□ □ □ □ □
「どうせあれなんだろ? 何年か前にちょっとした諍いで恋人と喧嘩になって、そいで酒に逃げた恋人のもとに田島彬が現れて、思わず身体を許しちまった文さんの恋人。あらゆる体位で犯されボロボロにされる。それを知った文さん『ゆ、許さねぇ……。この恨みはあいつを殺すことで晴らされる』──みたいな話?」
「想像で俺の過去を推定するんじゃねぇ!! ネットに転がってるHな体験談に俺を参加させるな!!」
「ごめんごめん。寝取られる恋人がいなかったもんね……童貞は辛いよな」
「うるせー!!! 第一お前も恋人も性体験もねぇことくらいもうわかってんだよ!!!」
「はぁ? 一向にヤリチンですが?」
──第六試合開始五分前。
十兵衛と文学は控え室にいた。二人のセコンドの高野、カワタクもいる。
十兵衛、文学、高野はこれまでどおりイスに座りモニターで試合を観ようとしているが、カワタクは大きく開いた窓から肉眼でリングを眺めていた。
すでに二人の選手がリングに入場している。
関修一郎、佐川睦夫。
それぞれのセコンドも顔を見せていた。
佐川睦夫のセコンド、菅野祐太郎が会場に姿を見せた瞬間、会場はざわめく。
道着姿の菅野は傷だらけの顔面を晒し、血を拭いもせず、しかも治療した形跡もない。
彼は凜とした表情のまま睦夫と同行し、リングサイドに辿り着いた。睦夫は菅野に対し一礼し、金網で仕切られたリングのなかに入っていく。
「いったいなにがあった!? 佐川睦夫と試合直前に本気のスパーでも行ったのか?」
会場はただならぬ雰囲気に覆われる。十兵衛や文学ですらなにがあったのかはわからない。
「あのマジモンがやったのか?」と十兵衛。
「いや、試合直前にそれをやる理由なんてないだろ。あいつらが不仲なようには見えなかったが……」と文学。
「誰かが睦夫を襲撃しそれを菅野が守った?」
「だとしても理由がわからん。里見は田島と戦っているんだぞ。俺たち以外の連中が動くか!?」
疑問が解消されないまま次の異変が発生する。
会場のざわめきが階上の控え室にまでとどく。
工藤と反町がそれに反応する。
「どうした……」
「今度はなんだよ?」
カメラは観客席を撮していた。意外な人物が映しだされる。
大柄な男がリングのすぐそばの席に小走りで移動していた。その男とは──
観客たちがその男に指をさし口々に叫び出す。
「川上!! 川上竜だ!!!」「佐川徳夫のセコンド!!」「どうしてここに……」
川上竜の顔がモニターに映った瞬間十兵衛は舌打ちする。自分がしかけた盤外戦がまったくの失敗に終わったことを察知したためだ。
文学は腕を組み苦笑いを浮かべる。
「笑うなよ文さん……セコンドが無事だ。川上の野郎がここにいる。絆されやがったな」
ニヤリと笑うカワタク。手を必死に振って階下の川上とコンタクトをとろうとするが相手は気づいていない。そもそもガラス窓に隔てられ声が届くわけもないが。
「おーい川上ぃ、村井とは戦ってねぇのか!! 村井は無事そうだな。うん、こりゃ失敗したな作戦……」
文学は渋い顔をして弟子を諭す。
「十兵衛、おまえは人間がわかってないな。……関の野郎は強さだけじゃない。思ったよりかスケールがデカい奴だったってことだ」
関が戦わずにして矛を収めさせた、そう文学は思った。その推測は事実とは多少異なる。
カワタクが室内に戻ってきた。渾身のどや顔を十兵衛に見せつけイスに座る。
「村井も川上も無傷だ。恐らく関が止めたんだ。どんな言葉をかけて川上を説得した?」
「それがわかっても現状に影響をあたえることはないだろ。作戦の第一段階は失敗だ」
十兵衛だけに聞こえる声量で文学は伝える。
依然リング上に残した『武器』を睦夫に使わせる作戦は残っていた。
十兵衛は数瞬腕を組んで考えた。
(ここで関を排除しなければ、文さんは後々絶対的に不利な状況に陥る)
「──にしてもだ。俺たちにもアンダーグラウンド観戦させてくれたっていいだろうに。タンの奴もケチだぜ」
十兵衛は数日前のことを思い出す。(実施されなかった)佐川兄弟の戦いも見ることは許されなかった。
「……少し考えればわかることだろ? 上杉や里見が本気で戦うところをタダ見できるのは俺たちにとって有利すぎる」
(それくらいわかってるけど)
十兵衛は足を組み頬杖をつく。
「もうとっくに決着はついている時間だ。田島の目がとれたかすらわからねぇっていうのはなぁ……」
十兵衛はそうつぶやきながら文学の様子をうかがう。
師匠の表情から判断するに、この四十男を支配している感情は『当惑』、『嫌悪』、『悲しみ』。この三つのミックスだった。特に『当惑』が強い。
入江文学は自分ではない他者が田島を攻撃している事実を喜んではいない。
その事実を踏まえ十兵衛は言葉を選ぶ。
「文さん、田島彬に負けたことがあんだろ?」
「あん? んなことねえよ」
「別に恥ずかしいことでもないんだし認めたら? 俺だって工藤に負けたことは教えたんだし……」
「俺は生涯負けたことはねぇよ。素手でも武器有りでも──」
「櫻井が本気出せば腕折られたときに負けてただろ」
「うっせーうっせーうっせー!! ならお前だって工藤に殺されかけ──」
十兵衛は手を前にだして師匠の言葉を止める。
「悪い高野君。睦夫兄さんがなにかやらかさないか窓から見ててくれない? カワタクはあの恥知らずのパープルヘイズがどんな顔で関たちを見ているか観察してくれていると助かる」
カワタクは敬礼したあとまた元の位置に戻る。高野は十兵衛を数秒睨みつけるも、唯々諾々としたがう。
テーブル周辺に残ったのは富田流の師弟のみ。
話を始めたのは十兵衛のほうからだった。
「だいたい処女厨じゃねぇんだからよ、格闘家が一度や二度負けたからなんだって俺は思うんだよね。そいつのランクが落ちることはないよ。金隆山が黒星を喫したから、関がオリンピックの決勝で負けたからって俺たちは警戒レベルを下げるか?」
「いや。仮にそうあったとしてもあいつらは各界において歴代最強の存在だ」
「だろ。それにさ、陰陽でここまで負けた奴が雑魚だとは思えない」
ここまでの敗退者五名の顔を思い浮かべる文学。
「んで、なにが言いたい」
「かくいう俺だって負けたことは二度ある」
十兵衛は指を二本立てる。
佐藤のなかで高野に不良から助けられた過去は敗北としてとらえられていた。
二度目は工藤に対する敗北。
十兵衛は続けた。
「スポーツ・ゲーム・格闘技において『俺は生涯無敗ですぅ』なんて言う奴がいたらおかしいと思うのが当たり前だ。その勝敗が偏る競技のルールのほうがおかしい。あるいはそいつが弱い奴としか戦ってない……それか自分が有利な状況でしか戦ってない。そして最後は敗北したことが公になってない。この4つのパターンのいずれかだ。本気で戦い続けている奴が生涯無敗なんてありえないよ」
世に言う『不敗神話』など不自然な現象にすぎない。
十兵衛はそう語る。
十兵衛は文学が敗北した過去を自分に隠そうとしていると思っていた。
文学は弟子の話を打ち切らせた。
このときこの場で話す気になったのは、櫻井との戦いで一時は死を覚悟したからに他ならない。あのとき死線を踏破した文学は違う人間に生まれ変わったのだ。
(後悔はしたくない。話せるときに自分の口から伝えておこう)
「負けたんじゃない。殺されたんだ」
十兵衛は口を抑え、自分の師匠の表情を観察する。
「誰が?」
「父親が」
「田島彬に?」
「そうだ。俺が言う前から知ってたんじゃないか?」
十兵衛は表情をなくす。
この知恵者の高校生は、数ヶ月前入江家で起こった過去の事件の記事を発見し読んでいた。
(11年前のあの事件か……何者かに襲撃され意識不明になった入江無一なる人物。警察の捜査が進展しないまま後遺症で亡くなったときく。あれが──)
「文さんの親父さんか」
「そうだ。父さんだ」
「家にいなかったのはおかしいと思ってたよ。文さん家、子供部屋おじさんの親抜きみたいな家だったもんね」
十兵衛のギャグに文学はとりあわない。
「なにか質問は?」
「文さんの母親は?」
「離婚した、会ってない。つうか俺の家庭事情はおいとけ。田島は俺の親父が負傷しているタイミングで襲撃してきた。俺が家を離れ一人になったとき」
「殺した……。田島だとわかっているんなら警察にそう訴えるべきだろ? 税金収めてるんだ、その分仕事をしてもらおうぜ」
「そういう問題じゃない。そのことはおまえも同じだろ? 工藤を捕まえること自体はたやすい。個人ならともかく警察権力の手にかかればな。ならなぜ自分の手で復讐を行おうとしている?」
「俺が戦っているからだ。喧嘩が強くて優れた技を身につけ幾多の経験を積み実戦を重ね……戦いの舞台に登ることができたからだ」
「俺たちにはこれしかない」
そう言って文学は拳を握り、顔の前にかざした。
生涯戦い続けることを前提にして生きている。人並みの幸福など捨て去り、多大な時間を強くなることに費やしてきた。
入江文学も、
佐藤十兵衛も。
「俺は田島彬を殺すために生きてきた。奴の目を潰す作戦……それ自体には賛成だ。だがその成否が不明な現状は正直歯がゆい。状況によっては上杉や里見が殺しているかもしれん」
文学は苦虫を噛みつぶしたような顔をする。
「上杉と文さんの親父が過去に戦ったんだろ? 詳細を話してくれ」
「山本陸が田島彬に目を潰された。その犯人が父さんであると思いこまされた上杉が俺んちにきて襲いかかってきた。結果的に撃退したことは伝えたが──」
真面目な顔をして十兵衛はうなずく。
文学は説明を続ける。
「そのとき上杉に肋を折られた。怪我が治らないうちに田島に……やられた」
文学は一瞬、父親が亡くなったあのときのことを思い返す。
「自分が田島と同じことをしている。状況も不意打ちだもんな。正直俺のやり方が嫌なんでしょ?」
悪魔は微笑む。
「やられたらやり返すだけだ。被害者が加害者に仕返ししなかったら、この世は無法者が蔓延るようになる」
「なら正々堂々とか寒いこと言い出さないでよ文さん。俺たちはとっくに『道がついている』。『どんな卑怯なことをしても目的を達してみせる』。それが俺たちがただ一つ共有した真の正義だったはず」
「卑怯にだって濃い薄いの濃度はある。刃物や銃器といった武器はありか? 一人を多人数で囲んでボコすのはどうなんだ? 梶原やお前のように薬を仕込むのは? 脅迫、買収、八百長、戦いのルールの変更、裁定への介入……」
「キリがねぇな」
「田島を殺すために手段を選ばなければ、暗殺しちまえば話が早い。探偵に居場所を探らせプロの殺し屋に頼めばいい。あいつだって常に大統領並のセキュリティを確保しているわけではない」
「文さんは手段を選ぶ」
「ある程度弱らせるのは問題ない。だが寝込みを襲うような真似はしたくない」
「素手で」
「相手が臨戦態勢に入ったそのときに立ち会い、殺す」
「勝つんじゃなくて──」
「殺す」
(俺は工藤を殺す予定はないんだけどなぁ……。文さんの場合心に負った傷がより深いか)
十兵衛は気づく。文学が今生きている動機は『田島を殺すこと』それのみ。
殺害後、罪に問われ刑務所に収監されようとかまわない。
それで入江文学の人生が終わっても。
(いくらコミュ障とはいえ女に縁がなさすぎると思ったぜ。金に不自由してないんだから風俗くらいいけよってなったが──)
隔離された会話を終え、二人はセコンドを呼び戻す。
カワタクの顔を一瞥し十兵衛は気づいた。師の旧友がこの過去を知っていることを。
なにも知らない高野が十兵衛に話しかける。
「もういいのか?」
「ああ、文さんが田島を倒したい理由は教えてもらった。まさか女を寝取られた復讐じゃなくて、直に掘られた復讐をしたいだなんて……。文さんに悲しき過去……」
「おまえ俺がマジな態度で打ち明けたっつうのにギャグで茶化すんじゃねぇよ!!」
殺すぞ、とブチ切れる文学。
呆れるセコンド二人。
カワタクはモニターを見て驚く。指をさす。
「おっ、睦夫が関に近づいてる……これも十兵衛の指示か?」
「!? そんなことは言ってねぇ」
「あいつもフライングからの煉獄をやる気か?」
笑いつつ焦り顔になるカワタク。柔道をやっている関を贔屓している自分に気がついたのだ。
(文学に優勝してもらいたかった。だが腕が折れた。どうやってもこの先勝てるわけがない。ならもう関を応援しちまってもいいんじゃねぇか? 気をつけろよ関。睦夫はこいつらと一緒で卑怯な戦い方をとってくるかもしれん……)
焦れた顔をした関は睦夫を手で制し、近づかないようにする。
二人はわずかな時間だけ近づき、わずか十秒ほどの間だけ会話をする。
睦夫は自分のサイドに戻っていった。
関は相手が去ってくれたことに安心し表情を緩める。対する睦夫は会場にきてから今までずっと無表情だ。
十兵衛は解説する。
「睦夫兄ちゃん、関になにか言葉を打ちこんだな。試合が始まってから効果を発する類の言葉を──」
「マジモンはなにを考えてるかわかんねぇけど」
そう言った文学は十兵衛をまだにらみつけていた。
「戦いについては本物のはずだ。田島が呼んだ男だぜ。関が登場する試合で弱者を用意するとは思えない」
高野は十兵衛に問いかける。
「軍隊格闘技……素手の状況でも強いのか? 急所攻撃に躊躇がないってところはおまえによく似ているが……」
「睦夫の実戦データはほぼないからな。……素手で強い軍隊経験者がいてもルールの制約上表舞台では勝ちにくい」
陰側の闘士が複数参加している大会だが、その極みともいえる存在が睦夫だろう。
たとえば『立技』や相撲といった禁止された行為が多い競技では最弱に等しい存在だが、真のバリートゥードともいえる陰陽トーナメントにおいてはメタを張った闘士であるといえる。
対する柔道は戦国の世において組み討という殺し合いのなかで生まれた格闘技だ。時代が経るごとに実戦からスポーツに変化していった。
思えば対照的な格闘技である。
「問題は関だ。睦夫の戦い方を学習されたら厄介極まりない」
これは文学。
「関はここで終わりっしょ。睦夫は戦場で生き残ってきたガチ勢オブガチ勢だし。最低でも片目はもっていかれる。そういう戦い方を睦夫はするはずだから。仮に反則負けになってもやってくれるはずだ」
これは十兵衛。
試合開始のカウントダウンが始まる。それと同時に十兵衛のスマホが鳴る。
「チッッ、嫌がらせかよ」
このタイミングで着信があるということは、相手先はかなり限定される。トーナメントの観戦を止めてまで十兵衛が話をしなければならない相手。
「ようタン。出前を頼みたいなら番号は間違えてるぜ」
「ルールの改定を知らせたくて電話をした。選手のなかではおまえが最初に伝える。ラッキーだったな……」
試合開始のブザーが鳴る。
「ふざけるなよ大会中に。そんなことは事前に連絡があって当然のことだろう?」
「俺とおまえは対等の関係にない。あまりナメた態度にはとるな。講談会と違う。お前の母親のことなど気にせず」
殺すこともできると。
関と睦夫がリング中央へ歩みを進め、最初のコンタクトをとろうとしている。
十兵衛は席を立ち、他の三人が聞こえない位置で通話をする。
もとより中国語での会話だ。知られるリスクを鑑みてのことではなく、試合に集中してもらいたいから距離をとった。
「どうせ田島の安否も教えてくれないんだろ? さっさと要件を言え」
「セコンドについてのルールの変更だ。これは大会を成立させるために必要な案件。マカオにくるまえに書面で伝えておいたことだが……」
十兵衛は瞬間的に上杉、橋口、里見、山本空の顔を思い浮かべる。
(死んだ、あるいはセコンドができないほどの怪我を負わされたか……作戦成功の確率はむしろ上がるが)
「誰だ? どっちだ?」
「おまえが今どんな顔をしているか知りたいところだ」
十兵衛は苦々しい顔をしている。自分が発案した田島彬襲撃作戦。参加者四名とターゲットである田島彬。双方に死者重傷者が出る公算が極めて高い。
(俺と文さん以外のトーナメントの参加者は全員敵になりえる)
とはいえ、十兵衛は最低限の倫理観は有していた(意外にも)。
「誰だ?」
「山本空だ。詳細は伝えんがセコンドができない身体になった。ゆえに代替を認める。選手のリザーバーは認めないがセコンドは替えがきく」
「なぜそれを事前に──」
十兵衛にはその理由については理解できていた。だが会話の流れでタンに問いかける。
「『大会進行を成功するために常識の範囲内で新たなルールを作成することもあり得る。文句があるなら退場しても構わない』。その条項を忘れたのか? ここからは情報について統制が入る。理由は言わずともわかるよな。おまえが大会が始まる前から暗躍し続けていたことはわかっている。それを見逃し続けた俺たちの判断が誤りだった」
タンと田島の失態。
大会当日まで十兵衛を野放図にしたが、これまでのところ試合の勝敗は操作されていない。今行われている試合がどうなるかはまだわからないが……。
「田島襲撃にはおまえもうなずいていただろうが!!」
「選手を起用することはリスクが大きい。会場前の通路で川上が村井に襲いかかっている。これもおまえの発案だろう? 一時間ほどまえお前がサロンで川上と話をしているところを監視カメラが捉えているぞ」
「あれは試合で俺が反則したことを詰められただけだよ。怖かったぁ」
「八百長や反則での決着は単純に興を殺ぐことになる。これ以上荒らされたらトーナメントの価値が下がる。なにか反論は?」
「ここまでの五試合全部名勝負だっただろうが!!」
「それは結果にすぎない。おまえがここからの全試合に介入し、試合がなくなる、あるいは見え見えの八百長ないし片方が重傷を負った試合が行われる……観客や視聴者が冷めてしまったら?」
「つまんねぇ格闘技の試合なんてザラにあるだろ?」
観客の声援が大きくなった。十兵衛はモニターを見る。関が睦夫を投げつけている。関の側が顔から血を流していた。相手に先制されたが反撃をしてみせたところか。
「あの、もっと集中して試合を観たいんだけど」
「ならもう言い返すことはないんだな。ここからは選手間同士のやりとりを原則禁止とする。同じ富田流であるおまえたち師弟を例外とし、八百長がないかを見張るため、選手・セコンドあるいは関係者が直接会って話すことも電子機器を使ってのやりとりも禁じる。没収はしないが不定期的にチェックされても拒否権はない」
「なに!!」
「ルールの変更点は文書でまとめて発送するからメモをとる必要はないよ」
十兵衛を煽る口調でタンは語った。
「敗退した選手・セコンドへの接触を止めるため選手控え室がある区画から早期に退出してもらう。怪我人も処置が終わり次第別の病院に移送する」
「終わりか?」
「まだあるぞ。理由もなく控え室を出ることも禁止。必要なものがあればホテルマンに頼めばいい。加えてホテルマンの配置も換えた。おまえが金で動かしているあのメガネのホテルマンには臨時の休暇をあたえたよ」
十兵衛は冷や汗を流す。
「おまえたちの行動は警戒に値する。部屋に監視カメラや盗聴器を置かないことを感謝してもらいたい」
「そんなもんここにくる度チェックしてるわ!!」
「熱心だな。後藤先生のお薬はどこに置いてるんだ?」
「ス、ストーカー……。おまえ俺のキュートさに惚れて故・ジャニー的なサムシングを試そうと……」
「なにを言ってるかはわからないが……ともかくお前たちの行動を抑制させてもらう。おふざけは今回の件で終了だ。細かい罰則規定は書面及びメールで伝える」
通話は終わった。
十兵衛は自覚する。田島襲撃作戦が最後のチャンスであったと。
(その成功失敗すら知らされない。上杉や里見との連絡がとれないとなると、あいつらが怪我を負ったかすらわからない。戦力のバランスがわからないのは不味い)
関ではなく里見が無傷で、しかも手の内を隠したまま決勝にまで勝ち残る可能性がでてきた。
ここまで自由に動いた結果がこれだった。
十兵衛は自分の計略を再点検する。
(まだイケる。タンは俺の計画のすべてを知っているわけではない。少なくとも工藤はやれる。だがトーナメントの勝ち上がりを操作できないとなるといずれ詰む)
十兵衛はモニターを見つめる文学の様子を観察する。
「どうした十兵衛?」
「あとで話す。とりあえず里見や上杉から連絡があっても手に触れないで」
イスに座り直した十兵衛は、試合が動く様を見ても集中しきれないでいた。
「──悪い高野君。どうしてこういう状況になってるか教えてくれない」
「試合開始直後、睦夫が一言か二言関になにか話しかけたんだ。その途端関の動きがおかしくなった」
『仁王』と呼ばれるほど強い柔道家がいた。
試合中決して表情を緩めず、集中しきり、相手を倒しても勝ち誇ることなく険しい顔つきを変えない関修一郎。
戦いの際、喜怒哀楽の変化を見せず無表情でとおす。強者・格闘家としての強い自覚がった。
侍の末裔。
なにがあっても公衆の面前で濃い感情を見せることがなかったこの男が今、
仏敵を殲滅せんとする仁王の如き怒りの表情に染まり佐川睦夫と対峙していた。
十兵衛はつぶやく。「睦夫の野郎、なにを言いやがった?」
文学は答える。「
陰側。