ガールズ&パンツァー ――The silliest story――   作:滝村亜華音

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It's a small world after all(世間は広い様で狭い)

 ――以下の文章は、諸々の事が片付いた後に、三笠学長から聞いた話の内容である。

 

 隊長決定戦、決勝戦の三日程前のこと、須呂脇大学の学長室にてのことだ。執務に没頭していた三笠学長は、ふと時計を見た。もう既に午後二時を回っている。楽しみにしていた昼食の時間を過ぎてしまった、と彼女は小さく頭を抱えた。

 

 机にペンを置き、学長椅子の背もたれに体重を預けて伸びをする。続いて背筋を伸ばし、上半身を左右に捻る。座り作業ばかりやってきたせいか、腰が硬くなっている。さらに椅子から立ち上がり、首を回す。今日の休憩時間は紅茶にしようか、それともコーヒーにしようかと思っていると、何者かが須呂脇大学の学長室のドアを叩いた。

 

「……誰よ、これからだらけようと思ったのに」

 

 ブツブツと文句を言いながら、手前にドアノブを引いた。同時、扉の向こうに居る一人の人間の姿が明らかになった。黒髪を七三に分け、四角いメガネをかけた男であった。それを見た三笠学長は一瞬だけ目を見開き、声を詰まらせる。直後、軽快な様子でその男の名前を呼んだ。

 

「…廉太……、廉太だよね⁉ 久しぶり! 元気してた?」

 

 目を輝かせ、ぴょんぴょんと子どもみたいに飛び跳ねる。『あ、紅茶とコーヒー、どっちが良い?』と彼女は本棚から、書物と共に詰め込まれた茶葉の箱やコーヒー豆の箱を引っ張り出す。廉太と呼ばれた男はほんの少し呆気に取られているようだったが、すぐに調子を持ち直そうと咳払いを一つ。そして右手の中指でメガネを押し上げながら、おもむろに口を開いた。

 

「何の話でしょう?」

 

 廉太がバッサリと切り捨てると、三笠学長は口を尖らせる。

 

「えー? 冷たいなあー」

 

 応接テーブルに客人を案内しながら、彼女はぶーっと不貞腐れる。しかし、スイッチが切り替わったかのように態度を改め、『ほらよー』と一杯のコーヒーを差し出した。そして直後に、『あれ、紅茶派だったっけ?』ととぼける。

 

 何かしらの要人かもしれない人物が自身の元を訪れたのにも関わらず、自分のペースを崩さない。と言うよりも、自分を、外行きの皮を被って取り繕う素振りさえ見せない。相手が困惑するのも頷ける。確かに、誰が相手でも態度を変えないところは三笠学長の良い所ではある。だが、社会人としての最低限のマナーを弁えようともしないのは、問題であろう。

 

 ――三笠学長が上座に座り、廉太が下座に座る。彼女は足を組み、右で頬杖を突き、左をソファ―の背もたれに乗せて話す。大学においての一種の最高権力者とは言え、相手にここまでの態度を取るとなると、流石に人間性が疑われる。

 

「で、何の用かな?」

 

 廉太はカバンから一枚の書類を取り出して、三笠学長に見せる。ピラッという音が学長室に響いた。

 

 三笠学長は書類を左手に取り、そこにある文字の羅列を目で追う。初めは何の気なしに文章を読んでいた彼女だが、次第に空気は一変する。その目に混乱と疑惑が宿って行った。左手が強く握り込められ、紙がひしゃげていく。クシャッ、というごく小さな音がした。

 

 三笠学長は、紙をテーブルに乱雑に置いた。否、左の握り拳でテーブルを突いた。二つのカップがが宙に浮く感覚。そして、低い声で質問する。

 

「まだ…、諦めてなかったんだね」

 

 廉太のメガネに映った女の顔は、眉を顰め、猛獣の如き鋭い双眸でこちらを睨み据えていた。怒りや悲しみ、牽いては憎しみに似た何かを取り巻いた視線が、メガネの奥の目を捕らえた。余裕があるという訳では無いが、目の前に座る男に対して、言い表せぬ感情を差し向けている事は確かだ。

 

「それで、何の意図があって私にこれを見せてきたのかな……?」

 

 廉太は冷笑をその顔に湛え、静かに答える。その声以外の一切の音が遮断されていると錯覚する程には、いやに学長室が静寂に包まれていた。

 

「隠居生活にも、もうじき飽きる頃だと思いましてね」

 

「どういうことなの?」

 

 廉太は左の口角を吊り上げる。

 

「……お母様の汚名を、雪ぎたいとは思いませんか?」

 

 『際どい話題だなぁー』と呟きながら、三笠学長は頭を掻いた。しばしの間、沈黙がその場を支配する。男は眉一つ動かさない。微動だにせず、冷笑の表情を保っていた。やがて彼女はその沈黙を見据え、深く息を吸い込むと、その沈黙を破った。

 

「別に構わないっちゃあ構わない。ってか、あたしが言うのもおかしな話だけどさ……、こんなことやっても、俊果(としか)ちゃんは戻っては来ないんだよ…」

 

「……」

 

 廉太は何も言わずに、中指でメガネを押し上げる。同時、微小ながらも顔を歪ませた。整った顔に醜悪な感情が反映される。それはまるで地獄の番人のような、誰が見ても泣き喚く程の恐ろしい形相であった。

 

 ――三笠学長は自身の口元で、右手に持ったティーカップを傾ける。

 

――

 

 ――大学選抜チーム隊長決定戦、決勝戦を二日後に控えた私達は、戦車道カフェにて、私達は遅めの朝食と洒落込んでいた。テーブル席で私の右隣にシャルルアンリが座り、私の向かいにヴィットーリオが座っている。ヴィットーリオはカツカレーを、シャルルアンリはチョコケーキを、私はソーセージ三本を注文する。アレクサンドラは姉と共に、作戦会議、緊急時の編成、展開の立て直しなど、話し合いのために私達とは離れた席に座っている。

 

 私が黙々とソーセージを食べる傍ら、残りの二人はこれから催される試合に向けての意気込みを言い合っていた。当然のことながら、誰一人として私には話し掛けない。

 

 最後の一本を食べ終わってアイスティーを飲んでいると、先程からシャルルアンリがフォークを止め、明後日の方向を見ていたのが分かった。どうしたのだろう。いきなり霊や妖精の類でも見え始めたのだろうか。確か中世ヨーロッパの貴族は、そんな超常的な何かに傾倒していたとも言われているらしい。彼女の中に眠る前世の記憶が、今このタイミングになって甦ったのか。

 

 よく観察してみると、彼女はこの世ならざる者を確認している訳では無さそうだった。それでも、何かに気を取られているかのように、その双眸を力いっぱいに開いていた。

 

「あの横顔は……」

 

 静かにそう呟いたような気がした。直後、シャルルアンリはフォークを置き、立ち上がり、私達のテーブルの右隣のテーブルの方へと歩いて行った。ヴィットーリオが『どうしました?』と声を上げる間もなく、シャルルアンリは、右隣のテーブル席に座る人間に話し掛ける。

 

 よく見るとそのテーブル席には、全部で三人の女性(以下、三銃士とする)が座っているようだった――一人は黒髪の肩に掛かるくらいのロング、一人はビリジアンのショートに丸メガネ、一人は茶髪のセンター分けのショートボブ――。

 

 シャルルアンリは、茶髪のセンター分けのショートボブの女性に声を掛けた。

 

「す、すみません。あの……、アズミ先輩…ですよね…」

 

 アズミ先輩と呼ばれたその女性は、声が飛び込んできた方向へと顔を向ける。そして、何とも言えない声を上げた。

 

「え、…あー」

 

「覚えていませんか? 高校の時、よく同じ部隊になっていた不知火です」

 

 シャルルアンリは少しオドオドしながら話す。

 

「誰? 知り合い?」

 

 ビリジアンショートのメガネがアズミさんに質問する。彼女の突発的な行動は今までも何度かあったが、街中でも後先考えないのであれば、そうやって不審に思われても仕方が無いだろう。

 

 後輩であることが事実だとしても、その人物がいきなり自分に話し掛けてきたようでは、流石に人間性を疑う。私ならば家に帰って即効で、そいつの連絡先をブロックする。

 

 シャルルアンリの人間性は社会的に見れば、かなりの好印象を与える。しかし、それはあくまでも社会全体で見た時の話であり、個人的な人間関係においてはまた別の話なのだ。しょうがない。ここは人違いだと誤魔化して、彼女を連れ戻そう。シャルルアンリにとっては大いに恥をかく結果になるだろうが、恥だと知らずにかき続けるよりはマシであろう。

 

 そうして、彼女を席に連れ戻そうと立ち上がった時だった。

 

「あー、不知火! 『処刑人』ね。居たわねー、そんな子」

 

 アズミさんがシャルルアンリを指差しながら答えた。そして、同じ席に座る二人の同行者に向き直る。

 

「高校時代の後輩。結構ヤンチャだったけどね」

 

 すると黒髪ロングが口を開いた。心成しか、片方の口角が吊り上がっていた気がする。あと、彼女の声が、アナウンスとして流れるボコの声と似ているようにも思えた。

 

「へー。ヤンチャってことは、彼氏もいっぱい居たのかなあ? 羨ましいねえ」

 

 同性とは言えデリカシーの無い質問である。私はよく、同性相手であってもセクハラが成立し得ぬものかと考える。成立すればこの国はより法治国家としての力を確固たるものに出来、私達の社会はより高度なものへと発展することも可能だ。

 

「す、すみません。そういう経験は、まだ…」

 

 シャルルアンリは、セクハラに対して真面目に答える。躱せてるのかどうかよく分からない対処だ。彼女は厳しい家柄のために、法律はそこらの大学以上に教養があるが、保健体育の範囲は全くと言っていい程履修していない。いや待て、法律に関して教養があるならば、たった今のセクハラ行為に対しても声を上げることが出来た筈だ。

 

「なら…、まだ同族か…」

 

 ビリジアンショートのメガネが何かつぶやいたような気がした。指摘しようとも思ったが、シャルルアンリの先輩の友人ということもあった為、口をつぐんで彼女の顔を立てることにした。

 

――

 

 ――私が何気なく彼女達の会話劇を見守っていると、思わぬゲストが舞い込んできた。正直な話、こんなことが起きるとは思っていなかった。きっとギロチン台の上に立ったって、私はそう供述する。そもそも、どうしてそんな人物が近くに居るなどと予想出来ようか。私には何一つ非は無い。どうかそれだけは分かってほしいところだ。

 

「ただいま。みんな…」

 

 およそ幼い声、薄い麦色の頭髪、皆よりも明らかに低い背筋、この世の男性達の性癖を詰め込んだような痛い服装、腕に抱かれた、何処か見覚えのあるクマのぬいぐるみ。私が目を大きく見開くのも無理は無いだろう。先程私が言った同性同士のセクハラが成立するのであれば、同性同士の児童暴行だって成立して然るべきである。その結果、私が冤罪でギロチン台に立たされることも何も珍しくは無くなる訳で…。

 

 ――そこに立っていたのは他でもない。島田家の御令嬢、島田流次期後継者、神に愛された大天才、唯一無二の神童、正真正銘の「選ばれし者」。島田愛里寿嬢その人であった。

 

――

 

 どこか遠慮がちに声を発したその少女に、三銃士はシャルルアンリからそちらへと視線を移す。そして、シャルルアンリにぶつけていた声と比べて遥かに甘ったるい声で、少女に話し掛けた。

 

「お帰りなさい、隊長~」

 

 そうか、彼女は三人の隊長であったのか。私は三人の人間のずる賢さに辟易した。こんな所でも媚びを売るとは…。いくら接待の一環と言えど、流石に過剰ではないだろうか。

 

 因みに、シャルルアンリはほったらかしであった。ここから察するに、彼女は少なくとも、アズミさんからしてみればどうでもいい存在であることが分かる。先程のしおらしい反応もその表れだろう。

 

 憧れの先輩に興味も持たれてなかったという事実は、かなり心を抉るだろう。だが泣くな、我が同輩よ。人間など、所詮そんなものだ。私は後で彼女に紅茶でも奢ってやろうかな、などと思い立つ。

 

 私は席に座り直す。ストローでアイスティーを吸い上げながら隣の会話に耳を傾けていたが、次第にその場には相応しくない声が混じるようになってきた。よく見ると向かいの席に、先程まで居た筈の人間が居ない。そしてあの、人の感情を逆撫ですることに長けた声は間違いない。

 

 そう、ヴィットーリオだ。彼女は人を不快にさせるためだけに生まれた人物である。愛里寿嬢に一番差し向けてはいけない人間だ。

 

 見ると彼女は、床に右膝を突いて少女の顔を覗き込んでいた。相手よりも視点が低くなったことで、ヴィットーリオが愛里寿嬢の顔を見上げる形になる。まるで王女に忠誠を誓う騎士のようだ――あんな奴が騎士だと? 盗賊の間違いだろう――。

 

「成程~、アナタが噂の……」

 

 心成しか例の三銃士が、ヴィットーリオに向けて、歴戦の戦車兵の如き鋭さの視線を突き刺していた。彼女の人となりを察知して即座に警戒態勢に入ったのだろうか。もしそうなら、三銃士は「人を見る目」においてもかなり優秀だと言えるだろう。

 

 愛里寿嬢は眉間に皺をよせ、後退りした。無理も無い。

 

 皆も想像して欲しい。何処の誰かも分からない人間が、自分の事はよく知っていると言う恐怖を。ストーカーや探偵の類である。島田流の後継者ということもあって数多のメディアに顔を出していると言えど、これ程の非常識な出待ちをするとなれば、ファンなど名乗ってほしくは無いだろう。

 

「あ、それって…」

 

 ヴィットーリオが、愛里寿嬢の腕に抱かれたある物を指差す。それは、一つの縫いぐるみであった。絆創膏、包帯、ギプス、松葉杖、眼帯、青痣、切創、擦過傷、鼻血などかなり豪華なオプションが付けられた代物となっている。通常の店舗ではまず見ないものだ。

 

 私やシャルルアンリを含めた一同の視線がボコに注がれる。何故、ヴィットーリオがボコを知っているのか。いや、そもそも何故、彼女が勝手に愛里寿嬢の私物に目を向けたのか。

 

「…確かそれ、ボコってやつですよね? 『ボコられグマのボコ』。しかもボッコボコくじの…」

 

 ヴィットーリオが、無礼にも愛里寿嬢に問う。だが、彼女があのようなものに興味を持つ筈が無い。大方、愛里寿嬢と何かしらの接点や繋がりを作るための嘘だ。

 

 ――先程、朝食をとるためにこのカフェに入った時のことである。店内の様々な場所にボコのパネルや、装飾としてのぬいぐるみなどが点在しており、テレビ番組を流すモニターからはボコのアニメがダイジェストで流れ、このカフェや隊長決定戦についてアナウンスするボコの声が聞こえたりと、店がボコ一色に染まっていたのだ。

 

 どうやら現在このカフェはボコとコラボしているらしく、先述の店内の状況もそれによるものであった。店員達のボコのコスプレが、いやに目に痛かったのを覚えている。更にそんなコラボ企画の一環として、『ボッコボコくじ』なるモノがあった。店内で700円費やすごとに一回、くじを引く権利が得られるのだと言う。そして引いたくじの結果に応じて、様々な景品が手に入るのだそうだ。そう、ほぼ一○くじである。

 

 愛里寿嬢の抱き締める縫いぐるみには、梱包材越しにAと書かれた札が取り付けられていた。成程、つまり彼女はA賞を引き当てたという訳か。

 

 確率論が混じれども結局は運が全てを左右するくじ引きにて、見事最上級の商品を獲得。今にも舞い上がりそうな感情と声を押し殺し、それでも確かな喜びを噛み締めながら、任務完了の旨を伝えるために仲間達の元へと帰還。その最中にあんな悪魔の妨害射撃を受けるとは……、立場を弁えろと批判されることを承知の上で言うが、愛里寿嬢が大いに不憫でならない。

 

――

 

 ――ヴィットーリオの攻勢に圧倒されているのか、愛里寿嬢が顔を曇らせたまま口を開く。

 

「ボコ…、知ってるの……?」

 

「名前だけですけどねー。それ以外は何とも…」

 

 ヴィットーリオは小さく首を横に振り、肩をすくめた。そしてその後、彼女は驚くべきことを口にした。その場面だけを切り取れば、誘拐犯の言動と相違無いだろう。私はとうとう、ヴィットーリオを刑務所に入れるべきだと思う。

 

「どういうモノなんですか? それなりに興味はあるんですが…」

 

 そこらのチンピラの方がもっと上手くナンパできるだろう。もうそろそろ私が、無垢な少女から下劣な悪魔を引き剥がさなければならない。席を立ったが、三人ばかりの別の人間によって、私の出る幕は自然と無くなった。それは他でもない、三銃士である。

 

「それじゃあ、私達が教えてあげよっか」

 

 黒髪ロングがヴィットーリオの右肩を掴みながら、彼女の耳元で囁く。

 

「ロリコンレズ野郎…」

 

 ビリジアンショートのメガネがヴィットーリオの頭髪を掴み、低い声で言った。

 

「じゃあ、アンタでリアルボコショーするってことで良いかな?」

 

 アズミさんがヴィットーリオの背後から身を乗り出して、死刑宣告をする。この様は、現代日本版『エクソ○スト』として映画を作っても面白いかもしれない。同時、シャルルアンリの目の色も変わった。彼女はアズミさんの右腕を掴む。そして、いつもよりも低い声で話し出した。

 

「何をするつもりですか? 目的次第では、先輩でも容赦しませんよ」

 

 シャルルアンリの性格の悪い面が出た瞬間である。

 

 彼女はルールや規律に忠実である一方、そこから逸脱したと判断したものを容赦無く攻撃する。自分の独断と偏見で罰を下すのである。それは敵も仲間も関係無い。彼女の裁量であらゆる人間が罪人となる。たまに居る正義感が暴走した、理想主義の人間という訳だ。根は良い人間だからこそ始末が悪い。アズミさんがシャルルアンリを忌避するのも、理解できる気がする。

 

 いくら世渡り上手を謳っているヴィットーリオと言えど、三人の人間に取り囲まれてしまえば、成す術は無くなるだろう。流石に私が仲裁に入らなければならないか。そう思った途端、一つの声がその場を制し、そこにいる全ての人間の恐怖を掻き立てた。

 

「やめて、三人共…」

 

 可愛らしいがどこか冷徹さを感じるような、透き通った声。内気な印象だが聡明さを想像させる、優美な佇まい。幼くも全てを見通してることを示唆する、鋭い目…。誰であろう。一連における被害者である筈の愛里寿嬢であった。先程の様子とは正反対である。

 

 どうやら愛里寿嬢は三銃士を制したようである。冷静沈着な様子で声を紡ぐ。

 

「ここで暴力事件の一つでも起こされたら、出場さえ取り消しになる。気持ちは分かるけど、今は大学選抜チームの土台や基盤を安定したものにすること方が重要。今は我慢して、決勝戦でボッコボコにすればいい…。……感情で物事を考える程、バカじゃないよね…?」

 

 三銃士がビクリと身を硬直させる。成程、隊長らしく戦略的で、島田流らしく柔軟な考え方だ。三銃士の意思も汲み取りつつ、無駄な損失も生まず、長期的な利益も視野に入れ、決断を下す。流石、未来の戦車道を牽引する天才神童だ。日常の中でもその能力の片鱗を見せるとは、やはり彼女は、我々のような凡人とは一線を画されるべき逸材なのだ。

 

 許されるのならば、私も愛里寿嬢の配下に迎え入れてもらいたい程だ。それ程、引き込まれそうなのだ。これがカリスマというやつか。

 

「も、申し訳ありません。愛里寿隊長」

 

 三銃士が怖気を震いながら、ヴィットーリオから手を離す。それを見て、シャルルアンリもためらいを見せながら、アズミさんの腕から手を離した。

 

 解放されたヴィットーリオは、服のシワや乱れた髪を気にしている。状況の種を蒔いたのは自分である癖に、その種がどんな影響を与えるのかを考えることは大の苦手のようだった。そうだ、彼女は三銃士に教育係を担当して貰った方がいいのではないか。ヴィットーリオにはより一層の教育が必要だ。それは断言できる。

 

 ――私は席を立ったまま一連の出来事を見続けていたが、その奇妙な事態に最後まで釘付けであった。結局、私の意気地の無さとヴィットーリオの礼儀と常識の無さが露呈しただけであった。

 

――

 

 我々がもうそろそろお暇しようかと荷物をまとめて席を立った時、丁度姉とアレクサンドラの二人と合流した。どうやら彼女達の話し合いにも一区切りついたようである。そしてどういう訳か、三銃士の中の二人の人間が姉とアレクサンドラの声に反応する。姉の記憶はまあ凄まじいものらしく、元からそうするようプログラムされていたかのように、流れるような動きで黒髪ロングを振り返る。

 

「みんなただい…って、あれ? ……もしかしてだけどさ、メグっち?」

 

「え…。あ、先輩…」

 

 メグっちと呼ばれたその女性は、やや苦笑しながら姉に受け答えをする。

 

 その傍ら、ビリジアンショートのメガネは眉間に皺を寄せながら、右の親指の爪を噛む。心成しかその視線は、ヴィットーリオの衿腰を掴んで呆れるアレクサンドラに注がれているように思えた。

 

「何でよ…。何で『雪豹』がここに……⁉」

 

 そしてアレクサンドラもその視線に気付き、二人はキス寸前かの如く、静かに視線を交差させ合った。かと思えば、互いに申し訳程度に会釈した。

 

 姉とメグっち、アレクサンドラとビリジアンショートのメガネにも、シャルルアンリとアズミさんのように何かしらの形で面識があるのだろうか。シャルルアンリとアズミさんのように、同じ学園の出だったりするのか。詳しいことは私も知らない。最後まで私が一連の出来事に加われなかったという事実は、私に取り巻く孤独感という名の負のオーラを助長させた。

 

 それでも、二日後に彼女達と戦うことになるのに変わりは無い。きっと今までの戦いと比べて、物事が遥かに複雑化するのは避けられないだろうが、最善を尽くせることを願うばかりだ。

 

――

 

 ――以下の文章もまた、三笠学長から聞いた話の内容である。

 

 須呂脇大学の学長室。三笠学長は、とある相手に電話を掛けていた。声は少し重々しい。

 

「もしもししーちゃん? いきなりの頼み事で悪いんだけどさ、ちーちゃんと一緒に廉太んとこに殴り込み行ってくんない? え、無理?」

 

 電話の相手が拒否の意思を示した途端、彼女は椅子から立ち上がり、学長室の中をぐるぐると歩き回りながら、捲し立てる。

 

「マジもマジ、大マジだよ! 廉太が動き出した。俊果ちゃんのこと、まだ諦めてなかったみたい。多分だけど、しーちゃんも何かしらの形でターゲットにされるかもしれない。やられる前にやんなきゃ!」

 

 子どものように喚く成人女性。傍から見れば精神の疾患を疑いたくなる光景だが、これでも一大学の長である。彼女は言うだけ言うと、足を止め、深呼吸をして、どうにか落ち着きを取り戻した。

 

「…ごめん、正気を失ってた。でも、しーちゃんが狙われるかもしれないってのは半分真面目。あいつ表側じゃ意気地なしみたいな感じだけど、やる時はやるタイプだよ。ガキん時からそうだった」

 

 三笠学長はくしゃくしゃと髪を揉みながら話す。彼女の額に、じわりと汗がにじんだ。

 

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