ようこそ理想主義者のいる教室へ   作:サラダボウル

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上下関係

 無事、中間試験を乗り越えた翌日。

 俺たちは綾小路の部屋に集まっていた。

 

「乾杯!」

 

 池がジュースを掲げ、叫ぶ。

 勝利宣言である。

 試験を終えた俺たちは、みんなの無事を祝うという名目で集まっていた。

 須藤の退学が取り消されるという大きなイベントもあり、みなうれしそうな顔している。

 

「おいおい綾小路、そんな暗い顔してどうしたんだよ」

 

「祝勝会を祝うことには賛成したが、どうして俺の部屋なんだ」

 

「だって俺の部屋は散らかってるし、須藤に山内、斑鳩の部屋も同じ理由。あと、女子の部屋に上がり込むわけもいかないだろ。そういう理由で、綾小路の部屋になったのさ」

 

 お菓子をつまみながらわけを説明する池。

 これを聞いて綾小路は理解こそすれど、納得はしないだろう。

 この狭い部屋に7人も人間がいるんだ。後片付けも大変だろうし。

 

「それにしても何にもない部屋だな。ちょっとぐらい何かないのか」

 

「まだここに住んで2か月ぐらいだぞ。あるわけない」

 

「いやいや、だとしてもよ」

 

 殺風景な綾小路の部屋に文句をつける池は、使わせてもらってる側だというのを理解しているのだろうか。

 でも確かに、綾小路の部屋に私物は全くない。ポスターだとか、ゲームだとかそういった個性的なインテリアがなかった。部屋に物がないことは知っていたが、実物はここまでないんだな。

 部屋に置いてあるのは寮に最初からある物のみだった。あとあるとしたら、俺が買わせた私服ぐらいか。本当にそれぐらいしか物がなかった。

 

「それにしても今回の中間試験マジで危なかったよな。もし勉強会がなかったら池と須藤はきっと退学だったぜ」

 

「何言ってんだよ山内!お前だってぎりぎりだったじゃねえか!」

 

「お前の方こそ何言ってんだ。俺は手を抜いたんだよ、本気を出すまでもなかったってことさ」

 

 一体どこからその自信が湧いてくるのだろうか。

 小テストではしっかり赤点だったし、中間試験も須藤よりマシだっただけで別によかったわけじゃない。あくまで、赤点が回避できていただけである。

 

「これも全部堀北さんのおかげだよね。池くんたちに勉強を教えてくれたんだもん」

 

 一切会話に入らず、黙々と本を読んでいる堀北。

 こういう時ぐらい参加すればいいものを、頑固な奴だ。お前の兄貴は確かに頑固者だが、ここまで人との関わりを拒絶する人間じゃないぞ。

 兄になりたいと思うのは結構だが、どうしてこう悪い面だけ見えてくるのだろうか。

 

「私は私のためのやるべきことをやっただけよ。こんなところで退学者なんて出していられないもの」

 

「嘘でもいいから、みんなためって言っておけばいいものを」

 

「それに一体何の価値があるのかしら」

 

 ツンツンなんて表現よりも、トゲトゲと言った方が似合いそうな返答だ。

 協調性の欠片もない。

 だが、それが初期の堀北であり、俺の知っている彼女である。彼女のことを一切知らずに出会ったら二度とかかわりたくないと思いたくなる性格だが、知っている側の人間としてはかわいいものだ。

 それに綾小路が頑張って彼女の性格を丸くしてくれるしな。

 

「でも、ほら……堀北も案外いい奴だし」

 

 似つかわしくない小さな声で、堀北のことをフォローする須藤。

 哀れな男よ。どうしてこんな女を好きになってしまったんだ。

 いばらの道だし、本人もいばらだぞ。

 完全に堀北鈴音に惚れこんでしまったようだ。

 

「てかさてかさ、須藤の退学どうやって取り消したんだよ」

 

「それそれ俺も気になってたんだよ。一体全体どんな手品で取り消したんだよ。堀北ちゃん!」

 

 須藤の甘い青春について語っていたら、話はいつの間にか変わっていた。

 堀北の話から須藤の退学取り消しについて。

 読者側の人間からすれば主人公が陰で動き始めるかっこいいスタートとなったわけだが、クラスメイトからすると堀北が突然須藤の退学が取り消されたと報告しただけ。どうしてそうなったのか、堀北はなぜそれを知らされたのか。何をやったのか。すべてが謎なのだ。

 答えを知っているのは表向きは堀北と茶柱先生のみ。実際はそこに綾小路も入るわけだが、彼はただトイレに行ってただけの人間なので除外されている。

 

「さあ。忘れてしまったわ」

 

「ええ、なんだよそれ!教えてくれよ」

 

 池のお願いむなしく、堀北は口を割らなかった。

 テストの点数が買えるなんて知ったら、こいつら勉強しなくなりそうだし言わない方がいいだろう。ポイントなんて残ってないくせに、調子に乗る姿が目に浮かぶ。

 山内なんて、なんとかなると自分をだましてテストを受けそうだ。

 

「そんなこと言っているけどあなたたち、次は期末テストが───」

 

 と、俺が口をはさむ暇のなく話は次々と進んでいった。

 期末テストの話題となり顔を真っ青にする池たちや、Aクラスを目指していると話す櫛田。

 みな、この学校にたった2か月で適応し始めている。

 一種のデスゲームのようなこの学校のシステムを理解して、それの上で必死に走っている。

 目を背けて理解していると思い込んでいるのか、ルールを見極めその先を目指しているのかは俺には分からないが、彼らがこの学校に選ばれた理由がなんとなくわかるような気がする。

 

 この高度育成高等学校に選ばれるために必要なものはきっと、こういった適応能力なのではないかと俺は1つ仮説を立てていた。

 立てたところでどうもなりはしないが、謎の1つを解明するのは楽しいものだ。

 このまだ成人もしていないような狭い世界しか知らない新高校生をさらに狭い世界へと詰め込み、必死に教育するなんとも不気味な世界を受け入れるのも一種の才能だと思う。

 こんな友達が本当に友達なのか分からない世界に暮らして、どうして彼らは幸せを感じているのか。俺には分からない。

 ホワイトルームの恐ろしさを知らない俺からしたら、ここも立派なホワイトルームの1つだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楽しい祝勝会を終え、俺は部屋へと戻る。

 祝勝会の会場を綾小路の部屋へと押し付けるために汚した部屋を必死に片づけて、なんとか元の姿へと戻す。

 ポイントの使用はセーブしているので、実際の部屋は綾小路に負けず劣らずの殺風景さだ。

 一応いろいろとインテリアを並べてみたものの、良さがいまいちわからず最初に買ったものしか置かれていない。部屋を彩るというのは、俺には合わなかった。

 

「それで……次に起こるとしたら、須藤の事件か」

 

 ベッドに体を預け、やっと休憩するタイミングを得た俺は今後のことを考えることにした。

 次に発生するイベント。それは、須藤がCクラスの生徒らと揉めたことによっておこった事件だ。

 Cクラスの策略に見事引っかかった須藤のせいで起きた事件だが、綾小路と一之瀬らの活躍で何事もなく解決した。

 俺が介入するほどのことは起きない。というか、基本的のこの世界で起きる問題は綾小路が解決するので、読者がわざわざ介入してまで変えないといけない出来事は起きないのだ。

 綾小路が失敗してしまい、大事な人が退学になってしまったなんて展開はない。

 

 だから、俺がやることは今のところ少ない。

 せいぜいプライベートポイントを貯めることぐらい。それぐらいしか、俺の仕事はなかったりする。

 

「暴力事件はスルーするとして、次に来るとしたら───」

 

 俺の意識が暴力事件のことから移ろうとしたその時、何か足音が聞こえた気がした。

 あまりに特徴的な足音が。

 そして、その音が聞こえなくなった瞬間に鳴る玄関のチャイム。

 わかってはいたさ。ただ、ちょっと現実逃避をしてみただけ。

 

「はあ」

 

 口からこぼれるため息ともにベッドで横になっていた体を上げて玄関へと向かう。

 足取りは重い。

 二回目のチャイムが鳴らされるのでは、と思うぐらいに時間が経ってから、扉を開ける。

 

「こんばんは」

 

「ああ、こんばんは。こんな夜に男の部屋に来るのはあぶないぞ」

 

 と言って、扉を閉じようとすると間髪入れずに神室の手が邪魔をする。

 こいつわかってたのか?

 扉の前にいたのは坂柳と神室の見慣れたペア。杖の音がかすかに聞こえていたから、分かってはいたがどうして部屋の来るのか。

 

「すこし不躾でしたでしょうか」

 

「いや、この際目をつぶろう。入るんだろ」

 

「はい」

 

 今すぐに帰ってほしいが、俺の扉の前でAクラスの人間が二人を立っている場面を目撃される方がいやなので中へと入れる。

 もちろん神室もついてくるので、もし俺が坂柳に手を伸ばそうものならこぶしが飛んでくることだろう。ああ、恐ろしい。

 

「それで、一体何のようでわざわざ部屋に」

 

「無事に中間試験を乗り越えたことのお祝いにと」

 

「なら、電話でいいだろ」

 

「それではさみしいじゃないですか」

 

 ほんとに思っているのかこいつ。

 山内の前例が俺の中にはあるので、Dクラスのスパイとして狙われているのではと思ってしまう。

 普通なら失礼な考えかもしれないが、彼女相手ならこれぐらいなら許される。

 

「そう、でわざわざ神室さんまで連れてきた理由は?別に三人程度なら狭くはないけど、俺の身に危険が及びそうで恐ろしいんだけど」

 

「真澄さんもお祝いしたいとのことでしたので」

 

「変なこと言わないで、急に呼び出されたから来ただけよ。許されるなら今すぐ出たいぐらい」

 

 彼女の希望と俺の希望は合致しているらしい。

 仲良くなれそうだ。

 だが、俺を睨みつけながら言うあたり嫌われていそうなのでやっぱり仲よくはなれなさそう。

 

「坂柳さんがたかがこの程度の試験をお祝いしたがるタイプには見えないけど、そのまま受け取っていいのかな」

 

「はい、大事なお友達が退学の危機を逃れたわけですから」

 

 あっそう、と淡白な返事をしておく。

 何が狙いだろうか。

 わざわざ乗り込むほどのことが何か起こっていただろうか。まだ中間試験が終わったばかり、積極的に動き出している生徒はいないはず。

 

「しばらくお話でもいたしませんか?」

 

「そうだな、ちょっと待ててくれ」

 

 そんな坂柳との言葉をきっかけに、俺は彼女らにお茶を出しちょっとした談笑が始まった。

 本当に中身のない話をするだけ。メインは俺と坂柳、たまに神室が入ってくる感じのただの会話。

 何か狙いがあるのでは常に警戒していたが、彼女から聞かれる内容もどちらかと言えば学校の施設についてであったり、なんならAクラスについてのことも少し話してくれた。

 本当に、ただ俺と話にきただけらしい。

 

 楽しく談笑兼情報交換を彼女たちと話しているとあっという間に一時間が経ってしまった。

 Aクラスの情報が手に入っていたというのも相まって、長く話過ぎていた。

 

「そろそろ出ましょうか、真澄さん」

 

「すまん、こんな時間だったか」

 

「いえ、楽しかったですよ」

 

「それはよかったよ」

 

 楽しくなかったと言ったら嘘になる時間を過ごし、俺は彼女たちを帰す。

 あの三バカどもと違い部屋を汚さないので、部屋には彼女たちの使ったコップのみが残り、きれいな部屋がそのままある。

 その点は良かった。他にも、Aクラスの内情について少しだけ話してくれたのもうれしい。

 葛城がAクラスを率いて、今のところはみんなを引っ張ってくれる。それに彼の傍についている戸塚弥彦も立派な人だとかいう絶対に思ってない話も聞けた。Aクラスの内情をすべて話してくれるわけではなさそうだ。この辺は意図的に仕組んだブラフだと俺は判断した。

 

 だが、だからこそ違和感がある。

 どうして、彼女は俺にその情報を流した。

 いや、別に弱点というわけじゃない。

 Aクラスに友人がいればわかることだ。

 なんてことない情報ではある。

 

 が、逆に言えば俺はAクラスに友人がいると言いふらしかねないわけで、Dクラスでの立場をのちのち失う可能性がある。

 この話を櫛田がするのと、俺がするのでは重みが違う。

 

 それになにより、先ほどからある確信が俺にはある。

 間違いない。が、本当かと問われると不安になる程度の確信が。

 

「なんか、まずったな」

 

 何をまずったのか、俺には分からない。

 だが、確かに言えるのは俺はおそらく彼女に情報を漏らしただろう。

 

 彼女とのかかわり方を考え直す必要がありそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かな廊下。

 夜の廊下をわざわざ歩く生徒は少ない。

 ましてや中間試験の後、開放感から夜遅くまで遊んでいる生徒や疲れから部屋にいる生徒が大半。

 

 その中で、カツカツと杖の音を鳴らす少女とそんな彼女の後ろを歩く女の子。

 坂柳と神室である。

 斑鳩の部屋を出た彼女たちは、自分たちの部屋へと戻るためエレベーターに乗った。

 その時、やっと坂柳が口を開いた。

 

「斑鳩くんが言っていたこと、気づきましたか?」

 

「何のこと、一応注意深く聞いてたけどなんも話してなかったけど」

 

「いえ、言っていましたよ。中間試験のことを『たかがこの程度の試験』と彼は表現しました」

 

「そうだっけ?でもそうでしょ。なんか過去問手に入れたら簡単にクリアできるらしいし」

 

 坂柳の言葉を、神室は否定する。

 あの表現に特に深い意味はないだろうと。実際、あれだけの表現を違和感と評するには無理がある。

 だが、坂柳には確信があった。

 彼の言葉には意味があると。それも、浅い意味ではなく回答を知っている者がこぼすヒントのようなものが。

 

「そうかもしれせん。ですが、私はそう思えないのです。彼にとってこの中間試験とはその程度のもので、それ以上の何かがあると確信しているのだと私は思っています」

 

「今回の試験以上の難度の何かがあると?」

 

「ええ、私も少しは考えていました。このAからDのクラス格差どうやったら覆せるのかと。このまま普通に試験を乗り越えていけば、Aクラスが下へと転落することはありえません。あくまで憶測の域を越えなかった考察に過ぎませんが、この格差をひっくり返せるほどの何かがある、と」

 

 楽しそうに、嬉しそうに坂柳は語る。

 その姿を見て、神室は不気味さを覚える。彼女が嬉しそうに語る姿など今まで見たことがなかったから。

 

「そして、彼の言葉から得たヒントで確信しました。この差を覆せる何かがあるのだと」

 

「あっそ」

 

 だが、そんな坂柳の姿を見ても神室からの返答はあっさりとしたものだった。

 別に坂柳が楽しもうが悲しもうが興味のない神室にとって、彼女の言葉など意味を持たない。

 強制力があるだけで、謎解きに首を突っ込む趣味はないのだ。ただ、彼女が語りやすいように適当に言葉を添えるだけ。

 

「斑鳩くんは面白い方ですね」

 

 笑みのこぼれる顔で、天才はそうつぶやいた。

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