微量の雪の粒に振られながら、ナリヴィス港へ輸送船団とその護衛艦隊が近付いてくる。港に佇む公国のAⅠ軍がその姿を捕らえていたようで、司令室にその映像が映し出されていた。すると、帝国の船団や艦隊を覆い隠すような形で、飛行物のアイコンの群れが現れた。共和国空軍は帝国に向けての部隊は派遣していない。正確には機種は自国の物であったが、IDは違う。ならば考えられるのは、公国空軍だ。ノラがハッキングを施した航空機である。
「……」
レイラは公国空軍の攻撃の開始を確認すると、共和国公国間を飛ぶ共和国空軍に電報を入れた。
「現在の帝国海軍の勢いを考えると、公国の抵抗はほぼ無駄に終わるでしょう。公国に、陸軍用の設備や武装を支給してください」
現在公国が使っている軍機も、事前に共和国が支援したものだ。これ以上貴重な戦闘機の技術を無駄に消費させたくない。
――
公国軍の司令室では、ノラの両親が指示を出していた。
「第三AⅠ航空隊、攻撃開始!」
すかさず、ノラがキーボードのEnterキーを叩いた。
――護衛艦隊が港を視認したその瞬間、上空から大量のプロペラ音が押し寄せた。船員達が双眼鏡越しに空を見上げるが、一つおかしなところがあった。機体にある国章が公国の物では無かったのだ。では何か。開戦当時からいやと言う程見てきたマーク――共和国の国章だ。
「共和国軍機がここに…?」
「同じ『同盟国』だからな。援助って名目で、手柄の横取りに来たんだろう」
元々、先の大戦で敗北したウニゾーン帝国を世界の敵だと見做し、戦勝国同士が結んだのが『同盟』だ。そこにはフラーリッシュ共和国とハーディングフェーレ公国も含まれている。
その目的は大きく三つ。帝国の戦争行為への抵抗、帝国に対する貿易や通商の制限、そして帝国の国際上の動きの監視だ。帝国と同じく、敗戦国である他の二国もそのターゲットに組み込まれた。それに伴い、今までは全ての戦勝国が帝国を好き勝手出来ていた。それが開戦理由に繋がったのは別の話だが――。
天翔ける鉄の鳥たちが、腹に抱えた火薬の赤子たちを産み落とした。落とされた爆弾は、護衛艦隊や輸送船団目掛けて突進してくる。激突。轟音。その直後、火の手が上がった。艦内に炎が立ち込め、通路や部屋と言う部屋を駆け巡る。程無くして戦艦は火に包まれた。だがその業火が喰らうのは無機物だけではない。無論、中に居る人間だって焼き払う。髪も、軍服も、骨に纏わり付く皮と肉の塊も容赦無く炙り、焼き、燃やしていった。
それを捉えるが早いか、別の巡洋艦が高角砲を高く上げ、負けじと戦闘機に迎え撃つ。するとどうだろう。天へと昇る火の玉に鳥が撃ち落とされ、爆弾たちと共に水柱を上げながら、海の底へと消えて行った。
轟音と火の玉、そして叫声が飛び交う中、輸送船団は進んで行く。だがそれは全て護衛艦隊の犠牲あってのものであった。
流石世界一の大国、一後進国の艦隊などすぐに撃滅できる戦力を片手間に用意してみせている。事実、海を這う鉄の海獣達は空を舞う鉄の怪鳥達に次々と仕留められていく。猛り狂う火の手が海水に触れて黒煙を立ち上がらせるが、その黒煙の柱の数は20を超えた。柱の数が、仕留められた哀れな艦艇の数だ。
――
――グループ5の輸送船。外で砲雷撃戦や爆撃が横行し、壁や窓を通り抜けて生々しい音が耳に入ってくる。だがそれにも拘らず、いやに静まり返る客室の中。クラセル・メヌエットは、誌面の文字の羅列から窓の向こうの海へ視線を移し、いつになく顔を顰めていた。そして自身の耳に届くかどうかも分からない程の小さな声で、独り言を口にする。
「結局誰も彼も、サディスティックな本性を持っていることは変わらないんですね…」
同室のベッドの一つに寝転んで目を閉じるリューズは、片目を少し開け、クラセルの方へ瞳を動かした。彼女が欲しがるので迂闊にたばこを抓めないのが厄介だが、ここ一週間余りに及ぶ彼女の不機嫌にも疑問が生じる。
クラセルは、長く不機嫌な様子を見せたりしない筈だ。いや、正確には上っ面の表情を作るのが上手いのだ。普段から落ち着いた様子を保ち、かつ相手の話をよくきこうとする姿勢も相まって、初対面ではよく気立ての良い淑女だと見られる。リューズだって、自由奔放なカレンよりも彼女の方が好印象だった。
そんなクラセルが愚痴を吐くに匹敵する程の出来事と言えるカレンとの諍いは、一体どんなものであったのだろうか。リューズはほんの少しの間思考を巡らせるも、答えなど出る筈も無かった。当事者にしか分からない事情と言うのもあるが、彼自身が友人の居ない人生を送ってきた事も原因だと思われる。
――
爆音、黒煙、水飛沫に包まれた港とその近海。その渦中に居る公国軍と帝国軍。そして双方の戦いを柵の外から傍観する共和国軍。二者に見せかけた三つ巴の戦い。片方が力尽きるまで続けられる武力の押し問答は、突如として変局を見せることになる。放たれた帝国艦隊の砲弾が、ナリヴィス港の近くに位置する飛行場――ロカリオ飛行場へと激突したのだ。
砲弾は、飛行場の陸上施設の壁に大きく穴を開ける。その後で大量のガラスの割れる音、コンクリートの分厚い壁が崩れる音、そして砲弾の中にある火薬の爆発音――多種多様かつ残酷な音が皆の耳を引き裂かんばかりに唸り、施設を炎が包み込んだ。爆弾を積んだ航空機を配備しておくべきではなかっただろう。お陰で、余計に炎がその身を巨大化させる。
当然施設の内部だって炎で満たされる。中に居る公国空軍の隊員や将校達も間も無く火に巻かれた。皮膚は黒く焦がされ、肉は指先まで赤く焼き尽くされながら、身体を引き千切られるような、削ぎ落されるような痛みがその身を喰らい尽くす。熱い、暑い、痛い……!
やがて飛行場は、航空機のエンジン音や炎の燃える音に混じって、人々の悲鳴で満たされるようになった。さながら炎熱地獄である。
――そのことを護衛艦隊の船員達は見逃さなかった。偶然の産物とは言え、航空機の巣を混乱状態へと陥れることに成功したのだ。これはなかなか無いチャンスであろう。ここ乗じて、上陸を成功させるのだ。
「全輸送船、グループごとに分散し、指定されたパターン通りに兵団を揚陸させよ」
護衛艦隊の旗艦の艦長が指令を出す。直後輸送船団は各々の目的地に向けて進み出した。今まで縦三列、横二列の隊列で固まっていた6隻の船が四方八方に散らばり、6つの個別行動と進路に分かれて進んで行ったのだ。――リューズ達の乗るグループ5の輸送船はまた一つ、公国内に位置する都市を目的地として船首の向きを変えた。船体が急旋回する。
「我々、グループ5の目的地はオードゥルーヌだ。全隊員、揚陸と進軍の準備を!」
スピーカーを通してグループ5の師団長、レベッカの声が船内に木霊する。
「オードゥルーヌ……」
目的地の都市名をリューズは静かに反芻した。それに反応したのか、クラセルはその名が意味するモノを最低限の言葉で説明する。
「…公国の首都…、ですね」
それぞれの輸送船が、ハーディングフェーレ公国の港や海岸線に向けて動いて行った。
――
それぞれのグループの輸送船の中。師団の兵士たちが、格納されている揚陸艦へと詰め込まれていく。この揚陸艦がリューズを含む歩兵師団や戦車部隊、更には山岳歩兵部隊を送り込む箱兼隠れ蓑になる。さながら、トロイア戦争におけるギリシャ連合軍の派遣したトロイの木馬と言ったところか。だがその出来事と違うところがあるとすれば、公国は帝国軍の揚陸艦を快く迎えはしないだろうということだ。
揚陸艦と言う輸送船などとはまあ小さい船体に、黒い服に身を包んで、軍備を背負い、銃器を携えた人員が容赦なく詰め込まれるのだ。鮨詰め状態。前後左右に人、人、人。リューズの身体が何より拒絶反応を示す環境だ。
いち早く敵国に上陸し、この空間から解放されたいと言う気持ちはあった。だが、そこで取り乱してしまっては周りの隊員に悪影響を及ぼす恐れもあるだろう。祖国の未来を左右するこの作戦を台無しにしてしまうことは本意ではない。
――雪が少し強くなってきたかと船員達が窓を見上げた頃、それは見えて来た。戦火の影響をまだそれ程受けていない、公国の海岸線の一部のビーチ。砂浜と、街の道路の境界線に聳え立つ石垣。遠くから大地を揺らすような轟音が入り乱れるこの砂浜で、当然、寄せて返す波と戯れる半裸の人間など一人も居ない。雪が姿を現し始める季節だからと言うのもあるが、根本的な理由はもっと他にあった。
そんな白いキャンパスの上に暴力と殺戮をふんだんに塗りたくったこの空間に、鋼鉄の艦船が波に揺られながら乗り込んで来た。そして中には、一隻につき2万5千の殺人人形が格納されている。
波に紛れて揚陸艦の艦首が砂浜に乗り上げる。ガリガリと砂とその下のコンクリートを削りながら、我が物顔で他国の領地内に足を踏み入れて行く。船体に無数の砂粒が付着するが、船は気にせず陸へと這いずる。場違いもいいところだ。異物が身勝手に乗り込んでくるところは、この世界に存在する数多の細菌やウイルスの類と特性は似ている。
揚陸艦の進行スピードはフェードアウトして行き、陸に差し掛かって15秒も立たないうちに動きを止めた。直後、艦首下部のハッチが開く。そして、列を成した軍服の人間達が蟻の大群のように押し寄せて来て、順に他国領への不法侵入を犯していく。サクサクと砂を踏む軽快な音が、街へ静かに響き渡る筈の軍靴の音を隠していた。
帝国軍人の群れの中、リューズは眉に皺を寄せながら顎に手を当てて、今後の動向を憂う。レットは小さく口笛を吹いて、身体に感じる鳥肌の感覚から意識を逸らす。カレンは笑いながら頻りにアサルトライフルをいじったり構えたりしながら、自身のはやる気持ちを抑えている。クラセルは静かに両目を閉じて呼吸を整え、精神統一に勤しんでいた。
やがて、グループ5の師団長、レベッカ・ワルトシュタインが振り向く。そして皆の様子を確認すると、帝国軍部の『北方侵攻作戦司令部』へと報告を入れた。
「グループ5、上陸に成功。これよりオードゥルーヌに向けて進軍を開始する」
――北方侵攻におけるグループ5の専任作戦、『オードゥルーヌ進軍』が始動した。
――
北方侵攻もとい『北方地方侵攻作戦』は、参加する6つの師団をそれぞれグループ1からグループ6までナンバリングし、それぞれ指定された公国の重要な都市を、進軍と戦闘の末制圧するという作戦だ。作戦を進行する際には、各グループに出された専任の作戦というものが存在する。とは言っても専任作戦の内容は、ただグループごとの都市への侵攻作戦をより明確化しただけのものだ。詳細は以下の通りである。
グループ1はラルクヴェイグ侵攻。グループ2はアンドフリーム制圧。グループ3はヴィーザリオ攻撃。グループ4はフォルセティア、イングナル侵攻。グループ6はトーラシア山岳制圧。そして、リューズの居る第一五九師団もといグループ5は、首都オードゥルーヌへの進軍と制圧だ。
複数の重要都市を一遍に制圧することで短期間で公国を落とすと言うのが帝国側の大まかな目論見であったが、その中でもとりわけグループ5の責任は重大である。何せ彼らは首都を任されている。当然の重さだ。失敗すれば石を投げられるだけじゃ済まない。
――
――公国軍本部は、画面に映った6つの光の点を見て驚愕した。それぞれ異なる地点ではあるが、光の点が公国領の囲み線の中に入り込んでいる。皆が目を見開き、口をあんぐりと開け、肌に汗をたらりと垂らしながら刹那の静寂を作り出す。直後、司令室の中の一人の中将が声を上げた。
「て、帝国軍の上陸を確認! 全師団。位置情報を確認し、各師団長の指示の下、迎撃せよ!」
中将の言葉が、ノラにはこれ以上ない無理難題に思えた。
戦車、艦艇、航空機と三種類の兵器。そして、それら各々に搭載された合計430個のAIを一度に使役出来る程の彼女のハッキング技術。実際問題、ノラが未だに貴族の人間を名乗ることが許されているのはそこにある。彼女のハッキング能力が一級品であることを公国が買い、国を挙げての軍需事業に転用させているのだ。そんな所以があってか、軍本部の管轄下で急遽新設された『公国AⅠ部隊』の指揮も任せられている。
しかし、流石にそれだけの数を一人で運用するのには、ほんの少しばかり容量オーバーであった。事実、先程の戦いでAⅠ艦艇74隻とAⅠ航空機83機が戦火に巻かれ、塵芥と化した。中級と言えど先進国が、後進国に先手を許したのだ。
「でも、負ける訳にはいかないんだなー」
キーボードをカタカタ叩きながら独り言を放つ。その声は低く、鬱屈とした感情をその顔に湛えていた。眉間に皺が寄り、唇が固く結ばれる。キーを叩く指が速くなる。打鍵音がうるさくなる。暫くして、またもEnterキーが一つ。
――公国各地に点在する陸軍駐屯地、そこに鳴り響くアラーム。管理棟前に集まる隊員達は一糸乱れぬ動きで縦、横へと整列していく。芯でも入っているかのように一直線に伸ばされた背筋。双方の踵を接触させるようにして小さく開かれた足。関節ごとに紐で繋がれているのではと錯覚する程の、息の合った銃器を構える仕草。
国を挙げての陸軍の動員である。何に向けての動員なのか。愚問である。勿論、ウニゾーン帝国陸軍と言う悪魔との闘争だ。
――公国陸軍の後方に待機する、共和国の国章の入った大量の戦車。それらに付いている発進ボタンがひとりでに押される。人の手も無しに動く操縦桿。踏まれるペダル。やがて、キャタピラがギャリギャリと音を立てながら回転する。土が掻き出され、埃が煙として舞う。170の多種多様な戦車が、6つの部隊に分かれ、各々の方向に向けて発進した。装甲と武装に身を包んだ車達の目的地はある意味では共通している。帝国軍の6つのグループがそれぞれ居る地点だ。
――
軍本部の指令の下、公国の武装に包んだ者達が歩みを進めて行く。
大昔、人を殺すことを目的に彼らは組織された。故に、感情などは微塵も出してはならなかった。皆が無表情の中、軍は敵を探してじりじりと歩み寄って来る。同族嫌悪もいいところだ。否、感情が無いならば同族嫌悪など起きる筈は無い。では何であろう? 歴史的、民族的背景でもあるのだろうか。真偽の程は定かでないが、一つ確かなのは、これと同じ様な事例が数多あるということだ。
今では祖国とその民を守る為、牽いては自分達の行動の正当性を示す為、武器を携えながら歩を進めて行く。
――南へ、南へと歩を進めていく。