秋空   作:山背としや

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秋空

[設定]

 

荒鷲→空軍隊員

 

獅子→医者

 


 

-黄昏時の朱。

 

束の間でもいい。自分と居る時だけでもいい。少しでも闘争の事を考えないでいて欲しい。

 

戦場に戻って欲しくない気持ちを抑えて送り出した背中を、もう二度と見ることは無いのだろう。

 

 

-宵闇の海洋の緋。

 

炎上する艦隊。逃げ惑う黒い点。徐々に高度が保てなくなる機体。この海に沈むのは目に見えている。嘲笑的な笑みが溢れた。

 

何故、死に際にあいつの顔を思っているんだろう。

 

警報が院内に鳴り響いている。 この所東京の空には黒い米軍の機体が我が物顔で通る事が多い。

 

戦争はもうそろそろ終ると、周りで密かに言われ始めてもう二月が過ぎた。終る所かますます激戦化し、泥沼状態だと感じていた。

 

何時になったらもとの日々に戻るんだろう。

 

 

自分には医者であるからか、そうであっても運が良かったのか知れないが、徴兵制度とも被ることも、赤紙が届くことも無く、今二度目の夏になろうとしている。

 

 

「先生、近くで空襲ですって。」

 

「よし、動ける患者を防空壕へ...。それ以外は地下に入れられるだけ入れて...。あ、病状が軽い順に、だ。」

 

 

何編も繰り返した会話なのに、発する度に心の何処かがグシャリと音を立てて潰れる。

 

自分は何人見捨てたのだろう。今日もまた、犠牲者が出てしまうだろうか...。

 

考えながら、速やかに誘導し自分達も防空壕の中へ入っていく。そこから外の様子を伺うが、先程までの温厚な空が広がるだけで、相手国の空機の姿は何処にも見える範囲では確認できない。

 

 

一時間が経った。

 

カンカンカンと空襲の終了を知らせる鐘が聞こえる。

 

何も起こっていない風に見える景色を見て安緒し、ゾロゾロと患者を伴って院内に戻っていった。

 

 

 

その日の午後。診察外の時間に院内に入るためのたった一つのガラス戸の前を中を覗いてウロウロとする軍人の姿があった。

 

軍の人間がこんな民間の病院の近辺を歩き回っていることなど、これまで一度も無かった。

 

と、言うより。この近辺には基地も無く。歩いて来る距離にも駐屯施設は無かったので、あまりにも場違いな光景だった。

 

コツコツとその男はガラスを叩き、中に人がいるかを頻りに確認しているように思えたので、ガラス戸に近付き、戸を開けるとムワッと血の匂いがした。

 

 

よく見ると右手、右足にじっとりと血の跡がある。

 

 

「どうしたんですか!?これ...酷いケガだ!」

 

「いやちょっと。すぐそこの田んぼだか...畑だかに、不時着して...。それで中の砕けた部位に引っ掛けちまった。...アンタ医者だろ?何とかしてくれ」

 

 

不時着?砕けた部位?

 

よく状況が飲み込めずにいると、近くから鉄が燃える独特の匂いが院内に入り込んできた。

 

取り敢えず、診察台にその男を運んだ。傷の具合を見るのに、右の肩の部分と膝から下の部分の布を慎重に切り取っていく。腕は大した事は無さそうだったが、脚の方は傷が深かった。

 

止血して縫わねばならないだろう。直ぐに看護師に必要な道具の一切合切を用意させて、手当てを施した。

 

「世話を掛けた。所でこの先に空軍基地はあるか?使える電話は?」

 

「電話ならうちに...。陸軍の基地だったら近所にありますが...。」

 

「陸さんか...。まぁ掛け合ってみるさ。すまんが待ち合いの腰掛けを借りるぞ。」

 

「いや、病室を用意します」

 

「いい。こちらの方が落ち着くからな。それで、電話を借りたいんだが。」

 

 

直ぐ松葉杖を用意して片側から体を支えながら相手を電話の前まで連れていった。当の軍人さんは介助を嫌がりながらなるべく自分で松葉杖を突きながら歩いて行ってしまったので、あまり支えになっておらず、怪我人に引きずられているような姿になってしまった。

 

電話の前で自分には席を外して欲しい素振りを見せたので、待合室へ戻った。

 

 

成り行きに任せて治療をしたものの。状況をうまく飲み込めていなかった。不時着?とはどうしたのだろう。先程の空襲と何か関係があるのだろうか。

 

そういえば、外で何かが燃える臭いがした。あれは一体なんだったんだろう。

 

一度気になる事があると確かめなければ気が済まない性格の走は外の臭いの元を確かめに出た。

 

 

そこにあったのは、多分航空機。燃え尽きたのと着地の時に半壊したのか、操縦席から後ろが名古屋城を思わせるかの如く鯱の尾になっていた。

 

この状態で、助かったのが、奇跡なのじゃないかと思う位の状態を目の当たりにして、走の背筋がゾクッと震えた。

 

 

「何してるんだ?あんた。」

 

 

院内から軍人さんの声がする。

 

松葉杖を突きながら、ゆっくりと外に出てきて、残骸の前に立つとふっと鼻で笑うような息を吐いて残骸に目をやる。

 

 

「全く。燃料漏れに気付いてとんぼ返りの途中にくたばっちまうんだもんな。お陰でこちらは戦艦一つも落とせないで帰ってきたヘボパイロットだ。」

 

「でも、帰ってこれたし、生きているじゃないですか。」

 

 

言ってからハッとした。彼が志願して軍人になったのかどうかで、どう取られるか変わってくる。

 

 

「まぁ。お医者様だったらそう思うわな。」

 

 

嘲笑的な笑い方だった。

 

何か全てを諦めてしまったような。そんな笑い方だった。

 

それから時々軍人さんは病院に訪れる様になり、話し相手をさせられた。こうやって軍人さんが会いに来れるのだから、戦争は終わるんだって勝手に思っていた。

 

 

何度目か分からない空襲警報。

 

豪の中で空を仰ぐと黒い雨が降り注いでいた。建物が、家屋が、草が、土が。赤く染まっていく。

 

今回もまた誤報なんだと、間違いなんだと思わずにいられなかった。

 

焼かれていく視界。焼けるコンクリートの臭い。逃げ惑う悲鳴。

 

もう何もかもが嘘であってほしかった。

 

何故、自分の前で命が消えていくのか。どうして自分の力はこんなにも小さいのか。

 

消えて行く街並みに自分の無力さが写っていた気がした。

 

 

医院は塗装が焼けるくらいの被害で済んでいた。院内は怪我人で殺到している。物資不足の今の時代だと簡単な手当て位しか出来ない。もどかしい気持ちで一杯になりながら、一人一人を治療していく。一通りの作業が済んだのが夕暮れ時に近かった。風にあたりたくなり外へ出る。

 

向かい側の草むらがあった場所に佇んで居たのは彼だった。

 

 

「空襲を受けたのがこの辺だって聞いてな。どうしてるか気になってね...。顔色悪いが、あんた大丈夫か?」

 

「あ、あぁ。大丈夫。ただ...。自分のしてる事が本当に正しいのか分からなくなって。」

 

「正しいか、正しくないねぇ...。そんなもんは結局、貴様なんかより後の世代の奴らが決める事だろう。俺達には今の時点の良し悪しなんてのは分からねぇさ。」

 

「そ、そんな...。いや、そうかもしれない。」

 

「今、戦ってる意味が分からないのと同じさ。日本は果たして何と戦っているんだか...。」

 

 

そう言って、腰に手を当て空を仰ぐ。自分も何となく同じ様に顔を空に向けてみた。

 

天に 何羽かの鳩の群れが舞っている。

 

 

「あんたに言いたい事があってね。それで此処に来たんだ。 明日未明に、此処を発つ事になった。色々と世話になった。感謝してる。」

 

「え? そんな...急に...?」

 

「上の決定にただの小隊長は、〈はいはい〉言ってる位しか出来ないからな。可哀想なのはうちの伍長から下の小僧っ子達だ。まだ成人もして無い奴等が勝目も無い作戦に駆られるなんてなぁ。」

 

 

最後の一言に自分でも分かる位顔から血の気が引いた。

 

彼はこれから死に逝くのを覚悟してる様な...。そんな言い方だ。何故だか急に寂しい様な気持ちになり、見上げていた空から横で目を会わせようとしない軍服の彼に目をやった。こっちが見ていると分かっている筈なのに、見上げて空を見る目はこちらを向く気配がなかった。諦めて、視線を足元にやる。

 

自分もそれ以上、彼を見ていられなかった。

 

 

「勝目無いなんて...言わないでください。帰って...帰ってこれるんですよね?ねぇ...。」

 

 

隣で息を飲む音が聞こえてくる。しばらく待ってみたけれど、言葉は返ってこなかった。

 

それが、答えだ。そう分かっている筈なのに、頭で理解しているのに、口から止めどなく溢れ出す。

 

 

「俺は...。良く分からないです。俺は命を救う立場の人間だから...。何故?帰ってこれないって分かって行くんです?何故そうまでして命を捨てようとするんですか?..な..さい。....行かないで下さい...!」

 

 

無理な願いだと。知っているのに。

 

 

「貴様には本当に感謝してる。だから、貴様には言っておきたかった。俺は。明日経つ。」

 

「...岳!」

 

 

もう帰ってくる言葉がなかった。

 

彼は俯き、重く冷たい空気が流れ始めた。自分は無理強いしてる。彼の気持ちも考えず、軽はずみに、あんな事を。

 

 

「走。走の言ってる事は正しいよ。俺は行きたくない。あの日も...。事故なんかじゃない。わざとなんだ。ちょこっと離陸前に機体のネジを緩ましといたんだ。変調が起きても怪しまれないようにってさ...。」

 

 

堰を切ったみたいに、岳は答え出した。耐えていたのかもしれない。何か大きな事に。その均衡を壊してしまったのではないかと、また直ぐ自分の発言に後悔した。

 

 

「そうでもしなきゃ、帰ってこれなかったから。どうしても、誰かに覚えてて欲しいって...。行けなかった。でも次は。明日の作戦には、行ける。勝手かもしれないけど、走は、覚えててくれるだろ?」

 

 

話し出してから、始めてまともに顔を見合わせた。思い詰めた顔。泣きそうな顔で笑ってた。岳の、精一杯の強がりなんだろう。

 

 

「本当。...勝手だよ!覚えてる。絶対に...!」

 

 

笑った顔に夕陽が溶ける。悲しいぐらいの朱。

 

燃えるような夕陽を物憂げなその顔を生涯忘れる事は無いのだろう。

 

 

―終―




エピローグ ―夕間暮れ―




今回ばかりは、ネジを弄る様な事は出来ないな。

見送りの整備兵の目はこちらをしっかりと監視してる。まあそうだろう。二度も同じ手口は使え無いよう気を尖らす気持ちも分かる。


『心配ご無用だっての。』


俺は覚悟を決められた。あいつのお陰だ。

昨日の宵闇。背中に感じる視線。

何故だか居心地が良く一日でも居飽きない隣側。


俺は確かにそこに居た。


轟くエンジン音。気付けば、視界一杯に広がっていたのは燃え上がる緋と暗い海の群青。


そこに居た。

俺の心は今もそこに居る。


思い残す事もあるけれど、あいつが居たからこうやって散れる。


「じゃあ、またな。」




―完―
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