ようこそ理想主義者のいる教室へ   作:サラダボウル

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談笑

 気づけば八月。

 須藤の暴力事件は俺が一切かかわることなく片付いたので、七月は何事もない良い1か月だった。

 坂柳から無茶ぶりされることもなかったし、堀北兄から南雲の件を任されることもなかった。

 しかし、あの堀北兄からの質問はなんだったのだろう。どれだけ考えても、俺の生徒会に誘うことによって解消される悩みが分からなかった。一枠開けておきたいけど、こいつ本気で入るつもりなのか?的な感じだろうか。これが綾小路ならきっと何が狙いか見抜いてくれているのだろうけど、あいにくと俺なので分からない。

 

 なんて関係ないことではなく、話を戻して今日は8月1日。

 そう、記念すべき特別試験の1日目だ。初めてのクラス間での争いであり、綾小路くんが結構頑張る試験である。

 ならば俺はどうするべきか。まあ、答えは単純。どうもしないわけだ。

 俺という読者の立場にいる人間は、綾小路が活躍すればするほどやることがなくなる。

 クラスの降りかかる問題は大体彼が片付けるため、俺の出番なんてものはないわけだ。

 

 だから、8月1日の無人島試験から、終わりの8月7日まで正直語ることがなかった。

 あくまで一人の男子生徒として、みんなと共に無人島でのサバイバル生活を切磋琢磨し乗り切りました。その程度。

 Cクラスの伊吹が合流するイベントがあるが「そこでリーダーを狙いに来たんだな」なんて言えるわけがない。速攻で龍園に目を付けられる。

 この世界、思ったより原作知識で無双!なんてことができないのだ。そんなもんで勝てるほどみんな弱くない。

 だから、想定外の不自由さを俺は感じていた。基本的にそういったチートのようなものを持っているのなら誰よりも強い存在であり、作中のキャラクターなんて屁でもないそんな感じを一方的にイメージしていたが、このよう実の世界においてはそうとはいかなかった。

 

 なので今から語ることはちょっとした日記的なもので、七日間の思い出を少しぺらぺらと語るだけである。

 

 

 

 きれいな景色。

 船上から眺める太平洋は空の青さとは違う、深い紺色のような見た目で世界の広さを教えてくれているような気さえしてくるほどだ。

 学生が過ごすには広くとも、世界を感じるには狭すぎる校内にいた俺からするとただ水平線が見えるだけで少しだけ感動できる。「地球は青かった」なんて言うつもりはないが、強いて言うのなら「世界は広かった」だろうか。

 

「すげええええええええ!めっちゃきれい!」

 

 その感情は、俺の横で大きくはしゃいでいる池も同じようで船から見える海に目を輝かせていた。

 高らかに両手を上げて、その感情を体でも表している。

 また、他の学生も池と同じような反応だ。

 豪華客船での船旅は、やはり誰でもうれしいものだ。

 

 それに船内のすべての施設が無料で利用できる。

 いまだに手持ちのポイントが少なく、貧しい暮らしをしているDクラスの人間からするとここは間違いなく楽園だ。

 ポイントを使ったらいくら消し飛ぶか分からない有名レストランや演劇が見えるシアターなんかもあるし、学園じゃ絶対にできないような施設が詰まっている。

 もしかしたら、ここまで豪遊できるのはこれが最初で最後かもしれない。

 それほどまでに、この船の設備は充実している。充実しすぎているぐらいだ。

 

 ま、ここから一週間使えないんだけどね。

 知っている側からすると、少しでもこの船を堪能したい。

 俺だってこの学校の一学生。それにDクラスの人間だ。普通に貧乏な暮らしを強いられているし、ここまで素晴らしい施設を目の前にプライドなんてない。コイのえさにでもしてしまえばいい。

 

 そこからしばらく景色を堪能していると、アナウンスが流れてきた。

 

『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まり下さい。間もなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義のある景色をご覧頂けるでしょう』

 

 なんて堅苦しく、不気味なアナウンスが。

 言ってしまえば今回の特別試験のヒントのようなものなのだが、この時点でそれに気づいた人間は何人いるのだろうか。

 綾小路はすでにこの時点で不審に思っていたが、高円寺や龍園あたりも違和感ぐらいは覚えていそうだ。

 

 そして、俺はそのアナウンスを合図にデッキから離れる。

 この後たくさんの学生がここに集まってくるし、今回の無人島試験で俺は何もするつもりはない。

 俺の知っている通りに物事が進んでくれさえすれば、今は良い。

 やりたいことも、やるべきこともない俺からしたら現状維持ほど望んでいる展開はないのだ。

 

 デッキを離れた俺は、今後しばらく摂取できないであろう砂糖を得るためにカフェに寄る。

 メロンソーダやアップルパイといった類でもなんでもいいが、とりあえず糖分を補給しておきたかった。

 砂糖は心の生命線だ。

 

 店員に案内されて、席に着いた俺はメニューを開いてすぐにクリームソーダを注文した。

 あまり時間を使うの島に着いてしまう。はやく食べないと。

 

「私はココアで」

 

 店員が注文の確認をしようとしたその時、どこからともなく現れた少女が俺の前に座り注文する。

 

「えっと」

 

 その様子に驚いた店員が、一瞬俺に視線を向ける。

 注文を聞いていいのかという不安がその行動を起こさせたのだろう。

 

「ココアも1つ」

 

「かしこまりました。クリームソーダがおひとつ、ココアがおひとつですね」

 

 少しイレギュラーこそあれど、いつもの調子を取り戻した店員が注文を繰り返して厨房へと帰っていた。

 そして、俺はすぐに視線を目の前に突如現れた少女に向けた。

 

「なんのようだ、神室」

 

「ただ姿が見えたから来ただけよ」

 

「何言ってんだ……」

 

 そんなツンデレ乙女みたいなことする奴じゃないだろ。

 それにそこまで好かれているとも思っていない。姿が見えたからなんて理由で、俺と相席を望むほどの女心を彼女が持ち合わせていないことぐらいわかる。

 

「さっさと話してくれると嬉しいんだが」

 

「黙ってて」

 

 そっちから来たのに、会話を拒絶するとは何事だ。

 居心地が悪いなんてレベルじゃない。今すぐ席を変えたい。

 ほんの少しも目を合わせてくれない神室と共に注文した品を待つこと数分、ココアとクリームソーダが届いた。

 

 さっさと食べないと、溶けるし招集がかかる。

 俺は届いたクリームソーダのアイスをさっそくほおばる。

 口の中にミルクの甘味が広がり、おいしい。じゃりじゃりとしたアイスではなくミルクが濃厚なタイプのようで味もまろやかだ。

 そんな感じで届いた品を堪能している俺を、神室は静かに見つめていた。

 

「飲まないのか?」

 

「私、猫舌だから」

 

「あっそう」

 

 無駄にかわいい子要素を見せてくるじゃないか。

 視線は冷たいのに。

 

「ねえ」

 

 もう一口アイスをと、スプーンと手に取ると同時に神室が話しかけてきた。

 本日初だ。彼女から会話を始めてきたのは。

 

「なんだ」

 

「なんであんたここにいるの」

 

「藪から棒に意味の分からないことを聞いてくるじゃないか」

 

「意味なんて言わなくてもわかるでしょ」

 

 説明してくれないらしい。

 おそらく、なぜ島を見に行かないんだという問い。

 今この船にいる多くの生徒がアナウンスに従ってデッキに集まっている。そして、船から見える島を見て興奮していることだろう。

 そんな、多くの生徒が島にくぎ付けの状況で、なぜおまえはカフェなんかでクリームソーダ食ってんだ。という問いだと俺は判断する。

 

「別に時間の使い方なんて人の自由だろ。お前だって今ここにいる」

 

「それはあんたがここに来たからよ」

 

「つけてたのか」

 

「そうね」

 

 一切の抵抗を見せることなく認めた。

 ばれてもいい事実だったらしい。

 

「この船旅、あんたはどう考えてるわけ」

 

「どうしてそんなことをお前に教える必要が?」

 

「ちょっとした雑談ぐらい付き合いなさいよ」

 

 それをお前が言うのか。

 ついさっき俺の会話のバトンを叩き落とした人間の発言とは思えない。

 と、俺が冷ややかな視線を向けている最中、神室は余裕そうにココアを飲む。ほんの少しだけ。まだ熱かったらしい。

 

「俺としては最高の船旅だね。こうして贅沢ができる、実に幸せだ」

 

「そんなつまらないこと聞いてない」

 

「雑談じゃないのかよ……」

 

 せめて雑談しようよ。

 誘導尋問なんて言葉に真正面から喧嘩を売る尋問方法だ。

 知りたい情報に無理やりにでもレールを戻してくるスタンス。嫌いだよ。

 

「容赦なく退学者を出すスタンスのこの学校が、どうしてここまで優しくしてくるのか。だろ」

 

「わかってるじゃない」

 

「そんなこと俺に聞かれても俺は学校の関係者じゃないんでね。何を思って学校がここまで手厚く世話をしてくれるのかなんてわかるわけないだろ」

 

 堀北兄なら事前に情報をつかんで理解しているかもしれないけど、あいにく俺は凡人。

 原作知識なしに無人島試験という結論になんてたどり着けない。

 ただの斑鳩春なら分からないだろう。

 

「ふーん、つまらない回答ね」

 

「大喜利は不得意なんだ」

 

 面白い回答をしたところで真面目に答えろと言われるだけなんだろうけどね。

 あまり笑いを生み出せる人間じゃないので、こんな真面目なことしか言えない。それに、俺は彼女の質問の答えを知ってしまっているのでうかつにぺらぺらと話せない。

 言えて坂柳が考えつきそうなことまで。いや、本来はそこまでたどり着くことすらあってはならないのだが、あくまで考えを話せる上限としてはそこをラインとして俺は置いている。俺の独断のラインだけどな。

 

「ま、どこかでつり合いぐらいはとってくるんじゃないか」

 

「つりあい?」

 

 なので、少し話してみる。

 この場に坂柳がいたら、考えつきそうなことをぺらぺらと。

 

「この船で生徒たちにプラスなことをした。ならそれを補填するに値するマイナスを出すべきだろ?一般的に言えば」

 

「それがあるんじゃないかって?」

 

「あくまで憶測だけどな。それがいつあるのか、またどんな形でやってくるのかはさっぱり分からない」

 

「本当に?」

 

「分からないよ。もしかしたら抜き打ちテストとかやり始めるかもな」

 

 なんて、ちょっとふざけた回答をしてみる。

 そんなもの始められたら阿鼻叫喚だ。特にうちのクラスは。

 

「テスト……抜き打ちなら可能……?」

 

 俺の発言を真に受け、神室は考え込んでしまう。

 向かい合って座っているので、そういうことをされると少々気まずい。が、邪魔をするのも申し訳ない。

 そんな彼女を眺めながら、俺はアイスを口へと運ぶ。

 もうほとんど形のなくなったアイスは、あまりおいしくなかった。

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