【完結】マンハッタンカフェのそっくりさんをスカウトした転生トレーナー 作:クスクス
この話ですがRun for the Rosesを読み返していただくとより理解しやすいかもしれません。(もちろんこの話だけ読んでも大丈夫です!)
その手紙はごくありふれたもののようにやってきた。
あまりにもありふれていて、危うく見落とされそうになったほどだ。
”逢いたい”とただ一言書かれた便箋と古びた折り紙の薔薇。
子供の書いたものか。それとも悪戯か。
だが、その折り紙の薔薇が目を惹いた。
ずいぶんと古いもののようで、折り紙は色褪せてしまっている。
にもかかわらず薔薇は綺麗に形を保っており、大切にされてきた事が伺えた。
それが手紙を書いた人物の想いを伝えてきているように思えたのだ。
だから私はその手紙を取っておく事にした。
いつものようにトレーナー室で仕事をしていると、サンデーサイレンスがやってくる。
3冠レースを終えてここしばらくは休養期間にしているのだが、彼女はほぼ毎日トレーナー室に入り浸っていた。
しかも必ず何がしかの私物、コップやら教科書やらを置いていくので…トレーナー室は半分彼女の部屋のようになっている。
そして彼女は来る度に、自分の私物が置かれているのを確認して満足そうに微笑むのだった。
今日も彼女は猫のように柔らかな動きで私の傍らの席に座り、置いてあった教科書を読み始める。
美しい獣のような彼女が側にいるのは嬉しいのだが、たまに彼女の金の瞳がじっと私に向けられている事があり…少々落ち着かないのも確かだ。
私がPCのキーを叩く音とサンデーがページをめくる音だけが部屋に静かに響く。
時折、彼女と二言三言会話して仕事を続ける。
正直、彼女には退屈ではないかと思うのだが…
彼女の愉し気な様子を見るにまだ飽きてはいないらしい。
仕事が一区切りついたので、少し休憩を取る事にする。
お茶を飲みながら、サンデーに手紙を渡す。
不思議そうに手紙を見ていたサンデーだが、薔薇を見た瞬間、凍り付いたように動きを止めた。
「…古い友人からの手紙です」
しばし沈黙した後、彼女は口を開いた。
”友人”か。
ウマ娘はすべからく獲物、そして唯一認めるイージーゴアですら「敵」と表現する彼女が、誰かを「友人」と呼ぶのを初めて聞いた。
「大切な友達でした…でも…事故があったんです」
彼女の手が震えるのを見て彼女の手を優しく握る。
サンデーは微笑み、柔らかな声で過去を語り始めた。
かつて友人だった葦毛のウマ娘、ホワイトアイビー。
病弱だった自分を心配してくれた娘だった。
この薔薇はケンタッキーダービーの薔薇を模して彼女が作ったもの。
二人でレースをして勝った方がこれを受け取る。
二人ともこの遊びが大好きだった。
しかしスクールバスの事故で彼女は走れなくなり、より専門的な治療のために引っ越してしまった。
「…だから私は彼女にお別れも言えませんでした」
そう言って目を伏せるサンデー。
「サンデー…君はどうしたい?」
彼女に問いかける。
彼女は迷った様子だったがやがてはっきりと答えた。
「私は…会いたいと思います。今なら…きっと向き合えると思うんです」
「わかった。手配するよ。…それから」
そこで言葉を区切って微笑む。
「サンデー。私は君の友人を良く知らない。だけど彼女はきっと君を大切な友人だと思っているよ。君と同じように」
「どうしてわかるのですか?」
サンデーが力無く反応する。
彼女が何を恐れているのかはわかる。
ホワイトアイビーがサンデーだけが助かった事を憎んでいる、あるいは長く離れてしまった事で心も離れてしまったのではないか…それを恐れている。
だが、それは杞憂ではないか。
そっと折り紙の薔薇を示す。
「君の事が憎いなら思い出の品をこんな風に大切にとっておいたりはしないよ」
サンデーの金の瞳が強く輝く。
そしてその薔薇を大切そうに胸へかき抱いた。
彼女がトレーナー室を出るのを見送ってから、PCの隠しフォルダを開き探偵社からの調査報告を削除する。
”ホワイトアイビーに政治活動や宗教に傾倒している兆候は認められません。メディア等の関与も確認できませんでした。問題の手紙は純粋に私的なものと推測されます”
ホワイトアイビーの手紙をサンデーに見せると決めた時、万が一を懸念して調べさせておいた。
まったくの下衆の勘繰りだったわけだが。
私の薄汚い懸念に比べて、彼女達の友情のなんと純粋な事か。
嘆息して手紙を見やる。
運命は残酷だ。
大切な想いで固く結ばれた友人を引き離す事もある。
そして時が戻らない事を大人の私は知っている。
だが…本当にそうだろうか。
サンデーのスケジュールを考えると再会は6月の終わり頃になるだろう。
夏が来る。
あの日、彼女達から奪われた夏が。
強い想いは時を超え、分かたれた魂たちを結び合わせる。
この手紙が彼女達を失われた夏に導いてくれる…そんな気がするのだ。
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目に眩いばかりの青空の下、トレーナーさんと一緒に待ち合わせ場所の陸上競技場に歩く。
かつての私ならきっと…逃げ出していたかもしれません。
過去から逃げたくて走っていた私なら。
だけど今の私には支えてくれる人がいて。
そして…彼女には伝えたいんです。
ダービーで勝てたのは私だけの力じゃない。
あの日のみんなの想いが私を支えてくれたのだと。
傲慢かもしれません。
でも…彼女ならきっとわかってくれると…そう思うのです。
そして、競技場に、彼女がいました。
私の憧れだった銀髪があの日と同じように輝いて。
ただ一つ違うのは…両足が無く、車椅子に座っている事。
彼女が私を認めてにっこりと微笑むのが見えます…!
「また会えたね…サンデーちゃん」
その声を聞いた瞬間…私は駆けだしていました。
でも、いざ彼女を前にすると何も言えなくて。
彼女の前で立ち尽くす私を前に彼女が笑顔で手を広げます。
躊躇いながらも身を屈め、彼女の背に手を回すと、彼女が私を抱き締めてくれます。
抱きしめあうと想いが溢れて。
二人とも何も言えずにしばらく抱きあっていました。
「ごめんね…サンデーちゃん。さよならも言えなくて」
彼女の涙が落ちるのを感じます。
「いいえ。…私達はずっと一緒でした。あの日からもずっと」
私は答えます。
…私の声も泣き声でした。
「そっか。ありがとう…サンデーちゃん」
彼女が静かに答えるのを聞きます。
身体を離すと、彼女の泣き笑いの顔が見えます。
「泣きすぎだよサンデーちゃん。ほら、ハンカチ」
そして彼女がハンカチを取り出して私の顔を拭こうとします。
…変わっていないですね。自分よりも私の事を優先しようとするところ。
「…あなたもですよアイビー」
私もハンカチを取り出して彼女の顔を拭きます。
そんな事をしているとお互い滑稽に思えて。
二人で笑い出してしまいました。
彼女の車椅子を押して、トラックを歩きます。
お互いの近況の事。これまでの生活。過去の思い出。
話す事は尽きません。
”友人”と呼べるウマ娘と話すのはあの日以来ですから。
そんな中、彼女がぽつりと口を開きました。
「ごめんね。連絡するのが遅くなって。サンデーちゃんがレースで頑張っているのはずっと見てたから…本当はもっと早く連絡しようと思ってたんだけど。…私の事なんて忘れちゃってるかもって思ったら怖くて」
胸が痛みます。
本当は…私も彼女を探すべきでした。
お互い、同じように恐れていたんですね。
「でも、どうしてもおめでとうって言いたくて。…ケンタッキーダービーの約束覚えてる?」
「はい…決して忘れた事はありません。あの約束があったから私は走れました。みんなの想いが私の背を押してくれました」
「うん。ダービーを走ってるサンデーちゃんを見てとっても嬉しかったんだ。なんだか私も走っているみたいで。…サンデーちゃんも同じように思ってくれてたんだね」
そこで彼女が私を振り返って微笑む。
「ね、サンデーちゃん。私が作った薔薇を賭けてレースしてたの覚えてるよね。最後に勝ったのは私だった」
「はい…あなたは強いウマ娘でした」
「ふふ…私は今も強いウマ娘なんだよ。サンデーちゃん振り返ってみて?」
彼女の言葉に振り返るとトレーナーさんとアイビーのご両親が、車椅子を運んでいるのが見えます。
3輪の車椅子。
どこか精悍な印象を受けるそれは、走るための形をしているとすぐにわかりました。
「レースをしよう。サンデーちゃん。ケンタッキーダービーじゃないけど。約束のレースを」
彼女の瞳はこれまで私が戦ってきたウマ娘と同じように走る喜びに輝いていて。
彼女に内心憐れみを感じていた事を…私は恥じました。
彼女には戦う意志があり、走る力を持った一人のウマ娘です。
ならばためらう事はありません。
「はい…でも勝つのは私です。もう誰にも負けません」
「望むところだよ。サンデーちゃん」
そして二人で微笑みます。
あの頃と同じように。
果たされなかった約束をもう一度。
次でサンデーの過去の話は終わりの予定です。
トレーナーさんとのイチャイチャが少なくて申し訳ないのですが過去の話が終わったらめちゃめちゃイチャイチャする回なので、できればもう少し待っていただけると…
感想と評価いつもありがとうございます。
のろのろ更新で本当に申し訳ないのですが、執筆のモチベになっています。