夜のとばりも落ち、ペンを置く。
大野君はあの日、何を思ったのか、今でも分からない。
自分の運命を分かっていたのか、それとも死を覚悟していたからこそ誰かに伝えたかったのか。
持家鍬輔は机に広がった原稿用紙を束ねて、それをクリアファイルに折り目がつかないように入れる。
老眼鏡を外して、窓から溢れる月明かりを眺めた。
薄雲が月にかかり、薄靄とした光が庭の木々を淡く染める。
夜戦をあの船で始めて経験したときは、今にも降りだしそうな曇り空で、星も月も見えなかったように思える。
月明かりに思いを巡らせてみたが、眠気のほうが勝る。
やはり、老いには勝てない。
座敷に一つ用意された布団のかけ布団をひんむき、中に体を横たえ、かけ布団を被る。明日、久し振りに会う旧友の顔を思い浮かべる。
屈託のない笑顔に、いがぐり頭の上には軍帽をしっかり被り、カーキ色の軍服。背丈は158cmと小さかった。童顔で正直者。私と同時期に搭乗した大野君。大野君に会うと決意する迄に10年。彼の実家を探すのに30年...。会おうとして今日までに、40年もの月日が流れていた。
まず、私自身が生き残った事に関して、罪悪感を覚えていた為に、旧友の元に出向く事に抵抗があった。
そして、いざ決意を固めて旧友の実家を探すにも彼に詳しい実家に関する事柄を聞いていなかったので、探す事が困難になってしまっていた。
やっと、報告に行ける。
段々と、眠気が深くなりまぶたが重くなって思考も一気に働かなくなる。
後の事は、明日。また思い起こすことにしよう。
鍬輔はぐっすりと深い眠りについた。
翌日、私は何時もよりも早く起床し、最寄りの駅へ向かった。懐かしい戦友に会うために、この40年生きてきた。
私にとってのこの40年は早かった。実に早かった。
最初の10年は防衛省と単車自宅の往復だった。事実確認と全体の戦争像を研究し、思い起こし、ちょっとでも記憶と違うことがあれば意見した。
それから後世に残さねばならない事を原稿用紙に書き出す事が自分に出来る一番の戦争体験の系譜だった。誰かに伝えなければ、伝えていかねばならない。
日が変わり、太陽も真上に来る頃にやっと大野君の故郷へ私の足は降り立った。無人駅を出てすぐに位置する花屋に入る。花屋の店内から見る真夏の太陽は、ジリジリと弛く続く砂利の坂道にこうこうと照り付け、小石は暑さで溶けてしまうかのごとく、陽炎にゆらゆら揺らめいて見えた。
適当な供え飾りにしてもらい、代金を払って店を出て、ゆるゆると登る砂利道を上っていった。砂利道から鋪装された道に出て、電柱に貼られた看板に寺の名を確認する。自分の位置から丁度300mそこそこで寺に着くようだ。その看板の通りに、私は右手に進んでいく。
道路は車が一台通れるほどしかない細道で、そこに国道と書かれた看板が出てこなかったら、誰も国道と思わないであろう道をサクサク進むと、反対側に"天保寺"と彫刻のある石で出来た門構えが見えた。どうやらあそこらしい。
桶や柄杓を住職から借り、寺の裏手の墓石の並ぶ道を歩く。周りが杉林で鬱蒼とした森に囲まれた小さな寺だが、しっかりと供養の手は行き届いていて、どの墓石もまるで昨日建てられたかのように綺麗に磨き上げられていた。丁寧に墓のありかを教えてくれたあの住職あっての計らいであろう。ここに眠る仏は皆、喜んでいるに違いない。
しばらく歩き、大きな楠の幹の下の小さな墓石の前に足を止める。"大野家之墓"と刻まれた小さな黒塗りの墓石。
備えてある花は少し萎びているが、今でも誰かが頻繁に足を踏み入れている証拠だろう。手入れが行き届いた境内でも一際綺麗にされた周りを眺め、墓石を見つめる。
あの日の屈託の無い笑顔が、甦ってくる。それと同時に彼の最期の...何とも悲しげな表情を思い出す。
思えば、あの時も正に日が陰りだした今頃の時刻だった。
前方に敵艦隊を確認し、魚雷と砲弾を敵鑑に向けて発射する。
敵の43インチ砲は何とも痛烈だった事を記憶している。
瞬く間に激戦化し、私達の乗る艦隊は徐々に後退を余儀なくされる。
味方艦が一隻、一隻と倒れ、火を噴く中で必死の攻防を続けた貴艦隊は最期に船体に魚雷を受け、航海不能、徐々に火を噴き沈みだした。
呆気なかった事もまた記憶している。
貴隊の生存者は私を含めて3人しか居なかったと後になって改めて知ることとなるが、当時も数える程しか救助されなかった事を覚えている。私が救助されたのも完全に日が落ちて真っ暗闇になった所を敵艦の船員に運良く発見されたからだ。捕虜となってしまったものの、それから、僅か1ヵ月も経たぬ内に終戦した。
あの日、一緒に海を漂っていたのが他でもない、大野君だ。
沈んだ貴艦に備えてあっただろう浮き輪に二人ともしがみつきながら、必死に助けを呼んだ。
大野君は艦隊からの脱出時に左足に怪我をしていた。推測でしかないが、怪我等と呼べるレベルではなかったのだろう。多分は太股から下は取れかかっていたか、無くなっていた。そう後で冷静になった私は分析していた。
とにかく、出血が止まらない大野君は次第に浮きにしがみつくのも儘ならなくなり、どんどんと動きが弱くなっていくのに私は気付き、大野君の手を自分の肩に回し担ぐようにして大野君の体を支えた。必死に元気付ける様に何度も繰り返して励ましていたが、どんどん大野君の顔色は血の気を失い、白くなっていくのが傍目でも分かって、最後は慰めの言葉も涙声で怒鳴り付けていた。
大野君は始終口を開かなかったのに、暗くなった辺りの闇に吐き捨てるように一言呟いた。
「ねぇ、鍬輔君さ...。支えを離して良いよ。大分楽になったからさ。」
離すつもりはなかったのに、強い力で支えていた手を振りほどき、浮き輪に手を付き弱々しく浮き輪に寄り掛かりながら、一つ一つ丁寧に言葉を発してゆく。
「僕はね、幸せだと思うんだ。誰かに自分が覚えてて貰えるから。誰にも知られず死んで行くなんて寂しいじゃないか。」
今でもあの時の強い眼差しを送ってくる大野君を覚えている。辺りは暗いのに、大野君の回りだけは光が溢れているんじゃないかと思うくらいにくっきりとその表情まで見えた。
大野君は私をその両目に見据え、一声一声をはっきり、届けるように続ける。
「鍬輔君。君は、助かるんだよ。全うするんだ。僕は先に向こうで待ってる。」
自然な微笑を浮かべ、大野君の手は浮き輪を離した。自力で泳ぐ力がもう残されていない体は直ぐに海に沈もうとする。慌てて大野君の腕を取り、泣きながらただ首を横に振っていることしか出来なかった。
無我夢中にその腕を離すまいと必死に大野君の体を自分の方へ寄せようとするのに、大野君はそれを拒み、更には私の手を払おうと自由な方の手で私の手を叩く。
「大野君だって、助かるさ!何で諦めちゃうんだよ!」
「僕はもう駄目だ。そんな僕を助けるより、鍬輔君は自分を助けてやってよ。僕にはもうそれしか残ってないんだ。」
無理矢理、私の手を引き剥がした大野君は最期に元気でと声にならない声で告げて、海底に沈んでいった。彼の姿が見えたのは、水面から5m~7m位までだったろう。それから、間もなく水面でわんわん泣き叫んでいた私は敵艦に収容された。
あの日を思い出そうとすると何時も海に投げ出される所で回想は解けてしまう。私がその後を思い出したくないと無意識に思ってしまうからだろう。
だが、今は彼の墓標の前にいる。あの後の事、政治的決着結果、その後の日本情勢...。
色々彼に報告せねばならない。回想は最期まで及ぶことが出来たが、私は涙なしに回想は出来なかった。
「...もうこんなに歳を取ったよ。大野君。私は...。」
私は幸せだと言いたかったが、言葉が喉をつっかえて出てこない。
「大野君。ありがとう。...ありがとう。」
その言葉しか出てこなかった。ずっと伝えたくて伝えられずにいた言葉。
「...私は、その分後世に語っていくよ。君や仲間の事を...。忘れられないように...!」
私は、あの日彼にこの時代に生を送られた。そして時代に私の言葉が迎えられている。
ならば、私は返さねばならない。
彼に時代を贈られたのなら、私は、彼に平和の軌跡を贈らねば。
私と私の友人が生きた時代を忘れないように、忘れさせないように、遺していくのが私の。残された者の使命なのだ。
(了)