朝の食堂――その日のレットの声は、いつもより真面目のようだった。
「多分だが、今日だ」
何が今日なのか、それは言わずもがなだ。例え意味が分からなくとも、彼らの居る状況を考えれば嫌でも察することが出来る。
そしてレットの言葉に、カレンが受け答えをする。
「ほー、もうそんな時期かい?」
彼女は椅子の背もたれに寄り掛かり、両手を頭の後ろに置き、咥えているフォークを上下に振っている。いくら大尉と言えど、普段の振る舞いがこんなものであるため、その威厳はまるで感じられない。
「世の中物騒だねー」
のほほんとした雰囲気で呟く。まるで他人事だ。
リューズは溜息を吐く。
「戦時中なんですから、物騒も何も無いですよ」
クラセルがツッコむ。その言葉はリューズの胸の内を、大方代弁していた。
「はあ~、やる気出ないなあー。わざわざ死にに行くようなもんでしょ、あれ」
カレンは全くと言っていい程、危機感を持っていない。これでさえいつものことなのだ。クラセルがいくら叱っても、改善の兆しは見られない。これは最早、カレンの意識に深く刻み込まれた性質、習性なのだ。どうにも変えようがない。
性格を変える事は確かに容易ではない。だがらと言って、無理に変える必要も無い。そこの状況に合わないのであれば、逆に合うように仕向けてやればいいのだから。
「じゃあ、賭けでもするか?」
リューズはカレンに一つの案を提示する。案の定、カレンは「賭け?」とうまく食い付いてきた。
「ああ。今、面白いギャンブルの話があるんだ」
「お、どんなのだ?」
「話を聞かせて下さい」
レットとクラセルも食い付いてきた。リューズは口元をニヤリとさせると、話を続ける。
「今日の分の戦いのボーナスを掛けて、敵の撃破数を競うんだよ。簡単だろう」
三人は静かに聞いていた。特にレットは「おーー」と、目を光らせていた。
「フン、望むところだ」
レットには好印象だったようだ。だが、肝心のカレンが少し渋っている様子だった。顎に手を置いて唸っている。
流石に好奇心旺盛なカレンでも、命を引き合いに出すとなると、立ち止まってしまうようだ。
「ちょっとねー。死んだら元も子もないでしょう? 私はパスかな」
「じゃあ、今日の夕食のデザートも賭けるかい?」
すかさずリューズが上乗せした提案をする。その声に、カレンの耳がピクリと反応する。そしてゆっくりとこちらへ振り返り、ついさっきとは打って変わった様子で、
「んー、そっかー。それじゃあ仕方ないなー。私も参加するよぉ」
と頭を掻きながら言った。
「「「分かりやすい」」」
三人が同時に呟く。その中で、リューズは左の口角を少し釣り上げる。
そう、相手を動かすには相手に対する利益を提示してやればいい。そうすれば、その相手は自身の利益のために、ひとりでに自分の思う通りに動いてくれるのだ。ここで言えば、レットやカレンに対して、この方法が効果的なのだ。
リューズはそれをよく知っていた。
「あ、私も参加します」
二人が意気込んでいる傍でクラセルが挙手する。普段は静かな彼女も、ゲームには目がないようだ。
「言い出しっぺだ。無論、俺もな」
リューズも参加の意を表明する。ゲームには、こう言ったリスクとリターンが存在するものが好きなのだ。それは、他の三人も同様であった。
「いい? かさ増しはダメだかんね」
「当然だろ。ズルが出来ちゃ面白くねえ」
カレンの鎌掛けにレットが答える。それには、リューズとクラセルも同意見だった。
「よーし、絶っ対負けないよー」
そう言うと、カレンは朝食のおかずの芋にフォークを突き刺し、口に運んだ。
――
共和国の基地及び軍事施設。その中にある司令室――レイラは、とある事についての資料を漁っていた。作戦実行まで十数分。無論、無駄は許されない時間だ。それでも、昔から心に引っ掛かっているものが、自分の思考の邪魔をする。
犯人を追跡する警察犬のように至るところを嗅ぎ回っていたが、待てど暮らせど、目的に合ったものは見つからない。軍事施設になら、その情報は載っていると踏んだが、どうやら彼女の思い違いに過ぎなかったようだ。
「屋敷の図書室にも無かったし、もうお手上げかな」
額に手を当て、溜息を吐く。
その直後、アナウンスの音声が司令室内に響いた。
『作戦開始十分前です。指揮官は即時、準備に入り最終確認を』
「時間も正確に分かるんだから、AIって便利よね…」
科学や技術の発展を揶揄する。憂鬱な気分は、何をしてもしつこく取り憑いて来るようだ。霊に取り憑かれると肩が重くなる、と言うような話をよく聞くが、取り憑かれた者の気分が少し分かった気がした。
「これからもっと疲れるっていうのに…」
愚痴にも似た言葉を呟きながら、レイラはの椅子に座る。そして、一つのメモリを接続させ、手元のキーボードを叩く。司令用のAIを起動、それを軍用機に接続させているのだ。AIが無線通信の役割をし、レイラが出した命令を軍用機に伝える仕組みだ。
『司令プログラム、接続完了』
司令室のコンピューターが、起動と同時に光を帯びたのが合図だ。アナウンスの無機質な声がする。同時、とある基地の戦闘機と人型の陸上機兵部隊が発進する。
レイラは一呼吸置き、開戦を宣言する。最も、面持ちは依然として陰鬱なままだが。
「ダスタリア地区侵攻作戦、開始!」
灰色の雲が、これ見よがしに空を覆っていった。
――
機械音と電子音が、自らの存在を示しながら近づいて来る。
「⁉」
晴天の霹靂とは、まさにこのことなのであろう。武器を構えた青年達は、迫りくる無数の機兵に度肝を抜いた。無理もない。自国と敵国の差を、一瞬にして分からせられたのだから。軍事力も、技術力も、歯が立たないことは明白だ。
「流石、世界屈指の先進国」
「オイオイオイ、初っ端から本気出すタイプかよ」
「手加減は要らないよね?」
「今夜はよく眠れそうですね」
無謀、まさにそれだ。人間が力で機械に敵う訳が無い。第二三八大隊は、例の4人以外にも246人が在籍しているが、それでも敵の軍勢の方が圧倒的に優勢であった。
だがそれは、戦線を離脱していい理由にはならない。
「作戦通りに、いいな?」
リューズの声に他の隊員が頷く。
A班――リューズはレットを含んだ150人の隊員を引き連れ、森の中に潜む。そして、一人一人が散らばり武器を構え、別々の木の影に隠れる。
B班――残りの150人は基地の護衛を任せられ、基地の付近の迎撃用エリアで待機している。
陸の戦いでなら、今までの戦争で嫌と言う程参加させられたのだ。慣れたものである。
「目標が見え次第攻撃、それだけだ」
リューズは無線を通じて指令を出す。それは他の隊員達も、至極当然の事として理解していた。
――
「……これより、交戦を開始する」
発言した直後、それぞれが木の影に身を隠しながら、機兵を狙撃する。
人工知能を搭載した機兵。機関銃一つでまともにやりあえる訳もない。それは重々承知の上だ。だが身を隠しながらの攻撃は、帝国陸軍の得意分野だ。さらに、今までの戦いでの調査の末、敵の頭を狙うことが通説となっていた。
「しょーがねぇ。俺もやってやるか」
一発、また一発と撃つ。
一機、また一機と倒れる。
そのゲリラ戦法もどきが功を奏し、弾丸が次々と機兵の頭部を弾いていく。飛び散ったその破片は、周囲に一厘の配慮もなく地面に叩きつけられた。断面からは、機兵の体内を血のように駆け巡っていた電気が、癇癪を起した子どものように空中へと暴れ出た。
「ハイハイ、そういうのいいから」
レットはその様を見て呆れ気味に言った。
「悠長なことも言ってはいられないな」
リューズは岩陰に身を隠す。
「――っ!?」
轟音。否、銃声だ。弾丸が岩を貫き、リューズの頬を掠める。
そう。無論こちらも無傷な訳ではない。軍事力や技術力は向こうが上なのだ。機兵の放つ弾丸に貫かれ、血を流して倒れる者も居た。
流石は世界No.1の大国だ。搭載されているAIは優秀なようだ。機兵達は微動だにせず、ただ指令の通りに、右手の人差し指だけを動かしていた。
辺りを見れば、そこらの緑色だったはずの草花があれよあれよという間に赤色へと姿を変えていった。
「案外タフだな、こいつら」
「なら俺達は、逃げ足が速いってところか」
「違えねえ」
木から木へと隠れて、移動しながらの攻撃を続ける。相手方のAIロボットが、X線などを使っての透視が出来るかどうかは分からない。だが少量の時間、相手の目を眩ますのには、戦いにおいては十分だった。
結果、A班は機械を相手にしながらも、ほぼ互角の勝負を繰り広げていた。
しかし――。
――
司令室では一つのアナウンスが流れていた。
『陸上部隊、50部隊中20部隊が撃破されました』
こちらが、押されている。
何故だ。たかが人間と世界最先端の技術を駆使したAI兵器、戦いの結果など火を見るよりも明らかであろう。だが事実、人間に押されている。
どれだけ大きな力を持ち、どれだけ多くの敵を殺せるか、それがAIを兵器として運用する意義だ。『AI兵器』こそが、共和国の軍事力と技術力の強さの証左だ。そして、共和国がこの世界の覇権国となった由縁でもある。たかが人間如きに苦戦するなど、あってはならない。
淑女は頬に汗を流し、次なる指令を出す。汗を流したのは、劣勢の兆しが見えたからではない。彼女にとって汗を流すに値する、また別の理由があるからである。
「航空部隊、攻撃開始!」
『航空部隊、攻撃を開始します』
AIはレイラの命令を受け取り、すぐさま現場の戦闘機を展開させる。地上の生命反応をロックした事が、彼の攻撃の意思表示だ。
――
「――っ⁉」
唐突に地面が大きく揺れた。同時、視界の端に赤々と燃える炎が見える。エリア内の木や草花が犠牲になった。
赤々と地上を燃やし、高みの見物を決め込む不届き者が現れたようだ。
「地震か⁉」
「いいや違う」
直後、灰色の空を旋回する黒い飛行物体が見えた。生憎森の中に居るため、リューズ達にはよく視認出来ない。だがなぜか、確実に分かる。
特にこれと言った根拠がある訳でもない。それでも、青年達にはそれ相応の確信があったのだ。
「航空戦力かよチクショー」
レットが分かりやすく、相手方のやり口を解説する。そして、あるところへ無線を繋いだ。
「おい、鳥さん達が火薬の混じったフンをまき散らしてやがる」
「おっ早速、基地の護衛任務の依頼かなー?」
接続先はカレンの無線だ。
「ああ、鷹狩りの時間が来たって訳だ。そっちは任せたぜ」
「オーライ、任されましたー」
カレンの陽気な声を最後に、その無線は切られた。
――
基地のすぐ傍の迎撃用エリア。そこにはカレンとクラセルを含めた150人が居た。
「じゃ、みんなは敵兵が攻め込んで来ないかどうか、見張ってて」
「任意に反撃してもらって構いませんから」
――はやる気持ちを抑え、カレンはクラセルに目を向ける。次に、迎撃用エリアに設置されている大砲に寄り掛かる。そして、親指を立ててウィンクを一つ。
クラセルはそれを視認すると、「やれやれ」と言った様子で笑う。
二人は迎撃用の砲弾を大砲に装填すると、スコープを除きながら叫ぶ。
「さーて鳥さん達、おねんねの時間だよ!」
「装弾、発射!」
大砲の引き金が引かれた。同時、爆音と共に放たれた砲弾が空を泳ぐ。
直後、砲弾が爆発したかと思うと外皮が割れ、中から合計十数発の小型ミサイルが我も我もと飛び出してきた。彼らは、上空から青年達を蹂躙する不届き者を許しはしない。獲物一機につき約三発のミサイルが狩りに乗り出した。
一瞬、まさに一瞬の出来事だった。
鳥の一羽も逃がさない。ミサイルは、飛行する鉄の鳥共を無慈悲に撃ち落としていく。
「いけいけーっ!」
「騒がしいですね……!」
「それ、どっちに言ってんの?」
カレンは燥ぎ、その横でクラセルは指で耳栓をする。
眼前、変わらず色々な武器が振り回されている。この光景も例の四人を始めとした帝国陸軍第二三八大隊、もとい帝国軍にとっては変わらず、日常そのものとなっていた。そういった点では、共和国軍にとっても同じ事だが。
――
陸も空も、次々と面白いように敵が倒れていく。
「――」
「――」
「――」
「――」
何とも形容し難い日常である。それこそ、彼らが一番よく理解していた。
――
「‼」
レイラは目を見開く。モニターには戦線の様子が映し出され、軍の状況が嘘偽り無く伝えられる。
マズイ。非常にマズイ。航空部隊も撃破されてしまうとなると、いよいよ兵器での攻撃も厳しくなって来る。
「さ…、作戦中止!」
レイラは無線機を通じて指令を出す。いくらAIやアンドロイドと言えども、決して永久機関などでは無い。突発的に進めた作戦であったため、むしろ失敗しない方が不思議だっただろう。早めに取りやめれば損害は少なくて済む、そう踏んだのだが…。
「……。」
しかし時、既に遅し。機兵部隊と航空部隊、双方は壊滅状態にあった。
――
――空が赤く染まり始めた頃。機兵の残党が撤退を始めたことで、総員はフーッと息を吐いた。
決して完全勝利とは言えないが、侵攻は止められた。リューズも昼からの攻防戦が終わったことに対し、疲労感と焦燥感があった。
「なんとか勝てたけど、結構ケガした人も多いみたいだね」
「ああ…、でも仕方無ぇ。国を守るなら、これぐらいは当たり前だな」
「多く犠牲の上で、少数の安穏が成り立っている」
「そういうものなんですかね」
帝国陸軍の基地のダスタリア支部にて、戦場から帰還した兵士達が休息を味わっていた。その傍ら、ケガを負った兵士達で医務室が溢れかえった。
それでも、この戦いにおいて勝利を収めたことは事実。共和国との戦争自体が始まってから、久しい期間を経ての勝利だ。明確な根拠は無いが、幸先悪くはないだろう。
そんな中、カレンは両腕をぐいと伸ばした。
「あー、終わったー。カレンさんは疲れましたよー」
「家に帰るまでが戦争です、ってな」
「あんまり冗談に聞こえないですよ、それ」
三人は文字通り、一仕事終えた解放感に包まれながら、下校途中の学生のように駄弁っていた。最も、リューズも含めて、ついこの前まで学生の身分であった立場だが。
リューズは機関銃を背中に担ぎながら言う。
「浮かれるなよ。勝って兜のなんとやらだ」
「それ、どこの艦隊だよ」
レットがツッコむ。直後、クスリと笑いが起こる。
――これが、彼らの日常である。戦友と話し、時にぶつかり合い、時に分かり合い、またいつものように布団に潜る。
――
基地の庭――リューズはたばこに火を点ける。顔を上げると、無数の光の点が何食わぬ顔で彼を見下ろす。例えどちらの国が滅びようと、何がそこに捨てられようと、今日ここで誰の命が消え失せようと、そいつらは変わらず瞬いている。
「俺も一本、貰えるか?」
横からレットが挙手する。こいつに何か貴重品を与えるのは癪だったが、一応は自分の部下だ。リューズはたばこの箱を差し出した。
「サンキュ」
レットは箱からたばこを一本引き抜くと、左手でライターの借用も求めてきた。少々呆れながらライターを渡す。
レットも火を点け喫煙を楽しむ……つもりだったが、それは煙と共に霧消した。
「ごほっごほっ…。お前、よくこんなの吸えるな」
リューズが彼に対して向けかけていた微笑は、すぐさま真顔に戻った。
「…いやならいい」
「オイオイ、不貞腐れんなって」
――夜空は、昼間の曇っていた空よりも、些か明るく見えた。
――
一人の淑女は、ただ俯いていた。敗北による責任感からではない。たった今までの自分の行動が、正しかったのかどうか――その些細な疑問が、彼女の脳に巣食っているのである。
右の拳を振り上げ、キーボードに叩きつける。
何も分からない。目的ははっきりしているのに、それを達成するために何をしたらいいのか、それが、何も見えてこない。
「くっ……!」
レイラは歯を食いしばる。自分の無知と無力が恨めしい。呪っているだけで、一向に解決策は判明しない。
「あの事さえ、分かれば…」
心に引っ掛かっているそれを解決しなければ、一向にスランプ状態のままだ。いや、スランプと言えば、まだ聞こえはいい。実際は、ただの膠着状態となんら変わりないものだ。
メモリを引き抜き、司令用AIを終了させる。慣れた手付きのハズだが、どこかぎこちない。まるで、初めてそれらの機器に触ったかのようだ。それ程に、余裕が無いのだ。
「……」
レイラは、作戦実行前と変わらない面持ちと心持ちのまま、司令室を出た。戦いのような、何かしらの目的を持った状態でいれば、余計なことを考えずに済むと思っていた。だが、現実はそう単純ではなかったのだ。
「もう…、どうすりゃいいのよ……」
執務室の中、レイラは一人、頭を掻き毟った。
――
――帝国軍の勝利。『ダスタリア地区侵攻作戦、失敗』