中間テスト。
は、原作通りの展開で迎えることができた。
櫛田から配られた過去問は、堀北兄から提供されたものと全く同じだった。偽物を渡されていたなんて事態は起こらなかった。それに、事前から過去問を入手していた俺は点数の調整が容易にできる。
俺自身がイレギュラーである以上、できるだけ世界を正常に保つための動きをする必要がある。
都合よく世界の方が調整してくれるのならありがたいが、どうなのかはテストが終わってみなければ分からない。可能な限りやっておいた方がいいだろう、ということでここまで頑張らせてもらった。
中間テストの内容も過去問と同一だったし、堀北が予想していた範囲がおおよそあっていたので最悪過去問を覚えきれていなくても問題なさそうだ。
自力で赤点ぐらいならなんとかなると思う。須藤はとってもらわないと困るのだが、池と山内もとるなんて事態はないと思われる。
この前やった小テストの結果も悪かったが、問題になるほどではなかったし。
休憩時間に判明したことだが、須藤はきちんと英語の過去問をやり忘れていた。
これなら大丈夫。
そう確信した俺は、須藤を心配する言葉を並べつつ安堵した。
かなり焦ってた須藤と会話をし、堀北に惚れたなんて戯言を聞いて彼と別れた。
テストは終わり、これで結末が決まった。
もう俺が介入することはできない。原作の展開通りに、須藤の英語の点数が足りないことを祈ることしかできない。
一応安心できる要素をちらほらあったが、所詮は俺の心に平穏を与えてくれる要素の一つできない。確信できるほどのことではないのだ。
思ったより須藤が勉強できた、なんてことにならないといいな。
そう思いながら、俺はある場所へと向かう。
テスト後にこいと、指示されたのでそれに従っている。
「どうも、こんにちは」
指示された場所には人影が1つ。
いると思っていたもう一人の人物は連れていないようだった。
「来たな」
「はい、ポイントの支払いを拒否されたときは焦りましたが、何かそれ以上に大事なことがありましたか。堀北先輩」
目の前に立つのは、堀北学。
俺が過去問の取引をした相手であり、過去問を送ってくるとともにポイントの支払いを拒否した人間だ。
その代わりとして提示されたのが、テスト後に会うこと。丁寧に場所と時間も同時に送ってきたので、急に気が変わったというよりも、最初からポイントの支払いは拒絶する気だったんじゃないかと、俺は疑っている。
拒否された理由が分からない以上、警戒するしかない。
「世間話をするほど俺も暇じゃない。さっそく本題に入らせてもらう」
「はい。かまいませんよ」
いやだと言って、どうなるんだ。
拒絶する理由もないので、話の流れは彼に任せる。
「生徒会に入らないか」
「いやです」
条件反射だった。
生徒会に入るか聞かれたら、断る。
よう実を読んでいた俺からしたら、その誘いは断るものだと認識していたので、つい口から一切の思考を挟むことなく出てしまった。
綾小路視点で物語が進んでいた弊害だ。というか、生徒会に入ることを勧められた人間のほとんどが断っていたせいで、俺の中に断るものだという一種の常識のようなものができてる。それを、今理解した。
「そうか。なら結構だ」
そういって、堀北先輩はすぐに歩き出す。
俺の返答に対して、これといった反応を見せることなく淡々と会話を終わらせた。
「え、それが話したかったことですか?」
その事実を簡単に受け入れられなかった俺は、聞いてしまった。
多分、ここで聞き返さない方が俺の不安が余計に増えなくてよかったと思うのだが、どうしても気になってしまった。
俺は原作の知識はあるが、切れ者ってわけではない。
こういった頭のいい奴らの会話についていくことはできないのだ。
「ああ。それだけだ。そして、お前の回答で不安は消えた。気にしないでくれ」
と、俺の質問に答え。堀北兄はそそくさと帰っていった。
一体何が狙いなのか、俺には分からなかったが彼にとっての『不安』は俺の回答によって解消されたらしい。
その回答から察するに、生徒会へと誘いを断るのがあの質問での正解だったようだ。なぜなのか、それは分からないが、まあ問題ないなら結構だ。
もしかしたら嘘かもしれないが、そんなことを気にしていたらだれも信用できなくなる。堀北兄にそれなりの信頼を勝手に寄せている俺はその言葉を疑うことなく受け入れることにした。
平穏。
ということのできる週末が終わり、ついにやってきた結果発表。
中間試験の結果が明らかになる。
朝のクラスに緩んだ雰囲気はなく、もしかしたら退学になるのではという恐怖に支配された重い空気が広がっていた。
席に着き、茶柱先生が来るのを待つ。この居心地の悪い空間で時間をつぶして、数分後。
扉が開かれる。
「先生。本日採点結果が発表されるらしいのですが、いつごろでしょうか」
この空気を少しでも早く終わらせるため、入ってきたばかりの先生に平田がさっそく本題を切り出す。
「そんなに気になるか平田。お前にとってあのテストはそこまで難しいものではないはずだ」
「……いつ。発表されるんですか」
茶柱先生ののらりくらりとした回答に、もう一度問い直す平田。
教師の言葉に全く反応を返さないところを見るに、平田自身も少し焦りがあるのだろう。
退学という事態に対しての。
「そうだな。発表は今。放課後にしていたら手続きが間に合わないかもしれないからな」
手続きが。
その一言で、教室の空気はさらに厳しいものになる。
緩んでいたわけではない。決して、甘い感情がはびこっていたわけじゃないが、遠回しに退学を意味する言葉が聞こえたことでもう一段階緊張が引き上げられた。
高円寺なんかは余裕そうに爪を眺めているが、赤点組やそれを教えていた堀北の顔は少しばかり歪んでいる。
「それは……いったいどういうことですか」
「そう焦るな。今から発表する」
平田に問いに、またしても答えない茶柱先生。
平田の、クラスの焦りはもう隠せないものとなっている。
小テストの時と同じように、クラスメイトの名前と数字の書かれた大きな紙が黒板に貼りだされる。
上の方にはなんと100という数字がいくつも並んでおり、過去問の偉大さが伝わる。
もともと基礎学力のある人間が、さらに全く同じ問題を解けばおのずとそうなることは分かってはいたが、それが10人以上もいる。
が。
俺たちの見るべきは上位者ではない。
先ほどから茶柱先生につっかかってる平田も堀北も、そんなことに興味はないのだ。
「しゃあ!」
俺が点数を確認するよりも先に、須藤の喜びの声が聞こえる。
須藤の点数。国語や数学といった教科は60点前後。そして、問題の英語の点数は、39点。
基本的に、多くの学校は平均点が60点程度なるように作られる傾向がある。
もちろん、これが進学校や国公立への進学が一般的な学校の場合は分からないが、その他大勢に高校なら39点もあれば赤点はない。
今までの中学での経験。そういったのも踏まえて、須藤は赤点への回避を確信し喜んだのだろう。
これが、普通の受けたテストであれば。
それは間違いない。
少し、話がそれるが須藤の中間テストで赤点になってしまった理由。
それは一体何か。と、一度考えたことがあった。
どうして、彼の点数が39点もあって足りなかったのか。
いや、簡単か。深く考えるほどのことではない。
答えは単純。
綾小路が。
過去問を手に入れたせいでしかない。
「え、は?」
茶柱先生の持っていた赤いペンによって引かれる線。
赤点を示す、その線は。
俺の予想通り、須藤の上を走った。
原作通り、須藤の英語の点数は足りない。
39点なんかで、満点を10人以上出したテストを乗り切れるわけがなかったのだ。
「須藤。お前は赤点だ」
「は、なんでだよ!なんで、なんで俺が赤点なんだよ!!」
理解ができない須藤。
現実を受け入れられない須藤は、反論を始める。
「赤点は31点じゃねえのかよ!」
なんで、31?
俺は疑問に思う。
31点に何か意味があっただろうか。それとも、この一瞬で須藤が赤点となる点数を計算した?
あり得ない。
「何を言っている。誰がいつ、赤点が31言ってんだといった」
「いやいや、先生言ってたって!この前にさ!」
池が叫ぶ。
友の退学を理解し、必死に守ろうとする。
「君たち、何か勘違いしているようだねえ」
高円寺が、そんな二人に対してそう言い放った。
手鏡で前髪を整えながら、片手間に彼らの話に入った。
「は。なんだよ!」
「今回のテストの赤点は40点だよ、レッドヘアー君」
「う、嘘だ」
「嘘じゃない。そうか、お前らにこの学校の赤点の基準を教えていなかったな」
そこに書かれているのは79.6÷2=39.8という数字。
今回の平均点を2で割った数。それが、この学校の赤点の出し方。
俺もそう思っていたので、須藤もてっきりそう考えたのだと思ってしまった。
が、違った。須藤は、前回の小テストで明かされた点数が赤点だと思っていた。
「こういう理由だ。これで、お前が赤点だと証明された。以上だ」
「は、んなバカな。俺が……退学……?」
「放課後に退学届けを出してもらう。その際には保護者も同伴する必要があるのでこちらから連絡しておこう。短い間だったがご苦労だった」
淡々と、一人の生徒が退学になったと伝える。
その姿に、生徒たちはこれはちょっとした冗談ではなく。本当に、彼が消えるのだと理解する。
この学校がどんなものなのか、俺も含めこのクラスの全員が改めて強烈に理解した。
「残りの生徒はよく頑張った。次のテストでは───」
「先生!須藤君は……本当に退学になるのでしょうか」
何食わぬ顔でまとめを述べようとした先生に、平田はまったをかける。
須藤が本当に退学になってしまう。それを理解したうえで、それを阻止するために彼は立ち上がる。
平田洋介とは、そんなヤツなのだ。
「本当だ。赤点をとった以上、例外なく退学となる」
「彼の……答案用紙を見せてください」
「いいが、採点ミスはないぞ」
必死の抵抗。
わずかに見える無数の光に必死の飛び込む。
その先の、輝きを手に入れるために。
「………ありがとう、ごさいます」
現実は非情だ。
平田の抵抗むなしく、答案用紙にミスはない。須藤の点数は間違いなく39点であり、赤点なのだ。
それが、須藤へのとどめだった。不安そうな顔で平田を眺めていた顔を下に向け、完全に心がやられたしまった。
その様子を見て、池や山内は声をかけられない。慰めの言葉なんて浮かぶわけもない。
どんな言葉をかけようとも、退学を免れた人間にかけられる言葉なんてすべて気持ちの悪い暴言だ。
「須藤。放課後職員室に来るように」
「茶柱先生。少しよろしいでしょうか」
だが、今まで介入してこなかった堀北が先生を止めた。
抵抗が始まる。
堀北と先生の舌戦。
ここまで他を寄せ付けなかった堀北が、少しでも彼らのためになるようにと51点なんて彼女にとって屈辱的な点を取ってまで助けようとした。
四捨五入という、彼女が見過ごすわけもない事実を必死に目を背け、須藤のために戦う。
しかし、この学校において事実は揺るがないものであり。どれだけ隙を見つけようとしても見つからないのだ。
この口論は、堀北の惨敗という形で終わる。
それすなわち、須藤の退学であった。
「ごめんなさい。私がもう少し点数を削っていれば」
「なんで。なんで、そんなことするんだよ」
嫌われていると思っていた須藤からしたら、あり得ない行動。
堀北が自分を守ろうとしていた事実に驚愕する。
「トイレ」
そんなときに、周りの視線を気にせず立ち上がる男がいた。
綾小路清隆───この世界の主人公である。
あとの流れは説明する必要もない。
綾小路と堀北が点数を買い、須藤は無事退学を回避しました。
なんて、ハッピーエンドだ。
そして、この世界でもそんな原作通りの終わりを迎えた。