喧嘩稼業 原作続き   作:稼業民

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②前非

正装したアフリカ系アメリカ人がマイクを片手に立っている。

 場所は巨大なモニターが設置された一室。

 アンダーグラウンドは田島襲撃計画の映像をICU、その廊下の二カ所で同時中継している。黒人のMCが実況するのは後者。

 このMCは経験が浅いためか緊張の色は隠せない。

 それでもオーディエンスのテンションを上げる言葉を選び実況する。

「賭けの対象である田島はICUからエスケープしました!! ですがまだここにB・B・Bと上杉が残っている!!」

 

 

 直前までベッドで横になっていた怪我人が奇襲する。

 上半身裸姿の上杉が躍起。

 喧嘩王の跳び蹴りが命中したのはしかし人体急所のない背面だ。B・B・Bは壁に叩きつけられたが大したダメージはあたえられない。

「もうおまえは田島を助けにいけない」

 

(こいつ、なぜ戦える!?)

 田島彬のボディーガードは鋭い眼光を上杉に向ける。

 

「喧嘩しようぜ」

 上杉はそう告げると、ICUのドアを閉めロックする。

 彼は体内でカプセルが溶解し薬が効き出したことを実感していた。

 元職業軍人はすぐに落ち着きをとりもどし、ナイフを構える。

 

 上杉は後藤に言われたことを振り返る。

(効果は一分間ときいた。まずはこの男を確実に仕留める……)

 

 

「戦いは二つの舞台に別れました!! 依然里見、山本空に目を狙われ続けている田島がいる病院内の廊下!!! B・B・Bと上杉が残ったICUの二カ所!!! 私は後者の戦いの実況を担当させていただきます!! こちらのカードは賭けの対象にはなっていないため、視聴されるお客様は極限られると思われますがーー」

 ICU側の中継を選択しているアンダーグラウンドの会員は7名だった。しかしその7名は食い入るような目で『刃物有り』の戦いを見守っている。彼らにとって自分たちが数秒前超高額のベッティングをしていたことなど関係ない。

 

 

 一方はアンダーグラウンドにおいて幾度も死線を潜り抜けてきたB級闘士。

 もう一方は今しがた合気道・芝原相手に逆転勝利を収めた進道塾の高弟。

 

 この両者が命の奪い合いをする。

 本来のこのイヴェントの主題である田島襲撃--『ウラでこんな事やってました! 現在の最強を名乗る男の目を不意打ちならば潰せるのか!?』などよりも感興を--いや熱狂を呼び起こす対戦カードだった。

 

 

「さぁB・B・Bが距離を詰めている!!」

 

 上杉均は廊下に繋がるドアを背に戦う。そのすぐ横に橋口信が手首を縛られた状態で床に放置されていた。弟子は金的のダメージで悶絶していたが、辛うじて意識を保っている。

(奴は強い。だが上さんなら……)

 B・B・Bはナイフを右手に持つ。

 それを見た橋口は唖然とする。

(戦闘用のナイフ!?)

 

 B・B・Bは両腕を高く構えた上杉を観察している。

(ナイフに怯える様子はない。同じ進道塾の空手家。師匠の山本陸のナイフ対策を教えてくれるか?)

 

 

 一方の上杉は、医師・後藤にあたえられた薬の効果を実感していた。

(五感が異様に鋭くなっている)

 

 B・B・Bの手の中のナイフが閃く。

 

(見える。あのナイフ捌き、実戦経験がある軍人なのだろう。その動きが遅いと感じるほど--)

 

 興奮剤によって研ぎ澄まされた上杉の集中力は高まっていた。

 B・B・Bのナイフが左右に動く。蛇行するような軌跡。

 B級闘士の歩みが上杉の前で停止する。

 

 

 間。

 

 間合い。

 

 死の間合い。

 

 双方が相手の呼吸の読もうとする。

 

 

 秒、数秒。

 焦眉の急にあるのは田島を守らなければならないB・B・B。

 だが先にしかけたのは上杉のほうだった。あえて口を開き、隙をつくり相手にしかけさせる。

「おい、田島を守るんじゃ--」

 その刹那B・B・Bの爆発的な加速。

 上杉の胸元目がけ牙突する。

 

(上手い)

 上杉は無言のまま相手を褒める。こちらが反応できないタイミングで始動してきた。

(本来ならな。あの薬を飲んでいなかったら危なかっただろう)

 神速で一閃するナイフにあわせ上杉が右足で蹴りを放つ。

(手首を蹴ってナイフを叩き落とすつもりか?)

 愚策だ。バッツドルフはその選択を唾棄する。

 最強のグルカ兵は後出しで攻撃部位を変更できる。

 胸から自分の目の前に差しだされた右足首へ。超精度で操作されたナイフが相手の肌を、肉を、骨を斬り裂くはずだった。

 

(なんだ?)

 攻撃を終えた右腕を戻し、B・B・Bは違和感を持つ。

 違和感の正体は斬った手応えがないこと--だけではない。

 違和感の正体はナイフの重量が半分以下になったこと。

 

「蹴りで武器破壊……」

 驚愕するMC、同様の反応を見せる視聴者たち。

 古くは戦場で、今はアンダーグラウンドで強敵たちの血を啜ってきたB・B・Bの魂の象徴とも言えるククリナイフが、その刀身の半ばで折られていた。

 

「オラァ!!」

 気合いの声とともに上杉は再度右蹴りを放った。B・B・Bに膝蹴りを喰らわせ距離をとらせる。

 後退したバッツドルフはベッドにもたれかかる。彼は目の前にいる相手が本当に上杉均なのかを疑っていた。彼は陰陽トーナメント第五試合を観戦したうえで上杉均の実力を過大でもなく過小でもなく正しく評価していたつもりだった。

(素手ならともかく武器有りなら俺が勝てると踏んでいた……)

 

 ……まだ負傷したわけではない。肉体的にはノーダメージに等しい。

 だが戦術的、精神的な負荷を受けている。

(あれは単なる速度ではない、俺が足首を狙った瞬間、キックの軌道がナイフに当てるために最適な変化をした)

 まるで数秒先の未来を読んで動いているかのような。

 上杉の右足に怪我を負った形跡はない。蹴りでナイフの刃に触れることなく折った証拠。

(人間業じゃない。明らかに武器を持った俺より上……。百回やって一回勝てるかどうか。本当に山本陸はこの弟子よりも強いのか?)

 

「なにが起こった……?」

 仕事を忘れ素の反応をしてしまうMC。攻防の結果を見てざわめく視聴者。

 2秒後にカメラに指をむけるMC。

「て、天井にB・B・Bのナイフが刺さっています!!! 上杉の前蹴りでナイフが折られたというのか!! ……強度の劣る峰の部分とはいえ……」

 日本刀と同レヴェルの頑強さを誇るククリナイフを足で折る。試し割ですら不可能な所業を実戦で。

 飛翔するミサイルを狙撃して破壊するがごとき蛮勇。

 だが魔人と化した上杉にとって、それは妥当な選択でしかなかった。

 

(これがすべて見えている感覚。大晦日の佐藤と金田もこうだったのだろう。……武器をもった相手にここまで圧倒できるとは思わなかった)

 上杉は喜ばない。自分の実力ではなくあくまで後藤に処方された薬の力によるものだからだ。

 B・B・Bは自分の仕事をやり遂げる。ナイフを左手に持ち替え、逆手に持ち、襲いかかる。

 勝算が薄い戦いであるとB・B・Bは自覚した。

 間合いは詰めるが守りを固める。素手の右手で崩し、ナイフをもった左手で急所を狙う。軍隊格闘の基本である。

 

 MCが叫ぶ。

「空手マスター上杉先生が大きなアドヴァンテージを得ました!! 廊下では田島は未だに殴られ続けている!! 今上杉を倒せば戦況はひっくり返せる!! 頑張れ負けるなB・B・B!!! もっといいナイフを田島に買ってもらえ!!!」

 

 折れたナイフをもつ男の思考。

(上杉は時間をかけて俺の隙をついてくるはず。持久戦。安易にナイフを使うな、今度は奪われかねない)

 その思考は誤りだった。

 上杉が先に踏みこんでくる。

(こっちがカウンターで形をつくっていたことがわかるのか?)

 先制されることを恐れたB・B・Bが右手を開きスナップを利かせ目を狙う。

 バラ手。

 上杉は半身になって躱す。距離感を騙し相手の攻撃を無効化するその手法は……

 

「まるで芝原が上杉相手に決めた……」

 視聴するベッターの1人が漏らす。

 相手にカウンターを入れたのは上杉のほうだった。

『鉤突き』

 進道塾、富田流を問わず煉獄の初手となる鉤突きがB・B・Bの脇腹に入った。

 しかし、

(その連打は何度も見ている。やられるかよ!!)

 深く入った上杉の左拳を捕まえる。痛みを堪え、必死の形相のB・B・Bが至近距離で上杉を見ながらうっすらと笑い(反撃の糸口を見つけた!)、そしてその場に崩れ落ちる。ゆっくりと。

 上杉は右腕を相手の胸元があった位置に突きつけていた。

 

 金剛発動。

 

 時間のかかる煉獄で仕留めるつもりは元よりなかった。一撃なら金剛狙い。

 B・B・Bが自分の左腕をつかんだその瞬間、上杉は自分の元に腕を引きつけた。

 相手が手を離す間もない。距離が縮める動き、それにあわせ上杉は相手の心臓部目がけ右拳で金剛を放つ。結果相手は気絶し喧嘩王の勝利は確定した。

 この金剛もまた薬効によって相手の出方が一目瞭然となったため発揮できた。いや、その直前の『芝原の距離感を騙す体捌き』もまた流れの中で使用したにすぎず、その技術を習得したわけではない。

 

「決着がつきました!! 秒殺と言っていいでしょう!!! 上杉が無傷でICUを後にします!!! 両者とも瞬間瞬間を必死に生きていました。名勝負と超絶技巧をありがとう上杉!!! B・B・Bは片目を失った田島に鬼詰めされろ!!!」

 

 

 魔人薬の効果は切れていない。

 上杉はB・B・Bが地面につっぷすと同時にICUのドアを蹴って破壊、飛びだす!! 最初の一歩を踏み出した瞬間、

 世界最強兵士集団の執念か。

 グルカ兵の手から離れたナイフがリノリウムの床を叩き、金属音が室内に響き渡る。。

(金剛が利いていない!? まもなく意識を回復する?)

 いや違う。恐らく意識を失いナイフが手から落ちただけだ。だが、

 上杉均は万が一の可能性を除去できなかった。

 もし金剛が入ってなかったら。

(最悪なのはトレードになること。手足を縛られた橋口と刃物を持ったボディガードを置いていくことはできない。田島に王手をかけられたとしても、こいつが橋口を人質にとったら……。俺は橋口をとるだろう。里見が同じ意見を持つとは思えない……!!)

 上杉と里見の修羅場が顕現する。田島がこの闘争の勝利を収めるだろう。

 上杉は敵の選択肢を殺ぐ。横になったB・B・Bの上半身にそばに立ち、躊躇亡く、

 顔面踏み砕き。

 

 師の弟を殺したあのときのことを思い出す上杉。同じナイフをもった敵。

(あのころの俺はクズだった)

 あれからどれほど修行を重ね、技を覚え、人に教え、大勢の人間にその勇名を知られるようになったか。

 だが、

(クズだった俺が変わった覚えたことは、命を絶たない程度に手加減し相手を踏みつけるくらいなのか)

 うつ伏せに倒れたB・B・B。床に血が少しずつ広がっていく。

(死んではいないが気絶している。事件に決着がつくまで起き上がれないだろう)

 

「お、俺のことなんて無視すれば……急いで田島を」

 橋口は歯ぎしりしながらそう漏らした。

 

 師匠にとってわずか数秒のロスだが、弟子は自分の犯した誤りをひたすら悔いていた。

 上杉均は橋口の言葉に応答せず、死闘が終わったICUを飛びだしていった。

 廊下に飛びだした彼はその光景を目撃し、無言の咆哮を抑えることができなかった。

 

 B・B・Bに金剛は入っていた。意識を失いながらも手の中で保持されていたナイフが自然に落ちた。真実を言えばただそれだけのこと。上杉は無駄な一手を加えてしまった。

 その数秒のロスがこの戦闘の結末を変えたのだ。

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