現在、西暦2230年――。
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「今更運命を呪っても、どうにもなれない…か。」
ウニゾーン帝国の軍に所属する青年、リューズ・バルカローレは、たばこ片手に愚痴を吐いていた。この頃は心身ともに疲弊している。
というのも、敵対国もとい先進国との戦争に、終結の見込みが無いのだ。いくら戦っても、戦争そのものは長引くばかりだ。良くて共倒れ。悪くて帝国の滅亡。
技術の差は明らかだ。だが、それでも戦わなければならない。それはまさに、苦痛以外の何物でもなかった。
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「悪いことって、どれもこれも長続きするものなのね…」
フラーリッシュ共和国の軍事貴族の一人娘、レイラ・ポロネーズは、テーブルにティーカップを置き、憂鬱の意を声に乗せた。
憂鬱の種は他でもない。後進国との戦争による損害、そして戦争の根幹とも言える格差についてだ。この格差問題を解決しなければ、戦争の再勃発は確実だ。
格差や差別など勿論反対だが、それを叫んだところで無意味な事は百も承知だ。貴族という高い地位にはいるが、今は自分が全権威を動かせる訳でもない。考えれば考える程、自分が無力であることを思い知らされる。
その度に、息が詰まった。
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「顔が穏やかじゃねーな。少佐殿っ」
背中を叩かれる。相手をすれば面倒なことになる、と分かっていたが、反応だけは示す。なぜなら相手は、こちらが反応しなければ、自分が飽きるまで相手にちょっかいを掛ける厄介な性格だったからだ。瞳だけを音の方向に向ける。
「よう! 今日も無事、生きていられたな」
リューズと同じ帝国の軍人、レット・アーセナルだ。暗い面持ちのリューズとは対照的に、こちらは歯をチラリと見せて笑っている。それを見たリューズの顔は、一層暗くなる。
「お前が生きていたことは無事じゃない。中尉」
バッサリと切る。このレットという男、その明るさからある意味、リューズが苦手としている人物の中の一人だ。
「冷たいこと言うなって。友達じゃねーか」
リューズの静かで冷たい回答に口を尖らせる。その声に、リューズは微量の吐き気を覚えた。そもそも、いつ死んだとしてもおかしくない状況下でのほほんとしていられる事が、リューズには理解できない。
レット個人で収まってくれるならいいのだが、リューズに絡んでくるため、毎回相手をするのに疲れる。
「同期の中でお前みたいな奴は居たと思うが、友人になった覚えは無い」
「ええぇぇー」
リューズから見れば、レットには「鬱陶しい」以外の感想が出てこない。元々、大勢でわいわい騒ぐのには慣れていないのだ。有体に言えば、住む世界が違う。ただ、偶然そこで会っただけだ。友人と言える程、浮つけるものでもない。
「なになに? またケンカ?」
別人がずいっと話に割り込んでくる。
「……」
「お、カレンか」
リューズにとっては会話をしているつもりは無かったが、外面からそう見えてしまったのなら、弁解もままならない。それにしても、まるで二人が既に友人関係であるかのような言い草だ。ケンカと言える程に親しい間柄になったつもりも無い。リューズはそこを一番に訂正したかった。
「ほんっと、アンタ達飽きないわね」
カレン・マズルカは、二人の言い合う様子に呆れの声を出していた。
この女、本来、関わらなくていいことに首を突っ込んでくる質だ。どうせ今回の理由も、『面白そうだった』という短絡的なものなのだろう。何せ、割って入った時の声が少々上ずっていた。
「アンタ達いつもケンカしてんの?」
「こいつが勝手に絡んでくるだけだ」
「ふ~ん。ってか…」
カレンは話に一つ区切りを付け、別の話を切り出す。ケンカの話の時とは明らかに違う声色で。
「昨日、私達のお風呂覗いたの、誰?」
「レットだ」
「へ?」
リューズはレットを指差す。まるで、こいつが諸悪の根源だと言わんばかりの言い草だ。するとカレンは「またか~」と、レットをじろりと見つめる。そしてレットのこめかみを、拳でぐりぐりと締める。レットが何か叫んでいるような気がしたが、無視しておくことにした。
「はあ、リューズはまたなんか黄昏れてんの? 退屈なことしてんねー」
カレンは頭の後ろに手をおいて喋る。レットへのお仕置きには飽きたらしい。
好奇心。それが彼女の行動のガソリンになる。集中力や興味が切れてしまえば、また新たに興味を引くものを探すしかない。
戦場で退屈と言えるのは、彼女の性格が理由か。それとも、彼女自身の実力あってのものなのか。
レットもカレンも、普段の言動は危機感に欠けるが、戦闘での力は並大抵のものではなかった。帝国軍の部隊の中で、ちゃんとした実力がある分、リューズは二人を同部隊の主力に置いている。欲を言えば、普段の言動にも意識を持って欲しい、といったところだ。
「うーん。何も無いなら無いで暇なのよねー」
カレンは足元の石を蹴ってぼやいた。まさに、退屈の二文字を体現したかのような姿だ。
「じゃあ、独りで国境地帯に遠征しに行ったらどうですか?」
またまた別の人間が話に加わる。些か嫌味を含んだ言い方だ。
「うわっ、クラセル⁉ いつからそこに…」
「初めから居ました」
クラセル・メヌエットは、本に綴られた文字の羅列から、すぐ傍でやけに喧しく騒ぐ同い年の上司へと視線を移していた。
この女、レットやカレンと比べて立ち振る舞いは真面目な印象だ。主力の中では、リューズが一番期待している人物だ。
先程の声で初めて、彼女の存在を認識したカレンは、天敵を前にした猫のように飛び上がった。顔も少し青ざめている。
「で、でも…一人で遠征っていうのは…、ちょっと危ないかなー…なんて」
先程提示された遠征を想像すると、ささっとお陀仏にされる未来しか見えない。いくらカレンでも、暇潰しのために命を危険に晒したくはない。
あとは、もう一つ理由があった。
その言葉によって何かしらのスイッチが入ったのか、クラセルはガタッとその場に立ち上がる。
同時、カレンはビクッと一瞬体を小刻みに震わせた。
「あーだこーだってうるさいんですよ! 仲間に迷惑をかけるなら、戦いの役にくらい立ってくれませんか?」
「わ、悪かったって! そんな怒んないでよぅ」
クラセルは読んでいた本を閉じて、カレンに説教をする。カレンはというと、オロオロと、今にも泣き出してしまいそうな表情をしている。
カレンがクラセルに怒られている。もう既に見慣れているものなのか、その光景を前に、誰も目立った反応を示さない。彼らの中では、二人の茶番劇など至極当然のことであり、何の疑いようもない日常茶飯事となっていた。
そして、それを見ていたレットがリューズに問う。
「いつも思うんだけど、大尉と中尉ってどっちが上なんだっけ?」
ついに頭がおかしくなったかと思いながら、リューズは答える。
「大尉だ」
「だよな?」
まだレットにも、軍においての常識は覚えていられたようだ。
「じゃあ、なんでいつもカレンの方が下手なんだ?」
一般的には、階級が上の者が下の者に対して大きな態度を取れるものだ。だが目の前の構図は、中尉のクラセルが大尉のカレンより上の立場に立っている、と簡単に読み取れる構図だ。
「幼馴染なんだっけ? 二人は」
「そうらしいな」
元々の話、親同士の仲が良いらしく、二人は小学校の時からよく遊んでいたようだ。実に10年以上の付き合いになるという。引っ越しの関係で一度は線が引かれたものの、何の由縁か、この軍で再会を果たした。
長い時間での積み重ねと言うべきか、自然と身に染みていった交友関係と言うべきか。いつしかクラセルの方が、力関係では上という事になっていた。否、力関係という表現は正確ではないが、彼女達にはそれ相応の関係性があるのだ。しかもそれは、階級ですら軽々しく飛び越えてしまう程、深く染みついていた。
「大尉としての威厳はどこへやら」
「まあ退屈はしないし、いいんじゃないか?」
「上司にタメ口を使っているお前も、問題ありだと思うんだが」
日頃の鬱憤の端くれを言葉にのせる。
「水臭えなあ、同級生だろ?」
同級生というのは事実だが、職場の上下関係を著しく無視するのは頂けない。
「親しき仲にもなんとやらだ」
「親しき? …ってことは、やっぱ俺のこと友達って…」
「思ってない」
「ちくしょー」
二人の乙女が張り合う横で、二人の青年もまた、言い合いをする。なんてことはない。ただの切り取られた日常の風景だ。少しばかり分かりやすくいえば、仕事の合間の安らぎ。青春とはほぼ無縁の日々を過ごしてきた彼らにとっての、数少ない思い出であった。
この記憶が他でもない、戦争真っ只中のものであると、一体誰が想像出来ただろう。
――
昼下がり、部屋の戸を叩く音がする。
「良いわよ。入って」
陰鬱とした気分が声の調子に現れる。彼女は生来、演技が苦手なのである。
人付き合いというただでさえ疲れる事柄。その中の疲れる由縁の大半が、自身が苦手とする演技である。科学や技術が発展しようとしなかろうと、人としての本質は何も発展しないのだから、どうにもならない。
「失礼します」
一人の女が入ってきた。レイラの屋敷のメイドだ。
「お下げ致します」
メイドはティーカップとポットをトレイに移す。
そのすぐ傍で、レイラはテーブルに突っ伏す。世間から、ましてやメイドから見れば、貴族の生まれがするような、立ち振る舞いのそれではないのだろう。だが、誰だって所詮はそんなものである。
「はあ」
溜息を吐く。取り敢えず、今は外面を気にしていられる程に心に余裕が無いのだ。とても、優雅な午後の読書、と洒落込む気にもなれない。
「もう、なんか…」
理由は簡単だ。共和国と帝国との、今日にまで至る戦争である。共和国が敗北することなどあり得ない、と共和国民は誰もが思っている。戦争に限らず、勝負事には勝利を収めた方が、遥かに有用性が高い。それはレイラも百も承知だ。だが、課題はそこではない。
彼女が考えを巡らせている中、メイドに声を掛けられる。
「お嬢様、大丈夫ですか? いつにも増してお気持ちが沈んでいるようですが」
レイラはテーブルに顔を伏せたまま答える。
「余計なお世話よ。」
「そうですか…。すみませんでした」
メイドは何かしらの事情を知っているのか、察した様子で口を閉じる。
主人が何か悩みを抱えているとなれば、相談の一つでも乗ってやりたい。だが、肝心の主人がそれを拒絶している。それが、雰囲気で感じて取れる。
それに、彼女の相談に乗ったところで、きっと解決などしようがないことを知っている。
「あまり入れ込み過ぎてはいけませんよ」
「……」
「私が言えるのはそれだけです」
そう言って、メイドは部屋から退出した。
レイラは答えなかった。正確には、沈黙という形で答えていた。言われなくても分かっている、と。
「知らぬが仏」とはよく言ったものだ。知識を付ければ付ける程、見える世界が狭まってゆく。全く理解が無かった訳ではない。それでも、幾分か応えるものがある。
理想と現実の間に生じる摩擦が、自分の精神を、音を立てて削っていく。何も見ていられない。何も聞いていられない。
(こんな時、父さんと母さんは…)
いるはずのない人物に解決策を求める。
軍事貴族でありながら、共和国軍の指揮官としても立ち回っていた父。医学知識が豊富で、共和国軍の軍医として活躍していた母――。幼少の頃、帝国との戦いで二人は戦死した。両親を尊敬し、頼りにして生きてきたレイラには、その現実はあまりにも応えた。
今でもレイラは、たまに両親のことを思い出し、感慨に耽る。こんな時、両親はどうしていたのか…、と。
「レイラ様、もうすぐ会議の時間ですが」
考えている傍から、また別の声が聞こえた。内心ウンザリしながらも、声のした方向に振り向く。
「アウル…。もうそんな時間…?」
「はい」
レイラの側近であり共和国の軍人、アウル・クレルヴォが、扉の外に立っていた。彼は、共和国軍の中でも凄腕の軍人として有名だった。敵には一切の容赦をしない。だが味方に対しては人情に溢れる人物だ。
会議というのは、戦いにおいての作戦会議である。レイラはこの会議の時間が憂鬱だった。何せ、しようとしなかろうと、帝国に軍を派遣するというのは変わらない。
(会議なんて、やったところで…。でしょう?)
それ自体がどうだと言いたい訳ではない。確実にそうしてはならないという、相応の予感と、それに対する確信があるのだ。何が根拠だと言われればそこで終わりだが、会議を行い、軍を派遣する度に、彼女自身の第六感が警鐘を鳴らせる。今すぐに引き返せと言わんばかりに。
「……今日は、お休みになさいますか?」
アウルは心配そうに尋ねる。考え事をするあまり、受け答えをまるでしていなかったようだ。休めるのならば喜んでそうしたいところだ。だが、今の自分は国の軍事貴族、ポロネーズ家の当主という身なのだ。共和国の軍事についてのことは、自分が一番関わっていなければならない。
その理念と役割の矛盾に苦しみ、何もかもを投げ出してしまいたくなる。
「大丈夫…、行くわ」
「決して、無理はなさらないでください」
「分かってるわよ」
口の中で溜息を吐きながら重い腰を上げる。頭を抱えている様子が、アウルからも見て取れた。
――
屋敷にはレイラの部屋の他に様々な仕事場がある。その中の2階、そこに会議室はある。白い壁に白い扉。どの部屋も同じようなもので、たまに迷ってしまうことがある。
――廊下は無音という不可視の膜で守られていた。ただ音があるとすれば、レイラ達の足音くらいだろう。いやに廊下に響くそれは、レイラの心中の虚無感と孤独感を一層助長させた。
どんな状況であれ、今のレイラに活気を付与することは不可能であろう。彼女自身の、何かしらの『隙間』が埋まらない限り、無力感が消えることは無い。
(また、面倒臭いことになりそうね)
彼女は小さく、頭を抱えた。