ガールズ&パンツァー ――The silliest story―― 作:滝村亜華音
――大学選抜チーム隊長決定戦、第一回戦。砲撃音とキャタピラの音が飛び交い、辺りに黒煙が立ち込める。鉄の車両が火を噴きながらあちらこちらを走り回るという、ジャングルには到底似合わない光景が広がっていた。だが、その鉄の車両に搭乗する淑女達は、私を含め皆が至極当然の光景として受け入れていた。
――以下の文章は、試合の後にヴィットーリオから聞いた話の内容である。
木に囲まれた日の当たる平地を走るStrv m/42が、二両のISU-122に追われながら、その二両の敵に向けて、交互に主砲を発射させていた。チームの大半を軽戦車で固め、その小回りや身軽さを武器に戦っていた相手チーム――ギュルヴィ大学――は、逃げる事にもそれなりに一役買って貰っているのであった。
姉の乗るT-34は、崖の上から先述の様子を見下ろしていた。アレクサンドラの乗るT-44と、ヴィットーリオの乗るT-40に護衛されながらの様子見である。
「フー……、Judgement time…」
双眼鏡を下界に向けて構えながら、静かに呟いた。静か過ぎて呼吸音の方が大きいのではないかと思うくらいだ。
「もう撃とっか、飽きたし」
姉が砲手と装填手に指示を出す。砲塔がゆっくりと回転し、また、主砲の角度を眼下の草と砂と石の敷き詰められた地面へと下げ、Strv m/42の逃げる道の先へと標準を合わせた。
姉が指を鳴らす。同時、轟音。自分達だけを残して世界が揺れる感覚。直後、地面に砲弾一個分の大きさの穴が空く。逃げるStrv m/42の三歩先くらいの距離だった。穴から黒煙が立ち上る。5秒足らずの沈黙。その後にハッチからStrv m/42の車長が顔を出し、後ろへ振り向き、穴と黒煙を見つめる。そして、彼女の顔がサーっと青くなる。
「て、敵が…、まだ他に、敵が居る!」
Strv m/42の車長は上下左右に首を振り、こちら側の姿を確認する。
「あっちゃー、気付かれたじゃん。今度はちゃんと撃ってよ?」
「私ならわざとその位置に撃ちますけどねー」とヴィットーリオ。いつの間にか彼女はT-40から飛び出し、T-34の隣で先程の砲撃の様子を見物していた。その時のヴィットーリオは眉を顰め、両目を細め、両口角を吊り上げた、悪魔のような形相をしていた。
「はは、利桜ちゃんらしいね」
ヴィットーリオの腐り切った人間性さえ、個性として受け止める。姉には少しばかり、警戒心が足らないのではなかろうか。私がヴィットーリオに大きな不信感と嫌悪感を抱いているからこそ気付くことの出来る事実とは言え、仲良くしようとするのは流石に純真無垢に育ち過ぎであろう。
さて、T-34は主砲の標準を今度こそStrv m/42に合わせる。スコープの印の中に、Strv m/42の車体がスッポリと収まった。同時、姉が舌を鳴らした。
「――っ!」
轟音。赤い閃光が、尖った形状の鉄の塊をその身に孕みながら下界の戦車へと迫る。空間における物理法則とは無慈悲なもので、切り裂かれた空気が、衝撃波のように身を捩じらせ、その身を戦車の装甲へと叩き付けた。そしてその後、尖った鉄の塊がStrv m/42に激突した。黒煙が上がる。
5秒もしない内に、今度は白旗が上がった。直後、実況の声が試合会場内に響き渡る。
「ギュルヴィ大学、全車両、戦闘不能。須呂脇大学チーム勝利」
「……YES‼」
姉が片方の口角を上げ、小さくガッツポーズをした。
「うっしゃー!」
「勝てたわね…」
姉の後ろでヴィットーリオが上擦った声で叫び、アレクサンドラが平坦な声でフーっと一息つく。
――この隊長決定戦において、多少の紆余曲折はあれど、我が須呂脇大学チームは第二回戦へと駒を進めたのであった。
――
大学のカフェテリアにて、私の右隣に座るヴィットーリオは、中華丼を掻っ込みながら姉の勇姿を語っていた。私の向かいに座るアレクサンドラは、ラーメンを啜りながらヴィットーリオの同意を求める仕草や言葉に頷いている。私の右斜め前に座るシャルルアンリは、チャーハンを頬張りながらヴィットーリオの話に聞き入っている。
私はと言うと、ビターインゼリーを飲みながら、彼女の話に眉を顰めていた。私だけが不良生徒のように横向きに椅子に座り、脚を組み、テーブルに肘を突いている。何故私がそんな行動を取っているのか。理由は簡単だ。ヴィットーリオは先述のような話を、まるで私に当てつけるかのように喋っていたのだ。私の乗っていたKSP-76は、試合の序盤で容易に撃破されたことを知っている筈なのに……!
パックの中身が無くなり、やがて空気も全て吸い上げられた。パックの袋がへこむ。同時…。
「うぷっ……」
シャルルアンリがチャーハンを食べ終え、ゲップをした。食後のハーブティーを水筒から飲んでいる。良く食う奴だ。ここまで食っておいて、何故このような華奢な身体を維持出来ているのだろうか。そういった点では、私は彼女の体細胞に興味を抱いている。
そんなことを思っていると、スマートフォンが小刻みに震え出す。振動が服の布地を通じて肌に伝わる。またもやメールの通知のようだった。指で軽く画面をタップし、内容を確認する。直後、私は目を見開いた。
メールの内容は次のようなものであった。
『話がある! 学長室へComing』
奇抜な文面と唐突な内容に、一瞬だけ私の脳が思考を放棄したのは言うまでもない。なんだ。何処も変わっていないではないか。姉にも負けず、本当に自由気ままな人だ。今回はまた、どんな思い付きで我々を引っ掻き回そうと言うのだろうか。
――
――学長室の前。ここを通り掛かると酷く憂鬱な気分になる。別に私が超が付くほどの問題児だからとか、学長に対してまで気安くタメ口で話しているからとか、学長の車を戦車で木っ端微塵に吹き飛ばしたからとかでは無い。と言うか、それが当てはまるのは私よりもヴィットーリオであろう。
この部屋の中に居る人物、つまりは学長が、私にとっての「苦手な人物」に相当するからである。何かしらの確固たる理由がある訳でも無い。二人の間にこれといった隠された因縁がある訳でも無い。それでも、私は何処かで学長を避けている。遠ざけようと考えている。
学長室の扉のドアノブに手を掛ける。深呼吸。あまり気分は落ち着かない。依然として背中は寒気に襲われたままだし、腕には鳥肌が立ったままだ。
私は元来、来客と言うものが嫌いでしょうがなかった。何故なら薄い板隔てた向こう側には、素性の分からぬ不審人物が居ると言うことに他ならないからだ。その影響か先述のような状況に関係無く、私は「扉を開ける」という行為そのものに対して拒絶反応を示すようになっていた。今回だって例外ではない。
私は鉛のように重くなった肩と足を無理矢理動かすようにして、その学長室の扉を開けた。ギイと軋んだ音が響く。
「お、やっと来たかー」
我が須呂脇大学の学長が、姉と共に私を待っていた。そこではなんと、学長の机の上に姉が腰を下ろしていた。椅子ではない。机にだ。そして頬杖を突く学長に顔を向け、昼休みの中高生の如くどうでも良いことを喋り散らかしていたのだ。
「遅いから心配したのよ? アタシも呼ばれたんだけど、アンタだけなかなか来ないから…」
姉が机から降りながら言う。そう感じる程の時間、私は扉の前で立ち尽くしていたのか。そしてそれと同時に、机に置かれたネームプレートの文字も明らかになった。『三笠亜矢(みかさ あや)』と書いてある。
姉と並んで学長机の前に立ち、三笠学長と対峙する。
「それで、何があったんです? 学長」
「折角なんだしさ、敬称は無しで喋んない? あたし、堅苦しいの苦手なんだけど……」
私が切り出すと、三笠学長は腕を組み、そっぽを向き、眉を顰め、口を尖らせ、目に見えて不機嫌になった。少し面倒臭い。私はこういったような「察して人間」がかなり嫌いなのである。別に察することが出来ない訳では無いが、こちらにばかり責務を求めないで欲しいものだ。
私は柔らかく抗議する。
「しかし、学生と学長と言う立場がある手前、タメ口などは…」
「いいじゃん。他の人の目も無いんだしさ」
「でも…」
「やだ。じゃあタメ口で喋ってくんなきゃ、用件は言いません!」
(子供か⁉)
私が心の中でツッコむ傍ら、姉が私にほらほらと促す。今考えてみれば、姉の自由主義的な考え方や行動は全て、この人譲りなのかもしれない。もしそうだとしたら、私の場違い感がより際立ってしまうではないか。私は溜息を一つ。そして、一切の敬称を無しにして、三笠学長の名を呼んだ。
「一体何の用です? ……母さん」
「んー、ええっとねぇー」
両目を細め、口角を上げ、エヘヘと声を上げながら三笠学長――母――は答える。私は最早ルーティーンのように、うんざりする程言い慣れたセリフを彼女に放った。
「……何度言われても答えは同じです。戦車道は絶対にやめません、少なくとも私は」
「あーごめん。それじゃないや」
私の意思表示を、三笠学長は軽くバッサリと切る。「ま、そうしてくれるんだったら、願っても無い話なんだけどねえ」と呟きながら、彼女は机の吐き出しから書類を取り出した。こんな激動の期間中でも、そんな無慈悲なことを考える余裕があるのか。
机に置かれた書類には、タイトルとして大きく「開発及び整備指示書」と書かれている。
――
私は書類に対しての一縷の不信感を声に乗せた。
「これは…?」
「見た通りだよ。戦車の開発と整備の指示書。工学部と技術学部にはもう出してあるよ。あと、戦車道サークルと自動車部にもね」
因みに自動車部もまた、戦車道サークルやサバゲーサークルと同じ、学内のサークルの一つだ。
「どういうことなの? ママ」
姉も疑問に思っているようだ。無理も無い。指示書を出した意図などは分かるが、何故このようなタイミングなのであろうか。一回戦を突破したのは良いが、二回戦まではあまり時間は無い。
短時間で開発と整備が完了する程戦車は単純な造りをしていないのだ。故に、こんな突然の思い付きはほぼほぼ迷惑としか言いようがない。並のブラック企業も恐怖する程の無理難題である。待て。「技術学部」と言うことは、ヴィットーリオも関わっていると言うことか。
「次の対戦相手は『アウステルリッツ大学』なんだけど、かなりの強豪なのよ。それなりに練習試合や親善試合もしたことあるから、知ってるよね」
「うん。智恵古大と同じで、ドイツ戦車を基調とした部隊が特徴なのよね。だからか、いつも手強い相手だったわ」
三笠学長の問い掛けに姉が答える。確かにそうだ。
本土が島国である日本やイギリスが海軍において飛び抜けた力を持っていたように、主にドイツやフランスやロシアなどの他国と陸続きで繋がっている国は、地上戦において大きなアドバンテージを有している。第二次世界大戦の前期から中期頃に、ドイツが目を見張る程の快進撃を見せたのも、当時陸軍が世界でトップクラスの力を持っていたからだ。
「そ。やっぱり戦車じゃ、ドイツんとこのがピカイチだからさ。何ならしーちゃんも、それをよく理解してるし」
「…しーちゃん?」
「あー、古い知り合い」
「そう、ですか…」
私の相槌の後に沈黙流れる。三笠学長はコホンと咳払いし、話を続けた。
「まあ、今のまんまだとかなりの苦戦を強いられるかもって訳よ。だからこっちも、ちょっとばかし再軍備宣言と洒落込もうと思ってねっ!」
いつもと同じように、子供みたいにはしゃぎながら喋っている。自由気ままと言うか、気紛れと言うか、子供らしいと言うか、ガキっぽいと言うか、相手にすると疲れる人間だ。いつの間にか向こうのペースに乗せられている。いつだってそうだった。だから、極力関わらないようにしていたのに……。
「でも、そんないきなり決めちゃってたら、工学部も技術学部も、自動車部も混乱しない? 何なら戦車道サークルだってさ。私達も今知らされて、結構混乱してるのに…」
「いいんだよ。ここじゃあたしがルールなんだから。……ごめん、今のは言い過ぎた」
姉の懸念の声を半ば遮るようにして、自己中極まりない理屈で自身の行いを正当化した。おっかない。ヒトラーやムッソリーニやスターリンも震え上がる程の独裁ぶりだ。今の謝罪だって、どうせ本音が露呈してしまったが故の、その場凌ぎに過ぎないだろう。
「しかしこの場合…、新しい車両の追加は連盟に届け出なければ…」
「あー、それもそっか……」
私の申し出に、三笠学長は今気づいたように答える。一大学の学長と言う立場にありながら、エントリーしたトーナメントの規約一つすら把握していないのか。気紛れにも程がある。最早ただの馬鹿か。こんな女が学長とは、いよいよこの大学も終わりだろう。
「じゃ、ちょっと待ってて」
三笠学長は、机の片隅にちょこんと置かれていた電話の受話器を手に取った。続いて手慣れた手付きで、ピッポッパと電話台のボタンを押す。まさかだが、今から戦車道連盟に連絡するつもりか。そんな唐突に連絡を寄越されても向こうが困るだろう。そして、数コールの後に相手が電話に出た。
「あー、ちーちゃん? あたしあたし」
あたしあたし詐欺でもしているのか、この女は。しかし、
「ちょっとさ……二回戦からのチームの戦車の内訳、かなり変わって来るんだけど…」
人格が180度変わったかのように声が低くなった。目も何処か据わっている。まるで練習試合の時の姉のようだ。その時、何故か背中が氷の如き冷たさを覚えた。腕にも鳥肌が立つ。ついさっきまで『母と呼べ』などとと喚いていた、若作りのキツイ人間とは思えない。
私が分析するに彼女は、怒ったり真面目な状態になると人格が反転し、裁判官や死刑執行人だって凌ぐ、阿修羅の如き冷淡さを身に纏う。沈黙を自身の武器にして、無言の、でも確かな圧力でその場を制していく。たった今の電話にて、三笠学長はそうなっていた。
一度だけ、過去に彼女のそう言った一面を私は見たことがある。中学時代、従妹の七五三のために親戚一同が会した時のことだ。そこで従妹が何の悪気も無しに、三笠学長を『伯母さん』と呼んでしまった。その瞬間、『あ?』という声と共に場は沈黙に支配された。無言と静寂を纏い、目じりを吊り上げ、彼女は怒りを表現していた。従妹は父の兄弟の子どもであったことも災いし、余計に攻撃される恐れがあった。今でも鮮明に思い出せる。
やがて三笠学長は受話器を置き、私達に向き合った。
「オッケーだって。ちーちゃん、太っ腹だねえ」
友人と駄弁るみたいな調子で報告する。その態度にも驚いたが、簡単に許可を取れたことにも驚いた。この気軽で何も考えていないような態度もまた、大学における指導者としての能力や技術に裏打ちされたものなのだろうか。私は、三笠学長と言う人物の内情も分からなくなってきた。
「てな訳で、よろしく。チームにも確認取っといてね。一応、私も連絡しとくけど」
「オーライ、編成はこっちで考えちゃっていい?」
「ノープロブレーム、頑張ってね」
姉と三笠学長が、また友人同士のように、軽快に言葉のキャッチボールに興じる。私には絶対に出来ない芸当だ。
――
姉が「じゃあね、ママ」と言いながら、扉から学長室を出て行く。私もそれに続くが、後ろから聞こえた声に足を止める。眉を顰め、口の中で溜息を吐き、後ろに振り向いた。すると、三笠学長もまた眉間に皺を寄せながら、私を見詰めていた。
「何です? 母さん」
三笠学長は一度下を向く。私は頭の中の疑問を声に乗せた。だが三笠学長は答える事無く、しばらく口をつぐんで沈黙を貫いていた。心成しか気まずい空気が立ち込めている。一秒が一時間に感じられるような空間。神が許すならば、私は今すぐここから逃げ出してしまいたかった。エアコンから出る風のゴオオというような音がうるさく聞こえてきたころ、彼女は息を吸い込み、その沈黙を破った。
「……初めに言ってたけどさ…、やっぱ辞める気は無い? 戦車道」
私は厳かに答える。
「ありません。例えそれが原因で、縁を切られるのだとしても…」
「そっか…」
――元々は姉も私も、三笠学長の強い反対を押し切って戦車道を履修した。姉がサンダース大学附属高校に行くと決めた時も、私がプラウダ高校に行くと決めた時も、彼女は断固として戦車道の科目選択を認めようとはしなかった。結局は彼女が根負けしたために、私も姉も戦車道を履修できたのだが。
そのせいもあってか、姉がどうかは分からないが、私は半ば家出するつもりで学園艦に移り住んだ。学園艦の都合上、姉は長崎、私は青森に寄港するため、その間は三笠学長には全くと言っていい程会わなかった。その代わりに、彼女の電話とメールが喧しかったこともここに書き留めておこう。
理由は分からないが、彼女はやたらと私達が戦車道に従事することを良く思っていない。私はむしろそんな三笠学長の姿勢を良く思っていない。しつこいくらいに私と姉を戦車道から引き剥がそうとする。何だこの女は。戦車イコール野蛮と言ったような、偏見に満ち満ちた思想でも持っているのだろうか。
いずれにせよ、彼女と私が分かり合える時はきっと来ないだろう。
「失礼します…」
一礼して学長室を出る。次の講義に行くその足取りが、妙に重かったことを覚えている。
――
数日後。コンビニで昼食を買い、サークルへと足を運んだ時のことだ。
「うわー、ヤバいですねこりゃ」
戦車道サークルの部室にて、ヴィットーリオが新聞を広げていた。よく見ると、右脚を折り畳んで足の部分を臀部と共に椅子の座面に乗せ、左脚を伸ばしてテーブルに乗せている。入ってきた私に振り向くこともなく、変わらず悠々とその日の記事に目を通していた。練習をサボっているのか。
「お前の普段の行いもヤバいけどな。サボり中か?」
私は嫌味を口にしながら、彼女の隣の席に座る。
「あなただってこれからサボるつもりでしょう? それにこっちは、そんなもの比にならないくらいのヤバいものですよ」
「どういうことだ? ……あと、昼食を取ったら練習する」
左手に新聞を持ち、右手でコンビニのビニール袋をガサガサと漁りながらヴィットーリオは言った。私は左手で彼女の右手を掴んで引っ張りながら、聞き返す。心成しか彼女の舌打ちが聞こえて来たような気もしたが、私の寛大な心を存分に発揮させ、聞こえなかったフリをしておいた。
「こんなやつです」
するとヴィットーリオは、新聞の一面を飾る記事を見せてきた。その新聞における最も大きな記事だ。その記事の内容は何と言うか、タイムリーなものだった。
『島田愛里寿。智恵古大学に引き続き、赤十字大学を撃破‼ 垣間見える島田流の神髄』と、大きく見出しが載っている。私は目を見開き、席から立ち上がった。その衝撃で椅子はガタンと後ろに転がる。
「赤十字大が敗れた⁉ まだ第二回戦目だろう⁉」
「そうです。私もびっくりしましたよ? まさかあの強豪、赤十字大が手も足も出なかったって言うんですから……。うわ、温くなってる」
ヴィットーリオがコーヒーのアルミ缶を傾け、受け答えをする。私が先程コンビニで買った飲み物はリンゴ味のエナジードリンクであるため、彼女が盗んで飲んでいる訳では無さそうだ。
――
――だとしても驚きだ。赤十字大学は大学戦車道連盟内では、上から三番目から5番目までの間の地位を持つ、大安定と言われるくらいには戦車道において力を持った大学である。あと医学部が人気だ。そんな赤十字大学が手も足も出なかったとなれば、愛里寿嬢の才覚がどれだけ光り輝くものであるかも分かるだろう。
「あ、アンタ来てたんだ」
突如、後ろから冷たい声が聞こえてきた。ゾクリと私の身体は震える。まるで首筋に刃物でも当てられたかのように。声の主が誰かは簡単に分かる。何せ高校時代から聞いてきた声だ。忘れろと言う方が無理な話だろう。
振り向くと案の定、そこにはアレクサンドラが立っていた。彼女は何処かよそよそしく、しかし親が子供に物語を読み聞かせる時のように、相手に伝わるようはっきりとした活舌と声色で私達二人にあることを伝える。
「工学部と技術学部から…。『新しい戦車できた』って。ガレージに搬入するから、手伝って」
そう言って、彼女は来た道を引き返していった。私とヴィットーリオもすぐさま後を追う。
――あの日の私と姉のサークル内での報告のお陰で、アレクサンドラもチームへの新しい戦車の加入を知っている。特に彼女は副隊長と言うことで、隊長の姉と同様に戦車の詳細や加入後に組み変わる編成も知っている。私やシャルルアンリはもちろん知らない。
ヴィットーリオは…、まあどうせ姉から聞き出したのだろう。相手の懐に潜り込むのが得意なアイツの事だ。私の推定通りの事をしていたってなにもおかしくは無い。
私はつくづく、彼女の処世術の高さを妬ましく思う。
――
搬入されたのはIS-3が一両、オブイェークト704が一両、ISU-152が三両、SU-100Yが一両であった。三笠学長が再軍備宣言と洒落込むので、一体どれ程大胆な軍拡作戦を決行したのかと予想したが、何処か拍子抜けした。車両の型にもあまりまとまりが無く、数もそこまでは多くは無い。
まあ、二つの学部と一つのサークルというのは、旧日本軍や自衛隊の開発部などと比較しても規模の小さな組織だ。それが力を合わせたにしては、4つの種類と6つの数というのはかなり頑張った方であろう。
「頑張りましたね、彼らも…」
シャルルアンリが呟く。
「戦力としてはまあ充実してるとは思うけど……、ドイツ戦車相手じゃ、火力や速力でまず負けるわよね」とアレクサンドラ。
「これで一層、このサークルも喧しくなることでしょう」
ヴィットーリオは、何処からか持って来たアンパンを頬張りながら言った。おい待て、そのアンパンは確か……。
戦車ガレージの拡張も視野に入れつつ、サークルの再軍備に協力してくれた工学部と技術学部と自動車部には、後で戦車道サークル一同が感謝の差し入れを送った。
――しばらく姉はガレージ内に並ぶ数多の戦車と、戦車の詳細や今後の編成案をしたためた書類を交互に見ていた。数秒ごとに彼女の首が上がり、数秒ごとに首が下がる。そして数分後、全て確認し終えたのか皆に向かって声を上げた。挙げられた右手には、編成案の書類が握られていた。
「30分後に一回、この編成で練習試合やるよー。昼食摂ってない人は、今のうちに済ませちゃって」
姉の声がガレージ内に響き渡る。姉が口を閉じた後も、三秒程の間、音が反響していた。
――そして部室に戻ってビニール袋を確認してみると、昼食用に買った筈のアンパンが姿を消していた。
――
――以下の文章は、試合の後に多くの隊員達から聞いた話の内容を総合させたものである。あと余談ではあるが、今回からチームの編成や、扱う戦車もかなり変わっている。
――大学選抜チーム隊長決定戦、第二回戦。建物の瓦礫が転がる荒れ果てた市街地にて、小ぶりのドイツ戦車達が連携して大きな輪を作り、ソ連戦車の隊を取り囲んでいた。つまりは包囲戦に持ち込まれた訳である。
私の搭乗するKSP-76は、被弾しながらも、可能な限り迎え撃っていた。撃破には繋がらず、大抵は目くらまし程度にしかなっていないことは、最早気に留める必要は無い。私にとってはただの日常だ。
ヴィットーリオの搭乗するオブイェークト704は、執拗にキャタピラの履帯部分ばかりを狙う。そして行動の自由を奪った上で、着実に撃破数を稼ぐ。敵戦車の足元に砲弾がぶつかる度に、彼女は、他の戦車に乗る隊員にも聞こえるくらいの大きな笑い声をあげる。正確の悪い彼女らしい反応だ。
シャルルアンリはの乗るT-40は、前線――円で言うところの外周に当たる部分――でのらりくらりと相手の攻撃を避けながら、距離を詰めて確実に攻撃を当てる。他の二両の同車の乗組員達は、そんな彼女に尊敬の視線を送る。
我々の隊の中心にはT-43が居て、その中で姉が地図にペンを走らせていた。
「この戦いは言うなれば…、スターリングラードですか? それともレーニングラードですかね?」
通信機の向こう側で、ヴィットーリオが気紛れに言う。
「スターリングラードではないでしょうか」
シャルルアンリがまた、通信機を用いて答えた。ならば姉はさながら、チュイコフ中将という訳か。
「それなら、早いとこ手榴弾で暖をとらないとね。」
アレクサンドラが返す。私が奮闘している中で、三人は悠長にジョークの飛ばし合いに興じていた。
――
そしてKSP-76――つまりは私――が砲撃を受け、黒い煙と白い旗が上がった頃、別動隊が辿り着く。どうやら敵の防衛線を突破できたらしい。別動隊は蛇がとぐろを巻くが如く滑らかに陣形を展開し、相手の包囲網を包囲し返していた。
「逆サンドイッチ作戦、成功!」
姉がガッツポーズをかます。私が言うのも変な話だが、かなりアホみたいなネーミングである。しかし、大きな一手に繋がることは確かであろう。姉、アレクサンドラ、ヴィットーリオに注意を割き過ぎたのが仇となった訳だ。
特にヴィットーリオは、妨害工作に長けている。この試合の最中も、空砲やらドリフトやらで煽り散らし、より相手の気を引き付けた。無視しようとしてもいずれ誰かが彼女と関わらなければならない。殲滅戦というルールを上手く利用したのだ。
「手榴弾投げ付けた時は面白かったです。あいつら、酔った娼婦みたいに飛び跳ねるんですから」
試合の中で彼女はそう言っていた。悪知恵だけははたらくのが、あいつらしい。
――
――姉は地図に描かれた包囲の陣形に、上から大きくチェックマークを入れると、通信機越しに言った。
「それじゃみんな、思い思いにやっちゃって!」
姉の声を合図に中の者達が外側へ、外の者達が内側へと進撃する。相手の展開した包囲網は崩れていく。今まで凛として滑らかな曲線を描いていた円周は、みるみるうちに角やへこみが出来始める。視界は黒煙で、聴覚は轟音でそれぞれ支配される。やがて残党はゼロとなり、皆が白旗を上げた。
実況の声が私達の耳を劈く。
「アウステルリッツ大学、全車両、戦闘不能。須呂脇大学チーム勝利」
私や前線の戦車達と言う犠牲はあれど、我々が勝った。
「やりましたわ!」
シャルルアンリが握り拳を作りながら叫ぶ。
「ドイツ人スープの出来上がりー」
ヴィットーリオが手を叩いてはやし立てる。これは半ば不謹慎であろう。
――ともあれ第二回戦を制し、須呂脇大学チームはついに、決勝戦へと進むこととなった。