「そんな訳だから、これと言った異常事態がない限りでなら、みんなは別にいつもの生活送ってもらって大丈夫だよ。まあこのご時世、万が一の保険ってやつは忘れないでね。それじゃ」
そう言ってノラは、オンライン会議を終了させる。マウスの左クリックによりオンラインの画面はほぼ強制的に終了された。ノラによって終了させられたのだ。
「はあー……。やっぱこのオンライン会議にも慣れないね。全く、何が『ハッキング技術が無かったらただの引きニートだぞ』よ。だからって仕事押し付けんなっての」
同時、オンライン画面に隠れていた別のデータベースの画面が姿を現す。今や彼女にとっては親の顔よりも見てきたものだ。元来引き籠もり体質のノラにとっては、親の顔ですら一ヵ月に数えられる程度しか見ていないが。
「さーて、ここに作戦の記録でもしてくれれば楽なんだけどね…。ま、いくら後進国でもそんなアホなことしないか」
彼女の喉から、溜息にも愚痴にも似た声が飛び出した。
――
時刻は午後2時15分――。
カレンはいつものように、少し気だるげな元気を振り撒いていた。それは数日前からの出来事ではあったのだが、どこか天変地異でも起きたかのような、そんな異質さや奇妙さの混じった空気を辺りに充満させていた。
彼女本人が勘付いているのかは定かではないが、それは、周りの人間に不安感を募らせるのには十分過ぎる事象だった。
「さーて、今日の訓練も元気に行っちゃいますかー」
レットは、すぐ前で空元気を自らに落とし込む乙女を見、呆れの表情を見せた。と言うのも、以前のような無邪気さや好奇心の旺盛さは見られないのだ。切り替えの早いカレンと言えど、それも万能ではなかったようだ。
否、世間知らずの子どものような無邪気さは時々垣間見えるし、危険を冒す構えでありながら命が関わる事となると足を止めるという中途半端な好奇心も伺える。
だが、何処か違う。何かが違う。
「そんな初めっからスピード全開じゃ、明日にはガス欠だぜ?」
挨拶代わりの軽めのジョークをこさえ、カレンの機嫌を伺う。数日前、部屋の中でトランプカードにばかり目を奪われていたレットは、事の顛末など知る由も無い。確かなのは、その日以来カレンとクラセルの機嫌が悪いということ。そして、二人の間に何かがあるということだけだ。
「なーに言ってんのさ、カレンさんはいつでも充電満タンさね。体力が尽きる心配は、ございませんよー」
「そうかい。そいつは何よりだな」
カレンもカレンで、彼女なりのジョークを返す。いつも通りと言えばいつも通りだ。だが、バカなレットにも分かるくらいには無理をしている。レットにも悟られるくらいならば、もう末期だ。
「だが、容量圧迫からの自爆ってのはやめてくれよ? 一番笑えねえ終わり方だ」
「へへ、言うようになったねーレットも」
苦笑いの後、カレンは頭を掻いた。
いつも小馬鹿にしていた部下に自身の内情を悟られた事が癪だというのも、理由の一つとして挙げられる。だが、本分は全く別だ。レットは口が軽い。ほんの少しでも口を滑らせれば、致命傷を負わせられかねない。
「ま、ぼちぼちやっていくよ。気にしなさんなって」
「無理だけはすんなよ? 大尉殿」
「ははは。未だに大尉って実感が無いし、何より敬称は慣れないもんだねー」
不安を拭おうと打ち出した明るさが空回りや不発と言った形で終わったことは、カレンとて自明のことであった。
――
自軍の大将を前に、リューズは問答における受け答えを半ば強制されていた。否、誰の目に映っても分かる形で、という訳ではないが、レベッカの形無き圧力が見えているのだ。
無言の圧力とでも言うのだろうか。それとも、大将であるが故の貫禄とでも言うのだろうか。そこまで確立された表現方法は思い当たらないが、確かに存在するそれがあった。多分、レットならばこう言うだろう。『覇〇色の〇気』と。
「さて、お前を引き止めた理由だが――」
「――」
「お前は敵軍の情報をどれだけ持っている?」
「質問を質問で返すようで悪いですが……、その質問の意図は、何でしょうか?」
何処かのスタ〇ド使いならば『質問を質問で返すなあーっ‼』と怒り心頭になってしまってもおかしくはない対応だが、リューズは相手の思惑を先に把握しておきたかったのだ。
「いやなに、私はほんの少しばかりだが、情報戦なるものをかじっていてな。数日前のダスタリア地区での一件についてだ」
「と言いますと?」
リューズは、言うのと同時に眉を顰める。心成しか、普段より声も低くなったように聞こえる。
リューズは依然、そのどこか冷たい喋り方は崩さない。いくら上司であろうと、自分に対して何かしらの害をもたらそうとしているのならば、そいつは敵だ。それ以上でもそれ以下でもない。ただ、それだけである。
「ある意味だが、異例の事態だ。師団一つ分の物量ではなかったものの、一日で敵の部隊を戦線から退けられるというのは、これまで戦いの中でも大きな戦績だ」
「そう、ですか。ありがとうございます……。それで…、それがどうしたんですか?」
「つい数日前の事だが、ダスタリア地区での一連をまとめた情報が届いた。そして、その時の大隊長がお前だったということも記載してあった。まあ…、こういったことを言うのもおかしい話だが……、なかなか面白く感じてしまってな」
面白く感じた――物は言いようである。彼女は微笑んではいたが、目は笑っていなかった。
リューズは一瞬、戦いをゲーム感覚で楽しむ悪辣な熱狂者だとも思ったが、彼自身の心中に止めておくことにした。彼女が何を企んでいるのかは分からないが、今の物言いでは、いずれ本格的に敵対する事になってしまいそうだ。
「それでだが、何故共和国の部隊を一日で撃退できたのだ? それ程までに、お前たちの大隊は練度が高かったのか?」
確かに、練度は極端に低い訳ではない。どちらかと言えば、水準よりは少しだけ飛び出ているくらいのものだ。少し捻くれた考え方をすれば、いつでも最大練度の戦闘能力を引き出せるAI兵器を相手に、その程度の練度でよく戦う事ができたものだ。
そのような疑問点を突っつかれる事は予想していたが、肝心の説明をしたところで、理解してもらえるかどうかはまた別の話だ。
「まあ、詳しいことはまたの機会に、だ。なに、ただの興味本位というやつだよ。強制はしない。すまなかったな。これから訓練だと言うのに、呼び止めてしまって」
「いえ、お気になさらず」
リューズは少し頭を下げると、身体を180度回転させ、会議室を後にした。レベッカは一息吐くと、一言呟いた。
「少なくとも、敵には回したくはない……だろうな」
――
その日、レイラが呼び出されたのは、共和国の中央政府だった。
乗用車の中、レイラの他に二人の人間が乗っている。アウルとマナだ。アウルは、両手の指を組んでどこか俯いている。マナは、流れゆく街並みを眺めながら眉を顰めている。
どれ程苦しい状況にあろうが、世界は何の問題もなく回り続ける。その現実を知ったのはいつだっただろう? それを思い出したところで何がどうなるとという訳ではないが、無性に煮え切らない。違和感と言う名の小骨が、喉につっかえて離れない。
しばしの間の車の停止。そして政党の門が開くのと同時に、再度動き出した。
――
――車が政党の庭に停止したという事象が、憂鬱と嫌悪への片道切符だ。
と言うのも、中央政府に呼び出された原因が想像に難くないものだったのだ。
『ダスタリア地区襲撃作戦』についての報告書の提出、それについての呼び出しだ。
気分が悪い。以前とはまた別のベクトルで気分が悪い。
――
受付を済ませ、政党の職員に案内を任せる。
道中、どこか眩しいものがチラついた。綺麗なもの、美しいものに対する比喩表現などではない。ただただ周囲の光を乱反射させる、いけ好かない輝きを持つものばかりが所狭しと鎮座していたのだ。
(力の誇示も一人前ってところかしら)
政党内の廊下――通路の端に置いてある家財道具や装飾品は、どこもかしこも輝きを帯びたものばかりだ。権力、財力。という名を持った暴力。民衆がそれを目の当たりにすれば、一斉に跪く。政党の規模、それだけでなくとも至るところに散りばめられた財宝は、政府の力を誇示するのには十分過ぎた。
ちなみに、レイラの屋敷ではそれらのような財宝は時々にしか見られない。いつの日かアウルから聞いた話では、母の研究資金として昇華されたらしいが、本当かどうかは知る手段はない。
「……」
「……」
自身の後に続く二人の護衛は、沈黙を貫いていた。どこか有無を言わさぬ雰囲気が出ている。二人はそれにたじろいだのか?
レイラはと言うと、沈黙、または静寂という名にも揶揄できるその空間に、しばしの安堵を覚えていた。と言うのも、まだ何もうるさく言われない空間が、政党内に存在していたという妙な安心感があったのだ。静かであった方が、まだ頭は痛まずに済む。
「こちらが応接室です」
職員が告げるのと同時に、三人は一つのドアの前で足を止めた。観音開きのドアだ。
「中で行政と公安の、それぞれの代表者が待っていますので…」
職員が一呼吸程置いてから、応接室のドアを開く。
中には、テーブルの向こう側のソファ――俗に言う上座――に座る三人の男女が居た。
――
「貴女がポロネーズ殿でしょうか?」
「最高司令官ともなれば、立ち振る舞いから違うな」
「軍事貴族ですって、だから」
まるで友人同士のように言葉を投げ合うその三人が、レイラの会談相手だ。
会談とは言ったが、そんな大層なものでもない。何と言うか、上司の文句を部下が理不尽に受けるような、そんな面倒極まりない事態である。
「まあ立ち話もなんだ。座りたまえ」
レイラから見て真ん中に座る行政の代表者に促され、レイラはソファに腰掛ける。アウルとマナはあくまで護衛であるため、応接室の扉の近くで待機することになった。テーブルに紅茶を出されていたが、口は付けない事にした。
「さて、今日貴女に来てもらったのは他でもない。報告書を出してもらえるか?」
左の公安の代表者が厳かに告げる。成程、予想通りの展開だ。
三人にそれぞれ報告書を渡す。そしてその三人が、紙面を眺めたまま十数分が経過した時。
「……作戦中止とは、どういう了見だ?」
敵前逃亡――敵を前に尻尾を巻いて逃げた――というなかなかの醜態を晒した。それも世界中に向けて。それが国に、ましてや公安に知られたとなれば、大目玉を喰らう事は確実だ。問題はその場でいかに弁明するか、である。
何度も言うようだが、『ダスタリア地区侵攻作戦』の中止、否、事実上の失敗は敵国の迎撃に敵わなかったことを意味する。少しだけ捻くれた観点から言えば、敵国、もとい帝国の攻撃に屈したということだ。
レイラの指揮能力や作戦の練り方――それらしい言い方をすれば責任能力――が問われるのも、半ば必然と言える事態だろう。
「なに、責めている訳じゃない。微量の疑問だ」
答えるべきか。ならばどう言葉を選ぼうか。生憎、相手の欲しい言葉を言ってあげられる程、レイラは言葉遊びが得意ではない。一呼吸置いて声を出した。
「帝国の兵士の練度が高く、AI軍もそれなりの損害を被りました。作戦中止の勧告は、それ以上の損害を抑えるためです」
目的を話す。無論、これで終わるならわざわざ呼び出しなどせず、電話やそこらで済ませればいいだけのことだ。自分が呼び出されている、彼らにとってはそれ程マズイ状況なのだろう。事態の大きさはレイラも理解しているつもりだ。
「ふむ、にしては少し被害が大き過ぎるように見えるのだが。そこまで、意地汚く交戦を続けていたのか?」
静かに答える。
「後進国は先進国と比べて、軍事産業も劣っています。しかし、それ故の、こちらにとっての弊害と言えるのでしょう」
言い終わるのと同時に、レイラは持参していたバッグを漁り出した。
「つい先程言ったように、帝国の兵士の練度が予想より高かったように伺えました。当時の帝国軍は一大隊程度の戦力でした。そこでこちらは、これ程あれば良いだろうと、大隊を50こさえて侵攻に向かいましたが、殆どが短時間で撃破され、中隊一部隊程しか残らなかったのです」
バッグから報告書や情報分析をまとめた書類の束を、テーブルの上に積みながら続ける。
「さらに、こちらが投入した航空戦力もものの数分で全て撃ち落とされたことから、向こうの機転の利きようや、帝国独自の技術の進歩も油断のできない代物であったかと……」
報告書はレイラの書いたものだが、情報分析は主に軍の情報部がまとめたものだ。
「要するに…敵国も皆独自の発展を遂げているものですが、我々はそれを『錆びられた鉛玉』と、侮り切っていた訳です」
自分でも驚くくらいに平坦で、冷静な声だ。
事実を淡々と読み進めているだけならどれ程楽だっただろうか。一歩でも相手の機嫌から踏み外せば、恰好のサンドバッグだ。レイラはあまりそう言った類のボーダーラインには詳しくない。そのため、無意識のうちに地雷を踏む危険はいつでも潜んでいるのである。
「それで…、その『錆びられた鉛玉』を眉間に撃ち込まれたという訳か。バカみたいだな」
真ん中の行政の代表者が、嫌味ったらしく言う。この人間は、他人の隙や穴を突っつくのが上手いのだろう。心成しか『初めから期待などしていなかったぞ』などといったイントネーションにも聞こえた。
「おい、言い方があるだろ」
右の、また別の公安の代表者が冷静に言い返す。
「いえ、私の責任ですので…」
レイラが言いかけた時、行政の代表者は喋り出す。
「おっと失礼。こんな小娘に軍の指揮官など、私には到底務まるようには見えなくてな。すまない。子がバカなら、そんな子を推薦した親もバカかと思ってしまったよ」
「……」
偏見の塊のような意見だ。いや、意見そのものの意味が偏見の塊のようなものだが、そこはどうでもいい。
子がバカなら親もバカ? 否、両親から後継者に任命された訳でもなければ、自分も適役だと思って積極的に立候補した訳でもない。
「ある意味、こんな家に生まれてしまった貴女も不幸だねえ」
どちらかと言えば物事を気にしやすいレイラだが、今回も例外ではなかったようだ。
今回は親は関係ないだろう――なら生前も、そうやってバカにしていたのか?
物心つく前のことなど覚えていないが、死後もそうやって、言い返してこないのをいいことに陰口を叩いているのか?
少なくともこの国の――共和国の繁栄に貢献した両親を、時代錯誤も顧みず侮辱していたというのか…?
「いや、もしかしたら不幸には思っていないのかもなあ。バカだから」
邪教に従う信者のごとく盲目的に信仰している訳ではないが、それでも両親のことは尊敬していた。貴族が持てる力を惜しみなく使い、人々のために何かを成そうとする両親が頼もしく、誇らしくも思っていた。
――お前に両親の何が分かる? よく知りもしないくせに、言えたものだ。
突発的な苛立ちに近かったが、どこか納得がいかなかった。腹の奥に、黒くドロドロとした何かが居座っている。それはさほど量が多い訳でもないが、代わりに、とても色の濃い黒だった。そしてそれに対し、自身の身体の至る所が拒絶反応を示している。
レイラは口を開いた。
「言葉を返すようで悪いですが…そのようなことを仰る性格の持ち主が、行政などという多くの人達の運命を背負う仕事を、よくこなせるものだとも思いますが…」
「なっ…」
相手の顔が変わった。虚を突かれたのか、言い返してこない。左右の二人も目を見開いている。
「ましてや共和国の行政を担う者が、そういう風にマウントをとりたがる器の小さい人間だったとは、驚きです」
傍で話を聞いていたアウルとマナも、呆気にとられているようだった。
何であれ、報告書によって生じた齟齬についての弁明は済んだのだ。そこから何を付け加えるつもりがある訳でもないのだが、その場を包み込む姿のない静寂に、レイラは耳を塞いでしまいたくなった。
しばしの沈黙、そしてそれを破ったのはレイラだった。
「私達からの報告は以上ですが、そちらはまだ何かございますか?」
返答は無い。
「行くよ。アウル、マナちゃん」
バッグを肩に掛けると、レイラは二人を連れて応接室を後にした。
その際、去り際に捨て台詞を一つ。両親を侮辱した輩に、一矢報いるのだ。
「我々『軍』という武器が存在し、国を守っているお陰で、貴方がそのように軽口を叩けているのです。そのことだけは、お忘れなく」
――
政党内の廊下――職員に連れられて受付フロアへと向かう。
「――っ!」
ああ、頭が痛い。無理に考えようとすると頭の端がズキズキと痛む。やはり、ヤケ酒を止めた方が良いだろうか。頭痛に悩まされ続けるようでは、今後の仕事に対して容易に悪影響が出てしまうだろう。
今後の事も考えると、とても憂鬱になる。