オレは大杉輝。
父は刑事で、母は監察医。祖父も警官で祖母も婦警。
親子二代にわたって警察家系となれば、自ずと警察関係の職を志すのは当たり前で。自然に科学捜査員を志す様になった。
だからといって、厳粛な家かと言うとそんなことは無い。
父も母も放任主義で教育方針というと
[警察のお世話にさえならなければ良し]
と、簡単なものだ。
祖父も祖母もあっけらかんとして、父達の教育ポリシーには一切口を挟まなかった。そんな家系でオレは今なお両親の下で順調に勉学に勤しんでいるところな訳である。
午後の講義が終わり、一斉に実験室から出る人だかりから一息おいてから教室を出た。
踊り場で足を止め、窓から見える前底の時計台を見上げた。もう既にあいつは授業が終わっているだろうと思った。
今いるこの場所は、在学する大学の化学実験室に近い階段で、実験室での講義を終えて、校舎から出ようと地上に向かって階段を降りている。
向かっている先は学生寮で、"白樺荘"と何時となく学生達が言いだした建物だ。『白樺』と呼ばれる理由は縦に細長く、白い壁の色のせいだと、先輩が教えてくれた。
“ 白樺荘”の中に入って、どんどん奥へ向かう。階段裏の小さな空間。そこが目的の場所だ。
通常なら、物置部屋になるべく造られた場所に、見知った人物が住み着いている。
彼の名は真広心弥。
学部主席のその人は、ちょっと変わり者で捻くれ者だ。
何故、物置部屋を寝床に使っているかというと、勝手に住み着いたというのが結論で…。
勿論、此処は寮であり彼自身、寮生だ。
が、割当てられた部屋から校舎までに色々な障害物が彼を待ち受けている。
この学校内でバリアフリーな建物は新館の理工学部棟と最近出来た新しい寮とメインストリートだけだと言うのが、彼の持論だ。
(盲目の彼には寮と校舎の行き来は不便極まりないそうなのだ。)
そういう事で、階段下のこの小さな空間は、部屋から出て真っ直ぐ直進すれば寮から出れるし、そのままメインストリートを進めば講義棟や実験室までそう問題なく移動が出来るという事で、この物置に住み着いている。
ドアに手を掛けてノブをゆっくりと回す。元々が物置小屋なのでドアに鍵等は存在してないが、内側から鎖をドアノブと壁側に設置した棚の脚部分に巻き付けておいて塞いでいる事もあるので、注意しなければならない。
今日は鍵は締まっていなかった。
「いるか?」
中を覗き込みながら口にすると、寝袋がむくりと起き上がった。
「最近の不法侵入者は、君か?」
訳の分からない言い掛かりを吹っかけてくるのは何時ものご愛顧だ。
彼は幼い頃からの腐れ縁…、と言うよりは俺が彼を放って置けないのだろう。先にも説明した通り、心弥は目が見えていない。
「不法侵入者って…。こんな所に居座ってるお前がいけないだろうが。」
去年新しい管理人がやって来て、新しく部屋を宛がってくれたのだが、その部屋というのが五階建てのこの建物の最上階の角部屋だった為、心弥はその話を断ってしまった。
それを聞きつけ、もう一度管理人に頼み込んで、なんとか心弥に宛てがってもらった。…のだが。
「苦労して階段を上る位なら、ちょっとぐらい狭くても良いさ。どうせ、寝に来るだけだしね。」
「で?侵入者は本当なのかよ。」
「盗る物も何も無いから、しくじったんだよ。」
この部屋にあるのは寝袋とそこかしこに散らばった点字本の類。小さなチェストには何着かの着替え。それしか無い。確かに盗る様な物は存在していない。
本題に入ろうと相手に視線を寄越した。心弥は相手の考えを空気で察知しているそうだ。こうやって息を凝らせば、察してくれる。
「話は何なの?良い話なら聞く。」
良い話かどうかは分からないが、本題に入る前にかい摘まんで状況を説明する必要があった。