一生顔も見ないつもりが一生の付き合いになってしまったんだが!? 作:96QX
幼き頃の婚約は、時とともに忘れ去られることがある。
人は時とともに記憶を消していく。
それはわざとではなく、人生にとって必要ない情報は自動的に消えていくのだ。
でも、今、この状況が本当ならば、僕はとても幸せ者だ。
2003年4月12日。
僕、音羽奏多の誕生日。
そして、私、栗田奏の誕生日。
「奏多ちゃんって物知りだねぇ」
今まで何度言われただろうか。
僕は音羽奏多。どこにでもいそうな5歳だ。
でも、ただの5歳じゃない。
僕は父母が学会の重鎮であるため、生まれたころから高度な教育をされてきた。
そのため僕は2歳で奇数偶数、3歳で素数を覚え、親戚からも一目置かれていた。
しかしその影響で同世代の子たちと話が合わず、いつも孤独だった。
父母は帰ってくるのがいつも遅かった。
幼稚園でいつも待つときは悲しくて胸が締め付けられるような感じがした。
そして迎えに来ると、胸を縛り付けた縄がほどけた感じがした。
しかしある時、僕の孤独生活を一瞬にして薔薇の道に変えた子が現れた。
その子は去年の春に僕たちの幼稚園にやってきた。
彼女の名前は、栗田奏。
この後僕の人生を時には狂わせ、時には幸せにした、栗田奏だった。
しかし当時の僕は彼女のことをそんなに気にしていなかった。
というのも、僕は人づきあいがなさ過ぎて、人を信用できていなかったのだ。
僕は人と話すよりも自分で物事を考えたりする方が好きだった。
何時間も粘って考え、答えが出た時の快感は何にも耐えがたかった。
しかし彼女が一番最初に話しかけたのは、僕だった。
「あんたなんか生まれてこなければよかった」
私の中で一番古い、お母さんに言われた言葉だ。
私のお父さんとお母さんはいわゆる政略結婚で、もともと仲が悪かった。
お父さんはいつも残業で夜が遅く、会社に寝泊まりすることも多かったそう。
お母さんは不倫が趣味で、いつもお父さんのいない間を見計らって毎晩のように男を連れてきていたそう。
そのうちの一人とお母さんの間の子供が、私だった。
私が生まれた後、異変を感じたお父さんがDNA鑑定をしたらわかったらしい。
そのことについて殴り合いになるほど喧嘩したお父さんは家を出て行った。
そしてお母さんはおじいちゃんおばあちゃんに見放されて、実家から遠くへ飛ばされた。
「あんたなんか生まれてこなければよかった。
あんたがいたからお父さんお母さんに絶縁された。
あんたが全部悪いのよ!!」
引っ越した次の日から、私はお母さんから暴力を振るわれるようになった。
私は何も悪くないのに、と思いながらいつも泣いていた。
そして近くの幼稚園に通うことになった。
その時一番に目がとらえたのは、私と同じ悲しい顔をした男の子だった。
そして私はその子に話しかけた。
「私、栗田奏。よろしくね。」
奏は少し悲しい声で僕に囁いた。
「僕は音羽奏多。よろしく。」
その瞬間、僕は衝撃を受けた。
彼女の首に微かに手の跡がついていた。
「おうちどこにあるか教えて」そうつぶやいた。
幸いすぐ近くにあったので、さっそく作戦を立てることにした。
僕の作戦はこうだ。
1.僕の母と相談し、奏の母と仲良くなってもらう
2.たまに遊んだりして仲良くなる
3.奏を救い出す
しかし詳しいやり方は全く考えてなかった。
その日も母は遅かった。
迎えに来たのは午後7時半くらいだった。
「お母さん、今日新しい子が入ってきたんだ、仲良くなりたい」
「いいわよ、仲良くなれるといいわね」
作戦は案外楽に成功した。