弱キャラ友崎くんとサンドバッグ相原くん   作:mosumosu

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「あ、ごめーん」

 

ガシャーンという音とともに、机から落ちた筆箱の中身が床に飛び散る。

その方向を見れば、平林さんの席の隣で悪びれた様子もなく形だけの謝罪を口にしている紺野エリカとその取り巻きがいた。

どうやら『運悪く』平林さんの机に足がぶつかってしまった、らしい。

謝罪はしても落ちたものを拾う手伝いをする様子はなく、そのままスタスタと歩いて教室を出ていった。

 

……球技大会が終わってからもう一週間ほどが経つが、その間にこのような光景が何度も何度も繰り返されている。

クラスの全員ももう気づいているだろう。

これは、紺野エリカが意図して行っている嫌がらせだ。

 

球技大会のキャプテンを決める時の話でも、紺野は誰もやりたがらないキャプテンに平林さんを推薦したりしていた。

前々から何かと目をつけていたフシはあったが、ここまで露骨なのは最近になってからだ。

 

「……あれ、いつまで続くんだかね」

 

俺と話をしていた相原もこの状況を見てそうつぶやいた。

 

「あれってやっぱり……」

「当然わざとだろ。それも、言い返せないだろう相手を選んでコソコソと陰湿な嫌がらせの繰り返し。ありゃ一緒にいる神前とかも大変そうだな。居心地もわりぃからはやく終わって欲しいもんだが

 

相原は周りの目を気にしてか、最後は小声でそう言った。

神前、は紺野の取り巻きの1人だな。

たしかに機嫌の悪い人間の横にずっといるのも大変なのかもしれない。

そういう意味ではきっと、あの取り巻きたちを含むクラスのほぼ全員が、相原のようにこの居心地の悪い空気は早く終わってくれと思っていることだろう。

 

いったいなぜこんなことになっているのか。

理由は、簡単といえば簡単なことだ。

 

「修二と優鈴の事でこんなことになるなんてな。2人が付き合いはじめたことはさっさとバラすべきだったかね」

 

俺の近くで会話していたもう1人、水沢がそう口にした。

そうだ、これは中村のことを好きだった紺野が中村と泉が付き合い始めたことを感じ取って機嫌を悪くし、それでも当人たちに当たったら面倒になると判断した結果、何も言い返さない平林さんでその鬱憤を発散させ続けているのだ。

 

「いや、変わらなかったろ。遅いか早いかだけの問題で、例え水沢が広めてたとしても起こっていただろーよ。むしろ球技大会前に爆発してたら、もっとクラスの雰囲気が悪くなってたんじゃねーの」

「あー、たしかにそうかもな。じゃ、お姫様の機嫌が治るのを待つしかないか」

「ありゃお姫様ってより女王様だろ。けどまあ、触らぬ姫さまに祟りはなしだわな」

 

水沢をフォローするような言葉をかけた相原だったが、その言葉の端々には現状に対する苛立ちを感じ取った。

相原はなんというか、曲がったものが嫌いな性格をしているからな。

紺野が言い返さない相手を選んで嫌がらせをしているところが許せないのかもしれない。

 

言っちゃ何だが、こう、もしもこれの矛先が泉で正面からバチバチに紺野と泉がいがみ合いを始めたら、楽しそうにそれを眺めていそうな印象がある。

まぁ、その時はその時で泉が空気を読もうとしてバタバタしそうではあるが……。

 

とはいえ、それでも表面上はその場の空気を読んでは周りに合わせてはのらりくらりと敵を作らないような振る舞いをしているのが相原だ。

 

「これ、どうすれば終わるんだろうな」

 

俺はポツリとつぶやいた。

 

「……俺等が率先してできることは特にない、かもな。ま、女王様が飽きるのを待つしかないかね」

「あぁ。相原の言う通りだな。今は全部規模が小さすぎる。下手につついてさらにエリカの機嫌が悪くなったら、わかるだろ?」

「火に油を注ぐことになる、か」

「そういうこと。最近は文也もそういうこと分かってきたよな」

 

水沢はそう言ってくれたが、俺はまだまだ空気を読む力は全然足りていないだろう。

たしかに今起きている事象を把握できるようにはなってきたのかもしれない。 

しかし、ただ目の前で起きることを見ていることしかできない。

紺野が中村と泉が付き合って腹が立ったという理由で、何の関係もない平林さんがただただ理不尽に嫌がらせをされる。

 

突発的バッドイベントのようなもので、俺はそこに介入する術をまだしらない。

……日南は人生を『神ゲー』と言っていたが、本当にこんな理不尽が許されるものが『神ゲー』なのか?

 

そんな自問自答を心の中で行いつつ、次の授業で移動教室があるため相原と水沢に促されるまま教室をあとにした。

 

 

***

 

 

「ふーん。でも、2人の言う通りね」

 

その日の放課後、第二被服室で日南との会議の中で平林さんのことを話題に出した。

 

日南は俺の報告を聞いても眉一つ動かさず、まるで想定済みのイベントメッセージを確認するかのように淡々と答えた。

 

「今は静観が正解、私もそう思うわ」

「はぁ?平林さんはただとばっちりを受けてるだけだぞ。理不尽すぎるだろ」

「そうね。エリカのあの行動原理は単純なストレス発散。中村と優鈴が付き合ったことへの苛立ちを、手近で反撃してこない相手にぶつけているだけ。そこに論理的な理由なんてない」

 

日南は黒板の前で腕を組み、冷徹に分析を続ける。

 

「けど、ここで下手に正義感を振りかざして介入すれば、エリカのターゲットが平林さんからあなた、もしくはクラス全体へと拡大するだけよ。そうなれば、クラスの雰囲気はもっと悪くなる。今はエリカの気が済むのを待つのが『最適解』ね」

「……最適解、か」

 

その言葉が、胸に重くのしかかる。

たしかに、ゲームにおいて『被害を最小限に抑えるために一部を切り捨てる』という戦術は存在する。

全体の勝利のために、小さな犠牲を許容する。

 

日南は特にそういうところがあるように思う。

この間のアタファミでついに一本を取られた時のこいつの動きも、それこそ一発もらうことを覚悟でその後のリターン取るためにダメージを甘んじて受け入れる動きを見せていた。

 

「それに、今回の件はあなたに問題が降りかかるものでもないし気にする必要はないじゃない」

 

日南は話題を切り替えるように、俺の方を向いた。

 

「それより先週の課題の振り返りをしましょうか。『紺野エリカを球技大会でやる気にさせる』。これについては、見事クリアと言っていいわね」

「あ、ああ……」

 

俺としては簡単に割り切れるものではなかったが、日南はこの話は終わったとでもいうように次の話へと進む。

 

たしかに俺は先週、日南から出された課題をクリアするために奔走していた。

情報を集め、泉を焚き付け、水沢や相原と連携し、間接的に紺野のモチベーションをコントロールしようと試みた。

 

結果として、球技大会で俺たちのクラスは男女ともに優勝した。

紺野エリカは主力として活躍し、クラスの中心で輝いていた。

 

「エリカをやる気にさせるためのあなたの働き。情報の収集から適材適所への配置、雰囲気作り。どれも及第点といったところね。間違いなく、あなたの『人生攻略』のスキルは上がっている」

 

日南の称賛は、いつもなら素直に誇らしく思えるものだったはずだ。

だが、今は素直に喜べない自分がいた。

 

「けど、日南。その結果があれだぞ!?」

 

俺は苦々しい思いを口にする。

 

「頑張って紺野をやる気にさせて、それに中村と泉をくっつけるアシストをした。なのに、そのエンディングが『平林さんへのいじめ』なのかよ」

 

もしも球技大会で紺野がやる気を出さず、クラスがバラバラのままだったら?

あるいは、中村と泉の関係がもっと早く、あるいはもっと別の形で露呈していたら?

 

「全てがいい方に動くわけじゃないのは当然よ」

 

日南も、少しだけ声を落とした。

 

「たしかに今回はあなたの積み上げた『成功』が、皮肉にも今の状況の土壌を作ってしまった」

「だとしたら、俺のやったことは……」

「間違ってはいないわ」

 

日南はきっぱりと断言した。

 

「イベントの結果には必ず副作用があるものよ。強力な武器を手に入れれば、敵も強くなる。ハッピーエンドの裏側には、必ず選ばれなかった選択肢の残骸だってある。それを恐れていたら、ゲームなんて進められないわ」

「それはわかるけど……」

 

俺は椅子に座り込み、天井を仰いだ。

頭の中を巡るのは、『もしも』の分岐点だ。

あの時、水沢が言っていたように、中村たちの関係をもっと早く噂として流していれば、ガス抜きはもっと小規模で済んだかもしれない。

 

いや、逆に球技大会前にクラスが崩壊していた可能性もある。

俺には正解なんてわからない。

 

「あなたもしかして、この件に首を突っ込むつもり?」

 

日南の鋭い視線が俺を射抜く。

 

「まぁ、できることがあればしようと思ってる」

 

俺の答えを聞いた日南は、呆れたように、けれどどこか諦めたように小さくため息をついた。

 

「はぁ……。あなた、肝心なところで頑固よね」

 

日南は組んでいた腕を解き、真っ直ぐに俺を見る。

その目は厳しかった。

 

「いいわ。止めても無駄そうだし。でも、一応釘は刺しておく」

 

日南の声のトーンが一段下がる。

それは警告の合図。

 

「動くなら、これ以上事態を悪化させないように慎重にやりなさい。あなたの不用意な行動でエリカの怒りの矛先が変な方向に向いたり、クラスの亀裂が決定的になったりしたら、それこそ取り返しがつかないわよ」

「わかってるよ。俺だって自爆特攻したいわけじゃない。あくまで平和的解決を目指すさ」

「ならいいわ」

 

日南はふいっと視線を外して黒板を見る。

 

「それじゃあ、最後に新しい課題についてだけど……」

 

いつもならここで次なるミッションが課されるはずだが、日南は少しの間をおいてから告げた。

 

「今回は、一旦なしにしましょう」

「え、なし?」

「ええ。今の不安定な状況で、無理に何か新しいアクションを起こさせるのはリスクが高いわ。ヘタに動いてボロが出るのも困るしね。やりたいことをやるのがあなたのやり方なんでしょう?」

 

日南は俺をチラリと見る。

 

「だから、あえて課題を挙げるとするなら、そうね。勝手にやりたいことをやるみたいだし、『状況を悪化させないこと』にするわ」

「……なるほど。それじゃあ、慎重に動かないとな」

 

何もしないことが正解かもしれない状況で、何かをして、かつ状況を悪化させないこと。

……まぁ、なにかしたいのは俺の意思であって日南はなにもしないのが最適と言っているが。

 

「肝に銘じておくよ」

 

俺がそう答えると、日南は荷物をまとめ始めた。

今日の会議は終わりのようだ。

去り際に、彼女はもう一度だけ俺を振り返った。

 

「最後に言っておくけど」

 

その表情は、冷徹な『パーフェクトヒロイン』のものだった。

 

「私はあくまで、『静観』が一番賢いやり方だと思ってるわ。感情に流されて動くのは、決して得策じゃない」

「あぁ、わかってる」

「そ。ならもう何も言わないわ」

 

今日の会議はそう締めくくって終了した。

…日南の忠告は、もっともなのかもしれない。

あいつはいつも合理的で、効率的で、安全だ。

 

けど俺は、やりたいことを優先したい。

先に第二被服室を出ていった日南を見送りながらそう思った。

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