狩人~かりうど~   作:山背としや

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~追撃者の場合~

目の前がぼぅっとする。

 

 

私は何をしていたんだったっけ?

 

 

朦朧とする意識の中で思い出そうとするが、何が起こったのかよく解らなかった。

 

ただ、自分が今 どこかの部屋の一室のベッドの上にいる事は明らかだった。

 

 

何でこんな所に居るのだろう?

 

 

 

少しずつ視線を動かしていって、隣に同じベッドに横たわる男がいた。

 

女は男に声をかけてみたが、男は何も返事を返してこない。

 

 

女は視線をベッド付近からもう少し上げてみた。

 

ここはどうやら、ビジネスホテルか何からしい事が建物の造りで分かった。

 

 

とにかく、ここから脱しなければならない。

 

 

 

女は両腕に力を入れようと試みた。それでも、腕は上がるどころか、びくともしない。

 

女には体を動かす力は残されていないのだ。

 

 

そんな時に1つしか無いドアが叩かれた。

 

 

「ここを開けるんだ!早く!」

 

 

開けろと言われても開ける力を残していないのだ。不意に脳内に大分前に読んだ推理小説の内容が浮かび上がって来た。

 

 

――君等は密室に気付かない。何故なら君等は皆、もうこの世のもので無いのだから――

 

 

なんだか急に笑いたくなったが、顔に力が入らず、変に呼吸音が漏れただけになった。

 

 

隣に居た男の方へ視線を動かす。彼はこちらを見て何か呟いた。

 

「幾星霜、世界は繋がる」

 

 

私には前編を、彼には後編を合言葉に二人はフラフラする頭を上げて扉の前にたった。

秘める思惑

 


 

 村山透は、苛立っていた。

 

『また、小言か...。』

 

 

机を挟み、向かい側にドカッと腰を降ろしているのは父親だ。

 

最近、両親とは不仲になっている。その理由というのもまた、透を苛立たせる原因である事に違いない。

 

 

自分は大手銀行社長の息子で、これまで叶わない事は何一つ無かった。

 

それがこの所、何一つ上手くいかない。

 

恋人とは連絡手段を絶たれ、景気が傾き大手と言えども、チェーン店舗が軒並みシャッターを閉め出している。このまま経済成長が見込めなければ、恐らくはうちも例外なく倒産してしまうだろう。

 

 

だからだ。これまで何の障害も自分には訪れ無かった。だから、困難に立ち向かう程の能力を得ていない。

 

 

透は未だに小言を漏らしている父に視線を戻した。

 

 

「聞いているのか!?お前は?」

 

「何?」

 

「このままでは、うちもこの景気に負けてしまう。顧客を離さないよう、これまで以上のサービスを提供していかなければ成らない。それで明日から父さんは地方の支社を廻って来るから...」

 

「本社(ここ)を任せるよでしょ?分かってるよ。上手くやるさ。」

 

「言っておくが、この前の様に特級クラスを待たせる様な事はしないでくれよ」

 

「分かってるよ。」

 

適当にあしらい、ソファから腰を上げた。

 

まだ何か言いたげにしている父を部屋に残し、透は応接室から出た。

 

 

家から出て近所の公園に向かう。住宅地の中にあるその公園は利用する人の数にしては大きく、溜池に近所で飼えなくなった金魚が悠々と泳いでいる横をアヒルが藻に付く虫を食べている。

 

その様子をボーッと見つめていた透だが、やがて足元に落ちていた小石を拾い上げ、アヒルに向かって放り投げた。

 

ガアガアと声を出し、その場から急いで逃げ出す姿が滑稽だ。

 

 透は時折公園に足を運んでは公園にいる動物達に向けて怒りをぶつける。中学に上がった頃、テストの点が思ったよりも取れずにむしゃくしゃして、答案用紙を投げつけたのが始まりだったはずだ。

 

周りの目を盗んでは犯行に及ぶ事を繰り返していた。

 

 

俺の思い通りにならない事が、一番不愉快だったのだと思う。今思えば、ただただ自分が馬鹿なだけだが結果を変える事は後からでは遅い。

 

 

そして、ある事を実行する事を考えた。

 

あの日、二人で果たせなかった事をもう一度遂行するのだ。

 

ただし、彼女との連絡を絶たれてしまった自分には彼女を指定の場所に誘導するのに親友にこの事を彼女にメールで知らせてもらうよう取り次いだ。これで準備は整った。

 

終わりだ。これでつまらん日常とも世界とも全てが終わりを告げるんだ。

 

 

約束の日、予期せぬ事態が起きてしまう。親友が勘ずいたようだ。この事を外に漏らされては溜まらない…。

 

仕方が無いが、彼には眠ってもらう事にした永遠に。

 

 

少し、到着の時間が遅れてしまったが、問題は無い。愛しい人の姿がもう近くに見えている。急がなくては…。

 

 

 

 この観光ツアーと装っている裏の組織はネット裏では有名な団体だ。所謂集団自殺を手伝う団体である。そこのトップである、戸倉進と事前に話は進めてある。

 

裏の人間である以上目の前に大金を散らしてやれば後は容易だと考えていたが、この男、他とは違うキレのある人物だった。犯行後の隠れ家と警察に捕まらない保障を求めてきた。

 

彼のプラン通りに事を進める事にして、犯行は山中の古びた山荘で行うこととなった。

 

戸倉の普段の手口はサイト上で死にたがっている奴らに声をかけて適当な場所に集団で連れていく。後は各々が持参した火鉢に火を焚くだけ。

 

自分はサイトと自分の痕跡を消して消える。そんな手口を使っている。今回、そんな戸倉のプランに沿う為、戸倉に偽のツアーを装って貰う事にし、俺が何人かの人物に匿名で招待状を送る事となった。

 

 

 順調に…全ては順調に進んでいる。

 

そう思っていたのだが…。

 

 戸倉が、奇妙な笑みを顔面に貼りつけて山荘に着いた途端、俺を食堂へ呼び出した。

 

 

「お前…。何やら奴らに嗅ぎ回られているんじゃないか?」

 

「奴らって?」

 

「分からないのか?警察だよ。仙台を出る前から尾行(ツケ)られていたぞお前…。まぁ…。捕まるのはお前だけだがなぁ…クックックッ。」

 

 

全然気付きもしなかった…。どうやら、警察の人間が混ざっているらしい。食堂から出てツアー客を見やる。普通に闇サイトからツアーに参加した面々もいるので自分で招待した人物以外は名前も面識も無い。そんな中から警察の人間を探すのは無理だ。

 

戸倉が後から食堂から出てきて客をぐるりと見渡してから客達の方へ歩み寄る。すれ違い様に何やらメモ用紙を尻のポケットへねじ込まれた。

 

 

食事をとり、愛子が湯を浴びている間に、ロビーに残った俺と数名に何やら紙片が渡された。

 

訳の分からない詩文が書かれている。

 

 

「この屋敷の秘密を解く碑文とされています。皆さん私の後方をご覧ください。大きな絵画が見てとれると思いますが、此処に映っている人物こそこの館の主。烏丸修一郎佐之助と呼ばれる剛腕の商人だったそうです。この烏丸氏が隠した財産は今もこの館に眠っているとされ、我々は今宵この謎を解き明かすべくこの山荘に集ったという事なのです。」

 

 

長々と戸倉が話し終えると一人の老人が声を張り上げた。

 

 

「烏丸の財宝に関する謎は一筋縄ではいかない。この紙切れに記されているのは烏丸の手記に書かれた詩文で、これともう一つ。その絵の下の石板を見たまえ!」

 

 

皆一斉に石板にならう。そこにも何か書いてあるらしく、一瞬息をのむ周囲の顔が伺えた。

 

"私は星を見る為に灯を消し、そして眠りについた炎を焚き像の涙を拭いて幸福を得る…"

 

そう書いてあるようだが、透にはさっぱりだった。…だが、彼の中で状況が少し変化してきていた。

 

 彼の当初の予定では、名声ある人間達を懲らしめ、愛する人と心中出来ればそれでいいはずだったのが、戸倉のツアーの内容によって少しの欲が出てきていたのだ。

 

彼も、富のある人間だが、金を持っている人間ほど金に目がくらむものなのだ。彼はこの時気付きもしないだろうが、彼も父親と同様金に飢えた人種だったのだ。

 

 

彼は、財産を自分の物にしたいと考えた。そして一つの考えに至った。

 

『ここに集まってくるのは、自殺願望者かそれに準ずる人間だ。つまり、俺が結果通告した所で何も変わらない。追ってきた警察の人間もろとも消してしまえば問題が無い…。』

 

そう、彼にまともな判断や行動は出来なかった。彼は自らの狂気に取り込まれ、熱せられ、熱病の如く熱に浮かされた状態だった。

 

石板を読んだ一人の男が動いた。彼はそれを見逃さなかった。

 

 

『…。ふむ。あいつ、何か分かったのかもしれない。追いかけてみるとするか。』

 

 

後をひっそりとついて行く。その男は書斎に向かっていた。暗がりの中一つ一つ丁寧に像を調べている。どうやら隠し場所が分かっているのかもしれない。

 

『…あんな老いぼれに渡してなるものか…!財産は使い道のある奴が手に入れるべきだ!』

 

 

口の中でぼそぼそと呟き彼は書斎のカギを(この館のカギは戸倉からマスターキーを預かっていた。)外側からかけた。

 

 

寝室に入る。真っ暗闇に手探りで手にしたのは何かの像だろうか?暗くて分かりもしないが、それを握りしめて待ち構える。ここと書斎は繋がっている。この構造をさっきの男は目で確認している。直ぐにこちらに入ってくるだろう。

 

 

そうこうしている間にのこのことそいつは現われた。ゆっくり背後に忍び寄る。

 

相手が寝室のドアノブに手を掛けた瞬間に持っていた像で殴りかかった。うずくまり、後ろ手に手で傷口を探りながら立ち上がろうとする相手に締めていたネクタイをとっさに相手の首にかけた。力の限り絞めあげる。

 

 

彼にあったのは、無だった。

 

人を絞めあげていながら!彼にあったのは無でしかなかった。

 

その男はいとも容易く息をしなくなった。

 

彼はその男を引きずり、寝室にあったクローゼットへ押し込んだ。別に特別な感情は浮かばなかった。公園にいたアヒルに石をぶつけた時と同じように、何も感じなかった。

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