してお家に帰ることになった。
帰りの車の中でぼんやりとリツカちゃんのことを考えていると、お父さんがバックミラー越しにこっちに視線を向けて、私が起きてる事を確認して口を開いた。
「来週の日曜日に佐伯君の家……リツカちゃんのお家だな。改めて行くことになったが暦も来るか?」
「うんっ!絶対行く!」
普段の自分では考えられないくらいにすぐ返事をしちゃった。
その私の答えに、またバックミラー越しに私に視線を向けたお父さんは嬉しそうな顔をしていた。
「アナタ、暦のことが気になるのはわかるけど、ちゃんと前を見て運転してね?」
「む、すまない……」
そうお母さんに怒られるお父さんにちょっとだけ笑いがこぼれちゃった。
2人の出会いの暦さん視点です。
作者は天体観測やキャンプはしないので、暦さんの天体望遠鏡の詳細や、天体観測の手順、キャンプの情景はインターネットで調べた知識や3Dプリンタで出力した天体望遠鏡のサイズから算出して書いてるので間違いや違和感があれば御指摘いただけると幸甚です。