周りの学生の流れに乗って、俺も学校へと入っていく。
ここで俺がどれだけ抵抗したところで、身寄りのないいたいけな少年がホームレス街道を突っ走るだけである。じゃあ、少しでも平穏を手に入れようとこの高校に入学することを受け入れるしかない。てか、普通によう実の世界に自分がいることにわくわくしている。
「テーマパークに来たみたいだ。テンション上がるなぁ~」
なんてふざけながら。道を進み、クラス分けを確認する。
この斑鳩春という少年は一体どんな感じの人間だったんだろうなと考えながら、自分の名前を探す。優秀な奴ならAクラスだろうし、バカなヤツならD……ってわけでもないか。中学で問題を起こしていたらDになる。どれだけ優秀でもね。
「あ、あった」
俺の肉体、斑鳩春くんの名前は残念ながらDクラスの欄にあった。
どうやらこの子は成績が悪かったタイプ、もしくは過去に問題を起こした子のようだ。だから、絶対にDクラスになるわけでもないだろうけど、今ここでどれだけそれを語ったところで俺はDのようだしさっさと向かうとしよう。たしか、簡単にこの学校の説明を受けてから入学式があるはず。
俺の記憶の中の展開ではそうなってる。違うかもしれないけど。
そそくさと校内に入り、Dクラスの扉を開ける。見覚えのない名前を探すのに手間取ってしまい、クラスに到着するのが遅れてしまった。中にはもうほとんどの生徒が座っており、Dクラスの主要な奴らは席についていた。
綾小路清隆はもちろん、堀北鈴音、平田洋介、櫛田桔梗なんかはもう既にいた。残り少ない空席を回って俺は自分の席を見つける。大体教室の真ん中あたり、平田や櫛田は廊下側、綾小路たちは窓側なので全員から離れている。綾小路の前のメガネ少年だったら彼と簡単に知り合いになれたんだけどな。
いや、彼とはあまりかかわらない方がいいのか?俺がこの世界について知っているとボロを出したら問題に……はそんなにならないか。問題ではあるが、殺されたりするほどではない。強いて言えば櫛田は別だけど。あれにばれたら即退学コースである。
綾小路とのかかわり方をどうしようかと悩みながらそちらに視線を向けると、堀北はもう本を読んでいるようで彼らの会話シーンはもう終わっているらしい。どうせなら見たかったな。と、後悔しつつ、俺は友達作りに失敗していた。
その後、茶柱先生がクラスに来て自己紹介と学校の説明をしてくれた。Sシステムなんかはいろいろ話してくれたが、普通に難しくて最後の方が聞き流してしまった。だが、原作の知識があるからある程度はなんとかなるだろう。
そんな気を使わなきゃいけないルールはなかったはずだし。学校から支給された10万ポイントの使い道なんかを考えながら、俺は最初の授業(?)を乗り切った。
「質問は無いようだな。では良い学生ライフを送ってくれたまえ」
なんて、まったく思っていない言葉を残して彼女はクラスから出て行った。
初期の彼女はDクラスの生徒たちを見放すような行動が目立っていた気がする。テスト範囲が変更されていたことを伝えてくれなかったのを覚えている。
ひどい人だ。
それじゃあ、どうしようかな。
入学式まで少し時間がある。学校の中でも見て回るか?他クラスの主要な奴らの顔を見ておきたいしな。
完璧な好奇心だが、やっぱり気になるはずだ。この世界に迷い込んだファンとして龍園、一之瀬、坂柳といった名だたるメンツと関わりは持てないだろうけどせめて顔だけでも。
と、そんなことを思っていたら一人の生徒が立ち上がった。
ああ、忘れてた。
そういえば、こんなこともしてたな。
「皆、少し話を聞いて貰ってもいいかな?」
と、平田が立ち上がる。
本来ならこの後に判明する名前だが、もう知ってるしな。
「僕らは今日から同じクラスで過ごすことになる。だから今から自発的に自己紹介を行って、一日も早く皆が友達になれたらと思うんだ。入学式まで時間があるし、どうかな?」
と、聞き覚えのあるセリフを言った。
一言一句同じだ。たぶん。さすがに話していたセリフまで覚えてはいない。が、こんなことを言っていたはずである。
そして、一人の生徒が彼の案に賛成したのを皮切りに、自己紹介が始まった。
まあ、わざわざ聞いておく必要もないのですらすらーと聞き流す。
平田洋介。Dクラスのリーダーとして俺たちを率いてくれる奴だ。途中から堀北が仕切りだすが、だとしても平田の影響力は強大だった。
それに続いて井の頭、山内、櫛田と続いた。
彼女らについてはもう知っているので、紹介は割愛させてもらおう。そして、この和気あいあいと進んでいた自己紹介をぶった切る人物へとバトンが渡った。
「俺らはガキかよ。自己紹介なんて必要ねえよ、やりたいヤツだけでやれ」
もちろん、須藤である。
中間試験までの彼はかなり荒れ果てていて、堀北に惚れるまでは扱いに困る生徒だ。まあ、堀北に惚れた後でも大変そうではあったけど。すぐに手が出るタイプだったからね。
そんな反抗的な須藤に対して平田と一部の女子たちが自己紹介を促すがもちろん逆効果、居心地の悪さを感じたのか須藤は悪態をついて席を立った。それに合わせて、同じ考えの生徒がクラスを離れる。もちろん、原作通り堀北も消えた。
このまま待っていれば池寛治の自己紹介が始まり、途中で俺の自己紹介をやってから少しして綾小路の紹介もある。が、そんなもの聞く気はない。
嘘。聞きたい気持ちはある。
だって、一回しか聞けないし。実質巻き戻しのできないアニメを見ているようなものだ。聞く気はないと言ったら嘘になる。
が、それ以上にやりたいことがある。
今の時間、おそらく他クラスも自己紹介をしているはずだ。だから、そのうちにクラスを奴らを見ておきたい。
あとから行って、見たい奴らに会えなかったらいやだし。
てなわけで、俺も立ち上がる。
が、須藤たちのように自己紹介をしないわけじゃない。
「洋介、すまないが俺も行きたいところがあってな、先にやってもいいか」
早速原作の流れをぶち壊すが、たかが自己紹介に介入したぐらいで変わる物語でもあるまい。
原作通り自己紹介するやつはするだろうし、しない奴らはもうここにはいない。
「ああ、かまわないよ」
心優しい奴だ。
こんな突然出てきたぽっと出の奴にも丁寧な対応をしてくれた。
「はじめまして、斑鳩春って言います。得意なことはあんまりないんですけど、皆さんと友達にはなりたいって気持ちは櫛田さんにも負けてないんで仲良くしてもらえると嬉しいです」
と、綾小路よりはマシであろう自己紹介をする。
ちなみにポイントは櫛田を自己紹介に絡めたこと。仲よくするのが恐ろしい存在ではあるが、このクラスでなじむには彼女と仲良くしておいて悪いことは一切ない。他クラスの人間とかかわる上でもね。
ぱちぱちと数人から拍手をもらって、俺はクラスを出た。じゃあ、洋介も頑張ってなとかっこいいセリフも残しつつ。
初期の綾小路なら友達を強く求めていることだろうし、明日ぐらいに話しかけてみようかな。なんて思いながら、まずはCクラスの様子を見に行く。
龍園に目を付けられたくないので、横目でちらっと見た程度だが、龍園はもう既に教卓の上にかっこよく座っていたの彼の支配は始まったところだろう。もしくは、今から石崎とアルベルトがぼこぼこにされることだろう。
そそくさとその場を後にして、次はBクラス。
ここは最悪目が合っても微笑み返してくれる奴らが多いだろうから、ちょっとゆっくり歩きながらクラスの前を通る。一之瀬が前で出ていて自己紹介をしているようだった。ここも、問題なく一之瀬がリーダーとして台頭してくれたようだ。Bクラスとは主に綾小路が関係を持つから、まあ仲良くできるといいな程度の感想だった。目をつけられたとしても多分悪いようにはされない……はず。
楽しそうなBクラスの前を通り、Aクラスへと向かう。
中を見ると葛城が立っており、クラスを仕切ってるようだった。Aクラスは序盤葛城派と坂柳派で争ってたよな。夏休みまでは葛城側の人間が多かった気がする。坂柳にぼこぼこにされ、その後の立場はかなり辛そうだったのを覚えている。
そういえば、坂柳は一週間後に神室の万引きを見つけるまでクラスでどう過ごしてたんだろうか。わかりやすいまでに手足として扱われてた駒が手に入るまでの一週間、足の不自由な彼女の生活はきっと大変だったんだろうなと、今まで考えたことのなかったことが思い浮かんだ。基本あの二人セットだったし、入学式の日に彼女を見なかったら思いつかなかった感想だろう。
と、全クラスの様子を見終わったわけだが、特に原作との違いはなさそうだ。
全員俺が知っている通りの行動をとっている。なんていうと、あたかも俺の手のひらの上で皆が躍っているようだが純粋な学力や運動能力では俺はかなわないから、俺が彼らに勝てるのは情報だけだ。今後起こることと、今までに起こったこと。結構でかいアドバンテージだとは思うけど、正面からぶつかったらしっかり負ける。傲慢にはなれない。
てか、俺はこの世界で何すればいいんだろうな。卒業?それとも生徒会長とか目指すのか?もしくは、退学したら元の世界に帰れるとか。元の世界って言っても、何も思い出せないけど、俺ってどんな人間だったんだろうな。肉体である斑鳩春はもちろん、意識である俺の過去もわからない。
あーでも、斑鳩春については面接官のコメントとか見ることができたらちょっとわかるかも。学生にその情報を開示してくれるとは思わないけど。
もしかして、ポイントでそれも買える?わざわざ使うほどでもないか。
と、ぼけぼけと考えながら入学式へと時間は進む。が、別にいうほどのことはない。原作でも特に言及されてないしね。
かなり変わった学校ではあるが、入学式は世間一般の容易に想像できる入学式だ。もちろん、俺の入学式の記憶は一切思い出せなかった。小中ともにね。
思い出がない事実に悲しみを感じつつ、入学式はつつがなく終わった。
このあとはクラスに戻る必要はないので自由行動。
友達のできなかった俺は一人で帰宅を開始する。日用品とかほしいな。でも10万ポイントは貴重だし、できるだけ安く、かつ無料の品もので済ませたい。
プライドなんかくそくらえ、今後食堂ではタダで食えるやつを日々むしゃむしゃと食べる予定だ。
さて、職員室で用は済ませたので早速コンビニに行こうかなと、学校を出ようとしたその時。
俺の後ろで音がした。カツンと。
物が落ちる音────違う
扉が閉まる音────違う
誰かに呼び止められた音────ちが……わないな。これはおそらく正解だ。
その、悪魔のノックのような音。条件反射と言わんばかりに俺の全身から汗が滝のように流れる。
だらだらと、いやな汗が。
「先ほど私のクラスを見に来ていたのはあなたですね」
「ああ、ちょっとね。やっぱ、他のクラスの人とも仲良くしたいじゃん」
後ろを振り向かず、俺は今にも帰りたいオーラを全開で彼女と話す。これがかわいらしく元気のある声だったらどれだけよかったことか。具体的に言えば、一之瀬の声だったらどれだけ俺の心に安心が生まれたことか。
だらだらと流れる汗が俺の制服に吸われていく。あーあ、明日匂ったらどうしてくれるんだ。
「うそ……ですね」
「はは……」
乾いた笑い。
その程度しか出てこなかった。当たり前だろう。
興味こそあれど、実際にかかわる予定は全くなかった相手。はたから眺められたらいいなとか、あの時はそんなことを思っていたなぁと振り返る。
「それに、視線は一瞬ですが私を捉えていました。何か御用がございましたか?」
容赦ねぇ。
間髪入れずにずけずけと切り込んでくる。目を合わせていないというのに、恐ろしい。
もう、逃げられそうにない。覚悟を決める。というよりかは、ついに俺はあきらめ後ろを向いた。
「いや、本当に何でもないよ、さ──
と、そこで俺は言葉を止めた。
目の前にいる少女の名前を呼んでしまいそうになったから。
まだ知らないはずの少女の名前を呼びそうになったから。
大きな失敗を犯しかけたから。
「坂柳。坂柳有栖です」
そう。
彼女───坂柳有栖は自己紹介をした。
端的に、そして強烈な。