喧嘩稼業 原作続き   作:稼業民

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⑥臥龍

   □ □ □ □ □

 

 上半身裸姿のアリが病室で目を醒ました。

 すぐさま身体を起こし、周囲を警戒、同時に壁にかかった時計で時間を確かめる。昏倒してから三時間弱経過してしまっている。

(佐藤の策にかかってしまった! 俺を罠にはめた理由──先生は無事か!?)

 アリはベッドのそばで待機していたホテルのスタッフにスマホを手渡される。

「どうぞ。田島様からのご指示です」

 着信で振動しているスマホをタップするアリ。

(起きたらすぐにVINEで連絡を。こちらは理由があり通話ができる状態ではない。移動より先に報告を優先せよ)

 

 アリは起き上がりVINEを操作する。

(今起き上がりました。ホテル内の病室です。佐藤十兵衛にやられました)

 

(失態については是非もない。償いたいと思うのならばこれからの行動で示せばいい)

 

(先生の現状について教えてください。通話ができないということはなにかされたんですか?)

 

(襲撃に遭った。自分から舌を噛んだから喋れない。相手の目的は俺の目だった。進道塾の二人と里見・空が相手だ)

 

 その後しばらく病室内でなにがあったかを説明する田島。現在大会が行われているホテルから離れ、応急処置を自力で済ませ、某所にあるホテルの一室に腰を据えている。

 田島は肌着姿になり、顔を中心に包帯やガーゼで肌を覆っていた。大きなイスにだらしなくもたれかかり、点滴を受けている。床には薬や注射針が転がっていた。

 

(私もそちらにむかうべきでしょうか?)

 

(もう俺を襲う奴はいない。自分一人で問題ない。しばらくボディーガードは不要だ。リスクはあるがアリには俺の使いをしてもらいたい。計画は複数ある)

 

(かしこまりました。今度は間違えません)

 アリのタップする指には熱が籠もる。

 

(細部についてはこれから詰めるが大意について話そう。これから俺たちは陰陽トーナメントに積極的に介入していく。ただ傍観し大会優勝者と戦うだけでは目標を達することができなくなった)

 

 片目を失ったというディスアドヴァンテージが大きすぎる。

 山本陸ですら右目の失明後、一線を離れ長い期間修行に明け暮れてから戦列に戻ろうとしていたのだ。最強の一角を成す田島にとっても厳しい条件である。

 

 トーナメント優勝者には田島彬への挑戦権があたえられる。田島側は絶対にそれを断ることができない。事前にその条件が選手たちにも伝えられていたし、公にもなっている。

 

(つまり、先生にとって戦いやすい相手を擁立し、その選手の有利になる計略、対戦相手の不利になる計略を実行し、優勝させるということですね?)

 

(俺が擁立する予定の出場者は関修一郎だ)

 

(関ですか? 先生も高く評価されていましたしたが)

 

(あいつは強い。全選手が総当たりでリーグ戦を行えば14か15戦は勝つだろう)

 

(私なりに推測してみます。彼は陽側の存在、ゆえに先生にとって操りやすい存在だと)

 

(そのとおりだ。関にしろ金隆山にしろ、ついでに言うならカブトや反町、川口夢斗も俺を信頼すると推測している)

 

 田島彬の表側の肩書きは『元進道塾所属、アメリカに渡った総合格闘家、そしてボクシングのヘヴィ級チャンピオンにまでなった稀代の戦士』。

 金隆山にそうしたように早期のうちにトーナメントの開催を打診し、参加するために協力することもあった。

 陽側の著名人とつながりを持つ機会は多々ある。チャンスは園遊会、テレビ番組や雑誌の対談、試合の解説などなど。伝手を辿り顔をあわせることも、トレーニング施設を訪ねることもあった。

 そのためにわざわざ来日し、好きでもない酒を酌み交わし交流を深めることもしてきた。すべてはトーナメントのための伏線。

 相手側は同業者の友人ができたと思っていただろう。気安い交遊関係。田島にとってしてみれば今のような事態が発生した場合の保険にすぎなかったが。

 陽側の面々は過去に田島彬が山本陸の目を突いたことも、入江無一を害したことも知らない。闇討ちを繰り返し多くの人間から恨みをもたれていることなど、進道塾や富田流関係者でなければ知り得ない。

 

(あいつらの意識には刷りこんでおいた。自分も田島彬も共に高名な格闘家。いずれ戦うにせよ互いに気の置けない間柄であると。まさか勝つために利用してくるとは思っていないはずだ)

 

(関との関係もそれなりに深く構築できています)

 

(トーナメントの()のブロックは整理ができた。金隆山が排除できたのは大きい。勝ち上がるのは入江かその弟子の佐藤。どちらも厄介だが無敗の力士が残るよりはマシだった。()のブロックは、俺が介入しない場合里見が勝ち上がると思っている)

 

(それは先生の予想ですか?)

 

(確信に近いものだ。俺はあいつの技が見たかった。初戦に強い奴を当てなかったのもそのためだ)

 

 田島の認識のなかでは、刑務所から出所したばかりのカブトは強者ではない。

 

(カブトは日本国民から広い支持を集めています)

 

(いずれ玉拳を広く知らしめたいあいつは、カブトを一方的に嬲り殺しにはできないだろう。そこそこの時間いい勝負をしてみせ、適当に相手を立てた上でリスクの少ない勝ち方をとるはず。それでも真剣勝負だ。技術や回避、攻撃パターンや奴の考え方がわかる。あいつの技を見て、奪いとれるものは奪い、対策を練った上で対戦してやる。その未来を予想していた。上杉も関もあいつには劣るよ)

 関修一郎が負けるとしたらこの男しかいない。

 田島はそう予想している。

 

(進道塾時代、先生は違う支部に所属する里見の力量を把握していたのですか?)

 田島彬は進道塾内に内通者をもっている。その人物による情報は山本陸襲撃時などに活用してきたが。

 

(いや、日本時代は稽古を見たことがある、噂をきいたことがある程度の見識しかない。次に会ったのは海外でだ。お前にとってはショックな事実かも知れないが今話しておこう。櫻井裕章を前向性健忘症にしたのは里見賢治だ)

 

 アリの返信が遅れる。

(里見賢治が?)

 

(数年前、タンとマッドホッパーが互いに手持ちの最強の戦士を出し、殺し合わせる機会があった。いわば代理戦争だ。タンは里見を、マッドホッパーは櫻井を出した。戦闘の詳細はわからないが、勝ったのは里見だった)

 

(あの櫻井に勝った)

 

 田島彬は彼ら二人による激戦を直接は目にしていない。タンの部下によって編集された映像を見せられただけである。

 

 

 戦闘開始前、野外の闘技場で対峙する両者の姿。

 

 そして戦闘終了後、決着がついた両者の姿を。

 

 敗れた櫻井裕章が地面に伏し、頭部から大量の血を流し医療スタッフの手によって担架で慎重に運ばれていく。

 勝った里見賢治が素肌を血に染め、歩くのもやっとの体でタンのそばを横切っていく。

 

 櫻井は既に忘れてしまっている『空手・シラットを極め、猛獣すら退け守り続けてきた最強の座を失った』哀しむべき現実。

 里見が決して忘れることのできない『対山本陸戦に比する大苦戦、しかし強敵を撃破し己の玉拳にとっての一里塚となった』誉れある一戦。

 

 その戦いを伝説──そう表現するにはその戦いを知る人間が少なすぎる。

 アンダーグラウンドですら1000人近くの視聴者が戦いを目撃できるのだ。

 田島彬ですら知らないその戦いの記録。

 櫻井と里見の死合を記憶している人間は、この物語に登場している人物のなかにわずか四人しかいない。

 里見、タン、マッドホッパー、そして──□□。

 

(櫻井は頭部に深い傷を負い記憶に障害を持つようになった。今よりもはるかに強かった櫻井に勝ち、死をもって決着するルールの戦いから生還し里見は中国に戻っていった。あの対戦は大陸でまた別の師の元で学ぶために必要な手順だったのだろう)

 

(櫻井相手に勝利。里見という男にそこまでの器量があったのですか)

 

(やっかいなのは奴がオリジナルの格闘技を創生し身につけていることだ。前例のない大系の戦闘術だ。トーナメントにでているほとんどの連中のバックボーンとなっている格闘技は競技人口が多く、ゆえに対策するための糸口はある。だが玉拳とやらにはそれがない。データがなくかつ櫻井裕章ですら歯が立たなかった。俺がもっとも嫌うタイプのファイターだ)

 

(先生は第三試合前まで櫻井裕章を推していましたよね)

 

(俺はあいつが優勝するとは予想していない)

 

(戦いたかったのではないですか?)

 

(ワンデイトーナメントならあいつの記憶力も保つ。試合映像を観て、相手の技術や癖を学習した上で戦えば勝ち進める。大会が進む度に勝率が上昇していくはずだった。里見の玉拳を丸裸にした上で戦えばリヴェンジも可能だと思っていたが。終わってみれば期待外れな結果だったが)

 

(櫻井は非情に徹しきれませんでした)

 

(生まれついての性格は記憶を失ってもかわらないようだった。あいつは常に他者を労って動いている。長年戦いのなかで人を殺し続けてきたというのに。あいつにとって暴力を振るうこと、人を殺めることは禁忌だったのだろう。それはあいつの後の先を基本とする戦い方にも現れている。悪意を向けられれば振り払うが、先手をとってしかけることは稀だ。俺たちとは違う)

 

(利益になるのなら殺人も当然の選択肢になる私と先生とは違う人間ですね)

 

(恐らく十兵衛や文学も俺たち側の人間なのだろう。陰側だ)

 

()のブロックは整理ができたとおっしゃいましたが、警戒はすることになりますね)

 

(金隆山は死んだ。文学は準決勝進出が決まっている。十兵衛は因縁がある工藤を高い確率で下すだろう。工藤は片目を失っているしな。腕が折れた師匠と健在な弟子なら、まともな考えの持ち主なら後者を選ぶ)

 

(十兵衛がキーパーソンになるんですか? 奴は知恵はありますが戦力としては乏しい)

 

(この陰陽トーナメントにおける盤外戦において、奴は俺と丁々発止の戦いを繰り広げるかもしれん。襲撃計画自体奴がサポートし何枚も噛んでいるのだろう。未遂に終わった佐川兄弟戦も奴がプランナーだ)

 

 田島の送ってきたテキストを読み、アリはふと気づいた。

 アリは病室内のモニターを点け試合映像を確認する。第六試合、関対佐川睦夫の試合が今まさに行われているところだった。決着はついていない。両者とも負傷からか身体の動きが重い。

 驚き目を見開くアリ。まさか関がここまで苦戦するとは思っていなかった。試合時間は10分以上経過している。投げ、絞めで勝負を瞬く間に終わらせられる柔道家の関が耐久戦に追いこまれていた。

 

(先生は関を操り自分の有利に持っていくとおっしゃっていましたよね。ですが今試合を観たところ、関は思いのほか)

 

(そうだな、苦戦している。()()()()()()()()()()()()

 

(それはどういう意味です)

 

(関も佐川兄も俺の手の内にあるという意味では同義、そして強さという意味では同じ水準に達しているということだ。もちろん正々堂々の戦いなら関のほうがはるかに優れている。だが卑怯さ、そして強さを求める動機。餓えとでも表現しようか。『リングに入る前に最適の準備をする』という点において、佐川睦夫は俺たちと同じレヴェルのプレイヤーだと思っている)

 

(トレーニングであるとか、技の選択肢の豊富さとか、その手の小手先のものではない)

 

(これは予想にすぎないが、睦夫の野郎、関の関係者を人質にとっているかもしれん)

 田島はほくそ笑み、

 思わぬ苦戦を強いられ苦悶の表情を浮かべる関、

 能面のような顔をして顔から血を滴らせている睦夫、

 この両者の思考をトレースしようとしていた。

 

(もうこのゲームには介入できない。第六試合の勝者が俺の駒として活きる。トーナメントを制してもらうか、あるいは優勝者に再生不可能な瑕をつけてから負けてもらうかだ)

 

(関はそこまでこちらに対して従順に動くでしょうか?)

 

(この試合で勝てば関は陰側に傾くよ。だがしょせん付け焼き刃の思考だ。長年こちら側で動いていた俺たちの考えは読めない)

 

(この試合でもし佐川睦夫が勝てば、私たちと同じく陰側である佐川を操る必要が出てきます)

 

(悪かったな。今まで言わなかったが、佐川睦夫と俺は同じタイプの人間だ)

 

 そのとき同時に田島彬とアリの視線、試合映像が映ったモニターに釘付けになる。

 戦闘中であるにも関わらず、スタジアムの上方に設置されたカメラにむけて顔をむける。

 

(俺を見ている?)

(視線を感じているのか?)

 田島とアリはカメラ越しに数秒間睦夫と目をあわせる。いやそう勘違いしてしまう。

 

(先生と佐川が同じ人間ですか? 父親に見放され、戦場に活路を見出し、死体から血を啜るような異常者に。あの血まみれになっているセコンド、やったのは恐らくあいつ自身でしょう?)

 

(心配しなくても俺はおまえにあんなことはしないよ)

 

(そんなことをしないことくらいわかっています。先生に一蹴りで倒された佐川に才能があるとは思えない)

 

(才能の話ではない。戦いに身を投じた理由が同じだと言っている)

 

(以前、この大会が成功裡に終わったら、『理由』を教えてくださると約束してくださいましたよね)

 田島彬が戦う理由。

 

(俺が襲撃に遭い死を意識し、おまえに遺言を残す気になったとでも思ったか? アリをそばに置いているのはあくまで俺の優秀な片腕になってもらうため。俺のアイデンティティに関わる重要な情報は、おまえに信頼されたいから伝えるのではない。おまえの仕事に必要だから伝えるんだ)

 

(先生は情で動かないことはわかっています。いえ、今強く再認識することができました。ホテル内に残って任務を遂行する上で、先生の過去を知ることは不必要だと)

 

(そういうことだ。では最初に会う相手と伝える内容を教えよう)

 

 アリは深い溜息をつく。

 本当は知りたかった。10年近く一緒にいる師のオリジン──もっとも繊細な部分を分かち合いたかった。そして自分の好奇心を満たしたかった。

(異母兄弟である櫻井を先生は追いかけ、その櫻井を里見が仕留めていた。だとしたら、この大会の目的は……)

 

 アリにとって最初の英雄は櫻井裕章だった。その対象が田島彬に移った今でも……。

(トーナメントは今日のうちに終わる。もし先生が真実を話し、どれほど汚らわしい過去が伝えられたとしても、俺には先生以外に頼る縁がない。もし先生に理由があるのなら、敗れ睾丸を失った櫻井を殺しに行く可能性だってあるのだ)

 アリは大義を欲しがっていた。田島彬を再度信ずるに足る大義を。

 久しぶりに一人になったアリは自分を見つめ直す。覚醒後、わずか数分の休暇。

 

 信仰者は脱がされていたスーツを着直すと、病室から姿を消した。

 早足で向かう先は選手控え室のある区画。

 必要な道具はスーツの中に残っていた。細工もされていない。

 最初にコンタクトをとる相手は師が裏切られたビジネス相手──タン・チュン・チェンではない。

 

「よりによって奴が初戦か……」

 

 第6試合が決着してから約2分後。

 アリは富田流の二人がいる部屋をノックした。

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