喧嘩稼業 原作続き   作:稼業民

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①灼熱のとき

 

 

 必殺を行使する。

 

 ()()()はかつて空手家青木裕平の身を滅し、

 柔道家金田保を退け、

 古武術家入江無一を土壇場まで追いこみ

 佐川徳夫、桜井裕章、芝原剛盛強者三名に深手を負わせ敗北の一因になった。

 

 必殺技--()()をそう呼ぶことははばかられる。それは必ず殺す技、必ず倒せる技ではない。

 だが一打目が決まれば、その連打が止まることはない。相手に反撃を許さずダメージを蓄積し続けることができる一方的なラッシュ。まるで闘争ではなく、制裁しているかのような--。

 

『鉤突き』『肘打ち』『両手突き』『手刀』『貫手』……、

 

 山本空が田島彬にしかけるその必殺技の名は煉獄。

 脇腹に深く刺さる『鉤突き』。背後から放たれた腎臓部位への衝撃に田島は濁った悲鳴を漏らす。

 

 たとえ煉獄で勝ちきることができなくとも(11年前の上杉均対入江無一のように)、

 

 たとえ煉獄からの流れでしかける攻撃で相手を仕留めることができなくとも(陰陽トーナメント第3試合入江文学対櫻井裕章のように)、

 

 たとえ煉獄に耐えきった相手から逆襲されたとしても(陰陽トーナメント第4試合上杉均対芝原剛盛のように)、

 

 この格闘という「ゲーム」において煉獄という選択肢の有無は勝利に大きく関わることになる。体力差や対戦相手との相性差、技術の差すらこの秘技で覆しえるのだ。

 

 田島はその煉獄という名を知らない。術理も。開発者が進道塾の誰であるかもわからない。だが陰陽トーナメントにおいてすでに3度この打撃大系を目にしていた田島は、この連撃からたやすく逃れられないことを理解していた。即座に両腕でガードを固める。

(この場所は十分に広い、四隅に追い詰められることはない。後方に非常口という逃げ場はあるが)、

 

『左上段順突き』『右中段掌底』『右上段弧拳』『右下段廻し蹴り』『左中段膝蹴り』……、

 

 攻撃を喰らい続けている田島にはほとんど行動の余地がない。

 病院の廊下、空に滅多打ちにされながら田島は里見に視線を送る。

 

(この攻勢の前に有効な反撃は不可能。入江戦の櫻井と同じ轍は踏まない)

 

 田島は耐える一手。

 里見は田島の真横に回りこみ機をうかがう。

 

(時間は俺に味方をしない。なにもしなければこちらの不利に傾いていく。タンの野郎は病院内の警備員に鼻薬を効かせているだろう。第三者の介入はありえない)

 

 病室で上杉と対峙するBBBをイメージする田島。

(BBBの応援も期待できない。ククリナイフをもったあいつとなんらかの薬物で全快した上杉……。上杉は自分の役割を全うするだろう。時間稼ぎ。この1対2の状況なら)

 里見と空は自分の目をもっていく。

 

 余裕のある表情を見せる里見。痛みに顔をしかめたままの田島。

 

(注視すべきは眼前の空ではない。俺の目を潰す役割は里見のはず。考えろ! この状況から俺はなにをすべきだ!?)

 

『裏拳』『裏打ち』『鉄槌』……

(田島……なにか身につけてやがる!?)

 空が片手型の『鉄槌』をいれたタイミングで舌打ちをする。

 里見はうなずき、空にわかるように手を挙げる。

(舌打ちはあらかじめ決めておいた符丁。田島の身体に拳打することで気づいたのでしょう)

 

 1回の舌打ちは田島がスーツの下に身体を防御するためのプロテクターの類を身につけている疑いがある場合の符丁。

 2回の舌打ちはこちらに反撃するためのアイテムを身につけている可能性がある場合の符丁。

 空の煉獄は続く。

 

『下段廻し蹴り』を田島の膝関節に入れながら空は思う。

(奴が着ているのは薄手のボディーアーマー。スーツの下に着てわからない程度の厚みしかないはず。恐らく下腹部には選手たちと同様のファールカップを装着している)

 

 里見は思う。

(加えて骨掛け)

 田島が空手出身であることを念頭におけば、金的蹴りを深く入れても有効な手段にはならない。

(そもそも一発目の鉤突きが有効でなければ煉獄は成り立たない。衝撃の軽減にはあまり役立っていない。……煉獄の打撃はその半数ほどが胴体以外の顔面や下半身を狙うもの。田島の用意周到さには驚かされたが、煉獄の前では精々一割ほど衝撃が緩衝されるだけ)

 

 気休め程度の効果しかない防護策。田島の臆病さと見るか、慎重さと見るか。

 里見はほくそ笑む。

(……舌打ちは1回のみ。私も観察しましたがスタンガンや催涙スプレーといった護身用具は身につけていないようだ。丸腰)

 仮に田島が武器を隠し持っていたとしても、絶え間ない攻撃を食らい続けている今、それをとりだし空や里見にむかって使用することはできない。

 

 往時の田島自身がやったこと。

(目突き。相手の目に触れ一時的にダメージをあたえるのではない。永久に視力を奪う目的で眼球を攻撃する。たやすいことではない。山本陸を相手に俺がそれに成功したのは--)

 不意打ち。

 

 田島は里見たちの目的が自分の片目を奪うことであると理解し、この場で自分がとるべき最適解を探る。

(身動ぎすることもできないこの状況を変えるには……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

     □ □ □ □ □

 病院での襲撃前、選手控え室で里見と空の打ち合わせをする。

 里見が口を開く。

「今回のケース、田島の目を潰すことは難しい。なぜならーー」

 空が右目に指をむけながら答える。

「田島の野郎がこちらの目的に気づく可能性があるからですね」

 

 うなずく里見。

「ええ。ですから通常の攻防のなかで目を攻撃しても失明に至る確率はとても低い。目は的が小さい。通常の回避と異なり、首を動かす、捻るだけでも躱せてしまう。

 したがって①相手を仰向けに倒しマウントをとる。②相手の首に関節技をかけ頭を動かない状態にする。③相手を昏倒させるようなダメージをあたえる。この3つのいずれかの状態に追いこんだうえで目を奪う」

 

「いずれにせよ初手は俺の煉獄、里見さんが次の手を打つ」

「複数のプランを想定しますが、現場の状況によっては即興で動くこともありえます。それはともかくとして、1番成功確率が高いのは--」

「俺の煉獄に割りこむ形で里見さんが①~③の状態に持ちこみ、里見さんがそのまま目を突く。そうでしょう?」

「……なぜそう思いますか?」

 教師が生徒に問いかけるように、里見は空に問いかけた。

「連携ミスが起こりうるからです。俺→里見さん→俺の3手で仕留めるとなると、攻撃の繋ぎ目が2つできる。となると俺たちの側でミスが発生するか、田島が思いもしない形で抵抗を見せる可能性がある。

 なら手順は少ないほうがスマートだ。阿吽の呼吸がとれればいいですが現実では上手くいかない」

 一人で田島の体勢を崩し目を突く。里見の負担が増すことになるが、

 弟子は師匠の技量に対し絶対の信頼を置いていた。

「わかりました。……私もそのつもりでプランを組み立てていました。現場の状況が予想した通りなら、空君の煉獄から私が田島を地面に倒し、そのまま目を潰すこととします」

 うなずく空。

「ですが」

「ですが実戦ではなにが起こるかはわかりません。空君が目を潰すプランも練っておきましょう」

「わかっています。親父の仇だ。本当なら俺がそちらの役割を担いたい」

 

     □ □ □ □ □

(服の下にボディーアーマーだ? 親父にあんなことをして……。ふざけるなよこの卑怯者が!!)

 空の脳裏に思い浮かぶのは若かりしころの黄金時代。

 仲間たちとともに稽古に明け暮れたあの日々。

 上杉がいた。橋口がいた。

 そして兄が。父が。

(あのころの俺たちは最強だった! おまえさえいなければ今も……)

 

『振り上げ』『手刀』『鉄槌』『中段膝蹴り』『背足蹴り上げ』……

 復讐者の煉獄は30秒に達した。

 田島の顔面に傷がつく。左目に青あざができ、口の端を切りうっすらと血が流れる。

 

『左下段前蹴り』『右背足蹴り上げ』『左中段前蹴り』『左中段膝蹴り』『右上段膝蹴り』……

 煉獄は40秒続く。

 空の攻勢は衰えない。技の繋ぎも自然であり、かつ攻撃箇所も的確だ。見守る里見も感心するほど。

(空君の煉獄の稽古につきあいましたが、そのとき以上の技のキレ……実戦で、田島相手にこれほどの成果を見せるとは)

 

『振り上げ』『手刀』『鉄槌』『中段膝蹴り』『背足蹴り上げ』……

 50秒。

(煉獄後に疲労困憊になったら選択肢が減る。「1分経ったら私がしかける」。そう言いましたが……)

 

 最後の10秒間。空は阿修羅の表情となり、仇敵を粉砕すべく煉獄の一打一打の威力を高める。

『鉤突き』

 そして次の一打、

『肘打ち』が側頭部に突き刺さり田島の脳を揺らす。

(!? 五発に一度のはずの深い打撃が続いた! これではボディーアーマーの意味がまるで……)

 大会主催者は一歩後ずさり廊下の壁に背中をぶつける。

 

『両手突き』

 雷撃が付与されたかのような重い打撃。空の両腕が田島の顔面と局部に突き刺さる。

(これはまるで上杉さんの二度目の煉獄のような……繋ぎではなく威力を重視しより深いダメージを……!)

 弟子が計画にはなかった行動をとった。驚きの表情で空を見る里見。

 

『手刀』

 イメージするならば鉈! 獲物の首を切断する鉈のような一閃が田島の首に命中する。

 弟子は心の中で師に謝った。

(すいません里見さん。……でも③でかまわないでしょう? 俺が田島を倒す! この煉獄で奴を失神KOさせれば、俺自身の手で奴の目を潰せる!!)

 

『貫手』

 内臓をえぐりかねない鋭利な貫手が腹部に直撃。

「ぐっっ」

 今まで黙って耐え続けてきた田島が、ふたたび悲鳴をあげた。

 田島彬はそのとき初めて山本空という個人を強敵として認めた。

(父親の影に隠れ続けてきたこいつが……俺をしとめるというのか?)

 

(龍になったな)

 冷や汗をかく里見。

 成長した弟子に感心しながらも、師は田島を倒すための初動を起こした。

 

「田島--」

 

     □ □ □ □ □

 進道塾道場内。

 上杉が屈みこみ、幼い空にむかって話しかける。

「空君はお父さんが『空手王』なのに空手を選んだんだな。周りの人の目が気にならない?」

 空は喧嘩王にむかって堂々とした態度で受け答えする。

「全然! 俺が進道塾で一番になるからね! 最強のお父さんもいつか倒す。……あ、でも弱い順に追い越していくから、お父さんの前に上さんを倒さないといけないね!」

 上杉は笑い、空の胸を軽く小突く。

     □ □ □ □ □

 

(上さん! もし出てきても見守ってくれるだけでかまわない! こいつは、俺が……!!)

 

 最強の格闘技は何か!?

 

『右中段廻し蹴り』『左上段後ろ廻し蹴り』『左中段猿臂』……

 

 答えはまだ決まっていない。

 

 田島は煉獄を受け続ける自分の姿を客観視していた。

(凡手だがこれしかない。まずは空の動きを封殺し里見の選択肢を絞らせる。仮に今上杉が飛び出てこようと、俺は勝ちを拾えるはずだ)

 

 田島の機転は里見の初動の数秒先を行き、敗勢を打開する一手を放たれることとなる。

 

 

 数時間後、事態が収束した状況で田島彬は回顧する。

「あのとき自分が選んだ行動に後悔はない」と。

 

 

 

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