ちょっとリアルで色々立て込んでたんです
な割には全然クオリティーは進歩してないですけどね
ま、生暖かい目で読んでやって下さい
眼前、鋼鉄の魔獣達は自分らの足と口を唸らせ威嚇している。キャタピラが軋む様な重低音を、砲口が細い紫煙を吐き出す。そんな中それに対峙する人間達は、声にならない掠れた叫び声を絞り出す。だがそんな弱さと恐怖と生存本能の発露も、戦車の砲塔と装甲車の機関銃から吐き出される轟音によって牽制された。生身の兵士達の身体、腕、脚が震え出す。同時、背負っている多数のポーチ、携えているライフル銃、軍靴がカチャカチャと鳴り出していく。決して歯が立たない相手に皆が半ば怖気付く中、先頭に立つ大隊長が声を上げた。
「お前ら……、何をしてる? お前らは兵士、これ有りきの存在意義だ。我が帝国の為のお前達だ。評価されたくば戦え!」
皆の士気を上げるには非常にお粗末な文章だ。誰が聞いても納得はしない。彼の後に続く大勢の隊員達も、分かりやすく眉間に皺を寄せながら聞いている。怒りや何かと言うよりも、呆れの念をその顔に宿していた。教室の端で下ネタを言い合う男子生徒達を見る女子生徒の様な目だ。
「自分の命が優先だと言う者も居るだろう。それなら尚更戦え! 戦わなければ、生き残れる可能性さえ潰えるぞ」
呼び掛けの後、彼は走り出した。己を奮い立たせる為か、はたまた単なる無意味な威嚇か。空虚に木霊する雄叫びと共に走った。瞬間、轟音。大地が揺らぐ感覚と共に、今度は戦車が雄叫びを上げたのだ。煙の中で、切り離された手足や生首が飛散する。転がった胴体の断面からは、いやに曲がりくねった細長い紐のようなモノが見えていた。アスファルトが赤黒い絵の具で彩られる。絵に描いたような噛ませ犬、いやピエロだ。
皆が顔を見合わせた後に、ほぼ同時に溜息を吐く。やがて先頭に立つ一人がとあるハンドシグナルを示した。後続の部下達の表情が強張る。悲鳴と砲声に紛れた沈黙。騒音が蔓延る外界と、意識と言う壁で分け隔てられた静寂の空間。そこに彼らは居る。それが刹那のものとして過ぎ去った後、隊列はまたもや散らばった。皆が各々の経路で走り出す。各々違うリズムで刻まれる数多の足音達の重なるその様が、彼らの無謀さの証左である。
同時、戦車の正面から伸びる砲塔や装甲車の頭上にちょこんと鎮座する機関銃が、各々で異なる方向を向く。四方八方に向けられた、黒い渦を孕んだ鉄管が、眼下の軍人の大群に照準を合わせていった。これは公国軍にとっては、害虫に殺虫剤を差し向ける行為と同程度だ。特に罪の意識を感じない程度の殺害だ。
轟音と爆音のシンフォニー。直後、兵士達の首、胴体、腕――場合によっては上半身が纏めて吹っ飛ばされ、路面や建物の壁に血と肉片が散らばる。そんな文字通りの肉壁を利用しながら、帝国兵は建築物の隙間を縫うようにして活路を見出そうと努めた。そんな努力さえ嘲笑うかのように、世界一の強さを誇るAI兵器が生身の人間を玉砕させる。轟音、爆音。その後で、液体や軟らかい物が散らばる音。
建物や戦車、そこから新しく生み出された瓦礫の陰に隠れながら、それらから逃れる様に生まれた細い隙間を辿りながら、兵士達は街を進んで行く。その行動力と団結力、そして彼らの脆弱さはまさに蟻のようだ。
「お前はそっちを頼む…!」
「我々は装甲車の気を引こう」
「北東へ進め!」
「あっちの物陰に移れ。見つかるぞ」
銃弾や砲弾の激突音、破裂音に紛れて帝国兵達の声と足跡が紡がれる。キャタピラと車輪による、けたたましく重い走行音に隠れて人間達の意思と勇敢さが試される。目に見えて負け戦であると言うのに、何がここまで彼らを無謀な行動へと誘うのだろうか。ただ一つ確かなのは、奴らは自国を何より尊んでいると言う事だけだ。
――
――グループ1は歩みは遅いながらも、身を隠しながらの攻撃と行動と言うゲリラ戦染みた戦闘方法を取ることで、着実にラルクヴェイグ市庁舎へと足を延ばしていた。いくらデカブツの方が蟻んこより有利だとは言え、小さい者には小さいなりの利点がある。それを踏まえて上手く活用し始めた帝国兵にとって、戦車や装甲車は想像以上の相手ではなくなったのだ。
陽動となる別動隊が車体に纏わり付いたり偽の戦闘行動で攪乱したりするせいか、肝心の、侵攻を進める本部隊への照準が定まらない。そのことについて、快く思わない人物がいた。誰であろう。ハーディングフェーレ公国国主、セビリャーナ夫妻その人達だ。
「何をしている⁉ 帝国の野蛮な行為を許すな!」
「第三都市を死守させなさい。首都を落とす足掛かりにされるわ!」
(言うだけならタダだよな…)とノラは心中で愚痴を吐く。そんな中、ふと自身のデスクに一つのUSBメモリーが転がっているのが目に入った。ノラは目を見開く。使うか使うまいかと思いあぐね、結局踏ん切りが付かずに持って来てしまったモノである。きっと使う未来は見えないが、お守りと言う名の、万が一の為の現実逃避への道標だ。
そのメモリーを視界の端に捕らえる度に溜息が出る。準備は一丁前にするくせに、本番で踏ん切りが付かず何も行動しないままで終わる、ノラの悪い癖だ。無性に失敗を恐れる性格と言うのもあるが、最も大きいのは、その際に自分に向けて問われる責任の大きさだ。それが、どこか怖いのである。
――紆余曲折と言う言葉で片付けられればそれまでだが、突如として背負わされた次期国主という看板がまあ重い。だがそれも、今の自分には、きっと関係無い。今回の戦争で帝国に敗れたとしても、きっと最大多数の国民は両親を恨む。ノラ自身が怯える理由は多分、何処にも存在しない。しかし今の自分の行動による影響が、明くる日の責任と言う形で、未来の自分へ繰り越されそうで怖いのだ――幼少期から微小ながらにあったその漠然とした不安が、現在の立場を手に入れた事で加速したのである。
何度目になるか分からない溜息を吐き、ノラはキーボードの傍に横たわるメモリーを抓む。小さい小さい梱包材の中に膨大な情報が詰まっている。想像さえしたくない程の、卑怯で姑息で陰湿で下劣で醜悪で鬱屈とした情報の集合体が、この手の中の脆弱な殻に押し込められている。それを組み込んだのは彼女自身であるが、その依頼をしてきたのは……。
「兵器実験って訳かよ……、共和国サマ…」
眉間に皺を寄せてそれを睨む。指に釣られてメモリーが震えていた。そこから意識を逸らすかのように、視線をメールボックスへと移す。
――『フラーリッシュ共和国軍部、特殊研究開発部、AI兵器課』――いつ見ても吐き気を催す文字列だ。共和国を覇権国家たらしめる所以であり、人間の悪意の結集体でもある。サディスティックな本性、他国の領土や資源に向けられた強欲、そして他国の人間を支配下に置きたいという傲慢を軍兵器と言う形で昇華し続けるアホ組織だ。平和を訴えながら自国の武装を進めるエゴイスト集団だ。
こんな奴等を抱えなければならないレイラも大変であろう。力を持つ者には、それ相応の責任が付いて回る。レイラも自分も、それは例外ではない。そして、今自分が操っている兵器達や、手に持っているメモリーについてもそれは発生している。これを使ったが故に発生する問題や被害は、簡単に処理できるものではきっと無い。様々な形で共和国に借りがあるとは言え、軍事的支援と言う名目で送られてきたそのメモリーを使うことは、理性と言うブレーキが許そうとはしない。
――いや待て…。他国の地にこのメモリーが送られて来たと言う事は、国の軍事の中枢を担うレイラが、開発やテスト運用諸々にゴーサインを出したと言う事か……? だとしたら――…。
「ホンット、クソばっか」
最早国主の威厳など何処にも感じられぬ言葉を吐き出し、メモリーをコンピューターの側面へと接続させた。同時、軽快だがどこか無機質な、接続を知らせる音がコンピューターから出る。ノラにはそれが、地獄の門が開く音に聞こえた。
――
都市部の目立った大通りを避け、住宅街の網目のように細かく細い路地裏を走る帝国兵達。班と要約すれば良いか。7人未満の小規模な集団が、その網目を縫いながら市庁舎を目指していた。閑静且つ簡素な裏道を通る――敵軍との会敵や接敵を回避することだけに特化した道案内であるだけに、目的地への最長ルートとなる有様だ。下道や裏道の類でもかなり質が悪い。
家屋の窓ガラスから、赤い筋を立ててこちらを睨む目達。それらに対して一切の恐怖も覚えないと言ったら嘘になるが、より自分達を震え上がらせる者達の存在を兵士達は知っている。いくら組織を小規模なものに分散させたと言えど、それでも軍隊だ。その金物の音と血生臭さは隠せない。その音と臭いに反応する者達、似たような衣に身を包む者達、同士と言えたかもしれない者達――そいつらがこちらに銃口を向ける時、自分達の命の終焉が確定するのだ。
そんな、いつ出くわすかも分からぬ狩人に怯えながらも、狭い道をひたすらに進んでいた。当初から目的地へと辿り着くのは困難を極めるものであろうとは多くの者が予想していたが、それを更に難解なものへとする要素が、帝国兵の耳に飛び込んでくる。
「――っ…」
突然、銃声が彼らの耳を震え上がらせた。瞬間、隊員達の鼻先を一発の弾丸が掠める。直後、ある民家の窓ガラスに、中指から親指くらいまでの太さの穴が開いた。穴の周りには、蜘蛛の巣のように四方八方にヒビが広がっている。
更に、窓の内側に垂れ下がるカーテンの更に内側。そこにある居間では、窓の向かい側に位置する壁とドアの表面へと飛び散る形で、まあまあの量の赤黒い液体が付着している。そして同室の床の中心には、一人の少女が額に空いた穴から、同じ色の液体を周りの床へと滲ませながら浅い口呼吸をしていた。息と共に、呻き声とよく似た細く濁った声を絞り出し、家族に助けを求めるもそれは届かない。
帝国兵達が銃声と銃弾の発生源と思われる方向へと振り向く。大通りへと続く通路の角。その陰から覗くアサルトライフルの銃身の先端。
「チッ、こんな所でもかよ…」
家屋が連なって出来た横に長い壁に、一同が身を寄せる。続いて班の中の一人が愚痴として現状を説明した。街の細部に至るまで情報戦に興じる。それ自体は軍隊としてはむしろ日常的なものだ。
「やるぞ。応援でも呼ばれたら厄介だ」
班の先導役が狙撃手の駆除を呼び掛ける。順当な思考回路だ。戦争真っ只中のこの御時世では尚の事。
その先導役が走り出し、角を曲がったすぐ先に居るであろう狙撃手に向けて、アサルトライフルの銃口を振りかざす。日頃の訓練のお陰かかなり手慣れた動きだ。瞬きもせぬうちに銃声が鳴る。同時、先導役は左手で右手を抑えながら蹲った。声を殺した呻き声。彼の背後の路面には、少量の血と共に、切り離された人差し指と中指が落下して転がる。
「お…、おい?」
刹那の間に為された凄惨な光景を前に、班員達は呆気に取られた。滑りを含んだ赤がアスファルトを濡らし、二本の指を沈めていく。黒と静の中での凶行。それに対し理解が追い付かないが、男達は自分達の力を上回る者の存在を直感から悟った。その結果、幸か不幸か彼らの銃撃は相手の頭部を貫いた。
銃声。その後に倒れる人間の身体。仰向けに倒れたそれは額に空いた風穴から血を流しながら、無意味に満ちた人生に幕を閉じた。
街の片隅にて繰り広げられた戦いは帝国兵の班の勝利と言う形で決着した。だが、その班に属する誰もが勝利の余韻に浸る事も無く、硬い表情を保っていた。何故か。班長の手の怪我の手当てと言う急用や、作戦全体で見れば微々たる成果に過ぎないと言う焦燥感もある。しかしそれらに勝る衝撃を与える事物が、一人の帝国兵の目に映っていた。何であろう。それは目の前に転げる先程の敵の遺体にあった。
「……」
「おい、どうした⁉ お前も早く班長の救護に…」
「なあ、あれ…」
「あ?」
一人の兵士がもう一人の兵士に呼び掛けられ、目の前の敵兵の遺体に目をやる。直後、彼は目を見開いた。彼の前に立つ同胞は数分前から同じような反応をしていたことだろう。二人は一度目を見合わせ、再度遺体に視線を移した。肌には一本の汗の筋が引かれていく。少々息も不規則になった。彼らがそう言った反応を示すのも無理は無い。何故なのか。
――それは敵兵ではなく、銃を持った脱走囚だったからだ。上下オレンジ色の作業着の様な服装に、ボサボサの頭髪。ほんの少し太った体型に、右手に握られたリボルバー拳銃一丁。そして何より耳の裏にプリントされた7桁の番号、それがこの人物の所在を物語っている。
脱走囚が戦場にいる事もそうだが、更に不可解なのは、彼の狙撃技術についてだ。囚人が通常の軍人に上回らんばかりの狙撃術を持っているというのは、あまり当然の様には受け入れられない。懲役前に射撃場で訓練を積んでいたとか、何人も殺すうちに自然と腕が磨かれたと言うのも考えられるだろうか。それでも、特に軍に力を入れている帝国の兵士を怯ませられるポテンシャルを持つとなると、やはり少々現実離れしている。
脱走囚の遺体を暫く見つめた後に、二人の男は蹲る班長の元へと走って行った。
――
――額に空いた銃弾一つ分の太さの穴から流れる血が、黒いアスファルトを濡らしていく。そしてその血に押し流される形で、肉や骨の内部に組み込まれた器官やら組織やらが外界へと吐き出された。直後、その組織の機能が停止した。同時に男の瞳から光が消えたこと、そしてその瞳から透明な液体が一筋流れたことは説明はいらないだろう。
――
第六七師団第二三戦車連隊は、公国のAI戦車連隊相手に苦戦を強いられていた。また、装甲車の援護もAI戦車の前にはまるで意味を成さなかった。一方、人工知能が施された戦車達は地上での肉弾戦に興じる傍ら、敵方の司令部と水面下での情報戦を繰り広げていた。敵戦車一両ごとの型式や重量から、一コ連隊規模の部隊構成や敵兵の顔一つに至るまで、戦場における貴重なデータを記録し続ける。
――ある戦車の車長は、様子見の為にキューボラから顔を出した。その途端に首から上が消失する。
砲撃音と同時の出来事だった。赤い噴水を出しながら、彼の身体は力なく倒れる。それでも痛覚や情け容赦を知らない人工知能にとっては、そのスプラッタ描写は進行を止める理由にはならない。司令用AIやプログラマーが停止の信号を出したかどうかなのだ。
――また、ある班の三両の戦車は一両のAI戦車を囲い込んで急速に距離を詰める。逃げ道を塞ぎ、単純計算で通常の三倍の攻撃を瞬時に喰らわせられれば、流石に倒せるだろうという思惑である。が、その目的は一両の戦車の唐突な失速によって頓挫する。
AI戦車は正面から迫ってくる戦車の履帯を狙撃し、数秒のうちに同車の自由を奪った。刹那、今度は車体へと射撃。轟音。黒煙が柱を立てる。続いて二車両間に生じた空白スペースへ移動し、キャタピラーごと車体を回転させた。その動きに乗じて、向かって右斜め前から迫る戦車を砲撃する。直後にもう片方の戦車も仕留めた。
三つの轟音の後に、三つの火の手が上がっていく。三両の有人車両が、一両の無人の自動運転車両に敗れたのである。
――
火と煙が街の至る場所から立ち上る。熱気で焙られる感覚に皮膚が喘ぎ、立ち込める煙に呼吸器官が苦しむ。そんな中で兵士達は、敵兵の他に一般市民の襲撃を受けながらも、ラルクヴェイグ市庁舎へと歩を進める。大通りを進む部隊の隊員は、潜む公国兵の銃口と照準スコープを警戒しながら、車道の前方や後方、時にはビルの窓ガラスの向こうや歩道橋の上に向けてライフル銃を構える。
銃声。鈍い音の後に、床に血液の池が広がる。積み上がった瓦礫の山の傍らに、制服を纏った遺体が寄り掛かる。それを眺めながら、一人の隊員がぼやいた。平社員の上司に対する愚痴と同じ感覚だ。
「Panzerの堅物共は、相変わらず気ままに荒らしてくれるよな。お陰で、足の踏み場もありゃしねぇ」
「まるで他人事だな。ちょっとでも気ぃ抜けば、お前だって戦死者リストに名を連ねる事になるんだぞ?」
「お前もな」
他国の兵士に狙われているかもしれない中で、小学生のような口喧嘩に興じる。それ故の一瞬の気の緩みが死へと誘われる切っ掛けだと知っていた。それを班の皆が思い直すと、言い知れぬ沈黙が辺りを支配した。遠くで轟音が絶え間なく響くが、今だけは彼らの耳には届かない。進行方向を振り向くと、市庁舎が自分達を見下ろしているのが分かる。他の建物よりも5、6回り程の広さの土地を占有し、7階建てだ。
兵士達が首を上げると、屋上で、細い黒煙の混じった風にはためく公国旗が見える。彼らは息を吞んだ。
「これがラルクヴェイグ市庁舎…」
「まだ他の班や別動隊は来ていない。こりゃ、ちょっと待った方がいい」
「そんな悠長にして、公国軍にやられたらどうするんだよ?」
小さな励まし合いが、少々の罵り合いに発展する。
「じゃあ行って来いよ、パンジャンドラム。それで死ぬのなら本望だろ?」
「んだと? お前も不必要に中指立てて、共和国の戦車に追っ駆け回された癖に」
「あ? 今ここでやるか?」
双方が殴り掛からんばかりに盛りが付き始める。片方は無鉄砲な性格を揶揄された事に腹を立て、もう片方は過去の烙印に相当する黒歴史を掘り返されて血気に逸る。イロハ都市帝国の兵士のように、その威勢の良さを戦闘行動にて発揮出来ていれば良かったものを、実際には生き残ろうとする生物的本能や動物的欲望に左右され、人間らしい勇敢さは何処にも見られなかった。
「おいお前ら、好い加減に…」
その場に居る他の兵士と比べて、ほんの少しばかり彩りのある勲章を軍服の肩に載せた男が、部下たちに向けて牽制と仲裁の言葉を掛けようと口を開く。だが途端に、彼の胸部は、背後から迫って来た黒い弾丸に貫かれた。クラッカーが鳴ったかのような小さな音。それと同時に空いた人差し指大の穴。そして、そこからは帝国の精鋭の人間の血が流れる。
直後、先程の火薬の弾ける音が幾重にも連なる。彼の背中は蜂の巣だ。直径一センチ程度の穴凹が25強。その中からトロリと流れた赤が、男の背中ごと覆い隠し、染め上げ、軍服と肌を汚していく。人一人が死ぬその衝撃、その場に居合わせた皆が感じる世界の時が止まる感覚。その後で、男の身体は鈍い音を立てて土の上に横たわった。
――他の班員は、目の前の情景に理解が追い付かなかった。半ば呆然と痛ましい班長の死体を見下ろしていた。5秒にも満たぬ時間内の出来事であったが、その割には視覚的、聴覚的な情報量が多すぎる。故に彼らの脳は、一瞬だけ機能を失った。
続く銃声で皆が我に返る。が、時すでに遅し。残りの4人の姿も確かにスコープに収められ、刹那の後の弾丸の雨に晒される。幾つにも重なり、幾つにも連なる銃声。アスファルトの薄い明るさの灰色が、その地を這うように流れ出、垂れていく液体で、赤黒い濃い色へと塗り替えられた。
――矢鱈と鼓膜を震わせる銃撃が一頻り展開された後、市庁舎の正面玄関の前に仮想の静けさが訪れる。5人分の死体が力無く、血溜まりの中に浮かんでいた。
――
目標地点へ一番乗りを果たしたが故に全滅したグループ1の一班。玄関前での一部始終を、三人の囚人服の男が遠くの歩道橋の橋の部分の上で見届けていた。彼らの構えるスナイパーライフルの銃口から煙が細く伸びる。歩道橋は、成人男性が目を細めてやっと市庁舎そのものが見えてくる程度の距離感だ。その差さえ埋めてしまうライフル銃の性能や囚人の射撃の技術も見事だが、より驚くべきは囚人達の所在だ。
――何故贖罪を果たしていない卒業見込みの悪人が、戦役に参加する気になったのかという事である。男達の急な心変わりか、危機的状況における生存本能からの馬鹿力の類いか、真偽は今の所は不明である。ただ一つの確かな事実は、彼らの双眸は、目の前の事象を何一つとして映していなかったという事だ。
――
高所から下方を見下ろす画角に設定された映像が、コンピューターの画面に小さく映し出されていた。同装置の画面には、ほかにも多くのウィンドウが表示されている。
――ノラは勢い良くキーボードの叩いたせいか、人差し指と中指が微かに痺れるのを感じる。押し付けられるようにキーと接触する指先は白く変色している。
「ホラホラ来なよ。こんなんで簡単にやられるようじゃ、世界に宣戦布告した手前、面目が立たないってモンでしょ?」
顔の側面に数本の汗の筋を作りながら、セビリャーナ家次期当主は、予想される次なる殺戮のハウツーをプログラミングの譜面に書き込んでいた。数秒に一機分のプログラムをハッキングし、より戦闘行動に向けた対応が可能な使用へと書き換える。事態が急変すればその分、異なる状況に適した行動が求められるからだ。
――数多くの物事を学び、それに伴って自身の行動を複雑化させる事が可能なのが人工知能だ。しかし何一つ物事を知らない段階では、対処のノウハウを教えてやらなくてはいけない。幼児教育に等しい、初期段階であるが故の重要事項である。だがそれ故に、失敗が今後に大きく影響する。そしてそれは、今のノラもよく知っていた。
(ここで全滅されちゃ困るよ、帝国軍サン? 私の目的の為には、公国の挑発に乗ってもらわなくちゃね。『当主になるまで待つ』って手も有ったけど……、それじゃ余りにも遅すぎるんだ…!)
淑女は凡そ人間の形相を保たない、怒りとも絶望とも笑顔ともとれない表情をその顔に湛える。唇の両端を吊り上げ、眉間には皺が寄り、眼球は赤く筋立つ。唇からは白い歯がチラリと覗いているが、その歯は、小さくカチカチと音を立てていた。
「それまできっと…、私が持たないから……」
また一つのハッキング作業を終え、ノラは手持無沙汰になった左手を強く握る。手汗が滲み、手の平に4枚の爪が食い込む。何時しか唇は閉じ、への字になる。そしてその唇に隠れたが、彼女の歯は潰されんばかりに喰いしばられていた。
次回、パート2かノラちゃんの過去エピソードの続き(タブンネ~)