コークアイ   作:山背としや

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[館からの脱出]

心弥に指示された通り、燭台にロウソクを刺し火を灯した。部屋の電気を消してロウソクの灯りと、外から入ってくる月明かりだけが、部屋を灯した。みんな燭台の近くに身を寄せるようにしている。

 

扉の外の気配はいつの間にか静かになっていたが、一体林はどうしてしまったのだろうか?

 

 

心弥が燭台を机に置かれた天使の像の真裏に置いてみるように指示する。

 

机の後ろ側に言われた通りに置いてみた。

 

別段、変わった事は起きない。

 

 

「深雪さん。天使の表情を正面から見てどうですか?」

 

「え、えっと…。」

 

「ロウソクの灯りを使って、机の正面から笑みを浮かべている様に見える場所に調節してみてください。」

 

「や、やってみます!」

 

 

深雪が机の前から燭台を微妙に動かしては、像の表情を確認している。程なくして、満足気に何度か頷いてみせて深雪は机から離れた。

 

像を動かす深雪を見守っていた一行の背後の壁に、像の影が映されている。壁の一点に向かって矢の矛先は向けられていた。

 

肖像画だが、誰のものかは分からない。その肖像を示す様に、像の影は揺らめいている。

 

 

「テル、影が映し出された、矢の辺りを調べてみて。」

 

「分かった。」

 

 

心弥に言われた通りに切先が示した肖像画の辺りを調べてみた。壁に飾られたその絵を下ろして見ると、壁に妙な切れ目を見つけた。そこが扉になっている様子で、取っ手の部分が無い。

 

 

「取っ手が…。」

 

 

俺が言いかけた時、杵島が降ろされた肖像の額縁を執拗に調べているのに気付く。腰を落として杵島の様子を伺うと、額の裏が二重構造になっていた。慎重に剥がすとそこに取っ手を見つけることが出来た。

 

 

「これで、この窪みに入れれば…。よし、上手くいったぞ。」

 

 

中には、吊り革の様な物が下がっていて、それを惑うこと無く杵島は下方向に引っ張る。すると音を立てて偽の本棚が後退し始めた。

 

その下の床も、合わせて口を開き、下には梯子が掛かっている。

 

 

「梯子だ…。よし、先ずは美琴さんと深雪さんから降りよう。」

 

 

深雪、美琴と一人づつゆっくりその梯子を降りる。

 

杵島が降り、心弥が降り。

 

 

「ほーら。隠れても無駄だよ。一人残らず殺してやるんだから。」

 

 

施錠した扉がカチリと音を立てて開いた様だった。扉の前にバリケードを張ってきているから、まだ少し時間は稼げそうだ。

 

隠し扉の鍵である柱の扉を締め、取っ手を取り扉を閉めた。燭台を持って梯子へ急いだ。

 

 

「コレと、コレ。持ってて!」

 

「おいおい、俺たち此処からどうやって出るんだよ?」

 

「それは後だ!取り敢えず、ココに隠れよう。」

 

 

梯子を落ちるようにして降りて、急いで梯子を取払った。

 

近くにボタンがあるのを見つけると、それを躊躇い無く押す。

 

思った通りに天井に開いた穴は閉まっていった。

 

 

これで、しばらくは大丈夫のはずだ。

 

 

 

「…なぁ。どうすんだ?林さん…一体どうしたんだよ…。」

 

 

杵島が青い顔で聞く。

 

 

「元々の本性なんだろうと…思う…。」

 

 

頭を押さえて、辛そうに応える心弥の様子は、未来視を終えた時のものに見えた。

 

それは正に、未来視を終えた所だった。

 

 

「この後、諦めて熊谷さんの部屋へ向かう…。熊谷さんは、あの暴発してしまう拳銃で、暴発を起こす…。腕が飛んでる。混乱して、素手で殴り掛かろうとして…。でも駄目だ…。助からない。この部屋。煙突に繋がってる…。」

 

「…熊谷さん。助けられないのか…?」

 

 

何時も、こうして聞いてしまうが、心弥が視る未来というのは、「決定的な未来」であって、「不確定な未来」を視る事は出来ない。

 

これまでは、ほんの小さな出来事の未来に過ぎず、変化しても大した変化を起こすものでなかったから意図して、変えようと思わなかった。

 

…だが。

 

 

「今。…今上へ戻って、後を追えば…。未来は変わるかもしれない…。けど…。誰も犠牲にならないと限らない…。」

 

 

そして、「不確定な未来」というのは、自らの行動も含まれる。基本的に心弥の未来視は自身の未来を透視することは出来ない。

 

 

助けたい。という気持ちと、逃げたい。と思う気持ち。

 

二つの気持ちがざわつく。

 

 

「僕は嫌だよ。」

 

 

杵島が静かに呟く。

 

 

「自分さえ生きて逃げれるか分かったもんじゃないのに、誰かを助けるなんて悠長な事。僕は出来ない。」

 

「あたしも、杵島の言う通りだと思うね。あんなオヤジ、助けたってどうにもならないでしょ。」

 

 

美琴も賛同し、二人ともお互いを見合う。

 

深雪は美琴たちと、俺たちとに何度か視線を行き来させてから、言い辛そうに床に視線を投じながら、途切れ途切れに話し出した。

 

 

「逃げたいって…気持ちが強い…です。…見捨てるのも…イヤ。…でも。…でも。自分で立ち向かうのは…。コワイ…です。」

 

 

深雪の言葉は、ここに居合わせた全員の本音だろうと思う。

 

素直な言葉が、更に行動を躊躇させ、しばらく誰もその場から動けず、話もそこで途切れてしまった。

 

 

 

心弥の調子が気になった。一日に何度も未来視を起こすような事が、これまでに一度たりと無かった事もそうだが、ものが見えない身体であちこちと歩き回って思っている以上に体力を消耗しているに違いない。

 

 

上の階で探し回る林の足音は、どんどん遠のき始めた。未来視で予見した通り、林は諦めて熊谷の元へと移動したのだろうか…。

 

 

「様子を見て、館から出よう。…麓に着いて、警察に通報したらこの館での事件が露呈する。林さんをどうにか出来るかもしれない。」

 

 

杵島が鋭い眼光と言葉を重い空気に向かって放った。

 

その後直ぐに嘲笑的な笑みを浮かべて言い添えた。

 

 

「…まぁ。警察なんて、頼った所で解決してくれるか分かんないけどね。」

 

 

その言葉に、少々苛立ちを覚えたが、今、私情を挟んでいる場合では無い。

 

杵島の提案する行動が、一番現実的で、助かる可能性が高い。

 

 

「…。こんな山奥を夜に歩き回ったりしたら、それこそ皆で行き倒れなんじゃ…。第一、橋が落とされちゃってるんでしょう?」

 

「じゃあ、このまま何時見つかるかって肝を冷やしながら、朝まで此処に居ろってのかよ?」

 

 

「私が言いたいのは…夜に歩き回ったりするのが危険なんじゃないかって事で…。

 

外に出て、休める場所を探したら…。朝まで待って、行動すれば安全じゃないか…って。」

 

「そんな場所があるかも分からないのに?」

 

 

「…。一つ、心当たりはある。」

 

 

橋が落ちている事を確認した際、上流方面へ歩いて行った事。上流には滝が渓谷を遮り、向こう岸へは渡れそうに無かった事。

 

 

「崖に空洞が空いてる箇所があったから、そこに潜って…」

 

「じゃあ…。そこに隠れる…?何かいたりしない?」

 

「…たぶん。」

 

 

一同は、一縷の望みをかけて、助かる可能性を信じて。館から出ることを決断した。

 

 

程なくして、舘内に乾いた銃声の音と、怒号にも近い悲鳴が微かに聞こえてきた。

 

歯を食いしばり、後ろを振り返ること無く隠し部屋の最奥。下に暖炉がある位置の壁際を調べる。板がはめ込まれている部分を取り除くと、そこだけ綺麗に切り取られたように空洞が空いている。

 

 

俺はそこに体を乗り出した。

 

 

縦方向に伸びている。上を見上げてみたが、暗くて何も見えない。下も同様に暗闇がポッカリと口を開けているだけだった。

 

 

「これが煙突の内部。下は食堂か…。」

 

 

食堂からエントランスへ出れば、館の入口は目の前である。下に降りて、慎重に行動すれば外へ脱出出来るはずだ。

 

 

「上には登れそうに無いね…。下に落ちるのも…。」

 

「その辺の布を繋いでロープにすれば、少しは違うんじゃない?よく映画とかでもやってるじゃん。」

 

 

杵島の発言に被せるように、美琴が手頃な布を寄せ集めている。

 

深雪が駆け寄って、布を結ぶのを手伝い始めた。あれよあれよと簡易ロープが仕上がった。

 

 

「わ、私…。先に降りて良いでしょうか?」

 

「おい、さっきも始めに降りてたなアンタ。自分だけ助かろうなんて思ってないよな?」

 

 

杵島は、深雪に苦言に近い言い方で不安と共に不満を吐露する。この非現実的な状態へのストレスから、発言が一々攻撃的になってしまうのだろう。と理解していても、この状況では疑心に変わりかねない。

 

 

「そ、そういうんじゃなくて…。」

 

 

「…。杵島さん。深雪さんの服装見てから同じ事言える?」

 

 

ため息混じりに心弥が制した。

 

深雪は、ブラウスにキュロットスカートという出で立ちで、下着が見えてしまう事を恐れて、先に降りてしまいたかったのだ。

 

 

「…そう、か。ごめんよ…。気付かなかった。」

 

「いえ。私のワガママで…。すいません。」

 

 

下に降りた深雪がロープを二回引く。

 

[安全]だったらロープを二回引く事になっていた。下には誰も居ないらしい。

 

続いて、次々と下へ降りて、食堂の出入口まで慎重に移動した。扉を開けて、辺りの様子を確認すると予備電力に切り替えて明るく照らされていたはずなのに、辺りは暗闇に覆われていた。

 

 

「玄関扉までも、こうして離れないように動いた方が良いな。気をつけて。」

 

 

小声で、向かう方向を確認し合い、ロビーを牛歩で進む。慎重に。息を殺して。

 

 

玄関まで何事も無く移動できた。

 

一行は慎重に、夜の闇の中にひっそりと溶け込んで行った。

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