妖精王はかく語りき   作:チキンうまうま

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妖精の尻尾

ギルドの2階、その隅っこ。1階の喧騒は聞こえても訪れる人の殆どいない場所の、依頼板リクエストボードの横にある小さな椅子と机。そこがギルドの中での僕の定位置。

 

「………。」

 

 ゆっくりと珈琲を啜りながら手元の魔導書のページを捲る。最近手に入れたこの魔導書は、高名な魔導士が書いた貴重な一冊。読めば読むほどに新しい知見が開かれていくのを感じる。

 

「っとと……揺れたなあ。」

 

 余談だが、この場所で本を読む時に大事なのはカップを片手で持っておくことだ。じゃないと今みたいに1階で誰かが喧嘩を始めた時にカップが倒れて悲惨なことになってしまう。

 

 そんなことを考えていたら、一際大きな喧騒の後にまた机が揺れた。いくらオンボロギルドとは言え、ここまで揺れることはそうそうない。声を聞く限りではどうやらナツが帰って来たようだが…少しやんちゃしすぎである。

 

「…エルザもいないし、総長(マスター)は…どこか行ったのかな?そりゃみんなはしゃぐわけだ。」

 

 そう呟いて僕は読みかけの魔導書に栞を挟み、珈琲を飲み干すとそばに置いてあった魔導杖(ロッド)を手に立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルーシィ・ハートフィリアは怯えていた。彼女はまだ駆け出しの魔導士であり、このギルドフェアリーテイルに加入するためにやって来た少女である。

 

「な、何よこれ…。」

 

 彼女の目の前で酒の入ったコップが宙を飛び、どこかでガラスが割れる。怒号と悲鳴の後に人と机が飛んでいく。そんな衝撃的な光景を前に、彼女は軽く放心状態になっていた。だがそれも仕方ない。未だ駆け出しの彼女には、こんな度を越した喧嘩は馴染みのないものなのだ。

 

「あら、いつものことよ?」

「これがいつものこと!?」

 

 そんな様子をニコニコと眺めるミラに、ルーシィは思わず突っ込んでいた。

 

「そうよ。だから放っておけばいいの。それに…」

「それに?」

 

 意味深にミラは言葉を切った。そんな彼女に、誰かが放り投げたのであろう酒瓶が飛んでくる。

 

「ちょっ、ミラさん、危ない!」

「大丈夫よ、ほら。」

 

 当たれば間違いなく怪我をする。そんな状況にルーシィが慌てるにも関わらず、ミラは微笑みを絶やさなかった。そんな彼女に酒瓶が迫り─空中で停止する。え、とルーシィが驚く中、ミラは薄く笑って言った。

 

「うちの『妖精王(オベロン)』が起きたもの。」

 

 そう語るミラの視線の先にいるのは、ギルドの2階から階段を降りてくる1人の青年。特徴的と言えるのは灰色の髪に右目につけられた眼帯、それと手に持った魔導杖だけで、それ以外は白いシャツにスラックスという、地味な服装をした男だった。

 

「ミラ、無事?」

「ええ、おかげさまで。」

「それは良かった。にしても…今回はまた随分と派手にやってるね。」

 

 そう言って青年はため息をついた。そんなことを言っている間にも周りの喧嘩はどんどんと激しくなっていき、いよいよ収まりがつかなくなっていく。

 

「仕方ないわ、ナツが帰って来たもの。」

「それで納得するのもどうかと思うけど…。ていうかさ、ミラ。」

「なあに?」

「この人、誰?」

 

 青年はルーシィを見て尋ねた。眼帯に隠されていない方の、緑色の瞳がルーシィを射抜く。

 

「あ、そうそう。この子は新入りさんよ。名前は…ええと」

「ルーシィです。これからお世話になります!」

「なるほどルーシィさん…にしてもこれから、ねえ。」

 

 ルーシィの名乗りを聞いた青年はポケットから煙草を取り出しながら訝しげに口を開いた。紙箱から1本煙草を取り出すと、指を鳴らして火をつける。

 

「えっと…ダメ、ですかね。」

「まさか、入ってくれるなら大歓迎さ。ただ…」

「ただ?」

「この有様を見てまだうちに入ろうって思ってくれるのかと思ってねえ。」

 

 紫煙を吐き出しながら青年が肩をすくめた。そんな彼の背後では、老若男女問わず魔導師たちがものを投げ、殴り合っている。その様子を見て青年は『治安悪いね』と投げやりに呟いた。

 

「そうね、私たちはいつものことだから慣れてるけど…。」 

「ちょっと刺激が強いよね。特にグレイ。」

「グレイってあの…」

「そ。あのパンイチ。」

 

 青年の視線の奥で、下着姿のイケメンがナツに殴られて吹き飛んだ。それを見た青年の目が虚ろなものになる。

 

「…今帰っても誰も何も言わないよ。うちに入るのを考え直すなら、今が最後のチャンスだ。」

「まあ入ってから『やっぱり違う!』ってなるよりかはいいわね。」

 

 そう言って青年とミラがルーシィを見つめた。そんな2人から窺えるのは、心配な感情。このギルドにいるのはよくも悪くもアクの強いメンバーであることを2人はよく知っていた。だからこそ、2人は心配しているのだ。

 

「えっと、その…」

「あ、ごめんちょっと待って。これまずい。」

 

 2人に見つめられたルーシィが口を開こうとしたのを青年が遮った。彼は一瞬にして魔導杖を構え、そこに魔力をこめていく。つまりは臨戦態勢をとっていた。そしてその彼の視線の先では。

 

「あんたら…いい加減にしなさいよ…。」

「アッタマきた!」

「ぬおおおおお!!」

「困った奴等だ…。」

「かかってこおおい!」

 

 フェアリーテイルの魔導士たちが次々に魔法を発動しようとしている。ただでさえ狭い室内で、理を超えた力である魔法を使えばどうなるかなんてのは火を見るより明らかだ。だからこそギルドのメンバーは基本的にその一線は超えないようにしているのだが…今まさにその一線を越えようとしている。

 

「え…魔法!?」

「これはちょっとマズイわね…。」

「2人とも、僕の後ろに。障壁を…いや。」

 

 ルーシィが叫び、ミラが冷や汗を流す隣でそれにいち早く気がついたのは青年だった。魔法を展開しようとしていた手を止め、杖に込めていた魔力を解く。

 

「あら…。」

「えっ…なんでやめたんですか!?」

「ん?そうか、君は見たことなかったね。」

 

 突然臨戦態勢を辞めた青年にルーシィが尋ねるなか、彼は顎をしゃくった。

 

総長(マスター)のお帰りだ。」

「やめんかバカタレ!!!」

 

 そう言った途端に響く大轟音。驚いたルーシィがそちらを向くと、気がつけばそこには天井に頭が届かんばかりの巨体をした巨人が立っていた。

 

「で…でかーーーっ!!」

「あの人が来たならもう大丈夫だ。ほら。」

 

 青年がそう言う通り、確かにその声を聞いたギルドメンバーたちはみな魔法も喧嘩もその場でやめている。

 

「だーはっはっは!」

 

 …ただ1人、ナツを除いて。他のメンバーがすごすごと引き下がる中、彼だけは高笑いをしていた。

 

「みんなしてビビりやがって!この勝負は俺の勝

「ああっナツが…!」

「踏み潰されたわねえ…。」

 

 そして秒で巨人に踏み潰されてなんか変な声を出した。ナツを踏み潰した巨人はと言うとすぐに萎んでいき…

 

「新入りかい?よろしくネ。」

「ち…ちっちゃくなっちゃった…。」

 

 随分と小柄な老人になった。と言うよりかは戻った、の方が正しいのだが。そして老人─マカロフはばさりと何枚かの紙束をどこからともなく取り出して読み上げ始めた。

 

「まったく…またやってくれたの貴様等。見よ評議会から送られて来たこの文書の量を。」

 

 評議会から…?と事情を飲み込めていないルーシィの隣で青年が『普段より多いねえ』と呑気に呟いた。

 

「まずはグレイ。」

「あ?」

「密輸組織を検挙したまではいいが…その後素っ裸で街をふらつき、挙げ句の果てに干してある下着を盗んで逃走。」

 

 まじで何してるんだお前、と青年が頭を抱えた。そんな彼の肩をミラが優しく叩く。

 

「エルフマン。貴様は要人護衛の任務中に要人に暴行。」

「『男は学歴よ』なんて言うから…。」

 

「カナ・アルベローナ。経費と偽って某酒場で飲むこと大樽15個。しかも請求先が評議会。」

「バレたか…。」

 

「ロキ。評議員レイジ老師の孫娘に手を出す。タレント事務所からも損害賠償の請求が来ておるぞ。」

 

 次々に告げられていくメンバーの問題行動。それを聞くたびに青年の表情が死んでいく。それを見て多分この人はまともなんだろうなあ、とルーシィは確信した。

 

「そしてナツ…。」

 

 いよいよ項垂れてしまったマカロフが更に告げる。

 

「デボン盗賊一家を壊滅するも民家7軒も壊滅、チューリィ村の歴史ある時計台倒壊、フリージアの教会全焼、ラビナス城一部損壊、ナズナ渓谷観測所崩壊により機能停止、ハルジオンの港半壊。」

 

 1人だけやたらやらかしが多かった。なにやら心当たりのあるらしいルーシィが若干の納得をしめす隣で、青年が両手で顔を覆った。

 

「それからアルザック、レビィ、クロフ、リーダス、ウォーレン、ビスカ…まだまだあるぞい。文句を言われとらんのなんてエドくらいじゃ。」

「エド…?」

「僕の名前だよ。そういやまだ教えてなかったね。」

 

 ルーシィの呟きに眼帯の青年─エドが小さく返した。

 

「貴様らぁ…ワシは評議会に怒られてばっかりじゃぞぉ…!」

 

 そう言うマカロフの周りに、恐ろしいほどの魔力が集まっていく。壮絶なるその気迫に、思わずルーシィは鳥肌が立つのを抑えられなかった。周りのメンバーたちも、全員がバツの悪そうな顔をしている。

 

「だが…」

 

 その魔力を携えた老人がワナワナと震えながら口を開き、

 

「評議員なんてクソ喰らえじゃ。」

 

 持っていた紙束全てに火をつけた。評議会の権威などどうでもいいと言わんばかりのその行動にルーシィが目を丸くする中、マカロフは火のついた紙束をナツへと放り投げる。

 

「よいか…」

 

 静まり返ったギルドで、マカロフが厳かに口を開いた。

 

「理を超える力は、すべて理の中より生まれる。」

 

「魔法は奇跡の力なんかではない。」

 

「我々の体の中にある“気”の流れと自然界にある“気”の波長が合わさり初めて具現化されるのじゃ。」

 

「それは精神力と集中力を使う。いや…己が魂全てを注ぎ込むことが魔法なのじゃ。」

 

「上から覗いている目ン玉気にしてたら魔道は進めん。評議員のバカ共を恐れるな。」

 

 マカロフの演説に全員が耳を傾けていた。その場にいるのは皆仲間を愛し、魔導を歩む魔導士たち。そのことを誰よりもわかっているマカロフは、その小さな両腕を大きく広げた。

 

「自分の信じた道を進めェい!それが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士じゃ!!」

 

 その言葉にメンバー全員から笑顔と大歓声が生まれた。そしてそれは、ルーシィとて例外ではない。彼女もまた、妖精の尻尾のそのあり方に、心を突き動かされている。

 

「…で、だ。新入りちゃん。どうする?」

「あ…ミラさんに、エドさん。」

「私たちとしては是非入ってほしいと思ってるんだけど…。」

「みんなバカだけどね。気のいい奴らだよ。」

 

 そう言ってエドとミラはクツクツと笑った。それはある種の確信を持った人がする笑みであった。

 

「…確かにこのギルド、みんなぶっ飛んでるけど…。」

「「ど?」」

「あたし、このギルドに入りたいです!」

 

 ルーシィは笑顔でそう言った。きっと自分はこのギルドのことを大好きになる。ルーシィは一切の疑いなくそう思ったのだ。

 

「そうかい。それじゃあ総長(マスター)への紹介してシステムの紹介して評議会に提出用の書類作って妖精の尻尾(フェアリーテイル)の刻印入れて…あ、そうだ。忘れてたよ。ゴタゴタしてたからまだちゃんと自己紹介してなかったね。」

 

 これからやるべきことを指折り数えていたエドだったが、その動きを止めてルーシィへと手を差し出した。

 

「僕はエド。本名はエドワード・レインフォースで、年齢は21歳。長いからみんな僕のことをエドって呼ぶよ。これからどうぞよろしく。」

 

 





【エドワード・レインフォース】
 魔法 : 幻術・治癒・空間転移・その他色々(特にこだわりはない)
 好きなもの : 珈琲
 嫌いなもの:根性論
 マグノリア生まれマグノリア育ちの21歳。幼少期に魔法が発現してからフェアリーテイルの世話になっているため地味にかなりの古参。実家にいた時間よりもギルドにいた時間の方が長いと本人は供述している。
 姿が見えない時はギルドの2階の隅っこにいることが多いのだが、そこに行ける人が限られているので事実上いない扱いをされていることが多い。
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