狩人~かりうど~   作:山背としや

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~逃亡者の場合~

プロローグ

 

 

目の前がぼぅっとする。

 

僕は何をしていたんだったっけ?

朦朧とする意識の中で思い出そうとするが、何が起こったのかよく解らなかった。

ただ、自分が今 どこかの部屋の一室のベッドの上にいる事は明らかだった。

 

 何でこんな所に居るのだろう?

 

少しずつ視線を動かしていって、隣に男と同じベッドに横たわる女がいた。

男は女に声をかけてみたが、女は何も返事を返してこない。

 

男は視線をベッド付近からもう少し上げてみた。

ここはどうやら、ビジネスホテルか何からしい事が建物の造りで分かった。

とにかく、ここから脱しなければならない。

 

男は両腕に力を入れようと試みた。それでも、腕は上がるどころか、びくともしない。

男には体を動かす力は残されていないのだ。

 

そんな時に1つしか無いドアが叩かれた。

 

 「ここを開けるんだ!早く!」

 

開けろと言われても開ける力を残していないのだ。不意に脳内に大分前に読んだ推理小説の内容が浮かび上がって来た。

 

 ――君等は密室に気付かない。何故なら君等は皆、もうこの世のもので無いのだから――

 

 なんだか急に笑いたくなったが、顔に力が入らず、変に呼吸音が漏れただけになった。

隣に居た女の方へ視線を動かす。彼女はこちらを見て何か呟いた。

 

「幾星霜、世界は繋がる」

 

 彼女には前編を、僕には後編を合言葉に二人はフラフラする頭を上げて扉の前にたった。

 

 

1.始まり

 

 

 三上愛子はごく普通の美大生で、専攻は西洋画。特に北欧の町並みを描くのが好きな本当に普通な学生...。

 

母は作家で父は陶芸家。芸術肌な両親から当たり前に筆を握らせられ、当たり前に描きはじめた風景画...。その時に、私の人生は絵を生み出す為にあると何と無く感じた。

 

 最近、ある事によって両親からの監視を受けているが、今日で監視からおさらば。サヨナラ。

 

 そう、大好きな彼からの連絡...。

 

 あの日、彼と決めた合言葉が自然と唇を割った。

 

「幾星霜、世界は繋がる」

 

 私達も、この合言葉と同じ様に幾度も愛し合い、繋がってきたのだ。これ以上、離れ離れなのは堪えられない。

 

彼の連絡では、三日後仙台から出るバスに乗るよう指示された。

 

あと三日...。 あと三日で今の生活から抜け出せる。

 

 三日後、仙台駅で彼 村山透 と待ち合わせた。

 

時刻は待ち合わせの時間より5分は早い。 その場で頻りに周囲を気にしていると前方から彼の姿が現れた。三ヶ月前に会った時と比べると少し痩せた気がする。

 

 

 「あ、愛ちゃん。」

 

 「トオル君!!」

 

 この呼び方は、高校生の頃から寸分も変わっていないお互いの呼び方だ。愛子も透も周囲に付き合っている事が知れるのが恥ずかしく思い、最初からの呼び方を突き通していた。

 

そのため、どちらもどのタイミングで呼び方を変えていいのか 分からなくなり、結局学生時代から寸分変わらない呼び方を続けている。

 

「良かった。...ちゃんと会えた...。」

 

「ねぇ、やっぱり...アレ。言うべきじゃない? 幾星霜...」

 

「世界は繋がる...だろ?」

 

「うん。本当にトオル君だ。夢じゃない...。」

 

「うん。...愛ちゃんから突然連絡が来て、待っているって言うんだもん。びっくりしたよ。」

 

「え?」

 

 どういう事だろう...。連絡をくれたのは 確かにトオル君の方だった筈だ。

 

「どういう事?連絡はトオル君からきたんだよ?」

 

そう言って、愛子は自分の携帯電話の画面を透に見せた。

 

 彼は、驚きの様相で首を横に振った。

 

「違う。違うよ。これは僕が送ったんじゃ無い。それに、このアドレスは僕のじゃ無いよ。」

 

 

透は直ぐさまズボンの尻ポケットに手を突っ込み、愛子に自分の携帯電話の所有者情報の画面を見せた。

 

「本当だわ...。」

 

納得したように頷きながら携帯画面を眺めていた愛子だったが、画面から視線を上げて、透に声をかけた。

 

「ちゃんとお互いの連絡先を明かしておきましょう。きっとこの先何かあるに違いないわ...。」

 

 この先、何かが起こりそうな予感を愛子は感じざるを得なかった。

 

意図して二人を再び逢わせ、そして何か不吉な出来事にこれから出くわす様に企んでいる第三者の存在がその宛先不明のメールは物語っている気がしてならない。

 

「...やっぱり止めておく?」

 

顔を覗き込みながら、透が愛子に声を掛ける。その表情がニヤついている。

 

「...な、何?」

 

「愛ちゃん...もしかして、怖がっているのかなと思ってさ。」

 

「こ、怖くなんてないわっ!!」

 

「じゃあさ、何か起こるって決まった訳では無いし、とにかく参加してみない?」

 

透に押される形で、しぶしぶ私は了承してしまった。

 

 

 指示されたバスには "※"マークのステッカーが貼ってあると先程のメールは語っていたが、問題のバスの姿が見当たらない。

 

暫くした後、一台のバスが近づいてきた。例のステッカーを昇降口とフロントに貼ったバス...。あれは間違いなく指定されたバスだろう。

 

そのバスが目の前まで来てから、停車し、昇降口の扉が開いた。

 

...まるで、乗ることを承知している様に正確に、出迎えに来ている様に当たり前に...。

 

添乗員に名前を告げると、バスの中に乗るように促された。それに応じるように、バスの狭い通路を透を先頭にして歩き、中程の二人掛けのシートに並んで座った。

 

 

 着席したのを添乗員が確認してからバスは静かに発進した。その後時間が空くこと無く、添乗員がニッコリと笑みを浮かべながら話始める。

 

「皆様、この度は私共、"陽炎ツアー"にお越し下さり誠に有難うございます。今回、2泊3日の長旅にお付き合いさせていただくのは私、林小五郎と運転手の郷田です。皆様宜しくお願いします。

 

さて...、皆様がこれから向かうのは...」

 

 ぶつぶつと業務的なアナウンスをしている添乗員の姿をまじまじと眺める。紺色のスーツにワックスで固められた髪型...。磨き上げた革靴...。見た目からも喋り口を聞いていても察するに、生真面目な人間そうだった。

 

「この山荘には...主であった烏丸氏の財宝が眠っていると噂されていて...」

 

 ...先程から聞いていると、このツアーの目的はどうやら財産探しのようだった。

 

それにしても、こんな胡散臭気なツアーに一体どんな人間が参加しているのだろう?

 

 怪しまれない程度に周りを見渡してみる。

 

隣で、声を顰めながら透は口にした。そうに違いない。そして、ここに自分達が呼ばれたのは…

 

 

 「僕等は保険って所かな?どうだろう愛ちゃん?そう思わない?」

 

 

 今しがた自分が思っていた事を、透の言葉が語っていた。

 

私自身は金を持っている訳ではないが…実父、三上 寛治郎は名だたる陶芸家であるし、母にしたって(父ほどの知名度は無いにしろ)数作のベストセラーを世に出す小説家である。 そして何よりも…。両親はわが子を溺愛している。それは嫌というほどの承知の事実だ。

 

 

透にしたって、母はごくごく普通の専業主婦だが、父親は大手金融会社の総務長だと言っていた。 そして、彼もまた何不自由なく育てられ、両親にこれでもかというくらいの愛情を受けて育った。

 

 

 …いわば、私達はこの亡者共には打って付けのカモとなる。

 

最悪、財宝が見つからなかったとしても、私達を人質にでも捕れば、私達の両親は札束を積む事だろう。

 

 色々考えている内に、周りのツアー客全てが怪しく思えてきた。

 

そう思うと、余計に周りを気にしてしまうのが人間の性というもので、見渡せる範囲で辺りを警戒していると、肩をとんと叩かれ透にたしなめられる。

 

 

 「あまり、変に意識しない方がいいよ、相手の出方を見てから行動に転じよう。まだ何か起きると決まった訳じゃあるまいしさ。」

 

 それもそうだな、と私は疑心を拭う事が出来た。

 

バスを降り、吊り橋を渡りにかかっているツアーの一行の中ほどに透と愛子は位置している。

 

 

吊り橋はかなり古い物のようで、歩く度に軋む。

 

 

 「谷底が見えない...」

 

 「愛ちゃん。あまり下は見ない方が良いんじゃない?」

 

 

底の無い沼の様に思える渓谷を見ていて思わず呟いていた恐怖を取り除くには若干足らないが、下を気にしない様に意識するには十分な会話だった。

 

 「わかった。」

 

そう呟き、前を見据えて歩を進ませる。

 

吊り橋を渡り終え、道なりに山道を進むと、薄暗い林の中から自然の中にはそぐわない建物が現れた。

 

 烏がわあわあわめき立て、不気味な雰囲気を作っていた。

 

山荘と言う程の物だから愛子は大きな建物を想像していた。そこに現れたのはレンガ造りの欧風の建築物で、大きさも両親の持つペンションと大して差は無い様だった。

 

 

 添乗員は山荘の前の石段をやたらと注意深く観察している。そのうちに、石段の二段目の窪みに手を這わせ、中に腕を入れ窪みの中を探りはじめた。 手を引っ込め、ツアー客の前に手の平を広げられる。手の平の上には鍵が乗せられていた。

 

 「この鍵がこの山荘の合鍵となっています。極端に人を嫌った烏丸氏は極親しい親戚にしか、この合鍵のありかを知らせていなかったそうです。」

 

 「...そんな合鍵のありかを何であんたが知っているんだね?」

 

 「ある情報屋から聞き出したんですよ。いやぁ...骨が折れる気分でした。」

 

 「それで、中に食べ物は用意してあるのか?」

 

 「ご安心下さい。蒔田様。当社で前もって山荘に運び込んでいます。電気、水、ガスもきちんと通っていますので中では快適に過ごせますよ。」

 

 「そうかい。そいつは良かった。」

 

 

山荘のドアに鍵が差し込まれる...。低い乾いた音を立てて扉が開いた。

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