中は明治の終りを思わせる和洋風の光景が目に広がり、一番目についたのは、階段付近に置かれた柱時計だった。
「もう持ち主は何十年も前に死んでいるというのに、正確なものでしょう?この時計は今もなお、時を刻んでいるのです。」
正確に時を刻んでいるという事を驚くよりも、不気味に感じた愛子はロビーフロアの奥にソファを見つけそれに腰掛ける。
「トオル君...疲れちゃったね。」
「そうだね...。夕飯の前に一休みしたいね。」
それよりも先ず...
「先にシャワーを浴びたいな。」
「それでしたら、すぐにご用意しますので、少々ここでお待ち下さいませ。」
添乗員の言葉に甘え、ロビーで待たせてもらうことにした。
待つこと数十分。 準備を整えたらしい添乗員の案内で浴室に向かい、これまでの道筋の旅の汗を流すために、浴室へ入る。
浴槽も備わっていてちゃんとした造りになっている。これならすっかりくつろげそうだ。
--シャワーを浴びて浴室から出る。
また先程のロビーに向かうと、残っているツアー客もいるようだが、それも疎らになっていた。
透がこちらに気付いて手を上げて合図する。
「愛ちゃん!こっち。」
彼の元へ近づき、ソファの空いたスペースに腰を落とす。何かが書かれた紙を手渡され、それに目を落とすと
"私は星を見る為に灯を消し
そして 眠りについた
炎を焚いて 像の涙を拭い
私は 幸福を得る"
「何?この気味の悪い文章?」
「財宝の在りかを表す詩文みたいだよ。」
そこに並べられた文は全然、いや 全く意味が分からない文だった。
何の事だろう?
ロビーに残っていた客はよく見たら皆この紙に視線がくぎ付けになっている。
ブツブツと何かを呟く者、或いは、手記に何かを書き付け頭を掻きむしる者もいる。
「皆...こんなもの本気で信じてるの?」
「そうだと思うよ...。これが原本の 烏丸氏本人の手帳だって。」
その手帳のページをめくると確かに同じ文脈を発見した。
分からない。 何故そこまで金に執着出来るのだろう...。
「私は嫌。こんな事までしてお金なんていらない...!!」
「僕は財産がどうこうって事より、純粋にこの謎めいた詩文を解いてみたいな」
トオル君ならそう言うに違いないと思っていた。彼はコナンドイルをこよなく愛する推理小説オタクだ。
「部屋でゆっくり考えたいな...。僕は部屋に戻るよ。」
「わ、私は一階を少し見て回ってから部屋に入りたいから部屋の番号か目印を教えて欲しいんだけれど?」
「愛ちゃんがお風呂に入っている間に配られた部屋割表なら添乗員さんが持っているはずだよ」
「分かったわ。」
「それじゃあ、先に部屋に戻ってるから...。」
手を振りながら一時的に彼と離れ、愛子は別行動を取った。
杵島愛美は 大手株式会社の経営をしている父の愛娘で、現在進行形でその父親喧嘩中だ。父親と顔を会わすのが嫌になり、東京からはるばる仙台まで来ている。
このツアーも仙台までの道程の間にネットで見つけたものだ。どうせ逃げるなら楽しく逃げたいものだ。
後からバスに乗り込んできたカップルの女の子が浴室から出た後に、自分も浴室へと入った。
大浴場とまではいかないが、それなりの広さのある浴槽に5、6箇所設置された流し場を見ると多人数同時に入れる構造の様だ。
その後間もなく、一緒にツアーに参加していると思われる老婆と私よりも一回りくらい上の女性、そして明らかに学生と思われる、幼さの残る出で立ちの少女が一人浴室に入ってきた。
気にせずにさっさと先に上がり、自らに割り振られた部屋に向かうのに一階のロビーを突き抜けた。
部屋に入り、バックから携帯電話を取り出し、メールボックスをチェックする。友人からのメールに目を通しながら、仙台駅で手に入れていたミネラルウォーターを口に含む。
その時、妙な視線を感じた。
誰かが見ている。
辺りを見回してもそんな気配は無い。だが、視線は確かに感じる。
愛美は おそるおそる部屋のドアに近づいて様子を伺う。
確かにこの前に人の気配がする!
だが、それは普通じゃない...。
その気配にはただ者では無い殺気を醸し出していた。
逃げなければ!!
愛美はそう思った。 窓際まで少しずつ後退していく。
5m程離れた所で、 ドアが叩かれた。
「開けてくださ~い。」
開けたら駄目だ...!!殺される!!
「あなたは誰...!?何の用なの?」
「あ、添乗員さんから夕飯の用意が出来ているので出てきて欲しいと伝言を受けて呼びに来たのですが...?」
「...それだけなの?」
先程の殺気は毛ほども感じられない。
あれは...気のせいなのかしら...。とにかく食事を摂って休んだ方が良さそうだ。
私は疲れているんだ。だから居もしない気配を感じ取ってしまったんだ。
部屋から出る為にドアノブを引いた。-刹那。
視界が赤く染まりそのまま部屋の中へ押しやられた。
最後にみた景色は薄汚れた山荘の天井だった...。
-ーこんな事なら...。
父と和解して東京に戻るべきだった...。こんな事で死ぬぐらいだったら...。 こんな場所まで...来なければ...。
大上 章房は疲労よりも歓喜に満ちていた。
烏丸の隠された財宝を探し出す為に幾度かこの山荘に訪れていたが、烏丸のものと思われる手記なんてものを見つける事は無かった。
かねてから章房は財宝は屋根裏に隠されていると推測していた。この山荘の何処かに屋根裏に通ずる梯子が隠されている筈だと思っていたからだ。
今、手元にあるこの手記のコピーはそれの隠し場所を印しているに違いない...!!
文面を見渡し、色々と推測を重ねる。
もしかしたら...。
ある一点が気になり、立ち上がる。
もしかしたら...あそこじゃないか?
章房は急いで ロビーを後にした。
"私は星を見る為に灯を消し
そして 眠りについた
炎を焚いて 像の涙を拭い
私は 幸福を得る"
書斎と寝室は繋がっていて、書斎には小柄な暖炉、そして...。
烏丸氏の趣味だろうか...。甲冑の像や彫像なんかが置いてある。
そのどれかが関係しているに違いない!
大上は像の一つ一つを見て回った。どれも明かりの灯っていない部屋の薄暗さの中では気味の悪い濃淡を浮かべていた。
明かりをつける事さえ忘れ、一つ一つ慎重に調べる。
これといった変わりは無い。
私の考えは間違っていたのか...?
全部を調べ上げた時には部屋には暗闇が落ちていた。
ため息が漏れる。やはり、簡単な閃き程度では財宝を手には出来そうに無い。
不意に視界の端に動くものがあるように見えた。
そちらの方へ意識をやり、注意深く目を凝らす。
甲冑が立っているだけで何もそこには無かった。
また一つため息をつく。
暗闇に長い所用事は無い。部屋から出ようと出入り口まで移動する。が、ドアノブをいくら回しても扉は開く事が無かった。
...鍵が掛けられている!?
そんな...馬鹿な!?
外側から鍵を掛けられている?
誰が...、何の為に?
大上は寝室と書斎が繋がっている事を思い出した。寝室に移動出来ないか試してみる。
音を立てて扉が開いた。しめた!これでこちらから外に出れば良い。中に入り、寝室から廊下へと繋がる扉を手探りで探す。
ふと背後で空気を裂く様な音を聴いた気がした。
ヒュンッ
激痛が走る。 何が起きたか、大上には分からなかった。ただただ背中が燃えるように熱い。
振り返る間もなく、床に手をついた。その刹那、何かが首に絡み付く。 -ロープの様だった。- 絡み付くそれがギリギリと締め上げ、息が苦しくなっていく。
「ぐぅぅぅあっがぁああっ」
酸欠で意識が朦朧としていくにつれ、抵抗する力が薄れていった...。
嗚呼。私は...、財宝を手にするはずだったのに...。