※BL作品閲覧注意
※性描写あり閲覧注意
お互いに、夢でも見てたんだよ。
そうやって笑ったお前を、俺はきっと許せない。
「このアイドルってさ、この前ソロで歌ってた?」
「あー。似てるけど、違うなぁ。岳って本当に今の芸能人に疎いよな。一昔前のは知ってるの多いのに…。」
「あん? それは俺が時代遅れだって言いたいんか?うん?」
もっと、さらっと流してしまえば良いのに、俺には相手の言葉を全て綺麗に受け流す高いスルースキルは備わっていない。
「やっと覚えたな~って思うともう別のブームが来てるからな。やっぱり、ちょっと追っ着いてないよ。」
カチンときてしまうのは、俺がまだガキだからか、それともこいつが失礼極まりないからか……。
何気ない会話。居間で当たり前になった風景。これが永遠に続くものだと、錯覚を起こすくらいには、当然といった風になっていた。
当たり前の事だが、永遠なんて時間はあるわけ無く。突然にそれは起こった。
何時ものように、部屋の鍵を開けようと、ドアノブに鍵を差し込む。手慣れた風にそれを回すが、手応えを感じない。走の方が早かったんだとそれほど気にも止めず、扉を引いた。
何の抵抗もなく、扉は開く。薄暗い廊下と、一足見覚えのないヒールがそっと端に並んでいた。
最初は、走の病院の女医さんかだろうと思った。たまにこうやって上がって、何やら医学書を覗いて色々と話し合ってる姿を見ていたからだ。
だから、あまり気にも留めずにズイズイ廊下を進み、居間の戸を開ける。誰もそこに姿は無いが、奥の寝室から女の声が漏れ聞こえてきた。
ネコが鳴くような甲高く、甘ったるい、短い吐息の様な喘ぎ声。雷に撃たれると言うのは、正に今の状況の事を言うんだろう。
そっと、居間の戸を開けまた廊下を玄関に向かった。頬を熱いものが一筋伝う。歩く速度が心なしか早くなった。玄関を出て、上ってきたエレベーターに乗り込んで、一階ロビーに向かう。上の階から乗っていたおばちゃんが怪訝そうにこっちの様子を伺っている。もうエレベーターに乗り込む頃には涙は眼前を曇らす程に伝い落ちてた。
やめろ。なんであんな奴の為に泣くんだ。泣いてやるもんか。
気持ちとは裏腹に止まる様子の無い涙を必死に抑え込もうと息を止めてみたりと色々としている間に、エレベーターは地上に降り、滑り出るようにそこから出た俺は、そのまま何の気なしに近くの公園へ足が向かっていった。
ベンチに腰を落とし、公園の入口に設置されていた自動販売機で買ったコーヒーを口に含む。その頃には、随分と落ち着いていた。
「甘いな……。これ…。」
よく、あいつが買っていた銘柄のコーヒー。甘ったるいミルクの味が舌に纏割りつく。味と共に思い起こすのはあいつの顔だった。
「本当に、甘いな……。」
まだ殆ど飲んでいないその缶を、足下に置き去りにして立ち上がった。
あの部屋のあるマンションに背を向けて、ゆっくりと一歩を踏み切る。
まだ、受け入れがたい。
だが、いつかは受け入れなきゃならない。
それなら、今。
あいつを許せないうちに引くべきか。
そうでなかったら、
また夢でも見そうだから。
[終]