Cross-two Night   作:滝村亜華音

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『Naval battle』

 ――何故自分の考えを他人に勝手に確定されなければならないのだ? 自分の意思や意志は自分にしか分からない。人の手はタイプライターではないし、人の耳は音声認識ソフトではないし、人の目はネットの検索結果ではないし、人の声は自動音声ではないし、人の脳は人工知能ではない。

 

 皆人から生まれたと言う生物学的事実から見れば人工知能と言うことになるが、そういう話ではない。否、人工知能と言うよりかは「人工知脳」と言った方が正しいか。

 

 話は脱線したがともかく、人間の解釈というモノは、いつまでもどこまでも都合がいいのだ。特にその対象が真面目だったり、優しかったり、気が弱かったりする人間の場合は尚更扱いやすい。無理も無い。自分の言葉を好意的に受け取ってくれ、かつ何でも言う通りにしてくれると言うのなら、これ程操りやすいモノは他にないだろう。

 

 ――沈黙は肯定と同義――その女は、そんな考え方が嫌いだった。肯定でも否定でもない、決断を出すには踏み込めない状態に居るのに、れっきとした理由があるのに、そう言った理由の上で沈黙という選択を取っているのに…、何故それが分からないのだ?

 

 何故少しも、こちら側の意思や心情を汲み取ってくれようとはしないのだ? 話ぐらい聞いてくれたっていいじゃないか。最も、聞いたうえでその話をゴミ箱に投げ込むようなことがあれば、また別の交渉手段を用いるしかない訳であるが。

 

――

 

 海と言う根城から高く跳びあがる波が、セイレーンやクラーケンやリヴァイアサンやカリュブディスのような、神話に登場する海の怪物の襲来を想起させる。しかしそれが、「人類の理解や科学の及ばぬ範囲」だと断定して責任転嫁できる程の壮大な存在ではないことは、その場に居合わせた全ての人間が理解していた。

 

 と言うのもこれは他でもない、今までの経験や歴史からだって容易に想像できるはずだ。だって、今は何をしている最中だ? 作戦の実行中であろう。では何に置いての作戦だ? 愚問である。これまで人類が五万と興じてきた戦争だ。

 

 そして眼前に現れた巨獣の如き大きさの波も、自分と全く同じ種族の「人間」が起こしたことだ。自分達を殺害すべく赴いた不届き者も、自分達と寸分違わぬ「人間」である。

 

 船上に一時的な雨が降った後、波は再び海中へと身を潜めた。

 

 ――雷撃に対する報復として、巡洋戦艦が砲撃を加える。轟音と共に飛び出した砲弾が駆逐艦を葬らんと宙を舞う。その後で、駆逐艦は砲弾を捉えるが早く、その身を捩じらせて旋回した。

 

 駆逐艦の方が身も軽く、速力も早かった。巡洋戦艦も通常の戦艦と比べて速力は上であるのだが、火力の高い武器をこれでもかと積んでいたために、速力と言う点で見れば、駆逐艦よりかは見劣りしてしまう。それ故か、駆逐艦は砲弾をひらりと躱し、海面へとまたその一撃を喰らわせた。結果、また同じ様な波が上がって消えた。

 

 駆逐艦が急旋回の末にこちらに背を向け、駆逐艦特有の身軽さと素早さで、一時撤退を図った。あくまでも火力は巡洋戦艦の方が上なのだ。雷撃と言う先手を打つことができただけでも上出来だろう。

 

 しかし、眼前の敵を乗組員達は見逃さなかった。砲台の標準を逃走する駆逐艦に合わせる。そして声と共に、砲口も叫び声を上げた。

 

「Feuer! 」

 

 耳を劈く音。まるで、大型トラックのタイヤがパンクした時みたいな音。否、実際はそれすら生温い程大きな音が轟いた。

 

 鉄の弾が駆逐艦の船体に激突する。ヒビが入るのが早いか、そこに出来た僅かな穴に向け、まるで傷口を抉るかのように砲弾は無理矢理入り込んで来る。火薬が艦船内部の弾薬や燃料の一部に引火する。俗に言う誘爆だ。爆発。その後に火の手が上がる。炎が駆逐艦の身体を飲み込まんと、狂ったように暴れていた。船上で火事が起こったのだ。

 

 駆逐艦は、何も動じなかった。そもそも生物でない無機物は自発的に動くことは無いのだが、そういうことでは無い。炎に身を包まれ、自身を取り巻くその火と自身を浮かべるその水に、無抵抗の文字の意味をそのままにしたみたいに、ただされるがままに身を委ねていた。

 

 これから海底と言う墓場に身を埋めることになる。船舶自体は何も動じない。波に揉まれてゆらゆら揺れているだけだ。

 

 ――やがてその艦船から、火の粉と共に沢山の人影が飛び出し、海中へと消えて行った。中には服や肉体をその火に焼かれ、絶命への恐怖と漸減する肉体と命に生じる激痛とで、艦船の至る場所から叫び声が聞こえてくる。彼らの身体の消えゆく先は海の底。命の消えゆく先は天国か、はたまた……。

 

 ――火花の散る音と船員達の叫び声に包まれて駆逐艦は海の中へと消えた。最後には水に包まれたのだ。耳を劈く轟音の後、小さな波の音だけが、そこには残っていた。

 

 しかし、そんな心さえ容易に安らげてしまえそうな波の音を無慈悲に掻き消すのは他でもない、そこに浮かぶ帝国艦隊であった。

 

 「海洋治療法」なる海を見るだけで精神の治療が見込めると言う旨の治療法があった気がするが、流石にそこに何者かが居る船が居合わせているともなれば、そんな景色は治療には向いていないことは言うまでもない。しかもそれが、「いくさぶね」ともなれば尚更だ。むしろ今から火と鉄が飛び交うことになるとすれば、どんな鋼の精神の持ち主であれ恐怖することだろう。

 

「たーまやー」

 

「なんだそれ?」

 

「外国人の友達に聞いたんだよ」

 

「ふーん」

 

 帝国艦隊の乗組員達は、玩具を手にした幼児のようにはしゃぎ、敵と見做した赤の他人の集団が痛みに蝕まれながら闇に飲まれていく様子を嬉々として眺めている。

 

 火から逃げ惑う子羊達は、額に銃を当てられた罪人の如く暴れて藻掻き、祖国と家族と友人――人によっては恋人――を守れなかった無念と共に海へ落ちて行く。

 

 船の中には、もう誰も残りはしない。

 

「――敵艦、撃沈」

 

 艦長が告げる。この喧嘩では、巡洋戦艦の勝利だ。

 

――

 

『駆逐艦一隻、轟沈。乗組員の海上への緊急避難を確認』

 

 またもや無機質な声が、司令室に響き渡る。幾度となく見慣れてきた筈の光景であったが、レイラにとっては既に拒み慣れた「吐き気」が具現化されたような空間に等しかった。初めてここで職務に就いた時この世の不幸を寄せ集めて煮詰めて入れた箱、所謂「パンドラの箱」の中に突如落とされたのではあるまいかと錯覚した程だ。

 

「ぐ…、…やっばり思い通りにはいってくれないか……」

 

 溜息と愚痴が混ぜ合わされて出て来たような、そんな声を一つ。とてもではないが、普段のレイラの声とは似ても似つかぬ声である。何処か、不機嫌を示すことに足る理由でもあったのだろうか。無理も無い。彼女の職場がそもそも何を成すべき所なのかを考えれば、説明が無くとも自ずと答えは見えてくるであろう。

 

 ――レイラはダスタリア侵攻の時と比べ、物事を客観的に見ようと努めた。

 

 その時、またもや司令用AIの声が司令室の中で響き渡った。

 

『公国軍部から通信が入っています。接続しますか?』

 

 続いて、一人の女の声が静かに言葉を紡いだ。

 

「ええ、繋いで」

 

 直後、目の前のモニターに映された映像が二分化された。画面左側には今まで通り戦況を表した地図が映されており、画面右側には新しく別の司令室の様子が映し出されている。

 

 何処の軍部の司令室か。ハーディングフェーレ公国軍の司令室だ。

 

 軍事力、技術力、経済力、そして生産力においても世界の覇権を欲しいままにしているフラーリッシュ共和国であるが、全てが永久機関ではないようだった。人力というモノが睡眠無しで永遠に稼動出来ることは無いように、国力もまた永続的なものではないのだ。共和国の場合は、それがほんの少しばかり、理解に苦しむようなモノだったようだが…。

 

「一応、戦地の状況も見ておきましょう…」

 

 レイラの声に反応して、地図に重なるようにして戦地の様子を映した映像が表示された。

 

――

 

 ――その司令室は、人一人の部屋としては広すぎる。

 

 と言うのも、通常の司令室と同じ広さであるのだ。しかし、どういう訳かレイラ一人の手で運用させることに成功している。

 

 では何故、成人女性一人がそんな司令室を使いこなせているのか。幼い頃からの、貴族専用の高等な教育の賜物であろうか。軍事貴族もまた貴族である。教育面でも一般市民とは一線を画す程のものであったことは確実だ。そこにAIの情報処理能力も合わされば無敵そのものである。

 

 レイラは司令官としてのノウハウを幼少期から叩き込まれた。大学時代はAIについてのアレコレを学んだ。全ては国を守るため、そしてポロネーズの名に恥じぬ人間となるためである。代々共和国の軍部の中枢を担ってきたポロネーズ家。共和制を謳う中央政府も、軍部の権威がポロネーズ家に集中していることを黙認している。それについても、彼らの管理下にある共和国軍が如何程の強さを持つのか、それは今までの歴史が、半ば理由になっている。

 

 他国の一切の干渉や介入を許さず、逆に自分達の一方的な力と技術で今の今まで勢力を拡大させ、世界最高峰の国際的地位を欲しいままにしてきた。事実、この国が、他でもないこのフラーリッシュ共和国こそが、現在の世界における最大面積を誇っているのだ。

 

 ――だけれども、今にそれを引き合いに出すというのは所謂「過去の栄光」と言うに相応しいではないか。重んじるべきは歴史となった過去ではない、歴史となる今だ。今この時に何をするかが重要なのだ。例え勝ち目が無かったのだとしても、そのまま潔く撤退する訳にはいかない。今後において決定打や突破口に繋がる布石を、今置いておかなければならぬ。尻尾を巻いて逃げるのだとしても、相手の尻尾ぐらいは噛み千切らなければならない。

 

――

 

 駆逐艦が海に吸い込まれて姿を消した頃、火や煙も次第に姿を消していった。そこに見えたのは、何の変哲も無い、今までのと同じ様な景色を保った海域であった。まるで何も知らないかのように、ありのままの日常を人々の目に映し出させていた。何が起ころうと関係無い。例え人間が戦争を繰り広げていたのだとしても、自然の世界にとっては知った事では無いのだ。

 

「ねー、もっと何か展開無いのー? 艦隊ばっかりが戦ってて暇なんだけど」

 

 カレンは自身の今居る状況にどう反応するでもなく、ただその時の有り合わせの感情で、周りに同調するかの如く何も考えずにコメントを残していた。

 

 ――待機室に戻ったカレンとレットは、いつもしているような他愛もない話に花を咲かせていた。それはまるで、朝に担任教師の愚痴をし合う中高生のようであった。

 

「もうじきあるかも知れねぇぞ?」

 

 レットは面倒臭い話題を振ってきたなと思いながら返す。

 

「でもあたしら陸軍じゃん? 海じゃ戦えない訳。どうしようも無いのよ」

 

 カレンも話を返す。

 

「確かにな」

 

「だからせめて、早く陸に着かないかなあって…。早く銃撃ちたいんだよ」

 

「お前、そんな戦闘狂キャラだったか?」

 

「勝手に人の性格書き変えんな。あたしはただ、暇や退屈が嫌いってだけなんだよ」

 

 カレンが好むのは、自分にとって面白いと思えるモノだ。昔から、静かな空間であったり、見慣れた景色であったり、機械的に営まれる日々を嫌う傾向にあった。「当たり前が何よりの幸せ」である、と小学校の道徳の授業で習ったことはあるが、カレン自身は幸せだとは思ったことは無い。幸せと言うよりかは、退屈の方が言い方が合っているのではないだろうか、と思ったくらいである。意味は分かるが、意義が分からないのだ。

 

「ま……、時々そのお陰で痛い目見ることもあるけどさ」

 

 思い出したように付け加える。

 

 それでも懲りず、今でも風の向くまま気の向くままに人生を送ってきていた。過去に学ばず、気紛れに歩いて来た。好きなように且つやりたいように、自由に生きてきた。今に始まった事ではないだけに、引き返す道も、切り上げるタイミングも逃してしまった。そのお陰で、止めるに止められず、今の今までズルズルと引き摺った結果がこの状態だ。

 

 ――どこか気が抜けたように明るく振る舞う、一人の淑女である。否、淑女と称する程高貴な存在ではないことは、カレン自身が誰よりよく理解している事だ。幼馴染のクラセルよりも……。

 

――

 

 ――爆発音と、悲鳴と、火花の弾ける音が飛び交う海戦。波の音など到底聞こえない。耳を劈くような轟音に掻き消されてしまっているからだ。こんな光景、世界史の教科書を開けばいくらでも見られるだろうが、今の帝国軍と公国軍にとってはそんな手間は要らなかった。

 

 そんな海戦の時間が過ぎ、一晩を経た次の日。リューズ達の乗るグループ5の輸送船及び護衛艦隊は、公国の軍港――ナリヴィス港に辿り着いた。

 

『ナリヴィス港を確認。これよりグループごとに艦隊を分散させ、作戦内の予定地への上陸を試みる』

 

 各護衛艦隊と輸送船の内部にアナウンスが響き渡る。同時、各船員とグループの隊員達の間に緊張が走る。皆、目に見えて険しい表情になった。眉間に皺が寄る。北方の冷たい大気に冷やされ、船内の空気が冷たくなってきた影響か、リューズの背中にもまた寒気が走った。

 

 北方侵攻――ハーディングフェーレ公国への侵攻――の成功が、現実味を帯び始めたのだ。きっと公国の方も、港や市街地に軍隊を配備、待機させている筈である。昨日の海戦以上の帝国と公国の激突が誰の頭にも予想出来ていた。

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