[--一方その頃]
「確かに、西側の方が部屋数が少ない気がする...。そうだとすると西の角部屋は、一階が食堂で...、二階は...。」
「あのだだっ広い書斎だろうな。」
熊谷が親指を立てて、後ろの廊下をしゃくる。
林が熊谷の指す廊下の向こうに視線をやり、またこちらを見て困った風に肩をすくめて見せた。
「ですが、あの部屋はもう穴が開くほど調べたじゃないですか。文字通り、穴が開くほど...ね。」
横にいた町田を見やる。
町田はフンと鼻を鳴らし、腕を組んで平然とした態度で続けた。
「床板が痛んでたんだ。あたしのせいにしないでよね。
それに、そこの熊谷って人も扉を一枚蹴破ったじゃないか。同罪じゃないのかい?」
「あれは、中を見るためには仕方無かったじゃないか。」
「まぁまぁ...。」
言い争いを始めそうな二人をなだめつつ、輝は建物の間取りを手帳に書き込んでいった。
やはり、規模等から考えられるだけの部屋数が西側には足りないように思えた。丁度食堂の真上位のスペースが。
「あんたらはもういいよ。
あたしはもう少し書斎の方を調べてるから...。」
熊谷をちらりと見やったあとに、町田が廊下の向こうに姿を消そうとするので、その後に続いた。
「オレも、もう少しだけいいですか?」
「全く。懲りないやつらだ。」
俺の背中に向かって、二人のロビーに戻っているという声は突き刺さるように聞こえてきた。
先を歩く町田は何やら楽しそうに鼻歌を交え始めたので、それをたしなむように、一つ大きく咳払いした。
「人が死んでいるんですから、町田さんあまりそういう態度は良くないですよ?」
声を出来るだけ潜めるようにして喋りかける。豪快に笑いながら町田は可笑しそうに続けた。
「だって、死んだのは全然知らない人たちだし、そういう弔うみたいな気持ち沸いてこないんだよね。
つーか。この状況じゃあ、自分じゃなくて良かったってさえ思うよ。」
そうだった。
分かってなかった。ちっとも。
何故久保田夫妻が殺されたかも分かっていないのだ。犯人の思惑が分からない。
「そういや、どうして久保田夫妻だったんだ?」
「単なる無差別犯行って奴なんじゃないか?だって、急に襲ってきたんだろ?」
「...そうなんだけれど。」
食事が終わって随分経つのに、一体どんな理由で久保田夫妻は食堂に戻ったんだろう...。
何か、理由があったんじゃないか?
...誰かに呼び出されていたとか?
書斎の扉の左右に円形のテーブルがあり、その上には2リットルペットボトルと同じ丈の天使と思しき銅像が置いてあった。どうやら、左右一対の銅像の様で、形が良く似た銅像だ。
書斎の中は先程見て回った時と変わりは無かったが、同じ空間の人口密度がさっきとは違うせいか、さっきよりも寒々としていて、広く感じる。
ソファの後ろやテーブルの裏等、さっきよりも丁寧に調べてみたがやはり変わった所は無いように感じた。
町田の方をくるりと見返してみると本棚をじっと睨み付けていた。厳しい表情をとったかと思うと、本棚を動かそうとしたのかおもむろに本棚に体当たりをし始めた。
あれでは永遠に動く事は無いだろう。町田の方へ寄っていき、一緒になって本棚を押す。
少しずつズズズと音を立てて、本棚が後ろに交代していった。
あるところまで来るとピタリと動かなくなり、そこで二人は押す力を止めて周りの変化を伺ってみた。
静寂。
何も変わってないように思える。
本棚があった場所の床を見ると、先程まで気付かなかった不自然な床板の切れ目を見つけた。すかさず顔を床に近付ける。
下から風が伝わってくる。どうやら、この切れ目の下は空洞になっていると分かった。
一体どうなっているのか...。どうやって開けるのか...。
次なる疑問の糸口を二人で懸命に調べているうちに、下から人の悲鳴が聞こえてきた。
町田と目を見合せ、ワッとロビーに向かって、走っていった。最悪の事態になっていないよう願いながら。
町田と共にロビーに着くと、辺りをなだめすかす林と、いきり立つ熊谷に、おどおどした調子の卯野が心弥の腕をしっかり握り顔を伏せていた。
「どうしたんです?何があったんですか?」
オレはそこに居る全員に聞くように問いかけた。それに答えたのは、町田が変態と呼んだ男だった。
「ただのゴキブリだよ」
どういう事か分からずに首をかしげて見せた。
その男によると、ロビーに10センチ程あろうかというゴキブリが一匹現れたらしい。そのゴキブリが卯野の前を横切ってフローリングと壁の割れ目に消えていったそうだ。そのゴキブリの姿を見て、卯野が悲鳴をあげたという結末の様だ。
それで、襲われたか何かしたと思って駆けつけた熊谷が憤怒したようだ。
「...まぁ。そう声を荒げてオレ達の結束が歪んでしまう方が相手の思う壺です。怒りは一先ず沈めてください。」
「今度、どうでもいい事に悲鳴の一つでも上げてみろ!ただじゃ置かないからな!」
ビクリと深雪の肩が跳ねる。熊谷は決まり悪そうに踵を返すと階段の手摺を掴みそのまま上へ上がっていく。
「あ、熊谷さん!単独行動はとらない方がいいで...」
「うるさい!あんたらと居ると気分が悪くて叶わん!
部屋に内側から鍵をかけて、バリケードでも作ってしまえば、容易く入ってこれないさ。相手がもたついている間にこいつで...。」
俺が言い終わる前に、熊谷はがなりたて、噛み付くように叫んだ。
そして、胸ポケットから取り出したのは、拳銃だ。
一体どこであんなものを...。
俺の考えを読み取ってかは知らないが、熊谷は二、三度頷きながら、銃を舐めるように見ながら答えた。
「お前達と屋敷中を歩き回っていた時に見付けたんだよ。
こいつで、逆に犯人をぶち殺してやる。」
息を荒げ、瞳孔が開き、醜く歪んだ口許はゾッとする程醜悪な笑みを作った。
明らかに錯乱している。この騒ぎで充分過ぎる程、精神のバランスを歪められてしまったのだろう。
これでは、周りに危害を加えかねない。取り押さえた方が良いか迷っていた時に、心弥がスッと熊谷の前に立った。
「お気持ちはわかります。でも、ここに居る全員が助かりたいと思っているんです。
調和を乱すような物や態度は改めてください。それに...。」
そこで言葉を切り、大きく息を吸い込みまた静かに話し出す。
「その拳銃は、撃つと暴発しますよ。」
一言一言を噛み締めるように、空気の上に置いていく様に言い切ると、熊谷はその場でわなわなと体を震わし、眉を上げ真っ赤な顔して怒鳴り声を上げた。
「何でお前に分かるんだ!狂ってるのはお前の方なんじゃないか!?...私は、自由にさせてもらう!」
憤怒しながら、階段をずんずんと上っていく熊谷の背中を見送ると素早く心弥の側に駆け寄った。
「おいおい。シンヤ、何も刺激するような言い方しなくても...。」
こちらに向き直ってから、心弥はふわりと笑みを見せて「大丈夫。」とだけ言い、そしてぐるりと林の方を向きはっきりとした口調で話始めた。
「林さん。食堂の暖炉って今でも使えるんですか?」
「...いえ。元々飾り暖炉みたいですよ。煙突もあるにはありますが、上を板敷で塞いで動物達が中に入らないようにしてあります。一体それがどうしたんですか?」
「それじゃあ、もう一度聞きますが、暖炉は使われていないんですね?」
「えぇ。そうですが?」
「もう一回、食堂の暖炉…。視せてください。」
ゆっくりと熊谷以外の面々が心弥と俺の後に続く。一体、何が分かったんだろうか?
俺には、心弥が見たビジョンを想像出来ない。俺はただひたすらに、心弥の後に続く他、選択肢が無かった。