ガールズ&パンツァー ――The silliest story――   作:滝村亜華音

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Foreboding(虫の知らせ)

 当時、未来に無限の可能性と希望を抱いていた私は姉の背中を追うべく、戦車道に青春を捧げることを決めた。オープンキャンパスの話によれば、様々な国の戦車を開発、運用し、改造はチームの意向次第、必然的にそのチームの専用車が出来上がっていくという仕組みだそうだ。ともなれば、我が母校――プラウダ高等学校の所有していたソ連製の戦車にもお目に掛かれるのだろうか。この時の私は舞い上がりに舞い上がり、マウスさえ横転せんばかりの爆発力を秘めていたとされる。

 

 しかし戦車道サークルに入って約一ヵ月、現実という名の凄まじい砲撃が私の心と自尊心と自己肯定感を跡形もなく粉砕した。この衝撃はファイアフライでさえ実現されることの無かった凄まじさであろう。

 

 姉は成績優秀の特待生で、妹は元浪人生のどちらかと言えば劣等生。戦車の扱いさえ私は習得に途方もない時間を有した。獲得したあだ名は「紛い物」「隠し子」「特攻隊長」「自爆野郎」と多岐に渡る。この空間での異物は、姉ではなく私なのだ、そう気付いた時には既に手遅れであり、私はサークル内での居場所が無いにも関わらず退役は許されないというかなり質の悪い部類に所属しているのである。

 

――

 

 ――そんな私の傍には、どういう訳か決まって三人ばかりの人間が集まっていた。

 

 一人目は、私におかしなくらいに付きまとう人間である。私と同じ戦車道サークルに属しているのだが、事あるごとに私を玩び、振り回す、まさにトラブルメーカーと言うよりトラブルが擬人化したような人間である。

 勉強は出来ないのに何故か勘が鋭く、機転が利くというずる賢い脳の構造をしている。それが試合において役に立ったこともあるのだが、毎回戦車道の規則違反スレスレの案ばかり実行するので、一歩間違えれば、彼女は戦車道業界からの永久追放というこれ以上ないバッドエンドまっしぐらになりかねない状況に立っている。

 口が上手く、相手の懐に入り込むことを得意としているため、色々と処世術に長けていた。その様子は、国際社会において世渡り上手として有名であったイタリアを彷彿とさせる。故に私は、歴史上のイタリアの国王の名前になぞらえて、彼女に「ヴィットーリオ」という名を与えていた。

 

 二人目は、異様にそれなりの高貴なドレスに身を包んでおり、彼女もまた私と同じ戦車道サークルに属しているのだが、私を含めた周りの部員達には高貴な振る舞いを見せる一方、常に水筒に紅茶を淹れてそれを水分補給に用いており、常にクッキーをタッパーに入れて持ち歩いていて、一日に一回はコンビニ弁当や冷凍食品を頬張るなど、変に庶民染みている貴族になり切れていない貴族と言うより貴族が何であるかの定義を知らないような人間である。

 勉強は出来るが戦車道に関しては私より二、三段階下程度には下手というかなり悲惨な腕前である。しかし気の持ちようは一級品であり、その堂々とした振る舞いから彼女のハッタリを皆は簡単に真実として認識してしまう程である。

 何があっても涼しい顔で受け流しながらも、ルールや規則には忠実で、戦車道においても不正を行った者やそれらしき人物に対しては独断で厳しく罰するという几帳面な一面もある。その様子は、国際社会において裏で様々な手を回し、一時期は覇権を握っていたフランスを彷彿とさせた。故に私は、歴史上のフランスの死刑執行人の名前になぞらえて、彼女に「シャルルアンリ」という名を与えていた。

 

 三人目は、常に敵意を剝き出しにしているかのように、冷静沈着で冷酷無情な人間である。私と同じ戦車道サークルに属しているのだが、友人や恋人、更には自身の家族に対しても肩入れすること無くほぼ全てにおいて平等に公平に、且つ合理的に判断して行動するまるでサイボーグのような人間である。

 勉強の成績は常に上位に食い込み、戦車道においても彼女自身はそつなく熟している癖に実力や技術は姉に迫らんばかりの高級な代物だ。つまり、本気を出せばいつでも周りを蹴散らせるというなかなかにおどろおどろしい人物だ。

 物事の本質をよくつつき、どんな言葉や状況であっても正論でぶった切るという、果たして人の心をちゃんと持って生まれてきたのか心底疑わしい性格である。かく言う私も、そんな彼女の放つ正論の被害者の一人であり、私が自身の戦車道の才覚は姉と比べて絶望的に乏しいという事実に気付いた…否、事実を受け入れたのは他でもない、彼女の『お姉さんと比べれば全然下手だね、才能無いんじゃない?』といった旨の言葉が私の背中を押してくれたお陰なのだ。その様子は、自身の思惑を叶えるために短期間で無慈悲にも5度にわたる戦争を引き起こしたロシアを彷彿とさせる。故に私は、歴史上のロシアの皇帝の名前になぞらえて、彼女に「アレクサンドラ」という名を与えていた。

 

 兎も角、私の周りにはそんな物好きが三人も集ったのである。「類は友を呼ぶ」という言葉があるが如く、これまたどういう訳か、私は得体の知れない不吉さを纏ったこの三人と意気投合した。

 

――

 

「まーた不機嫌さが顔から滲み出ていますよ?」

 

 大学内のカフェテリアにて、左隣の席に座るヴィットーリオは私の目前で箸の先端を用いて渦巻を描きながら意地汚く笑った。こいつには私がトンボにでも見えているのか。一体どんなコンタクトレンズを使えばそんなふうに見えるのか、25枚余りのレポートにまとめて提出して貰いたい。

 

「ヴィットーリオさん。そう言ってしまうと、火に油を注ぐことになってしまいますよ。まあ確かに不機嫌さは隠せてませんが…」

 

 ヴィットーリオの向かいに座るシャルルアンリは、クスクスと笑いながら上辺だけの弁護を行っていた。そのあからさまな侮辱の意思を込められた態度に内心怒りを覚えた。よりにもよって他者の目もある大学のカフェテリアで、心無い言葉に申し訳程度に存在していた誇りと威厳を嘲笑され、私は二人の髪を縛り上げてハンマー投げの要領で振り回してやりたい衝動に駆られたが、淑女らしく冷静さを保った。

 

「下らない…。アンタ達も、別の意味で不機嫌にならなきゃいけない状況でしょ?」

 

 私の向かいに座るアレクサンドラは、スパゲッティの頂点に突き立てたフォークをクルクルと回しながら二人の他愛もない駄弁りに対して呆れの表情を見せていた。だが、彼女は別に私を弁護した訳ではないのだろう。彼女は私と同じプラウダ高校の出身だ。このメンバーの中では私がよく知っている。高校の頃は私の一年後輩として戦車道に従事していたが、大学進学にあたって私が一年間の浪人を経験したため、この度現役で合格した彼女と晴れて同級生になったという訳だ。

 

「へへへー。口下手なものでー」

 

 そう意地汚く笑いながら、ヴィットーリオは白米の上に乗っかっていたトンカツを口に運んだ。シャルルアンリはカレーを口に運んだ。まるで私の苦悩など、どこ吹く風と言わんばかりに関心がないように思われた。私がどんな宿命を背負っているのか、今から三人に向けて一時間に渡るプレゼンテーションを行おうと考えたが、食事中であったためやめておくことにした。

 

 ――私が背負っている宿命と言うのは、先週の土曜日に宣告された愛里寿嬢と姉による戦い――通称『隊長決定戦』についてのことだ。

 本来は「数ある大学の中で特に精鋭とされる者達から、一人の隊長を決めるためのプチトーナメント戦」といった方式で決めるようなのだが、今回も御多分に漏れず、姉も愛里寿嬢もまた、その決定戦にて隊長に就任する権利を勝ち取ろうという訳なのだ。

 そこまで脚光を浴びる筈の無い私も、今回ばかりは裏方程度にはこのイベントの当事者になることを余儀なくされた。私が事の理不尽さに対して中指で意思を示す暇も無く、事はスムーズに進んでいた。今日だって、トーナメント戦の初戦にあたる日であり、その試合において愛里寿嬢が悠々と勝利を収めていたところを、この目に焼き付けてきたのだ。

 

「それにしても、ドデカいイベントが始まりましたねぇー。この興奮度合いと言ったらないですよ」

 

 ヴィットーリオは口いっぱいに白米を頬張りながら、ついさっきの試合について何処か満足そうに語っていた。私の姉が立候補していることだって知っている筈だが、心成しか私への当てつけも含まれているように思えた。

 

「流石、島田家の跡取り娘って感じでしたね。色んな意味で高嶺の花ですよ」

 

「悔しいですが、こればかりは異論はありませんわ」

 

「右と右斜め前に同じね」

 

 ヴィットーリオの言葉に、二人分の賛同が募られた。それについては私も同意見であった。

 

――

 

 愛里寿嬢――島田愛里寿は、僅か13歳という若さで大学への飛び級を果たした規格外の才能と技術を持ち合わせた人間であり、その潜在能力たるや神に愛された存在と称されても微塵も疑いようは無い。私は彼女についてよく知っている訳ではないが、彼女が一体どれ程恵まれた存在であるかは熟知しているつもりだ。現役の大学生や、ましてや一浪した私と比べるなど笑止千万。むしろその行為は、愛里寿嬢牽いては島田家に対する大いなる侮辱に相違ない。数少ない日本の戦車道流派に対する冒涜ではないか。そんな奴だけは、逆に、ボコにボコられてしまうがいい。何故ならば天と地、雲と泥、月と鼈、そして太陽と生ゴミ程の差があることは初めから明白であるのだから。

 かつて隊長を務めた暁には『社会人チーム』という連盟が選抜した中で歴代最強と謳われていた超強豪チームを、まるで何かの偶然みたいにいとも簡単に打倒し、歴代最強の座を易々と譲り受けた驚異の逸材なのだ。「人は見かけによらぬもの」とはよく言ったもので、その可憐さとは裏腹に、どんな人間をどんな側面で相手取っても一方的な攻撃及び蹂躙ばかりで、相手に一切の抵抗と自由を許そうとしない気迫が、その幼気な瞳の奥に透けて見えた。

 学問、運動、人望、美貌、そして戦車道と、全てにおいて恐るべき低空飛行を叩き出した私とは全く持って対照的な立ち位置に居て、もしかすれば私の姉でさえ軽々と飛び越えてしまうやもしれぬ。「神童」という称号はまさに彼女のために生み出されたのではあるまいかと言ってしまっても何一つ過言ではない。唯一無二に等しい存在であり、天下一品且つ完全無敵の、歴代の中で見ても圧倒的な頂点に君臨しうる稀代の大天才なのである。

 全ての戦車乗りよ、ひれ伏せ。彼女こそが、「選ばれし者」なのだ。戦車道業界は、彼女のような逸材こそ重宝して然るべきであろう。生まれながらの最強、生粋のチート、純正の究極、それがこの島田愛里寿――愛里寿嬢なのである。

 

 本来ならば、私のような愚者がこんな場で、彼女についてのことを紹介することさえおこがましいかもしれないのだ。

 

――

 

「しかし、これはまた見事なチート主人公が出て来たモンですねぇ」

 

「確かに、選ばれし逸材と言った感じだったな」

 

「雲泥の差って、こういう時に使うのかしらね」

 

「憧れてしまいますわ」

 

 何処かの悪の魔王か幹部のような声の調子で、ヴィットーリオは愛里寿嬢のポテンシャルが如何程のものかを至極簡単な言葉で言い表した。どうせ彼女には、愛里寿嬢の迸る能力など知らないのだろう。しかしながら、彼女がまさに「チート主人公」の器であることには私も同意する。

 

「あなたは悔しくないんですか? 周りがどんどん飛び立っていく中、自分だけまだ土の中で」

 

「なっ」

 

 ヴィットーリオは心配するような気概を見せながら、私の顔を覗き込む。その顔の口は片方の口角が吊り上がっていた。心中では私を大いにバカにしているに違いない。とは言え彼女の言う通り、悔しい気持ちが無いと言えばウソになる。しかしながら、気持ちばかりが先行して現実から目を背ける程、私は愚かではない。しかと現実を見ている。

 

「一年のまとめ役はあなたなのですよ? お姉さんよりも、まずそっちを優先して下さいまし」

 

「妹がこんなんじゃ、お姉さんもさぞかし恥ずかしい筈よね。ってか一番年上ってだけだし……」

 

「うるさい! どうせ勝ったところで、チヤホヤされるのは姉の方だ」

 

 柄にもなく声を張り上げてしまった。駄作アニメのようなセリフに周囲はしんと静まり返り、その余韻による何とも言えぬ恥ずかしさを一人で受け止めるしかなかった。

 

「静かに! カフェテリアでは大声は厳禁ですよ!」

 

「アンタもうるさいわよ。シャルル…」

 

 シャルルアンリからも叱咤を喰らってしまった。そしてそのシャルルアンリは、アレクサンドラから一喝を喰らった。

 

 悔しい気持ちはあれど、それが大して自分の行動の原動力になっている訳でも無い。はっきりとしない心持ちで居た結果、ここまでズルズルと鳴かず飛ばずを実践してきて、今では沼地で溺れている虫のように何がどう転がることも無く、客観的なモラトリアム状態を今日にまで保ってきているのだ。我ながら、人種という括りの中でも相当質の悪い部類だ。

 

「まあでも、『1年のまとめ役という務めを果たして欲しい』っていうのは、一理あるわ。殆ど、お姉さんの七光りでかっさらって行ったようにしか思えないけど…」

 

 完全には否定が出来ないのは痛い所だ。ネヴァーではなくあくまでノット止まりであるのが、私の主張と反論をこれでもかと阻害する一番の固さを誇る鎖だ。

 

 アレクサンドラは鎖を使いこなしている。正論を口にすることの正しさを、しかと理解している。何がどうなれば、人を黙らせることが出来るのかを知っている。常に物事を客観的な視点から捉えることが出来ている。私の個人的な意見だが、彼女は戦車に乗るよりも、裁判官か検察官のどちらかになった方が、将来は有望ではないかと思われた。

 

「しっかりしてくださいよ? あなたも立派な戦車乗りの一人なんですから」

 

 ヴィットーリオは、今度はアレクサンドラに同調したように私をつつく。コロコロと意見の立ち位置の変わる、一貫性の無い奴だ。

 

「くっ…、お前だって人の事は言えないだろう」

 

「耳が痛いですねぇ。ま、大体はノリと勢いでどうにかなるんですよ」

 

 彼女の出身高校――アンツィオ高校よろしく、全ての逆境をノリと勢いで切り抜けてきたものではないかと思われる。極端に勉強を苦手とする質も、そんな高校時代の戦車道の中で洗練されたであろうサバイバルナイフの如き勘の鋭さと十徳ナイフの如き臨機応変に対処できそうな機転の利き方に裏打ちされたものなのだろうか。

 

「まあ、そう慌ててもいいことは何もありませんよ? 真摯に取り組んでいれば、いつか報われる時が来ますわ」

 

 人の事は言えないではないか、と私はシャルルアンリに対して心の中で盛大なツッコみを喰らわせた。彼女は悠々と水筒を傾けながら、温くなった紅茶を啜っている。カレーと紅茶、これ以上に相容れない組み合わせがこの世に存在するのだろうか。いや、しない。

 

「いつの時代の話だ」

 

 依然としてヘソを曲げたまま、私はカロリーメイトを頬張る。

 

「じゃあ、アンタはいつになったら報われんのよ」

 

 アレクサンドラの言葉が、またもや一人の人間の虚勢と理性をぶった切る。事実、ヴィットーリオやシャルルアンリもまた、私とほぼ同様で半年に亘り鳴かず飛ばずを実践してきたのである。常に成績が上位に食い込むアレクサンドラだからこそ出来る指摘だ。私達がどれだけ束になって熱い夢物語に花を咲かせていたとしても関係無い。彼女の正論の前には、全てが無力なのだ。

 

 逆に考えるならば、そんなアレクサンドラが、何故こんな私達のような人間と行動を共にしようなどと思えたのかが、個人的には何より不思議でならなかった。そんな疑問に答えが存在するというのであれば、リーマン予想だって目じゃない。真相は彼女自身にしかご存じないところであるが、例え天と地が引っ繰り返り、空が荒ぶり、大地が唸り、神々の戦争によって世界が終焉を迎える『ラグナロク』が訪れたとしても、彼女がその胸の内を吐露することは未来永劫あり得ることの無い事象であろうと推察できた。

 

――

 

 ――さて、そんな具合で私が三人と他愛もないトークに花を咲かせていると、何処からともなく、恐らく私を捉えているであろう声が聞こえた。理由は至極単純なもので、この大学内であればその声の主を知らぬ者など万に一つも存在しない程の有名人であるにも関わらず、その声は、私の脳内に眠る記憶の中でも、比較的馴染みのある古い記憶としてその脳に我が物顔で居座っていたからである。分かりやすく言えば、その声と言うのが、寸分違わぬ姉の声であったのだ。

 

「あ、いたー。全く…探したぞ、妹よ」

 

 その声を聞いて、私はより一層不機嫌になる。

 

――

 

 別にその姉が目の上のたんこぶだからだとか、そいつと自分を比較して劣等感を抱いているからだとかは決してない。そんな子どもな訳が無いじゃないか。ある種の理性が彼女を拒んでいる。人間以前に、動物の本能のようなもので、漠然と彼女を何処かで嫌っているのだ。

 

 否、嫌っているのではない。嫌っている訳では無いのだ。だが、私は何処かで、彼女と顔を合わせることを避けている。彼女の声を聞くことを拒んでいる。彼女の近くに居ることに対し、不機嫌に感じている。

 

 だけれど、それを姉に対して伝えたことは無い。伝えるべきではないと、そう考えたからだ。

 ここではあまり理由は説明したくない。いつもなら何処かの批評家のように、何かにつけてそれらしい言い分をぶつけ、長々と屁理屈を並べてその実、特に何の意味も無い薄っぺらな言葉を吐き散らかしているのだろうが、今ばかりはそれも休業させてもらおう。どうか読者の皆様にも、ご理解頂きたい。

 

「ちょっと顔貸せる?」

 

「何だ……?」

 

 姉の声に耳を引かれ、私はその席を立つことを余儀なくされた。その声が耳に届くより前に、姉に気付いた有形無形の学生達が彼女を取り巻き、姉の声が私に届かないというアクシデントが起きたが、数分間の格闘の末、どうにかそれは解消された。

 そして姉が私に用があると分かった途端、その取り巻き達は一気に私に対して軽蔑と侮辱の視線を雨あられと降り注いだ。私はとうに精神が限界を迎えていたのだが、ここで年甲斐もなく泣き喚いたりでもしたら、淑やかでも慎ましくも凛々しくもないではないか。それこそ戦車乗りとしての威厳などどこにもない。私はそう自分に言い聞かせながら、淑女らしく黙って応答することにした。

 立ち去り際、心成しかヴィットーリオとシャルルアンリが何やらこちらを見てニヤニヤしているようにも思えたが、それは私の見間違いであったと信じたい。

 

――

 

「いやーごめんね。手短に済まそうとは思うんだけど…」

 

「問題無い。最近は、あまり顔を合わせられていなかったからな」

 

 カフェテリアのすぐ傍の廊下を挟んだトイレで、私達は秘密外交に勤しむこととなった。姉はどこか深刻そうな目付きで私を捉える。こんな状態の姉と純潔を拗らせた男子が対峙した暁には、その男子は否応なく卒倒すること間違いなしであろう。

 

「結構重要なことだから、こんなとこでしていいような話でもないんだけど…。アンタには言っておいた方がいいかなって…」

 

 何だ。一体何の話を始めようと言うのだ。まさか、私は本当はこの家の子ではないという衝撃の真実が、実に19年余りの時を経て明らかになったのか。私は本当は寒空の下、古びた橋に投棄されていたところを拾われたということか。

成程、ならば納得だ。私と姉とで戦車道の腕前にあれ程の差があったのも、そもそもが血の繋がった姉妹では無かったこと言うことか。それならばすべての辻褄が合う。

 

「あ、言っとくけど…、『本当の家族じゃなかった』みたいなベタなヤツじゃないからね」

 

 私の心中を姉はいとも簡単に言い当ててみせた。私は、もしや姉は人智を超越した未知なる力でも会得したのではないかと思ったが、そもそも彼女はいつだって私の理解に及ばぬ境地に居る者だ。私の知らぬ内に超能力の一つや二つ、、手に入れていたって何一つ不思議ではない。

 

「先の試合…後は、大学選抜チームについても関係するようなことだから、場合によっちゃ『極秘』になるんだけどさ」

 

「大学選抜に……?」

 

 前置きばかりが長く、一向に本題に入ろうとしない姉に対して私は、不躾にも少々の苛立ちを覚えていた。だが待て。そう早まるな。ここで彼女にその苛立ちをぶつけてしまうのは、いかにも人として身勝手極まるではないか。姉にも姉のリズム、タイミングというものが存在するのだ。

 天才にだって天才なりの悩みや苦しみくらいある。姉だってアレクサンドラだって、きっと愛里寿嬢だってそうであろう。それを理解しようともせずに私のような愚者が好き勝手に外から揶揄するなど、身の程知らずの典型例ではないか。そんな奴は未来永劫、「悪い人の例」として道徳の教科書に晒され、永久に拭い去ることのできぬ屈辱を背負うがいい。

 

 私は直前の礼儀知らずの自分を恥じながらも、姉の声に神経を集中させようと試みたが、その努力は直後の音によって無意味に終わることとなった。

 

 ――チャイム。人によっては講義終了の合図であり、また別の人によっては講義開始の合図である。人によっては帰宅の合図であり、また別の人にとっては登校の合図である。人にとっての合図の意味合いは違えど、それが一つの鐘であることには変わりは無い。

 

「あ、ヤバ。午後の抗議始まっちゃう」

 

 姉にとってそれは、午後の講義開始の合図であったようだ。実にタイミングが悪い。私はつくづく理不尽な現実を憎たらしく思った。しかし私がいくらそんな感情を示したところで、神々は私に対して気付きはしないし興味も示さない。いくら抗おうとも、無理なものは無理なのだ。

 

「本当にごめん、ちょっと今日の講義外せないんだ。話はまた後でね。隊長決定戦の試合までには話すから」

 

 姉は話を伝えられなかったという悔恨に駆られるべき事象を物ともせず、軽い言葉で全てを済ませてしまった。

 そこまで物事に執着しない、何処か淡泊ささえ感じさせるような彼女のライフスタイルには呆気に取られてしまう。怠惰で自堕落で、これでもかと努力を捨ててひたすらに娯楽を貪っているような私のライフスタイルとは全く持って正反対、ストイックさとストロングさを兼ね備えた戦車乗りとしての理想的な生き方だ。

 

「ああ。伝えられる時でいい」

 

 姉はリュックを背負い、そそくさと教室へ行ってしまった。そんな彼女の背中は、どういう訳かとても遠い所にあるように見え、見失えば二度と私の元へは戻ってこないように思われた。私が終始複雑な心持ちであったことは言うまでもない。

 

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