「……どう?」
暖炉の前でじっと佇む心弥に声を掛けた。
これといって、変わったところは無いが、何か妙な違和感を感じる。
暖炉には、薪がくべられている代わりに、外から入ったのか木葉が見える。
「テルは、この暖炉に何か変わった所を感じる?」
「いや、それといって変わったところは無いと思うけど……。」
「林さんの話を聞いて、僕はもっと疑問に思ったよ。
夕食をとった時、テルと僕は階段から見て手前側の入口から食堂へ入って、暖炉の前を抜けたんだよね?」
そこで、記憶を思い起こしてみる。確かに入口が混雑していた事もあって、暖炉側の入口から入り、暖炉を突っ切って二人で席に着いたのだった。
頷きながら、「あぁ。」と相槌を打って、先を促す。
「昼食の時は踏まなかっただけかと思ったけど、大久保夫妻がここで亡くなった時に、この場で木葉を踏んだ感触がしたんだ。」
「外から入ったのか?」
「いや、ここの窓ははめ込まれていて開かないし、外から入ってきた木葉だったら、壁の中央にある暖炉の周りだけに集まるのは不自然なんだ。
薪が無いのはこの暖炉が飾り暖炉だからと理解できるけれど、外の煙突が塞がれているのに、木葉なんて不思議じゃない?」
ハッとして、暖炉へ顔を突き入れて上に伸びる煙突を見上げる。暗くてぼんやりしていてよく見えない。
俺に続いて、 杵島が上を見上げた。
「煙突が塞がっているかどうかなんて、ここからじゃ解らないよ。どうやって調べるつもりだい?」
「空気の流れで調べようと思うんだ。どなたか煙草を吸われる方は居ませんか?」
林がスッと手を上げた。
「私が持っています。煙草をどうするんです?」
「テル、煙草に火を着けて暖炉の側に近付けて持って、煙の流れを調べて。煙突が塞がっていれば、煙は動かないはずだ」
「分かった。」
心弥に従い、林から煙草を一本とライターを受け取り、暖炉の前に移動して受け取った煙草をライターで火を着けた。
煙が立ち始めると、煙は上には昇らず、暖炉に吸い込まれるように動いた。
まるで呼吸をしているようだった。
「暖炉に煙が入り込んでいるみたいだ」
「煙突は煙を外に送る為のものだからだよ。煙が暖炉に流れていくってことは、煙突は開いているみたいだね。」
「じゃあ、犯人はこの中にいるだけじゃないって訳だな。」
「まぁ、僕ら以外にも誰かが居るかもしれない状態ではあるね。でも、犯人かどうかは別だよ。」
俺は心弥と杵島の話を聞きながら、もう一度暖炉の中に顔を突っ込む。闇の先に光を見ようとしたが、さっきと同じ様に、見えるのは暗い闇だけだった。
ー 屋根へ上がり、煙突の板に打ち込まれた釘の辺りに狙いをつけて斧を降り下ろす。ここからあの部屋へ入れることは分かっていた。
板を破り、煙突の穴が露になる。長年外と閉ざされていた煙突内部には、埃が溜まっていて、煉瓦の隙間に積もっていた。
輪にしたロープを煙突に括り、先を内部に垂らす。しっかり固定してから、体を煙突の内部に潜らせた。 下へ降りて行き、中頃で煙突内の壁を注意深く調べる。
思った通り、あの部屋へ通じる隠し通路を見つける。煉瓦との隙間に指を引っ掛けて横に引くとがらがらと音をたてながら、煙突内の側面が横にスライドし中から人が一人通れるだけの横穴がポカンと空いた。
口許が弛むのを抑えず、空洞に体を滑り込ませ、体に括ったロープを解き、闇の中へ進んでいった。
木の板と思われる感触が前方の壁の手触りで判明すると、腰に括ってあった斧を構えて、壁に刃を突き立てる。程なくして、壁が壊れ一つの部屋が現れた。
書斎からのギミックはとうとう解けなかったが、十中八九ここに部屋があると分かっていれば、どうという程ではない。
さあさあ、足掻くだけ、足掻けばいい。もう、お前達は袋の鼠なんだから。ー
「…。じゃあさ。」
杵島は、心弥に並び食堂からの道中を共に行動している。時折質問をしながら二人は俺の前を歩き、後ろから美琴と深雪の三人が追う形で書斎へと向かっている。
林は緊急事態という事で、どうにかお偉い方達と連絡が取れないか手段を考える為別れて自室へ戻って行った。
「外からの侵入だけじゃなくて、犯人は煙突から外へも逃げれた。って事でしょう? この館にもう残ってはいないかもしれないんじゃないかな?」
「可能性としては、ありえない事じゃないけど。」
「なら、明日明るくなって脱出策を練った方が有効な手段だと僕は思うけどな。」
「じゃあ、晃さんならどう考えます?
仮に、外から侵入してきた、僕達以外の人間が犯人だったとして。どんな目的で此処に侵入し、大久保夫妻をどうして殺害したのか?」
「例えば…。とても金に困っている奴が、このツアーの情報をどこかから入手して、参加を試みてみたものの参加が叶わなかった。
どうしても諦めきれなかったそいつは、どうにかしてこの場所を突き止めて潜伏を図る為に煙突から中に侵入した。
暖炉から出てきてみたら、そこには大久保夫妻が偶然居合わせて、突然現れたそいつを林さんに報告しようとしたところ、それは好ましく無い展開だったそいつと揉み合いになって、ああなった。ってのはどう?」
どうだと言わんばかりの自信に溢れているが、心弥はと言うといつもの様に平然とした態度で俺に言う時よりはきつくは無いが、それでもトゲのある言い方に聞こえなく無い口調で更に続けた。
「そうだとしたら、相手は恐ろしく準備の良い犯人ですね。潜入して誰かに目撃された時の事まで考慮して斧を所持してわざわざ煙突に上り、暖炉から侵入して来た。という事になります。
それに、随分と手馴れた犯人という事になりそうですよ。斧の様なものを振り回していたんだったら、かなり食堂の内部は荒れ果てて然るべきなのに、もの一つ壊れていやしない。」
「君は、面白いね。確かに、僕の推理では不自然な点が多い。君の考えも聞かせてよ。」
以外にも、杵島は怒りもせずに心弥の皮肉っぽい指摘にも対応している。案外と打たれ強いヤツだと後ろ姿をしげしげと見つめた。
「僕は、外からの侵入も、外への逃亡もありえない。と考えてます。先ずは、外から侵入したのであれば、長い時間をどうして煙突内で身を潜めていなければいけなかったか説明がつかないからです。
どうしてだか知りませんが、大久保夫妻は食後時間を空けてまた食堂へ足を運んでいます。その行動が偶然かどうか分からないにしろ、斧を持った知らない相手と対峙したと思われるのに、大した抵抗も騒ぎも起こしていないのが不自然だ。
あそこで誰かと会う約束をしていた。と仮定すると食堂に戻った事は説明がつくし、会う約束をしたとしたら、このツアーの参加者である可能性が高い。
そうだとしたら、おもむろに斧を取り出したりしない限りは、停電の最中であれば、大きな騒ぎになりにくいと考えます。」
「ははぁ…。なるほどね。最初っから、ツアー参加者が怪しいって睨んでいるわけか。」
「可能性の話です。断定した訳じゃないですからね…。」
それでも、推測に過ぎないけれど、真相に近い。
何かを掴めそうな、あと一歩まできているような手応えと共に書斎へ辿り着いた。