ガールズ&パンツァー ――The silliest story―― 作:滝村亜華音
では、お楽しみあれー
――以下の文章は、とある作戦の最中に、アレクサンドラから聞いた話の内容である。
須呂脇大学チームのグループ3の、3両の戦車から成る後方班。その班長車――IS-3は、臨時の司令塔として森の中にぽっかり空いたように開けた地点に居る。そしてその車両の車長は、グループ3の班長でもある人物、アレクサンドラだ。彼女の元には、チーム内の別の班長からの通信が一つ入っていた。
通信機から聞こえる声に耳を傾けると、自然と彼女は顔を顰めた。
「ふ、副隊長…やられました……。あいつら、パーシングをよく使いこなしてます。やっぱ重戦車だからって舐めてかかれません! 蛇行やドリフトなんて軽々とやってのけるし、それに…」
「うるさい」
相手が言い終わらない内に、アレクサンドラは通信を切断する。そして二秒足らずの間通信機を睨んだ後に、姉へと通信を繋いだ。ノイズに混ざりながら陽気な声が耳に飛び込んで来る。彼女は相手の言葉の語尾に噛み付くようにして、声を出した。唐突な割には冷静で平坦な声であった。
「何々、どうしたの? 栗麗葉ちゃん」
「B班の班長車がやられたと…」
「あー、そのこと? アタシにも来たよ」
「それなら早いです。要するに敵の前線が、うちの前線との接触を始めたようなんです。恐らく向こうが幾分か優勢かと」
少々しかめっ面になりながら、アレクサンドラは戦況を予想する。何処か慣れた口振り、否、何かの説明書をただ読んでいるかのような、感情のこもっていない喋りだ。分かりやすく言うのであれば、所謂棒読みというやつだ。その最中でも姉は対照的に、「うんうん」と声に出しながらアレクサンドラの報告を聞いていた。
「成程ねー、もしかしたらメグっちも居たりするかな?」
「メグっち…?」
「あーいやいや、こっちの話」
副隊長の疑問の声を、隊長は軽々と振り払う。彼女は通信機の向こう側の相手に対して何か思うことがあるのか、それ以上は深く追求しなかった。不要な議論で大切な試合の時間を削ぐことも本意ではない。やるだけ無駄、それが現時点での彼女の答えだ。
生産性の無いことをするのはアレクサンドラにとっては忌避するべき事象だ。故に、彼女には趣味と言うものも無い。小説本を片手にカフェ巡りなんてしたことは無いし、コントローラーを手に暴言を吐きながら画面の中の敵に銃を向けるなんてこともしない。日曜は決まって、大学の課題やサークルでの戦車道の資料をまとめ直す程度しかしないくらいだ。思い返してみれば、彼女は高校時代からそうだった。
だが今彼女は、柄にもないことを考えていた。
(それにしても何故、隊長がわざわざ前線に……? フラッグ戦なら愚将と笑われるでしょうに)
色々と考えあぐねるも、すぐに無駄な努力だと思い直す。無関係な事象に貴重な脳のカロリーを使ってやる必要は無い。必要があるのは部隊の指令と行動を繋ぐ神経の役割を果たすことだ。副隊長と言えど隊長ほどの自由は利かない。それなら自分を縛るルールに従うだけなのだ。代わりに、隊長ほどの責任も無い。
「さて…と、ちょっとばかしヤバいことになってるかしらね」
アレクサンドラは通信機を口元に当てると、声を放った。
――
私の耳元に、高校時代から聞き慣れていた冷徹な声が飛び込んで来た。私の背筋を鳥肌が覆い尽くす。心成しか下顎もガタガタと震えた。指先が痺れて、通信機が上手く持てそうにもない。それでもそんな相手の都合を考えることも無く、元後輩は殆ど平坦な声色で元先輩の恐怖心を煽る。成程、「正しさ」を武器とする彼女らしい。
私は重い唇を無理矢理抉じ開ける。
「……何だ? 今、私はドが付く程ヤバい状況なんだが…」
「あ、そう。家にも大学にも居場所が無いってこと?」
そうと言えばそうだが、そうじゃないと言えばそうじゃない。互いに相手の額に銃口を突き付けているような状態だ。マフィア映画でたまに見るような駆け引きの場面。どちらがより長く、引き金を引くまで耐えられるかと言うチキンゲームでもあるだろう。例えるならば、回転椅子に縛り付けられた5人の人間が三方向から差し向けられる銃口に怯える図である。さながら『SAW5』だ。
「少し違う。ある種の膠着状態だ。少なくとも三両以上に囲い込まれているんだが、私達も奴らも互いに攻撃を警戒して迂闊に動き出せない。だが相手はこちら側の居場所が把握できている分、かなり有利だろうな」
少なくとも先程の推定三両の戦車達にはバレているだろう。
「はぁー……、とことん面倒しか起こさないわね。だからチームの輪からもハブられんのよ」
「うるさいっ」
嫌味ったらしく溜息を吐いた後、嫌味を呟く。彼女の正論はことごとく私の虚栄心を打ち砕いた。事実が事実だけに言い返せない。投げ付けられる悪口雑言の数々が紛れも無い事実であるからこそ、今日に至るまで私は不遇を囲う羽目になったのだ。挙句の果てには姉にさえ見放され、前線へと左遷され、肉壁として使い捨てられる運命に今はあるという訳である。
「取り敢えず動きなさいよ。居場所が悟られてるんなら、二手に分かれるでもして攪乱させれば? じっとしてた方が危険でしょ」
「言ったところで、誰が私の指示を聞いてくれると思う?」
私は彼女の変貌ぶりに半ば絶望しながらも、声を拾おうと努めた。変貌とは、高校時代と比べての人となりの移り変わりようだ。
――プラウダ高校に属していた頃のアレクサンドラは、もっと夢と希望と情熱と優しさと少量の弱さに満ち溢れた、ザジャンプ主人公の人物像であった。しかし大学に入ってからは御覧の通り、地獄の閻魔さえ泣いて逃げ出す程の冷血淑女へと変貌してしまったのだ。かなり質の悪い部類に入る大学デビューである。
「っていうか、そっちが数で勝ってるなら一両くらい倒せるでしょ。位置も分かってるんだし…」
「簡単に言うな! あと分かってるのは一両だけだ」
「それでも、その一両だって…」
倒せるわよね、と元後輩。ギリギリと私の歯が軋む。明確に分かっている敵でも一両、近くに姿を隠している者でも二両。数で勝っているとしても、位置が分からないならむしろ劣勢だ。相手の右翼部隊への更なる増援を想定するなら10両にも及ぶだろうか。既に9両を左翼部隊へと割いておきながら、まだまだ戦力を投入する余裕がある――やはり物量に物を言わせるのも、完全にありきたりなやり方では無いのだろう。高校時代、かつての親善試合で、姉率いるサンダースに敗れた記憶が呼び起こされそうだ。
「それでも無理だ。私では力不足が過ぎる。指示したって私じゃあ、誰も言うことは聞いてくれない」
前線兵は自身を蝕む苦痛を副隊長に伝えるが、声は届かない。むしろ現実とはかの始皇帝をも凌ぐ程には非情なようで、それでも彼女は無慈悲に、私の苦し紛れの叫びをガキの戯言であると切り捨ててみせた。
「じゃあアンタがやりなさいよ。能力も技術も無いって言ったって、現状打破の為には行動するしかないでしょう?」
「ぐっ……!」
正論を突き付けられ、ぐうの音も出ない。沈黙に身を委ねる私の気も知らぬまま、アレクサンドラは小言に小言を重ねる。
「私の能力や技術の無さを分かって言ってるのか? 突撃したって蜂の巣だ」
「じゃあ、やめなさいよ戦車道。もう向いてないわよ」
――何故こうも私ばかりが責め立てられるのだ? 確かに左翼部隊の先頭に立つ者として、私は左翼部隊の行動における責任を担わなければならない。だが罪状の約4割は、彼らに問題があるだろう。それに私は文字通りの一兵卒、前線下の雑兵に過ぎないのだ。なのに……!
「あー分かったよ。やれば良いんだろ、やれば! この冷血クソ女め!」
私は声を荒げ、同じ車両の乗員達を跳び上がらせた。すると今度は、アレクサンドラが通信機先で小さく呟く。きっと彼女自身の耳に届いたかどうかさえ疑わしいくらい、小さな声だっただろう。そりゃあ、大きな声で言いたくはない筈だ。中学時代の彼女を振り返ればよく分かる。彼女もよく独りで行動していた。
「だから友達居ないのよ、アンタ」
「何か言ったか…?」
「今度はちゃんと聞こえるように言ってあげようか?」
「いや、必要無い」
私は砲手、装填手、操縦手の耳元で、小さく声を発した。操縦手の無言の睨みと装填手の溜息、そして砲手の『あ?』という声が私の脳に張り付いて離れないが、気にせず指令の内容を述べる。すると皆は眉に皺を寄せ、口をあんぐりと開けながら私を見ていた。まあ無理も無い。私の説明する作戦は、相手が相当のバカでないと引っ掛かりはしない。
「このまま留まって全滅するよりマシだろ。後続の4両にも、同じ内容のものを伝えろ」
私は通信手に囁く。通信手は一回の舌打ちの後に、周波数のダイヤルを回し始めた。暫くして、通信機越しに様々な悪態が寄せられたが、最早日常茶飯事なので聞き流しておいた。
――
顔を顰めながら、アレクサンドラは同軍の別の班の車両に向けて、通信機の周波数を調整する。いくら割り切る性格の彼女と言えど、やはり引っ掛かるものは引っ掛かった。その対象は先程までの隊長の能天気さでも、同級生の頑固さでもない。では何か。それは…、静か過ぎることだ。試合の序盤ということで、まだそこまで双方が進軍しておらず交戦もしていない、というのもあるだろう。だが、余りにも会敵や接敵の報告が少ない。
――報告の内容から推察するに、敵軍は今、合計12両前後の戦車を前線に置いてこちらの様子を伺っている筈だ。この広い試合会場――草原、ジャングル、砂漠、山岳地帯、市街地、廃墟と化した港など、内容物は様々だ――、偶然でもバッタリ会える方が確率は低い。だが、それを考慮しても不審ではなかろうか。戦力を分散させているならば、尚更通信が入って来る筈だろうに。
IS-3の車内が静まり返る。さながら『クワイエットプレイス』だ。彼女は顎に手を当てる。そしてボソボソと独り言を始めた。
「何でここまで遭遇しないのかしら…? ……いや、遭遇出来ない…『遭遇しようが無い』としたら……」
そんな中、突然アレクサンドラの元に通信が入る。
「こ、こちらD班。班長車がやられました……!」
「こちらE班、こちらE班! パーシングに、我が班のISU-152が撃破されました!」
D班の班長車と言えば、T-44だ。E班のISU-152とは、班長車のことだ。
「唐突ね…、やっと交戦に入ったの?」
居ないと思ったら闇討ちされたパターンだ。大方、待ち伏せされていたのだろうと容易に想像がつく。そもそもの話、そういう不測の事態に対処するのがグループ2やグループ4の役割ではなかったか。何処か自軍の隊員達に呆れるが、戦闘に入ったならグループ3の力が必要になるだろう。彼女は指令を出す準備をする。だが、地図を広げる手がピタリと止まった。
「……。ちょっと待って…?」
アレクサンドラの顔に些か驚愕の色が浮かぶと共に、また一つの疑問が脳を掠めた。それは小学生が思うような、かなり簡単な疑問であった。とても簡単で、幼稚なものだった。いちチームの副隊長がそんなことに意識を割かれてしまえば御終いだが、それでも何か引っ掛かったのだ。どうにも理屈に合わない、どうにも論理立てて考えるのにそぐわない事実が目の前に存在していたからである。
(……どうしてこうも立て続けに、班長車ばかり…? それ以外の車両からは接敵どころか、会敵の報告すら無い。殲滅戦なんだから、待ち伏せや潜伏でもしながら他のも撃って、少しでも多く数を削った方が確実の筈…)
偶然にしては出来過ぎている。何がしかの意図が隠れているのではないか。
「――っ⁉」
アレクサンドラは目を見開く。疑問に対する答えを推測するが、そこに至るまでの過程を踏んでいく内に、少々恐ろしい事柄が想像出来てしまったのだ。
――
乾いた金属が擦れる甲高い音が木々の隙間から漏れ出す。やがて、5両並んだ列の最前面に居る、T-44の主砲が進行方向から見て左を向いた。そしてその時に、私の右耳が覚えた違和感を操縦手に伝える。すると、砲手と操縦手は同時に行動を開始した。
まず操縦手は操縦桿を撫で回す様な滑らかな動きで一手、また一手と動かしていく。ガシャコンと小気味良い音がしたかと思えば、キャタピラ部分もまた左へと回転した。まるでT-44が身体のどこかに痒みを感じて、その身を捩じらせているかのようであった。
続いて砲手が主砲を数十度回転させ、林の中に隠れるM26パーシングに照準を合わせる。主砲がキャタピラよりも120度弱程度左を向く形で、T-44の身体は捻じれている。するとソ連戦車の動きに呼応するかのように、スコープの向こうのアメリカ戦車もまた、こちらに牙を向けて来たのである。向こうも戦闘態勢に入ったらしい。戦車の立ち位置が整ったかと思えたその時、私の右耳がまたしてもある違和感を覚えた。
(同時か……、それとも誤差で来るか)
装填手が砲塔へと砲弾を押し込んだのを合図に、私は天井に突き上げていたハンドサインを、スコープの向こう側へ向けて動かした。同時、引き金が引かれた。鋼鉄の殻の外で轟音が一つ。続いて二つ鳴り響いたかと思えば、我々の小さな部屋が揺らされる。
その中で私は砲弾の行方を目で追うことはせず、代わりに操縦手へと目をやった。この揺れは砲撃の反動によるものだけでは無く、操縦手の咄嗟の操縦によるものでもあったのだ。どういう操縦か。簡単である。ほんの数センチ、戦車を斜め左後方へと移動させただけのものだった。
直後、同車の主砲の先端と砲塔のケツを、合計二つの砲弾がそれぞれ掠めた。そしてその砲弾たちは、先程の接触に跳ね返り、見当違いの方向へと突進していく。一発は道の脇の木の幹に穴を開け、もう一発は明後日の方向に放り出された末に爆散し、周辺の草むらを少し焼いた。
「T-44…! 二時に600だ」
私はすぐ後に並ぶ車両へと、たった今見つけた敵の座標を伝える為、通信機に声をぶつけた。
「はあ⁉ マジで?」という声の後に、もう一両のT-44の砲塔が回転する。主砲が二時の方向を向いた瞬間、同砲台が火を噴いた。轟音が皆の耳に襲い掛かる。私に至っては鼓膜が破られたような、聴神経内に仕掛けられた超小型爆弾でも爆発したみたいな、強い衝撃を耳の内部に覚えた。尖った砲弾が、列の右側に隣する林の中へと吸い込まれていった。
直後、そこに身を潜めていたM26パーシングが白旗を上げた。
「ナイスショットだ」
「喧しいわ」
私の精一杯の称賛を、T-44の砲手は拒絶した。同時、私はある事に気付き、先程の自分が放った砲弾の行方を案じた。と言うのも、左側の木々に向けて砲弾を撃ち出したところまでは覚えているのだが、その後に同じ方向から爆発音が聞こえた記憶が無いのだ。もしかすれば、すでに態勢を整えられて迎撃の準備を完了しているやもしれぬ。左の林へと視線を戻す。
「……――っ!」
私は半ば失念に近い感情に胸を抉られることになった。砲手が目の前の状況を最低限の言葉で表す。
「居ない」
静寂の中に、轟音の余韻が残る。これは失態だ。やってしまった…。目の前の敵を、見す見す逃がしてしまった。かなり大きい部類の失敗を犯してしまったのだ。私の背筋を見えざる氷が冷やしていく。また大して熱い訳でも無いのに、顔を何本もの汗の筋が通って行った。案の定、通信機の向こう側は大量の罵詈雑言が飛び交う。
「マジかよお前最低だな」
「役立たず」
「やっぱアンタ、クソね」
こいつらは私が何をされても傷付かないと思っているのだろうか。幾度となく怒りに震えそうになるも、事実が事実なだけに何も言い返せない。この理不尽さは、開国直後の日本に突き付けられた日米修好通商条約を彷彿とさせる。最早ここまでがテンプレートであるため、聞こえなかったことにして話を進めた。
「すまない。だが、過ぎたことを言っても仕方が無い。引き続き周りに警戒しながら進もう」
「アンタが仕切んな!」
今一度皆に注意を呼び掛けるつもりで言ったことだったが、再び隊員の怒りを買ってしまったらしい。
――遠くで重戦車が走り去っていく音が聞こえたが、今追い駆けても無駄だと悟るのには、そう時間の掛からないことだった。普通の重戦車ならまだ分からないが、島田流お墨付きの機動力を誇るM26パーシングだ。戦うどころか追い付くことすら出来ないだろう。
「はあ……、まあいいや。行こう」
私は重々しい声を発しながら、操縦手に前進の指示を出した。
――
グループ2の右翼部隊の前線班――C班。そこで動くヴィットーリオは、オブイェークト704のキャタピラを唸らせながら、半ば気ままなドライブを楽しんでいた。しかも彼女は即興の歌を歌いながら、キューボラのハッチの隣の甲板に頬杖を突いている。戦車道の試合の最中であるということを、最早忘れているのではないかと疑いたくなる程の気軽さである。
「マっカロニとちくーわ似っていーるな~♪」
下手糞な鼻歌を歌いながら林間を進むと、とある黒い鉄の塊が視界に入った。
「おや?」
童話でよく聞くような疑問の声を発しつつ、その黒い物に向けて目を細める。木と木の隙間からチラリと除くその体の形状や質感が、彼女の記憶の中のある物体を呼び起こす。そもそも、自然界の中に人工物が存在できる状況自体が限定的であるため、そこから推測しても対象物が何なのかは容易に分かる。では何か。皆さんご存じ、戦車だ。
「おやおや、これは何やら不穏ですねぇー」
何処かの魔王幹部にでも居そうな台詞を吐きながら戦車の様子を調べる。観察に意識を割き過ぎたか、対象の戦車の車長との視線がぶつかり合ったことでヴィットーリオの意識は現実へと引き戻された。三秒足らずの沈黙の後、彼女が沈黙を破る。
「あ、目が合った」
直後、彼女の元へM26パーシングの主砲が突き付けられた。ガガガと乾いた鉄やゴムが擦れる音が響く。砲塔がこちらに向けて回転するのを捉え、ヴィットーリオは眉を顰めた。
「出会い頭に発砲ですか? 無差別通り魔みたいですね……」
お年玉の額が満足の行くものではなかった子供のように、不服そうな表情を浮かべて低い声でぼやく。直後、装填手に声を掛けた。たった今のものとは対照的な明るい声で話し掛けてきた事で、装填手はヴィットーリオの変貌ぶりに少々身震いした。
「劣化ウラン弾で頼みます」
「え? は。はい」
「ありがとうございまーす」
自走砲の主砲は、重戦車の主砲とは対照的に斜め下方へと照準を合わせた。こちらも重厚長大な鉄管が低い唸り声を上げながら稼動する。同時、揺れる車体が皆の身体と尻を襲った。砂利か瓦礫の上に座らされているような感覚。ガゴン…、と金属質でどこか鈍い音が響く。直後、ヴィットーリオが砲手の肩を蹴った。
轟音。刹那、劣化ウラン弾が空気に穴を開けながら空間を突き進む。木と木の間を、砲弾に弾かれた空気が駆け抜けて行く。直後、爆発音と共にアメリカ製戦車の足元の砂が爆散した。砂埃で視界が薄茶色に支配される。
更に劣化ウラン弾の性質上、硬い物に衝突して弾頭が欠けようとも、むしろその先端を鋭く尖らせながら先へ先へとその身を捻じ込ませていく。土相手には至極勿体無い代物だが、お陰様で相手の足元を不安定にさせる事には一役買ってくれたらしい。砂場がグシャと崩れる。同時、M26パーシングの車長が「うわっ⁉」と悲鳴を上げたのを聞き、ソ連製戦車の車長はまた新たな指示を出した。
「見つからないようにしましょう。正面からやり合って敵う相手じゃありません」
オブイェークト704はその足を…否、キャタピラを右斜め後方へ向けた。そしてヴィットーリオは、何処から持って来たか爆竹を砂煙の中へ投げ込んでささっと身を隠した。
――
「まずい…、かなりまずいわ……!」
眉間に皺を寄せ、顔に数本の汗の筋を作りながらアレクサンドラは同じ様な言葉を反芻する。「どうしたんですか?」と他のIS-3の乗員が彼女に振り向いた。彼女の言葉の意味に疑問を抱いたのだ。心成しか、彼らの眉間にも皺が現れている。車内がまたも妙な静寂で満たされる。
一度の深呼吸の後、アレクサンドラは重々しい声で現状を説明した。
「まず試合の序盤に、こっちが三両がやられたってアナウンスが入ったでしょ? それなら少なくとも、双方が多少の交戦状態にあるって言うのは普通に想像がつくわよね」
彼女は他の隊員達に目配せをしながら話す。話が進んで行く毎に、他の隊員達の額や頬にも汗が伝い始める。
「でもどういう訳か、チーム内の通信での報告は殆ど無かったの。交戦どころか、敵車両発見すらもね。まだ遭遇してないか、報告を怠るタコ野郎ってなら話は別だけど、50分弱も音沙汰無しってのは流石におかしかった訳」
「…はあ」
「私が不審に思った頃、やっと報告が入ったわ。B班の班長車がやられたって…。今まで経験してきた試合の中で、最悪の報告よ」
普段は無口な冷徹キャラを貫く彼女だが、蓋を開ければ…否、口を開けば饒舌な奴なのか。それとも彼女はテンパったりすると、いつも分厚く着込んでいたクールの鎧に傷が付いて、親友や家族にさえ見せない姿を見せてしまうのだろうか。
アレクサンドラは説明を終えたかと思えば、唐突に素っ頓狂な質問をし出した。隊員達は促されるままに答える。
「班長車は普通、どんな役割をしている?」
「それぞれの班の指揮を…」
「後は?」
「隊長車やグループ3との、指令や情報の伝達を」
装填手が返答すると、アレクサンドラはその語尾に噛み付くようにすぐさま言葉を発した。
――そうだ。このチームの隊長こと姉の采配は、三つ程度の班が集まって一つのグループを形成している。一コ大隊の規模に迫らんばかりの人員数と車両数。4つのグループに分けた程度では部隊の図体も大きく、固まって行動しようものなら格好の的だ。故に班として分散させることで、敵に発見されるリスクを軽減させている。
だがその分、戦車達の行方は各班長の判断に左右される。なので班長達が暴走してしまわないよう、定期的にアレクサンドラ達と作戦の確認や班規模での指示、情報交換による敵影の鮮明化を兼ねた連絡を取り合って、間接的に監視しているのである。この監視・管理システムはチームの副隊長――アレクサンドラその人の提案だ。
当の発案者でもある彼女は、このシステムを導入した時のメリットとデメリットをよく理解していた。メリットは監視と、迅速な指示や情報交換が同時に行える事。ではデメリットは……。
「そんな班長車がやられるとどうなる?」
「班が暫くは動くのに困って…、グループ3からの情報も上手く受け取れなくなって…。で、でも…隊長車やグループ3との直接の接続くらいになら、すぐに切り替えられるし…」
「敵がそれを阻止しようとするには?」
「考えられるのは……、司令塔そのものを叩くこと。……っ!」
アレクサンドラは静かに頷く。
「そうよ…」
だがここで、操縦手が新たに疑問を呈した。これと言って特別なものではない。誰もが抱く自然な形での疑問だ。
「でもそれなら、初めからグループ3を攻撃してくる筈ですよね。何故、わざわざ全ての班長車を……?」
「ゴキブリって脳みそが死んでも、他の臓器が無事なら問題無く生き続けられるらしいわ…」
アレクサンドラが、皆を励ますには力不足なジョークをかます。当然、皆の口角は一向に下がったままだ。沈黙の中を、今度は砲手の声が泳いでいく。
「……身体を完全に殺すには…、他の内臓も全部死なせるしか無い…」
「…Правильно」
アレクサンドラが小声で答えた。
つまりはこうだ。司令塔本部を落としたところで、班長達を軸とした各々の自由判断に切り替えられてしまえば、容易に反撃の手立てを与えてしまう。例え生き残ったのが末端であっても、指揮系統が健在、または臨時に構築できたならばチームの管理は可能になる。それさえ極限まで不可能にさせるために、各班長車と司令塔本部をまとめて攻撃する、ということである。
「奴らは初めに、私達の指揮系統を完全に潰すつもりよ…!」
彼女は静かな、かつ驚嘆を孕んだ声色で結論を述べた。結論とは言っても現段階では推論や仮説の類に過ぎないのだが、相手は神童。その通りであっても何一つおかしくない。
(流石は島田家のお嬢様……、私の後輩と違って頭が切れるのね…。同じなのはチビって所だけ)
アレクサンドラは敵将――島田愛里寿嬢の智将ぶりを推測し、ブルと身を震わせた。