一人やった。
透の中で何かが弾けた。
一人、一人。あてがわれた部屋を巡回する様に。ゆっくりとそれでも確実に。犯行を行った。彼は熱に浮かされある重要な失態を犯してしまっていた。彼を追っているという男の存在がどう行動しているかを全く考えもしていなかったのだ。
それは、最後の部屋を回った時に気付き、どうしようかと考えていた時に、目の前にキッチンへ入る扉と用務員控え室と扉に書かれた扉が目の前に映った。これだと彼は用務員室へ体を滑り込ませた。中に、目当ての物を発見した。ブレーカーは用務員室に供えられていた。
彼はゆっくりとブレーカーへと手を伸ばす。バチンと音を立て落ちる。そして、辺り一面に黒をこぼしたような漆黒が浮かんだ。陰湿で毒々しい空気が館一面に散漫していくのを彼は肌で感じ取った。
戸倉進は困惑していた。まさか、こいつがここまですると彼は思っていなかった。
戸倉は、何故こんな仕事をしているかと聞かれると答えに苦しむ。
彼はもともと自殺願望者だった。それを助けたのは自らの愛妻であったのだが、そのつれ合った最愛の妻が、自分を助けた妻が自殺を図ったのだ。発見が遅く、彼の妻はこの世を去る事となる。それまでの会社勤めを彼は辞め、自宅へ引き籠った。そんな時に自殺願望者が集う裏サイトを発見したのである。
彼はすぐに集団自殺を図ろうと指定された場に出向いた。同じような人間が集まり火鉢に炭を入れ自殺を図る事となったのだが、彼は生きた。彼は難を逃れたのだ。
また彼は死ねなかった。彼の周りの人間はいとも容易く死んでいくのに彼は死ねない。
彼は自らを呪った。死ねないのなら。常に誰かの死に様を見届けてやろうじゃないか。彼を死なせない神への復讐とでもいうのだろうか…。彼は自ら闇サイトを運営し始めた…。
戸倉が村山透と出会ったのもサイトを通してだったが、異様な雰囲気を戸倉は感じていた。
目が血走り、頭は揺れて、熱に浮かされているようにしんどそうに歩く透を、狂人だと思った。その直感は当たっていたのである。
嫌な事に巻き込まれたぞと直感した、その時には既に遅かった。
彼に反抗してはならない。そう彼の細胞は彼に信号を送るのだった。
いきなり彼の視界が暗くなった。まるで布でも被せられたかのように。何事かと彼は階段裏の物置部屋から出てみるとどうやらブレーカーが落ちたようだった。…いや、落とされたと言った方が正しいのかもしれない。
彼は物陰にジッと身をひそめた。弱者が生き残る術を彼は知っていた。なるべく物音を立てず、闇と同化する事。彼は闇に溶け込むようにひっそりと物置部屋にと身を戻した。
透はロビーで何が起こったか分からないでいる人間達に刃を向けた。一人また一人。崩れ落ちていく。
『…いらん。こんな奴らはクズでしかない!』
人狩りが彼の目的と化してしまったのか…。それともこれが彼に与えられた結末だったのか。
彼はツアー客のほとんどを惨殺していた。もう後には戻れない。
動く気配を感じ取った。彼はそちらにナイフを突き付ける。影が話しかけてきた…。最愛の彼女だった。
彼女が声を震わせ告白する。
彼が想像した答えの全てと異なる答えが彼女の唇を割り、彼はめまいを起こした。
こうなるなんて、彼は想像もしていなかった。自分を少なからず受け入れてくれると信じていた。だが、そうではなかった。
彼は、現実に打ち砕かれた。そこから彼の記憶は曖昧で、まるで映像でも見せられているように、フィルター越しの様な他人行儀な様な記憶でしかなかった。
彼女を追い立てていた。男とはち合わせて縛られてはいたがそれを自力で振り払った。
男と愛子を追い立てて走った。男に制止されナイフを奪われた…。
そこから急に記憶がはっきりとしてくる。
森を駆け抜けていく。俺は、追手から必死に逃れようともがいているのだ。目の前に地平線が現れる。恐らくその先は崖だろう。
瞬間腕を引かれた。
ああ、捕まったのだなと悟り目を硬く瞑ったのだが、違っていた。俺を捕えたのは、戸倉進だった。
「あんた。大丈夫か?」
「お前こそ、もう助ける必要は無いだろう。」
「いや、なに。あんたに力を貸してみるのも面白そうだと思っただけだよ。」
彼はそうやって笑った。
私はこうして難を逃れた…。捩れたどす黒い感情を宿し、逃げ果せたのだ。そして今も…狂気の中に潜めている。またあの山荘で狂気に打ちひしがれた者を待つ為に…。
(幕)