つなぐ思い   作:山背としや

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[出逢う、奇跡]

翌日、さっそく教えて貰った寺へ足を運んでみる事にした僕は、二輪車を道路へ滑らす。

 

生憎、昨日から降り出した雨は、今日も朝から降りしきり、都心を靄に包んで離そうとしない。

 

郊外へと進むうちに、雨は時折風になびく様に地面へ落ちてゆく。勢いも徐々に増していき、ゴーグルを叩く飛沫の音が強くなった。

 

 

家屋が減っていき、道が稜線を緩やかに上げていくと、通りに寺の看板が目についた。

 

看板の示す通りに進んで行くと、敷地へ通じる沿線が伸びている。舗装がされていない砂利道が緩く曲がりくねりながら、丘をかけている様子が下からでも伺い知れた。

 

僕は股がっていた二輪車から降りて、手で押しながら小道を進む。しばらく歩くと脇にぽっかりと長方形に地面を切り拓いた様な場所が現れる。

 

並木道の木立ちの草影にひっそりと『 藤栄寺 駐車場』と看板が立てられている。見ると、自分以外に利用している人物は居ないようで、この様子だと参拝客も少なそうだと予想できた。

 

二輪車を良き場所へ駐車して、更に上へと登る稜線を見上げる。

 

枝の間から本殿の屋根と思える建設物が見え隠れしている。 目的地までは、そう遠くなさそうだ。

 

 

ゆるゆると続く坂道を、湿った空気を吸い込みながら進む。都会の湿気は鬱陶しくまとわりつくのだが、ここの空気は優しく包み込んでくれているようで心地がいい。

 

しばらく道なりに進んで行くと、本殿が真正面に見え縁側には人の良さそうな七十代半ば頃の壮年が猫に餌を与えている。

 

近寄りながら、声を掛けた。

 

 

「こんにちは。立花さんの紹介で来ました、須賀み…。」

 

「あぁー。よく来たねー。」

 

 

猫の頭を撫でてやりながら、壮年は顔をクシャとさせて笑って出迎えてくれる。笑った顔が、よく見る七福神の布袋の像とそっくりの何とも優しいものだ。

 

わけも聞かずに、壮年は奥から尺やら雑巾やらひとしきりの掃除用具の入ったバケツを一つ持ってきてすまなそうに手渡してくれた。歩く仕草がぎこち無く、右足を跛引いて歩いている。座る時も床座をしようとする時は、人は自然と腰を落としながら座るのだが、左足をまずは折り膝をついて、手を着いてから座る。…という何とも痛む部位を庇いながらの動きだった。

 

 

「お墓回りは、どこまで掃除すればいいですか?」

 

「境内の中の掃き掃除、その辺の平地の墓辺りは出来るさぁね。奥の坂上がって行く方は、どうしても膝にきてなあ…。難しいんだぁよー。 」

 

 

言いながら、段々に丘を登るように並ぶ墓標を指差しながら住職だという壮年は話を続けた。

 

 

「この辺の手前は、家族も来ちょるし、大きなゴミやら取る程度で良いさね。勢地郎ちゃん達に任しとったのは、あの丘を上がった所の桜の木の下にある、小さこいやつだぁーね。」

 

「え、その小さいの一つで…良いんですか?」

 

「あぁー。えぇでよ。〝角〟の墓ば、ここいらで出来るんば不思議じゃけ、何らあったか聞いたけどなぁ勢地郎ちゃんも何も言わずに、たぁーだ置いてやってくれーって。殆ど人も来ぃひんし。気の毒に思ってあの桜の木の下に移動したんよ。」

 

「吉野でなく…。此処に…?」

 

 

〝鬼〟の墓なら、吉野にありそうな所、関東支部近くに埋葬されているのを不思議に思った。

 

余程の理由があって吉野で埋葬できなかったのか、この場に深い縁があったのか…。

 

どうにも、顔に出やすいのか、住職が話好きなのか、知っている範囲で話を聞かせてくれた。

 

 

「禁忌の術を使うたとか言っちょった。」

 

 

 

その後よくよく話を聞くと、どうにもトドロキの先代の墓らしい。

 

師から聞く先代の話とは似ても似つかわしくない場所にひっそりと佇む墓標を坂の下から見上げる。

 

話に聞く先代は、禁忌など起こすような人物には到底思えないし、まして師があれほどに敬愛している様子から相当の人格者だったのだろうと伺えるのに、吉野へどうして受け入れられなかったのか…。

 

 

「とにかく、行ってきます。」

 

「あー。宜しくねぇ。」

 

 

坂を上り切り、墓の前に立つ。

 

老木が風に吹かれて枝がそよいでいた。降り注いでいる雨は霧吹き、柔らかく全身を包むようだ。

 

 

『財津原家之墓』

 

 

文字が小さく、雨風が字を削りだいぶ掠れているが、そう読むことが出来た。

 

下にある墓標と違い、囲いも無く、花を生けるための備品も、他の備品も無い。そこに、ひっそり「置かれて」いる様だった。

 

 

[…ここが、お師さんの。師だった人の…。]

 

 

何故、こんな所に?

 

その疑問が絶え間なく心に浮かぶ。

 

オロチを抑えようと、師を励まそうと。禁忌まで犯した人がここで眠っている。

 

 

[僕は、鬼として。師を支えなきゃいけないのに。何しているんだろう。]

 

 

水を汲んできたバケツを脇に置き、雑巾を絞って目の前の墓標をそっと磨き始めた。堆積した砂の粒が擦れて手を動かす事に、音が辺りの静寂に響く。

 

黙々と磨いていくうちに、自責の念が心に渦巻いてくる。

 

 

[あぁ。僕は…。どうしたらいいんだろう…。]

 

 

ため息と共に、顔を上げた時だった。

 

老木の脇に一人、男性が居る事に気付いた。こちらを見つめ、静かに佇んでいる。

 

 

いつの間に、この丘を登ったのか…。気配を感じなかった。

 

男性は、30半ば頃だろうか…?年よりも落ち着いた雰囲気を感じさせる。唐草色のジャケット、V字のシャツ。黒っぽいジーンズと服装もその印象を後押ししているのかもしれない。

 

 

会釈をすると、すかさず微笑を返してくれたが、その場から動こうという素振りは無く、こちらへの視線も相変わらずであった。

 

害を与えようというわけでは無さそうなのだが、その視線に居心地が悪くなる。もしかして、と。墓を見つめ、親戚か何かなのかと考えを巡らしたが、分からなかった。

 

 

もう一度、目を上げて見ると、やはり、気配も感じられない内に、すぐ近くの茂みまで男性は移動してきていた。

 

まじまじパーマのかかった短髪を見やった時に、その不自然さに気付いてしまった。

 

雨の降る中、彼の髪や、服は一滴と雨に濡れていない。

 

濡れるどころか、当たっている様子もない。まるで、そこだけを雨が避けている様な。そこに、彼が存在していない様な。

 

 

「墓参り?」

 

 

不意に自分に話かけられる。そこで、ありもしない考えを払い除けた。

 

 

「い、いえ。自分の師匠の、師匠…だった人のお墓周りを掃除に…。」

 

「そう。…名前は?」

 

「あ、えっと…。」

 

 

墓石に彫られた名に視線を投じると、直ぐに否定の言葉が制止した。

 

 

「ちがうちがう。 君の名前だ。」

 

「え? あぁ。 須賀美 鈴です。」

 

「そうか。スズ…か。」

 

 

貴方は?と聞くより先に、相手はさらに問いかけを続ける。

 

 

「君の、師匠。此処にはよく来るのか?」

 

「お師さんは、定期的に掃除をしに来ていたそうです。今、ちょっと調子良くないから…。僕が代わりに。」

 

 

一つ息をゆっくり吐き出してから、そうか。とただの一言を呟く。

 

 

一瞬の間だった。

 

相当長く感じる間だが、たった数秒の間の静寂が心に重い。

 

 

「貴方は…。一体…。」

 

 

空気を変えたい一心で声に付いたのは問いかけられずにいた問いだった。

 

その問いに、相手は意図も簡単に。当たり前と言わんばかりに。有り得ない名を音にする。

 

 

「財津原 蔵王丸…。俺が"見える"だけじゃなくて、声も"聞こえる"なんてな…。」

 

「え、そんな…。だって…。ウソだ…。」

 

「あぁ。有り得ないよな。」

 

 

こんな不可思議な事が起こりうるのだろうか?

 

自分は、夢でも見ているのだろうか?

 

考えてもぐるぐると同じ所で思考が止まって最初に問題が戻ってきてしまうみたいに、まとまる事が無かった。

 

 

「ざ、財津原さん?は。じょ…成仏?してないのでしょうか?」

 

「さぁ…。だが、他の同じ様な奴らは一度消えたら二度と戻って来ない。

 

俺は自分の意識?がふと戻るとここに立っているんだ。俺が意識を戻すと、必ず誰かがここに居る。」

 

 

自分でもよく分からないんだよ。そう呟いて財津原さんは自身の墓標の前に立ち、じっと彫られた文字を見つめるようにしていた。

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