あの海峡に想い馳せる   作:山背としや

1 / 2
[ねがい 〜あの海峡の果てに眠る]

爆音。

 

近くで香る腐臭。

 

 

もう幾日も続く戦線での作戦行動は全体から見れば終息に向かっているのだが、一つ一つの地点から見れば、果てしなく長く続く悪夢の様だ。

 

そして、今だからこの後終戦を迎える。と結論付けられるが、あの日の自分には、それは分かりようのない歴史の結末だろう。

 

 

持家鍬輔は空母艦から真っ青なフィリピン沖の空を眺める。自分達を乗せた大きな造形の空母艦は爽快に海面を滑り、泊地に向かい順調な航海を行っていた。目視できる範囲でも40サンチ双眼鏡からも、敵艦の姿はなく、順調に明日には泊地に着くだろう。

 

鍬輔の所属する駆逐隊はこれから、外地に停泊する味方艦に燃料輸送と硫黄島までの護衛任務に着く所だ。

 

もう戦争が始まり2年になろうとしている。

 

自分が着任してからはまだ半年といったところだが、ここ最近の報告を聞いても、奮闘はしているものの、良い戦果は上がってこない。

 

 

鍬輔自身も、大きな局面に遭遇することなく(2ヵ月前、急性虫垂炎で内地に返還されていたせいでもあるが。)戦時を半年近くろくな戦果を上げられずに海面に漂う海藻よろしく平和なものだった。

 

 

内地で快復した後、この駆逐隊に着任し、輸送や護衛任務に何度も着いたが戦争はこうも呑気で居られるのか?と思うほどの作戦行動ばかりだ。

 

一緒に搭乗した見習い医の大野君に至っては、大きな仕事もなく、1ヵ月以上飲み食いと計測の手伝い位しかやることがない始末だ。哀れ大野君。と胸中で呟くより他にない。

 

 

その噂の大野君が甲板に姿を現した。

 

軽く手を振ってやると、こちらに気付き、大手を振って近付いてきた。

 

 

「やあ、持家君!今日も快晴!気分が良いね!」

 

「大野君程気分は良くないよ、毎度毎度行う訓練だって、これじゃあ何の為にやっているのか分からないじゃないか。」

 

 

何も見えない地平線に目配せしながら言うと大野君は首を傾げてデッキに寄り掛かるようにしながら、海原に身を乗り出す。大きく深呼吸して何事か地平線へ向けて叫ぶとニッコリこちらに笑みを向けながら手を広げる。

 

 

「何も無くて結構じゃないか!順調に任務遂行中って事だし、戦闘ばっかりが名誉な事ではないよ。」

 

「どういう意味だ?それ。」

 

 

つまり...と呟きながら大野君は広げていた両手を組み、うんうんと頷いてから、言わんとしていることを整理しながら話はじめた。

 

 

「戦争ってのは、確かに戦闘があるわけだけど、そのうち戦闘に必要なのは部隊は勿論、戦艦や空挺なんかの重機から、武具。で、うってつけの広さのある土地がお互い戦闘に対しての必要条件。」

 

 

そこで一度、俺をちらりと見て理解が及んでいるか確かめるような素振りをする。俺でも分かるとどやしながら、後を促すと、指を一本立てて顎に当て空を見つめながら大野君は後を続けた。

 

 

「つまり、敵にとっても僕らにとってもこの条件は外せない条件な訳さ。そして、戦闘がこれまで僕らの空母艦付近で行われてこない理由は土地にある。」

 

 

土地?と間の手を入れるつもりでもないのに、思わず呟いてしまった。

 

ここは俺達にしてみたら外地で、敵からしたらよっぽど本島と本鋭から離れたこの土地ほど帝国海軍との戦闘にうってつけの場所等無いと思うのだが。

 

 

「この辺の海域はかなり入り組んでいるでしょう?レーダーでの水魚雷発車が難しいし、砲弾も近くに諸島があるし、島民に被害をなるべくなら少なくしたいから海戦でこの辺を戦場にしたくないんだと思うわけ。」

 

 

まぁ、憶測だけどねと首を傾げてデッキから大野君は離れた。

 

 

「今、当直の時間なの?」

 

「いや、経路計測の報告が終わって海眺めてた。」

 

 

ふーん。と俺の後ろに広がる群青色を見つめ、大きく息を一つ付く。

 

大野君の瞳は遠くの地平を見つめていて、何を思っているかは俺にも察しが付いた。

 

 

「あまり故郷の事は考えない方がいいぞ。」

 

「...ん?あぁ。そうだね。」

 

 

目を薄く細めて、海から目を離す。

 

 

「戦地に来る前は、鹿児島から南の方向ばかりをずーっと見てたのに、今はこうやって北東ばかりをずーっと見てるんだ。見えるわけないのにね。ホームシックってやつ?」

 

 

それから、艦内に二人並んで移動し通路の端になんとなく並んで座り込んだ。

 

各々の部屋からくぐもって声が通路に漏れだしている。

 

夕飯の話をしている奴や、外地に散歩に出る時間があるか話してる奴が殆どだった。

 

故郷を思いだしているのは俺達だけかも知れない。

 

 

「別に、話すつもりもなかったのにごめんね。」

 

「いいや。この任務が終わったらきっと内地に戻れるさ。ちょっと停泊が長かったりしたら、見て回りたいところが一杯あるんだよなー俺。」

 

 

どこ?と大野君はこっちに顔を近づけて聞いてくる。

 

田舎育ちの俺は、浅草や、神宮前や横浜...。と頭の中に光景を浮かべていく。

 

大野君は都会育ちで、俺が上げた地名に続けて、どこの何の釜飯が美味いとかあそこの扇子が良いだとか、色々と勧めてくれた。

 

お互いの育った土地についてあれこれと話している間に大野君が見た目よりも年上であることも分かった。

 

見たくれも17、8に見えないのに、18になったばかりだ。と言う告白を聞き目を疑う。

 

童顔の彼はその容姿も手伝い実年齢よりも幼く見える。

 

大野君の方も、俺を22だと思わなかったらしい。

 

 

「大先輩に軽口たたいて...。俺ってやつは...。」

 

「大先輩って程じゃないよ。前の艦隊では大事な時に虫垂炎で返還されたし。何にも役に経ってないしさ。」

 

「いや、それでも"白波"だろ?すごい名誉じゃないか!」

 

 

そこまで言ってからあっと声をあげて慌てたように言い直す。

 

 

「すごい名誉ですよ!」

 

「別に、気にせず話して良いぞ?一緒に搭乗してからそれなんだし。」

 

 

照れたように笑いながら、大野君は話を続ける。

 

 

「俺は、この空母艦が初搭乗。航空部隊をずっと志願してたんだけど、頼みの航空機が割当てられなくってさ。早くお役にたつなら何でも良いって思って。」

 

 

その様子から、一気に華やかさが消えて、変わりに儚さが漂った。

 

 

「搭乗する前に、内地で色々と看病して回ったけど。怖かった。みんな、生きてるのか死んでるのか分からないんだもん。」

 

 

目に恐怖とも安緒ともつかぬ色が浮かぶ。彼は何を思っているか俺には察して上げられなかった。

 

 

「順番待ちして、自分も航空機で戦艦に突っ込んでったらああなってるのかなっていつも思うんだ。」

 

 

大野君は自分を両手で抱くようにして肩から二の腕を擦る。その姿を見ていられず、俺は、何故か大野君の頭を自分に寄せた。大野君が感じているのは罪悪感なのだろうか?それとも安緒感なのだろうか?

 

大野君はそれっきり何も話さずにただ顔を埋めるだけだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。