翌日。
坂柳から呼び出しあるのかなとびくびくしていたが、そんなことはなく安全にクラスまで行くことができた。どうして原作にない要素でびくびくしなければいけないのか。するにしてもクラス内投票とかさあるじゃん。その試験で初めてDクラスの退学者が出る。あまり良い印象があったわけではないからそこまで落ち込まなかったけど。自分が学生の立場になって考えてみると退学はいやだな。そんな漠然とした感情が俺には芽生えているらしい。
俺の話はそこまでにして、クラスの雰囲気はというと二日目にしてもう崩壊の兆しがある。
各授業の内容は初日ということもありガイダンスがほとんどなわけだが、須藤は寝ているし数人聞いているのか怪しい生徒もいる。
なんだか安心感がある。こいつらを見ていると心の余裕が生まれる。あくまで俺は下の人間じゃないってだけの余裕なわけだが。所詮は俺も人間、平田のように善人にはなれないわけだ。
しかし、ほんとに注意しないんだな。
須藤がぐーすかと寝ているのを教師の誰も注意しない。そのせいで俺たちのクラスのポイントはガンガンと減っている。やめてほしいが、須藤に絡むほど勇気はない。まだ、名前も知らない状況だしな。
それと綾小路だ。関わりを持ちたいが、授業の間に急に話しかけるのは不自然だし、昼飯を誘うのは堀北との会話をつぶすことになってしまう。話すタイミングがあるとしたら部活動紹介のときだろうか。無理があるとは思うが連絡先はほしい。本当に危ないときにもしかしたら助けてくれるかも。なんて甘い考えで触れるべき存在ではない。が、俺の退学がかかるとしたら話は別である。彼の力をふんだんに使わせてもらいたい。
そんな感じで時間は進み。お昼を迎える。
綾小路を飯に誘いたいがそこはぐっと抑えて、教室を出る。堀北と部活動紹介に行ってくれ綾小路。じゃなきゃ、堀北に兄がいることに気づくのが遅れる。
原作の流れを過剰に変えるのは避けたい。
だから、クラスを出たわけだが。
なぜだろう。斑鳩春という人間は運が悪いのかもしれない。
「お待ちしておりました」
「なぜ、お待ちしているんだ。坂柳さん」
クラスの外には彼女が待っていた。
どうして。
クラスの女子と仲良くしなよ。まだ神室との接点はないかもしれないけどさ。あんまり俺と一緒に居られて万引きが目撃できないと困る。
「お昼を一緒にどうかなと」
これが坂柳じゃなかったらうれしかったという感情は押し殺し、俺はそれを承諾した。
断りたい理由はたくさんあるが、彼女のお願いを断るほど十分な理由は1つもなかった。
昨日、友達作っとけばよかったな。
もういっそのこと、綾小路を捕まえればよかった。なんて、さっきとは真逆の思惑すら出るほどに逃げたい感情が沸いていた。
食堂ではたくさんの生徒が食事をとっている。
他クラス、そして他学年の生徒が、和気あいあいと。
そして、ここにもちゃんと無料の定食が用意されている。Dクラスのみんなは大好きな山菜定食である。
「昨日のコンビニにもあったが、ここにも無料のものがあるんだな」
なんて、それっぽい疑問を坂柳にぶつけてみた。
答えはわかっているが、俺はたどり着けていないということを印象付けたかった。ついでに、彼女が解説してくれれば、俺が今後この話を他人にすることが可能になるからだ。誰にするとかは決めてないが、やれることは多い方がいいに決まってる。
「そうですね。まるでポイントが足りなくなるみたいです」
俺が雑に話を振ったせいなのか、坂柳からの回答も少しばかり雑な気がする。
彼女ならもう答えにたどり着いてもよさそうなのに、わざわざその手前で一度着地した。
「ひと月に10万ポイントも入るせいで節約ができないとかか?いくらなんでもずいぶんと緩い学校だな」
それっぽいヒントをちらつかせる。必要はないと思うが、俺のバカっぽさが際立ったはずだ。
俺の評価を落としてください坂柳様。じゃなきゃ、俺今後の学校生活が怖い。
「ふふ、斑鳩くんは随分と遠回りな会話がお好きなようですね」
しかし、坂柳有栖という天才は俺ごときの手のひらで踊ってくれる存在じゃなかった。
俺の優しいヒントをぶった切り、答えのさらにその先へと向かい始めた。
「なんのことだ?」
綾小路にも引けを取らないとぼけ方。
今ばかりはあいつの立ち回りを参考にするしかない。堀北や龍園から迫られた彼を思い浮かべ、完璧に再現する。
俺は今綾小路だ。
「やはり、あなたは強情な方です」
と、坂柳は一方的に会話を終わらせて先に進んでしまった。
別に怒っているわけではなさそうだ。俺の評価を下げてくれたらうれしい。ついでに、もう俺に構わないでくれるともっと嬉しい。
先に行ってしまった坂柳に俺は続き、彼女の後に注文する。もちろん、山菜定食。こんなところでポイントを使いたくないという気持ちと、どんな味なのか確かめてみたいという気持ちの2つだ。坂柳は普通のものを注文していた。
食事中は特に踏み込んだ話をすることも、されることもなく、途中の放送で流れた部活動についての話でもちきりだった。
原作でも丁寧に描写されていたイベントの1つ。綾小路が、堀北学を知る場だ。
そんな感じに、恐怖との昼飯は終わりそそくさと解散する。
ちなみに山菜定食だが、俺はもう食べることはないだろう。
そして、放課後。
五時から体育館で部活動紹介があるわけだが、それよりも30分ぐらい前に俺はある場所に呼び出されていた。
まあ、俺がそうしてくれるように茶柱先生に頼んだのだが、どうやらしっかりと教師としての仕事はしてくれたらしい。
「失礼します」
ノックをして、俺はできるだけ大きな声を出し、部屋に入る。
部屋に入った俺を襲うのは、坂柳と話している時とはまた一味違った緊張と恐怖だ。心臓が押さえつけられているような気がしてきた。
「座ってくれ」
「はい」
そう案内され、俺は彼の前に置かれている椅子に座る。
原作では一年しかいないわりに結構な頻度で登場し、かなりの印象を与えて消えた存在。
「はじめまして、堀北学先輩。それと橘茜先輩も」
堀北学生徒会長。
また別の恐怖が俺の前にいる。
「えっ、なんで私の名前まで?」
と、堀北先輩の後ろで相変わらずかわいい反応をする橘先輩。
彼女の愛くるしさとはちゃんと健在らしい。
「生徒会の大事なメンバーですから、覚えていますよ」
と、それっぽい返事をしておく。
生徒会のメンバーなんか作中で出てくる奴しか知らないわけだが、まあそんなことを馬鹿正直に言う必要はない。坂柳からの評価は下げたいが、堀北兄からの評価は上げたいからな。
「それで、なんのようだ」
「「え」」
俺と橘先輩の声が被った。屈辱である。
しかし、何を言っているんだ。
「えっと……茶柱先生から連絡はいっていませんか?」
一応、生徒会に入りたいって伝えてくれるよう頼んだはずなんだが、やっぱりあの人教師の仕事しなかったのか?
なんて、失礼なことを考えていると堀北兄が口を開く。
「お前が生徒会に興味がないことはわかっている。それに時間もない。本題から話してもらおうか」
「え! 生徒会に興味があるんじゃないですか!?」
楽しそうだなこの人。
こういう人だと知ってはいるが、やっぱり目の前にすると楽しそうな人だ。
しかし、俺が生徒会に興味が別にないことはどうやら筒抜けらしい。
筒抜けと言っても、俺はこのことを誰にも話していないのでおそらく彼がそう判断したのだろう。坂柳といい、堀北兄といい、これだから頭のいい奴と話すのは疲れる。三バカと話したい。きっと男子高校生さながらの会話をしてくれるはずだ。
「はは、さすが生徒会長だ」
「それで、要件は」
「単純ですよ。あなたに私という人間を認知してほしかった。それだけです」
「ほう」
一切顔のパーツを動かすことは、端的に反応する。
この人の表情がくるくると変わる姿は想像できないが、だからといってずっとこんな顔だと怖いな。言葉にできない圧を感じる。それも強大な。
「認知?」
そんななかでも、橘先輩は堀北兄の反応を無視して普通に聞いてきた。
やっぱ楽しそうだなこの人。
「できれば、堀北先輩と橘先輩のアドレスももらえたらな、なんて考えてきたわけです。なので、一番最初にこのような場を作らせてしまった謝罪をしようと考えていたのですが、堀北先輩は本題が聞きたいようだったので、飛ばさせてもらいました。お許しください」
と言って、頭を下げる。
できるだけ深く。
実際生徒会の件を嘘をついて彼らを呼び出したわけだしな。
ここで南雲が出てこなくて大変良かった。出てこないと踏んで今、話を持ち掛けたわけだが。
彼は部活動紹介の準備で頑張っていることだろう。それに葛城や一之瀬は堀北兄が生徒会入りを拒んだはずだ。ということは、面接であの二人の様子を見たうえで使えないと思われた。なら、きっと堀北兄は生徒会に入りたい人間がどのような人物か確認していたはずだ。
そういった考えのもと、少しでも早くこの人に会うためにここ場を用意してもらった。
用意させたが正しい表現か。あくまで俺の願望のもとできた場でしかない。
「そのためにお前はここまでのことをしたということか」
「はい」
否定する必要はない。
というか、したところでどうせばれている。俺が嘘をつこうがこういった格上の人間にはどうせすぐに見破られる。
わかりきったことだ。
「そうか……」
簡単を返事の後の沈黙。
表情を変えることのなかった堀北兄が、瞼を閉じた。
追い出されるか。
さすがにやりすぎただろうか。いや、最悪それで良い。俺という存在がこの二人にとって強烈に残りさえすれば、将来へのアテができる。
保険。
これは、俺が作れる最高の保険なのだ。愚かでありながら、原作知識のある俺が用意できるセーフティネット。
お釈迦さまから与えられた蜘蛛の糸なのだ。
この世界において、俺が持てる切り札は綾小路と堀北兄の二人しかいないと思っている。綾小路は少々諸刃の剣ではあるが、最強の手札になる。堀北兄も一年間しかいないが、だからこそチート級の存在である。その二人をいざというときに活用できないようじゃ、俺はこの学校ではやっていけない。容赦なく喰われてしまうこの学校では、人脈も大きな力となる。
少しの間の後、ぱっと目を開けた堀北兄は机の上に置いてあるメモ帳に手を呼ばし、さらさらと『何か』を書く。
そしてそれを俺の前に置いた。裏返しに。
「ここに俺と橘のアドレスが書いてある。入れておけ」
「私の分もですか!?」
「俺の方に連絡の記録を残したくないようであれば、橘の方から回してくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
賭け。
それもかなりの大博打だとは思う。
だが、それに勝つ人間だからこの学校に選ばれたはずだ。
俺の持っている知識を使えばこれぐらいできるはずだという自信が欲しかった。実績が欲しかった。
そして、それは今手に入った。俺は、何かを成せる人間であると。その時感じた。