【完結】マンハッタンカフェのそっくりさんをスカウトした転生トレーナー   作:クスクス

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覚醒イージーゴア

※イージーゴア視点

 

サンデーサイレンス。

漆黒の矢のように、ただひたむきに走る貴方を見つめる。

ベルモントステークス。

3冠最後のレース。

観客の皆様も3冠バの誕生を期待しているようで…貴方を讃える声だけが聞こえてきます。

 

知りませんでした。

レースを走る事がこんなにも孤独だったなんて。

 

じくりと胸が疼きます。

これまで抱いた事のない感覚。

酷く醜いものが蛇のように私の中に巣食っていますの。

サンデーサイレンス。私は…貴方が憎い。そして妬ましいと思っています。

 

貴方に負けるまで、私は無邪気な幼子でした。

幼い頃から私はずっと可愛がられて、褒められていましたから。

世界には私の事を愛してくれる人しかいないと、本気でそう思っていましたの。

 

ああ、でも違うのですね。

貴方に二度負けてから、周囲の私を見る目が変わりました。

私の前では私の事を誉めそやしても、裏で期待外れのウマ娘だと陰口を叩く。

セクレタリアトの再来ではない、偽物だと。

私がセクレタリアトの再来と呼んでほしいと望んだわけではありませんのに。

 

私…あんなにウマ娘の耳が良い事を恨んだ事はありませんわ。

愛してくれると思っていた人々が私に背を向けて去っていく。

こんなに寂しくて、辛い事はありません。

 

泣きました。

あんなに泣いた事はありません。

そして、不思議でした。

どうして皆は私を愛しているはずなのに、たった二度負けただけで私を見捨てたのですか。

私は皆さまを愛しているから、家名も期待も背負って走ってきたのに。

泣いて、泣いて。

涙が枯れはてるまで泣いて…気づきました。

 

私は愛されてなどいなかった。

私を褒めてくれたのも。可愛がってくれたのも。温かい言葉も。

全ては私が勝っていたからだった。

 

恐ろしかった。

だって愛に満ちていると思っていた世界は、夜の海のように冷たくてとても残酷な場所だと初めて気づいたのですから。

 

だから、貴方を憎みましたの。

貴方さえいなければ。きっと私は3冠バになって。

幸福な夢に浸っていられたのですから。

妬ましいのです。

私から2冠を奪って、祝福を受ける貴方が。

 

 

そして、貴方には確かな愛がある。

愛のために走るなんてロマンチックだと思いました。

でも、今は切実に思いますわ。

私も愛が欲しい…!

 

…貴方に負けて、初めて知った世界の残酷さに怯え、震える私の手を私のトレーナーが黙って握ってくださった。

その時の安堵を、私は忘れません。

ずっと傍らに居て支えてくれた方が目に入っていなかったなんて、なんて私は愚かだったのでしょう。

その日以来、私はトレーナーの事をお慕いしております。

 

だけど、トレーナーは優しい方ですから、哀れな小娘を憐れんでくださったのかもしれません。

それを確かめる勇気は私にありませんの。

ですから…サンデーサイレンス。

愛する人に率直に愛を示せる貴方が羨ましい。

 

景色が流れていく。

サンデーが先頭の逃げウマ娘を捉えようと加速を始めるのが見えます。

気高い黒狼のような貴方。

 

貴方には走る理由があり、愛し愛される貴方に、私が勝てる道理はないかもしれません。

 

だけど、それでも。

私にも走る理由があるのです。

レースが華麗で祝福された面だけじゃない。

呪われた、残酷な戦いの面があると知ってなお、私はレースを走る事を愛していますの。

レースで走る事は私の誇り。私の生きる喜びです。

これは私の本当の想い。…サンデー。貴方が気づかせてくれた事ですわ。

 

土を蹴って走る喜び。私を出迎える人々の幸福な顔。

何より共に走るウマ娘の皆様の生命の輝き。

どれも私にとってはかけがえのないものなのです。

 

だから…私も走ります。この命を懸けて。

サンデーを追って私も加速します。

 

サンデーサイレンスが近づいてくる。

漆黒の勝負服。貴方の生命の色。

私から祝福を奪った宿敵。心の底から憎くて、妬ましいはずですのに。

どうして…貴方はそんなに美しく気高いのでしょう。

 

サンデーサイレンス。

貴方の走りを一目見た瞬間、憧れましたわ。

貴方の脚が醜いと陰口を叩くものもいましたが、私の目には尊いものに映りました。

貴方の走りには迷いがない。

 

そして、初めて私に好きなように走っていいと言ってくれた人。

 

本当は貴方を3冠バにしてあげるべきかもしれません。

それが貴方にとって特別な意味を持っている事はわかっていますの。

だけど、私は貴方に負けたくない。

 

貴方が3冠を取ったら。

私では永久に手の届かない高みにいってしまう。

いいえ。そんな事は許しませんわ。

憎くて恋しい貴方は永遠に私のライバルでなくては。

 

だから、サンデー。今度は貴方が私の背中を見る番です。

欲ばりな私は醜いかもしれません。だけど、それでも良いと貴方が教えてくれたから…!

 

サンデーサイレンスを追い抜く。

そのまま、夢中で走り続けて。

慣れ親しんだ喝采の声を聞きます。

やはり私はこれが好きです…!

 

観客の皆様に手を振って…それからサンデーサイレンスを振り返ります。

逆境にあっても静かに佇む貴方の姿はやはり誇り高く思えます。

ですから、私は謝りなどいたしません。

 

「サンデーサイレンス。これで私と貴方は1勝2敗。まだ決着はついておりませんわ。ブリーダーズカップでどちらが強いのか決着をつけましょう」

 

代わりに私は決闘の白手袋を投げます。

彼女の金色の瞳が閃光のような輝きを発するのが見えます。

怒りとそして敵意。

 

「ええ…次は負けません。…イージーゴア。あなたは私の敵です」

 

そして立ち去るサンデーを見送りながら、私は微笑みました。

敵…ようやく対等の立場で見てくれるようになりましたのね。

 

「イージーゴア!よくやった!今日の君は最高だ!」

 

私のトレーナーの興奮した声。

普段は陽気に見えてもどこか私に一線を引いている彼が、子供のようにはしゃいでいる。

それが無性に嬉しくなりました。

そして…サンデーと彼女のトレーナーがやっていた事を思い出します。

淑女として、はしたない振る舞いですが…今日の私は欲ばりですの。

駆け寄ってきたトレーナーに抱き着きます。

 

「うわ、イージーゴア!?」

 

「今日の勝者は私です。ですから勝者の特権ですの!」

 

君の家に申し開きが…とかサンデーのトレーナーを責められないな…とつぶやく彼を離すまいと強く抱き締めます。

きっとこの瞬間を私は生涯忘れないでしょう。

 

サンデー。貴方には大切な事をたくさん教わりましたわ。

だから、ブリーダーズカップで。

対等な敵として貴方と戦いたい。

それはきっと素晴らしい戦いになるでしょう。

 




今回はイージーゴア視点とちょっと毛色の変わった回になりました。
次回以降はいつも通りサンデーとトレーナーさん視点のお話になります。
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