ガールズ&パンツァー ――The silliest story―― 作:滝村亜華音
――以下の文章は、決勝戦後に、千代さんから聞いた話の内容である。
大学選抜チーム隊長決定戦、決勝戦の会場の来賓席。二人の人間が佇んでいた。二人共席の最後列で立っている。一人は暗めの青のスーツに黒の少しはねた短髪。もう一人は赤のコートに暗めのクリーム色の髪と、少し小さい黒い帽子――三笠学長と千代さんである――。
準備の最中、三笠学長が口を開く。どこか気まずさが声に混じる。
「それにしてもさ、よくここまで仲良くしてくれんだね。普通なら関わらないか、いじめるか、ネタにして強請るかのどれかだよ?」
千代さんは耳だけを傾けながら、会場の枠組みを沿うように運び込まれる戦車を目で追っていた。今回は大幅に勢力を増強させたが、相手も同じくらいにまで軍備を拡張したと言うので警戒していた。アメリカ製やイギリス製の戦車を基調とした自軍が配置に付いて行く。相手はソ連製が基調だと言うが、舐めてはかかれない。
左隣の女が喋り終わるのを見計らって、今度は千代さんが話を始めた。
「私は少々世間知らずで…、あまり浮世の事は分からないのよ。だから、あなたのことを戦犯――戦車道犯罪人――だとも思っていないわ」
「…にしてはそんな、放送コードに引っ掛かりそうな単語知ってんだね。『戦犯』なんてさ……」
スーツの内ポケットの中からライターとタバコの箱を取り出しながら、三笠学長は少々不貞腐れた様子で言う。
「母さんは今頃、この有様見て泣いてんのかな…。はあー、あたしも泣きたいわ…」
「死人は泣かないわよ」
彼女の心中を、島田流師範はバッサリと切り捨てる。三笠学長はタバコの先端を灰にしながら続ける。吐き出した煙が風に乗せられ、右へと流れて行く。千代さんは眉間に皺を寄せ、開いた扇子で自身の口元を覆った。
「……そうだ! かなりの角度で話変わるんだけどさ…」
「はあ…」
千代さんは目だけを彼女に向ける。
「亜美は元気そ?」
――
――試合会場は何とも奇妙な造りをしていた。山岳地帯、草原地帯を基調としたジャングル。それに囲まれて人工的な建物が林立する、駅を中心とした市街地。駅から延びる道路は立ち並んでいるショップ群に挟まれていて、それが蜘蛛の巣のように、市街地エリア全体に張り巡らされていた。
その道路の行き先の一つとして、一つの大きな公園が見える。商店街を抜け、旧軍港の面影の残る市街の先にある海沿いの公園である。そこには旧日本海軍の主力を担っていたとある戦艦のレプリカが隣接しており、マストや砲台、砲塔も当時の物を巧みに保存してみせた、見事な記念品、言わば記念艦であった。
また、先述の道路を分かれ道になっている地点まで戻り、もう一つの行き先へと進んでいくと…、何と言う事だろう。アメリカ軍基地に到達するのだ。これだけでもかなり驚きだが、それだけではない。なんとこの日の試合のために、アメリカ軍も基地を貸し出してくれたのだと言う。連盟との交渉の結果と言うことらしいがそれだけのことを軽々としてしまうとは、日本戦車道連盟、恐るべし。
――中央広場に赴くと、既に相手チームは準備を整えていたようだった。チームの大半が班ごとにまとまって整列し、一つの美しき隊列を成している。これは言わば、「軍隊行動」と言う名の芸術作品であろう。団結、結束、共同、統一を含んだ強固な一団として、そこに存在していた。
そして、その前に立つ4人の人間。まずはアズミさん、メグっち、ビリジアンショートのメガネの三人が横に並び、さらにその前に立つ幼気な少女。ユニフォームを着ていたおかげで二日前のラフな印象とはまるで違い、皆が自衛隊駐屯地の教官の如き冷徹さと無慈悲さを、その身に纏っているように思えた。
視界に入る誰一人も身動きを取ることを許そうとしない眼光が、私達の心臓を見据えていた。私の背筋が氷のような冷気に襲われ、眉に皺が刻み込まれる。同時、私の額から頬へと、一筋の汗が流れた。確かに今朝は晴天であるが、それ程暑い日だっただろうか……?
こちら側は隊長である姉と、副隊長であるアレクサンドラが前に出る。私には二人の後頭部しか映らないため、表情は分からない。しかし、ただ一つだけ確かなことがある。二人共私のように身を震わせることは一切無く、微動だにしていない。冷静沈着という熟語の意味をそのまま、自身の立ち振る舞いに表していた。
――試合開始のホイッスルと同時に、双方の全隊員がお辞儀をする。鬨の声が波紋を広げ、一戦場を丸々覆い尽くしたのだ。
――
――我々のチームの全体的な動きは次のようなものであった。主に4つのグループに分かれ、それぞれの役割を果たす。車両ごとの動きは基本的には各自の自由判断とのことであったが、グループの長――つまりは中隊長である――が緊急と判断した時には、その中隊長の判断に一任される。殲滅戦であったため、最終的には個人戦のように、敵も味方も無い惨劇が予想された。
私達のチームはソ連製の戦車で構成されており、今回もまた、私、ヴィットーリオ、シャルルアンリ、アレクサンドラの4人はそれぞれ別々の戦車に乗り込んでいる。
須呂脇大学チームの編成は25両である――T-40が三両。T-43が一両。T-44が10両。BT-7が一両。IS-3が一両。オブイェークト704が一両。ISU-122が4両。ISU-152が三両。SU-100Yが一両。――中戦車と自走砲を基調としたかなり奇怪な編成となっている。
主に前線の部隊として動き、敵との戦闘を行う「グループ1」。軽戦車など身軽な車両で堅め、偵察と敵に対する妨害工作を主とする「グループ2」。後方に待機し、全体の状況把握や緊急時の司令塔として機能する「グループ3」。援護射撃やら誘導のための囮やら、使えない者達を集めてその他の雑用をやらせる「グループ4」。
編成表では姉がグループ1の中隊長。ヴィットーリオがグループ2の前線担当。アレクサンドラがグループ3の中隊長。シャルルアンリがグループ1の前線担当。そして私が、グループ4の前線担当であった。
以上が、姉が考えた果ての結果だ。これが我が軍の大将の采配と言うことだ。文句は付けられない。姉に異を唱えることなど、私ごときがやれば即刻死刑判決が下る。下らなかったとしても、他のチームメンバーの手によって報復が成されるであろう。きっと姉の事だ。我ら愚民には思い付かない何かしらの秘策があるのだろう。
――相手チームの玉座に腰を据えるは、かの島田家の御令嬢、愛里寿嬢だ。我々の戦力で、果たして彼女を満足させられるような戦いをお見せできるかどうかも怪しい。チーム全員で彼女の乗る戦車一両を相手取ったって、容易に皆、処刑されるだろう。我々は操縦桿に手を伸ばす暇も無く、一匹残らず葬られる。それも少女一人の手によって、流れ作業の如く。
――
静寂が支配するチームの戦車の中で、通信機越しに、姉の口笛が発せられた。直後、全車両が動き出す。
――視界の奥から端へと流れる木々と土が、4人の人間と一両の戦車の存在を拒んでいた。私の乗るT-44は全方位が木と土で埋め尽くされた山岳地帯を進む。凸凹とした山道はT-44を容易に跳び上がらせ、落下の衝撃でまた戦車は小さく跳ぶ。進めば進む程、私達の足裏と尻が悲鳴を上げた。
果たして、通信機越しにヴィットーリオの声が聞こえる。私は舌打ちの音が聞こえないように努めた。
「どーもーグループ2前線、敵の車両を三両かくにーん」
平坦で、少々やる気のない声だった。
また、別のグループ2の隊員が状況を報告する。
「こっちも3両、結構広めに展開させてるのかな?」
グループ2の戦車はそれぞれ別方向に展開しての偵察となっているが、姉の指示と言えど、実行するのは前線の人間だ。それぞれ別の位置と角度から同じ敵車両を見ている恐れもある。
殆ど行く当てもないような状態で、ギャリギャリとキャタピラが稼働する音だけがこだまする。流れる景色は一向に変わらない。私は見渡す限りの木々に舌打ちをする。現実世界での孤立にはよく慣れているが、まさかこんな大舞台でも嫌われるとは。私は車内の壁を蹴った。砲手、装填手、操縦手の三つの怒号が返って来る。そして…、
「こちらグループ1前線、敵車両三両を確認」
シャルルアンリからの様だった。後先考えない彼女の性格が災いして、不必要に攻撃を加えてなければいいが。その報復として、鉛玉が飛び交う物騒な追いかけっこに興じる羽目になったとすれば…。自業自得である。
今までの報告にあった車両が全て別々の塊として考えるなら、合計9両が確認された訳だ。初めての接触にそれだけの数が見られたと言うことは、相手は前線に9両を配備したと言うことか。流石金持ち。一大学の戦力の半分に匹敵する力を、片手間にこさえられる家だ。戦車一両に対する価値観も違う。
「私達はどう動く? 雑用要員だから、チームの邪魔さえしなければ好きに動けるが…」
「偵察係で前線なんだし、前に進もう。じっとしてる方がヤバいよ」
私の問いに、装填手は平坦な調子で答えた。私のことなど一切気に掛けていない様子だった。
――操縦手と砲手は以前のKSP-76に搭乗していた時からの続投であるが、装填手は今回の編成の都合で、新しく顔を合わせることになった相手だ。彼女は、このメンツの中ではルーキーである。
「では、頼む」
「はぁ…、あいよ」
操縦手は私の声を背に、重い両手で操縦桿を動かした。すると、キャタピラの音に紛れて、遠くから音が聞こえた。砲撃音とよく似た音だ。離れた場所からの音であるために小さいものだったが、私が先述のように断定するのには十分な種類の音だった。その場所で砲撃戦でも起こっているのであろうか。
私は顎に手を当てる。私の近くに砲弾は飛んでこない。場所が特定されたとも思えそうにない。そう考えた直後、別の者から通信が入った。姉からだった。
「あーもしもし? ちょっとそっち方面に、敵の前線部隊の一部が向かってるから。上手く時間稼ぎしといてー」
唐突且つ身勝手な要請だ。
――
――以下の文章は、決勝戦の後にヴィットーリオから聞いた話の内容である。
森の比較的道が敷かれた場所で、オブイェークト704は足を止めていた。太陽光が照り付ける中、ヴィットーリオはそのハッチから上半身を覗かせ、双眼鏡を構えていた。その先で、三両の戦車が屯している。内訳はM26パーシングが三両であった。それを確認すると、彼女は右の口角をゆっくりと吊り上げる。その後で、同じ車両に乗る他の4名の乗員に呼び掛けた。
「皆さん、イタズラ合戦といきましょうか。まずは発煙筒を」
装填手が車長に発煙筒を手渡す。すると、ヴィットーリオは道具箱から一つのニーハイソックスを取り出した。続いてその靴下に、落ちている大小様々な石を詰め込む。最後に靴下の口をぎゅっと縛ると、簡易的なモーニングスターの出来上がりだ。しかし、ニーハイであるため射程距離はたかが知れている。
「んー…」
左目を瞑り、一番手前のM26パーシングの位置とそこまでの距離を測る。やがて「おっけ」と呟くと、手元のモーニングスターを振り回し始めた。ヒュンヒュンと靴下が空を切る。手首を回しながら腕を上げると、M26パーシングのハッチから車長が顔を出したタイミングで、モーニングスターを投げた――辺りの状況を確認するために顔を出したM26パーシングの車長。そこに目掛けて飛んでくる石の塊。
次の瞬間、それは彼女のこめかみに勢い良く激突した。小さく鈍い音が鳴り、ハッチのすぐ隣の鉄板に、モーニングスターが力無く落下する。そして暫しの沈黙の後、車長の上半身は前のめりに倒れた。4人分の悲鳴が聞こえることになるのは、そう遠くない未来の話である。
「フンッ」
ヴィットーリオは操縦手の耳元で、パチンと指を鳴らす。次にオブイェークト704のキャタピラが稼働し、主砲を、混乱状態に陥ったM26パーシングに向ける。オブイェークト704は自走砲であるため、砲台が回転できないのだ。続いて砲手と装填手の耳元で指を鳴らした。数秒後、自走砲から砲弾が発射された。
轟音。赤い閃光が焦げ茶色の戦車の壁面を突き破る。黒煙が立ち上がると共に、勢い良く白旗が飛び上がった。
彼女は呟く。
「へへ、まずは一両」
静かな森の中で起こった出来事ではあるが、近くの二両がそれを見逃す筈も無かった。残りの重戦車達が自走砲へと照準を合わせる。ヴィットーリオは「あらら」と声を出し、頬を掻く。そして彼女は気を取り直して、砲手に指示を出した。二つの敵車両とは方向の違う、一本の木の幹を指差す。
二回続いて鳴る轟音。並んで飛んでくる二つの砲弾。同時、オブイェークト704の主砲から砲弾が、木の幹に向けて発射される。彼女の瞳に、光る鋼鉄の曲面がいやに鮮明に映る。やがて足元の土を跳ね上げる程の爆発が起こり、土煙と共に白煙も上がった。
煙が晴れる。穴が二つ空いた木が、自走砲一両と重戦車二両とを阻むようにして倒れていた。
「流石にこれじゃうまく動けませんね」
ヴィットーリオは倒木の向こう側へと発煙筒を投げた。視界が白に支配され、二人分の咳込む声が聞こえた。
――
――以下の文章は、一連の事が終わった後にシャルルアンリから聞いた話の内容である。
神の機嫌と言うのは現世にも影響を及ぼすらしく、それは今のシャルルアンリも例外ではなかったらしい。と言うのも、彼女の率いるグループ1の前線部隊は、敵軍の前線部隊の一部と遭遇した。それだけならば殆ど問題ではない。しかし、その場に居合わせてはならないものがいくつか存在した。
その中の一つは、シャルルアンリの悪を悪とする正義感が独り歩きしたような性格だ。さながら新選組三番隊隊長、斎藤一である。
これがあるお陰で、今彼女は、M24チャーフィー軽戦車一両とM26パーシング二両との交戦状態に入っていた。取り巻きの乗るT-44一両とT-40とを率いながら。
――シャルルアンリは通信機越しに、両隣の二両と会話していた。
「私が左側のパーシングを引き付けます。御二方は固まって、右側のパーシングを…」
「チャーフィーはどうするんスか? 軽戦車っていうスペックは分かってる筈だから、比較的倒しやすいアタシんとこに来ると思うんすけど…」
そう言う車長の乗る車両は、T-40であった。三両の中では一番武装の乏しい戦車である。
「ええ、きっとそうでしょうね。なので、本当の囮はあなたにお願いしようと思っています。とは言っても、束の間のチャーフィーの気を逸らすためですが」
「え、どういうことっスか?」
シャルルアンリは自身の考えを交えて説明する。
「他の偵察班の情報とも絡めて推察すると、パーシングが一番大きな割合を占めていると思うんです。恐らくこちらのチームで言う処のT-44のように、そこまで重要視されていない車両でしょう。いくら火力や装甲に定評のある重戦車と言えど、そこだけに数値を振ってしてしまうにはデメリットがあります。それこそ速力や機動力と言う点で…」
シャルルアンリの目が右、左へと何度も往復する。
「確かにパーシングは、重戦車にしては機動力の高い車両ですが、たかが偵察部隊のためにわざわざ重戦車を投入するとも考えにくいのです」
T-40の車長は少し首を傾げる。
「だから、あえて重戦車であるパーシングに気を取られているうちにチャーフィーで……。という風に動くのではないでしょうか」
「だからそのチャーフィーをアタシが……?」
「ええ、チャーフィーはきっとあなたを狙う。パーシングを倒すための時間稼ぎです」
T-40の車長は半ば渋々といった様子で了承し、作戦が実行されることになった。ちなみにこの作戦は、シャルルアンリにより『なんちゃって作戦』と命名された。
――
「では、行きましょう!」
シャルルアンリの掛け声をスイッチに、三両は作戦通りに動いた。シャルルアンリの乗るT-44が左側のM26パーシングへ、T-44とT-40が右側のM26パーシングへと向かって行く。ギャリギャリとキャタピラの軋む音と、耳を劈く威嚇射撃の音が飛び交う。
さて、肝心の中央に居るM24チャーフィー軽戦車はと言うと、彼女達の予想通りに…動かなかった。T-40に照準を合わせるのかと思いきや、その正反対の方向へと砲口を向ける。シャルルアンリを始末しにかかったのだ。
「…⁉」
シャルルアンリは少し動揺する。しかし、それは間違った反応だ。作戦とは相手の動きを予想して立てるものだ。故に、どんな精密な作戦であれ推察の域を出ない。彼女はそれを忘れていた。一度退こうか、またはM24チャーフィー軽戦車に向けて主砲を構えようかとも考えたが、目の前のM26パーシングの存在によってその目論見は頓挫する。
軽戦車故の機動力も相まって、M24チャーフィー軽戦車は悠々とT-44の側面ハッチに狙いを定める。これはこめかみに銃を突き付けられているのと同義だ。
「しまっ…」
「待ちな!」
M24チャーフィー軽戦車の砲手が引き金を引こうとしたその時、ほぼ真後ろから砲撃が加えられた。その砲撃の主はT-40であった。細い金属の管から、青い煙が出ている。更にその上のハッチからは、車長が身を乗り出して喚いている。
「アンタの相手はアタシだぜ? シャルルアンリさんをやろうってんなら、まずは下っ端のアタシからにしな」
言い終わるが早いか、再びT-40はM24チャーフィー軽戦車に向けて砲撃を連発させる。威勢は良いが相手が悪い。お陰で放たれた砲弾は、敵車両の装甲に全て弾かれた。
「――っ…!」
だが結果的に良いことも起こった。発射された砲弾の一発が、M24チャーフィー軽戦車の履帯に直撃したのだ。火花を散らしながら、履帯が糸のみたいに簡単に切れる。同時、車体が片輪を引き摺るようにして失速した。さらに方向感覚も見失ったらしく、主砲の照準もはずれて見当違いに虚空を向く。
(今、か…⁉)
――シャルルアンリはその隙を見逃さなかった。
彼女は目の前のM26パーシングを砲撃でいなし、右に立つM24チャーフィー軽戦車へ向けて砲台を回す。薄茶色の主砲が濃い茶色の砲台を捉えた。シャルルアンリは砲手の肩にそっと手を置く。直後、轟音。砲口から発射された砲弾が、敵戦車の車体を貫いた。黒煙が高く上がり、白旗が風になびいた。
続いて彼女は、先程までのM26パーシングへと振り向く。
今度は、T-44の砲台は左回りに回転する。撃った後の反動が身体に残り、指先まで揺れる感覚が纏わりついていたが、構わず車長は再び砲手と装填手の肩を叩いた。車体と砲台の境目に当たる隙間がスコープの中心に合わさった時、引き金は引かれた。先述の隙間の更に内部へと砲弾が突き刺さる。そこから濃い灰色の煙が立ち上るのは、訳ないことであった。
「……」
そして、思い出したように白旗がシュコンと飛び出す。
――どうにかこうにか短時間で二両の敵車両を撃破することに成功したが、T-40ともう一両のT-44は無事で済んではいなかった。先述の二両と同様、仲間の二両の戦車も白旗を上げていたのだ。彼らを覆い隠すように、黒煙が辺りを満たしていく。
「す、すんません。しくじりました……」
T-40の車長が申し訳なさそうに言う。どちらも、もう一両のM26パーシングにやられたのだ。シャルルアンリは息を呑む。フクロウのようにあちこちへと首を回すが、目的の重戦車は見当たらない。耳を澄ませても、自分以外の車両の走行音や砲撃音も聞こえない。どうした事だろう。取り逃がしたか。どこかに隠れて迎撃のタイミングを見計らっているか。
「大丈夫ですよ、そこまで気負わないでください」
周囲を警戒しながら仲間に労いの言葉を掛ける。
戦いの序盤で早々、孤立してしまった。単騎では出来ることも限られるし、絶好の獲物となる恐れも大きい。その場に留まることは得策ではないと考え、彼女はT-44を前に向けて走らせた。幸か不幸か、何処からも彼女の車両に向けて砲弾は飛んでは来なかった。
――
車体の側面に黄色の菱形のマークが印刷されたM26パーシング。その車長の元に、一つの通信が入った。それは次のようなものである。通信機の向こうからは少し重たい声が流れた。
「こちらG班、二両がやられました」
「え、早くない?」
「すみません。流れるような俊敏な動きだったので…。しかし、こちらも二両撃破しました」
「ふーん…、分かった。D班らへんから一両出してもらうから、そこと上手く合流して」
相手からの返事を受け取ると、彼女はまた別の車両へと繋いだ。静か且つ狭い車内に、二人の声が反響する。
「あーメグミ? ちょっと悪いんだけどさ、そっちにある班から一両貰えないかな?」
ノイズが混ざりながらも、相手の声は返って来る。
「ん。分かった。それじゃあね」
話が終わると車長――アズミは通信機を元の場所に戻す。そして茶色い髪を掻き上げながら心の中で呟いた。
(さて、『処刑人』とは何処で会えるのかしらね)
小さく舌なめずりする。風が静かに、木々の葉を揺らした。