――会議室。アウルがその扉を開ける。中には、長いテーブルを挟むようにして部隊の隊長と思わしき人物が一人、そしてその部下と思わしき人間達が十数人、座っている。
そして、その隊長がこちらへ首を向け、声を掛ける。
「レイラ様、兄さん、やっと来ましたか」
「マナちゃん、来てたんだ」
「すまない、マナ。待たせた」
「兄さんはよく無理をする。適度に休憩もとって欲しい」
アウルの妹、マナ・クレルヴォが二人を待っていた。彼女もまた、共和国の軍人の一人である。マナは兄と比べて、差別意識が強い。
否、差別と言うのは語弊がある。正確に言えば、目的に忠実と言ったところだ。それ自体は悪いことではない。むしろ有用だ。
彼女はただ、共和国の意向と目的に忠実に従っているだけなのだ。だが、今のレイラにとっては色々と不都合だった。
「……」
レイラは心の奥底に、得体の知れない不安感を覚えていた。
――
「それでは、『ダスタリア地区侵攻作戦』について、会議を始めます」
レイラの声で、その場に居る全員が着席する。最もその声は、まるで地獄の亡者が発するような、重々しい声だった。これもまた、ここでは見慣れたもののようだ。それは、誰一人として疑問や違和感を覚えたような、そんな反応を示さなかったのである。
「ダスタリア地区は森に囲まれています。陸から攻めるのは得策ではありません」
「空からやるのはどうだ?」
「だが、木は木でもゴムの木だ。焼き払うのは惜しい」
「じゃあやっぱり陸から…」
――気分が悪い。聴いていて、とても気分が悪い。
軍の作戦会議自体は、レイラもいやと言うほど参加してきた。だが曲解すれば、どのように人を殺めるかどうかを話し合っているのだ。少なくとも、その場所に居合わせて気分が良いと感じることはない。そんなことを感じるのは、極度のサディストか戦闘狂くらいのものだろう。
生憎、レイラは戦いが好きだという性質も、他人を虐げて喜ぶような性癖も持ち合わせていない。
自国を勝利に導くためとはいえ、心が痛まないと言えばウソになる。だからといって、尊い犠牲などと揶揄する気にもなれない。
このような空間は、自分の精神の許容範囲ではないのだ。許容したくもないが。
――
――取り敢えず、『空は有事に備えて5~6機、主軸は陸で行く』という内容に決まった。
会議が終わった途端に、その会議の参加者達は脱力し、ゾロゾロと会議室を後にする。レイラ、アウル、マナの三人は会議室の片付けをしていた。途中、何人かに「手伝いましょうか?」などと声を掛けられたが、拒否した。一人でも、他人には居てもらいたくない気分だったのだ。
「慣れないな。この恒例行事も」
マナがそっと愚痴をこぼす。レイラは「えっ」と声を漏らした。
軍の中でも兄に負けず劣らずの力を持ち、作戦や任務を難なくこなすあのマナが、憂鬱そうに声を漏らしている。
無論、人の考えなど知る事は出来ない。だが、マナが何かしらの煮え切らぬ感情を持っていたということは、察してとれる。
「何かあったの?」
マナはハッと目を見開く。
「聞こえてましたか…」
声の抑揚や立ち振る舞いから、微量だが狼狽しているように見えた。
「レイラ様、マナにも事情というものが…」
アウルが反応する。彼は何かしらの事情を知っているようだ。
レイラは言葉を発したのち、要らぬことを言ってしまったかと、手で口を覆う。
「大丈夫です、兄さん。当然の疑問です。聞こえてしまったのなら、しようがありません」
マナはレイラの発言を責めはしなかった。心に土足で踏み込まれる用意はしていたようだ。
なぜレイラが不用意に口を挟んだのか。確固たる根拠など無い。だが、少なからず自分と同じものがあるのでは、と疑ってかかったのだ。
図らずとも、彼女の逆鱗に触れてしまったのならば悪い事をした。
「何か事情があるんだね。ごめん」
「いえ…、特に深い事情な訳ではありません。ただ、好きでやっている訳ではないというだけです」
そう言ってマナは会議室を出た。少しばかり、機嫌を損ねてしまったようだ。
「……」
レイラは、世界の禁忌にでも触れたような気分になっていた。何か、取り返しのつかないことをしてしまった、と。そもそも、戦争で数多の人間を殺めている、またはそれに協力している身でとしては、禁忌もクソも無いのだ。
「マナも、複雑な時期なんです」
無論レイラには、他人の情報を無理矢理掘り返す趣味も度胸も無い。彼女には彼女なりの理由があるのだ。それを無理に詮索する義理は無い。
「ええ…」
レイラは頷いた。他人の粗探しなど、するつもりは毛頭無かったのだ。だがこちらがどんな心持ちだろうと、真意が伝わることはそうない。先が思いやられる。
漠然とした不安感だけが、彼女の精神を喰らい尽くしていった。
――
4日程経ったある日の昼間――。
それは所謂、嵐の前の静けさのそれだった。
「騒がしいな」
たばこの吸い殻に残っている火を踏み消しながら、リューズは呟く。灰色の雲がこれでもかと空を覆っている。まるで、意図して自分らの行く手を阻むかのように。
「やっぱ遠征中は、落ち着かねぇか?」
すぐ傍の食堂から出てきたレットが、またいつものように声を掛けてきた。
彼は相変わらず、お調子者キャラを貫いている。環境がどうあっても意識のブレないレットに、そう言った面でリューズは畏敬の念を抱いていた。
リューズは無言でレットを見る。レットはそれに気付くとフッと笑い、視線を空に移す。
「雲行きが穏やかじゃねーな」
レットに絡まれている時点で、リューズの精神衛生上の雲行きも、良いとは言えなかった。
「近々、一仕事来るぜ」
「…そう」
レットの知らせを聞き、リューズは眉を顰める。彼にもちゃんとした実力はある。だからこそ、この戦争でも生き残れてきたのだ。実績がある分、リューズはあと一歩のところでこの男をバカにできなかった。
「ま、この『おつかい』が終われば基地に帰れるんだ。もう少しの辛抱さ」
そう言い、レットはペットボトルを傾け、ぬるくなった水を流し込む。
別にリューズは、ホームシックを起こしている訳ではない。帰巣本能など、両親を亡くしたその日に、思い出と共に処分した。
――
―《ダスタリア地区》現在、帝国領
リューズが隊長を務める帝国陸軍第二三八大隊は、そこの軍の支部へ遠征に来ている。
元々の任務は、この地区に眠る資源、天然ゴムの調達だった。だが、上層部の意向で1週間程、ダスタリア地区の支部に残ることになったのだ。
「しかし、唐突に『残れ』なんて言い出すんだもんな」
「ここは共和国に一番近い。資源もそれなりにある」
最低限の言葉で、かつ分かりやすく自分の推測を伝える。
また、自分らに仕事が舞い込んでくる。彼らにとって、それ自体は何一つおかしいことではない。むしろ、彼らの感覚で言えば『日常』そのものだ。
彼らは近い日の仕事に、緊張感と高揚感を発現させている。まるで、お遊戯会を前にした幼稚園児のように。かたや、死刑台を前にした囚人のように。
「はあ、明日明後日あたりか…。はたまた今日か」
余程暇を持て余しているのか。それとも、仕事の命運を委ねているのか。レットは壁に寄りかかりながら、コイントスをしている。
「ん、お二人さん。本日も仲良さげだねぇー」
声の調子から分かる。カレンだ。振り向くと、カレンとクラセルが食堂のドアから顔を出していた。相変わらず、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。そしてその横で、クラセルが溜息を吐いている。
リューズは呟く。
「カレンもカレンで面倒臭いな」
「聞こえてるよー」
クラセルも相槌を打つ。
「同感です」
「ひどくない⁉」
カレンはガクッと肩を落とした。
傍で見ていたレットは、「そろそろ頃合いか」と、空になったペットボトルを指でぶら下げながら、支部の基地の方へと戻っていく。
「それじゃ、俺は一回寮に戻る。午後からまた訓練だしな」
続けて、カレンとクラセルも寮に戻っていく。いつの間にか、カレンはいつもの調子を取り戻していたようだ。その切り替えの早さには、クラセルが面倒臭いと感じるのも頷ける。
「んじゃ、私達も行くわー」
「それではまた」
「ああ」
リューズは三人を見送ると、再びたばこに火を点ける。いずれ肺をおかしくしてしまわないかが不安だったが、考えたところでやめられる訳でもない。吐き出した煙が雲と混ざって消えて行く。
それがどこか、自分達の行く末の暗示のようにも思えた。
「また仕事か…。骨が折れそうだ」
足元に、たばこの灰燼が降り落ちた。