【完結】マンハッタンカフェのそっくりさんをスカウトした転生トレーナー   作:クスクス

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※障がいについての記述がありますが決して障がいのある方を差別する意図はありません。


二人きりのダービー

漆黒の勝負服に着替えたサンデーに、注意事項を伝える。

 

「競技用車椅子は人間用でも時速30㎞に達する。ウマ娘用の場合は時速70㎞以上の速度を出せる。つまり…サンデー。君の全速力とほとんど変わらないと考えていい。そして、ホワイトアイビーの技量は卓越している。強敵だぞ」

「望むところです」

 

親友との再戦に昂った様子を見せるサンデーを微笑ましく思う。

だが、あまり羽目を外さないように釘を刺しておく。

 

「それから、彼女との間隔は十分に空ける事。接触した場合はどちらもただではすまない。君は外枠を走れ。…これはハンデじゃない。君達の安全を守るためのルールだ」

「…わかっています」

 

若干ふてくされた感じで返すサンデー。

これまで何度も確認してきたので、聞き飽きてしまったか。

苦笑して、お説教は切り上げる事にする。

 

「これは君達だけのレースだ。だから、サンデー。楽しんできてくれ」

 

私の言葉にこくりと頷くと目を輝かせてスタート位置に立つサンデー。

彼女の隣にはヘルメットを着用したホワイトアイビー。

 

ゲートは使えないので、通常の陸上競技と同じくスタートの合図はスターターピストルで行う。

 

「On your marks」

 

私の声に反応してサンデーがスタートの体勢を取る。

ホワイトアイビーの手に力がこもる。

G1の舞台と変わらぬ緊張と昂揚が二人の間にはあった。

いや、このレースは彼女達にとっての約束のダービーなのだ。

 

「Set」

 

緊張が極限まで高まるのを感じる。

そして私が引き金を空に向けて引く。

 

漆黒の獣と銀の閃光が飛び出していく。

その走りを見るだけで、彼女達の歓喜がわかった。

 

コースから外れて、アイビーのご両親のもとへと向かう。

アイビーと同じく優しそうで、いかにも紳士淑女といった雰囲気をまとっている。

 

「ありがとうございます。あの子の願いを聞いてくださって」

「私は何もしていません。全てサンデーの望んだ事です」

 

私の手を取らんばかりに感謝するアイビーのお母さんにこちらが困惑する。

むしろ私はアイビーの事を調査までさせた訳で、後ろめたさを感じる。

 

「もちろんサンデーさんにもお礼を言います。…あの子は私達の前では気丈に笑っていて。競技にも打ち込んでいましたけど…それでもやっぱり苦しい時もあったみたいで」

 

…ホワイトアイビーは本格化している。

ウマ娘に備わった本能が、走れと駆り立てるのに。

生涯に一度しか訪れない貴重な時間が空費されていくのを、ただ見ている事しかできないというのはどれほど辛い事なのだろう。

 

アイビーのお母さんの瞳から涙が流れ落ちる。

子を思う母の心、その苦しみを理解できるなどと傲慢な事は言えないが、それでもその涙が尊いことはわかる。

アイビーのお父さんも優しく微笑んではいるが、目が真っ赤に充血していた。

アイビーのご家族の苦悩がしのばれて、私は言葉を失う。

 

「でも、あの子はサンデーさんがダービーを走ったのを見て『サンデーちゃんが約束を守ってくれた…だから私もサンデーちゃんの友達として胸を張れるようにならなきゃ』って言ったんです。泣いていたけれど、本当の笑顔を見せてくれました」

 

そしてホワイトアイビーのお母さんは涙をぬぐい、気丈に言葉を続けた。

 

「そして今日のレース。あの子のために時間を割いていただいて本当にありがとうございます。あの子を憐れだと思ってくださって…これできっとあの子も救われると思います」

 

これまでずっと抱えてきた苦悩を私に話してくれたのだろう。

そしてサンデーの走りがその苦悩を減らした事は何よりも嬉しい。

だが、一つだけ間違いを訂正させてもらわなくてはならない。

 

 

「サンデーは決してアイビーさんを救うなどとは考えていません。彼女はただ、親友と約束を果たすために来たのです。幼い頃に交わした約束を果たすために。サンデーにとってアイビーさんは決して憐れみの対象ではありません。大切な親友で、自分と同じように運命に抗う一人のウマ娘です。…見てください。二人のレースを」

 

サンデーの漆黒の勝負服と、陽光にきらめくホワイトアイビーの車椅子。

決してどちらも譲らない抜きつ抜かれつの勝負。

サンデーがカーブでは得意のコーナリングで加速するが、ホワイトアイビーも巧みな車輪さばきで減速を抑え、直線で猛然と追撃にかかる。

 

「ええ…ええ…本当に。ありがとうございます」

 

嗚咽するホワイトアイビーのお母さん。

そっと自分の妻の肩に手を置き、慰めるホワイトアイビーのお父さん。

彼は私と目を合わせると深々と頭を下げた。

 

「先ほど申し上げた通り、私は何もしていません。…もうすぐ二人が戻ってきます。どうか見届けてあげてください。そして誇ってください。あなた方の娘さんは立派に戦っています。あなた方の愛の賜物です」

 

恐縮しながら言葉を返し、そして彼女達を見守る。

貸し切りの無人の競技場。

だが、私には聞こえる気がした。

彼女達を出迎える満場の観客たちの歓声が。祝福が。

第4コーナーを回ろうとする彼女達に声援を送る。

 

「頑張れ!サンデー!アイビー!」

 

声を張り上げる。

突然大声を上げた私に一瞬驚いた顔をしたアイビーのご両親も声を張り上げる。

本来、彼女達が受け取るはずだったものとは比べ物にならないかもしれない。

しかし、かけがえのない想いだけはきっと伝わると思うのだ。

 

────────────

 

──────────

 

────────

 

楽しい。

本当にそう思います。

 

レースを走る事がこんなに楽しいと思った事は…数えるほどしかありません。

私の数バ身先を行くアイビーを見つめます。

初めて見た時はびっくりしました。

まさか車椅子で私の全力でも追いつけない速度を出すなんて。

まるであの子…イージーゴアに似ている。

そう思いました。

トレーナーさんの資料で予習してはいましたが、実際に体験してみると…驚きます。

 

でも、もう一度あなたと全力で戦える。

それが…何よりも嬉しいんです。

間もなく最終コーナー。

いつも通り、私の狩場が来る。

 

そしてトレーナーさんとアイビーのご両親の私達への歓声。

…アイビーにも伝わるでしょうか。

満場を埋め尽くす観客の大歓声よりも、あなたの家族の応援には価値があると。

こんなにもあなたへの愛に満ちているのだと。

 

そして、コーナーで加速を始めようとした時、ふと思いました。

彼女を勝たせた方がいいのではないかと。

このままでは、彼女の夢を、勝利を、想いを喰らってしまう。

 

そして脚を緩めようとした瞬間、アイビーの声が聞こえました。

 

「サンデーちゃん。遠慮しないで。本気を出して!」

 

その言葉に押されて、加速をはじめ、黒い猟犬となって加速します。

コーナーで、美しい白銀の獣、アイビーを追い抜いて。

そのまま全力で走ります。

 

後ろから彼女が迫ってくる。

手加減などする必要はなかった。

今度は私が狩られる番…という事ですか。

でも…そう簡単には狩られてあげません…!

 

そして、私達はゴールを駆け抜けました。

トレーナーさんとアイビーのご両親の拍手と歓声を受けて。

 

アイビーにご両親が駆け寄って抱き締めるのが見えます。

そして私はトレーナーさんに頭を撫でられていました。

 

撫でられるのはとても愛おしいけれど、私は複雑な気持ちでした。

彼女に勝ってしまった。彼女の夢を砕いてしまった。でも、彼女の想いに背きたくはなかった。

そんな私に、トレーナーさんが優しく声をかけてくれます。

 

「良いレースだった。君達だけのダービーに相応しいレースだったよ」

 

何か言葉を返そうとした時、アイビーが私を呼びます。

 

アイビーは満面の笑顔で私を迎えました。

 

「サンデーちゃん。ありがとう。私、今日のレースの事、ずっと忘れないと思う。最高の友達と最高のレースが出来たんだから」

 

…わかりません。どうして敗北したのに彼女が笑顔なのか。

 

「…どうしてですか?私はあなたを負かしてしまったのに…」

「だってサンデーちゃんと全力を尽くして戦うのが私の夢だったの。今日…サンデーちゃんは約束を守ってそれを叶えてくれたんだよ」

 

それから静かに微笑みます。

 

「サンデーちゃんは優しいから、負けた娘の事を考えちゃうんだね。でも…全力を尽くした結果に恥じる事なんてないんだよ。負けても死ぬ訳じゃない。負けて悔しい思いをした娘も明日には立ち上がって走り出すよ。ううん…例え、立ち上がる脚が無くてもね」

 

最後は冗談めかして自分の脚を示して言う彼女。

 

「でも、私は…」

「ねえ、サンデーちゃん。今日のレースは楽しかった?」

 

なお言いつのろうとする私に彼女が唐突に問いかけます。

 

「…楽しかったです。永遠に続けば良いと…そう思うぐらいに」

「そっか。嬉しいな…サンデーちゃんもそう思ってくれたんだ。きっとね。同じだと思うの」

 

そしてはにかんだ微笑みを浮かべる。

 

「あなたのライバル。イージーゴアも。だって二人とも今日の私達と同じように楽しそうな顔をしてたもの。だからサンデーちゃん。今日と同じように心のままに走って」

 

彼女の言葉を考えます。

私は勝つ事がどこか罪深いと思っていました。

だけど…私は許されていいのでしょうか。

 

「サンデーちゃん。これ」

 

そして渡されたのは新しく折り紙で作られた薔薇。

 

「それから忘れないで。サンデーちゃん。あなたの走りが私達を勇気づけてくれた。あなたは私達の約束を果たしてくれた。だからね…もう私達の事で苦しまないでいいんだよ。サンデーちゃん」

 

渡された薔薇の中に何かが入っているのがわかります。

 

これは…SDチップ?

 

トレーナーさんの差し出してくれたスマートフォンに入れてみると、懐かしいみんなの声が響きます。

私に対する激励と応援の言葉。

みんな、脚に障がいはあるけれど、元気そうで。

 

「みんな、サンデーちゃんのレースを見て勇気づけられたんだって。…あの事故の後、みんな離れ離れになっていたけれどケンタッキーダービーを見て、もう一度連絡をとろうって呼びかけたの」

 

それから彼女が私の手を握ります。

 

「それでこのメッセージを作ったんだけど、もしかしたらサンデーちゃんはあの事故の事も、私達の事も思い出したくないかもしれないと思って…。だから、私に会ってくれるようなら渡したらいいんじゃない?ってみんなが。そしてあなたは今日私と会ってくれた」

 

そして彼女は万感の想いをこめて伝えてくれました。

 

「ありがとう。サンデーちゃん」

 

私は彼女を抱き締めました。

許されているという感覚。

 

これまで走ってきた事は無駄じゃなかった。

私の独りよがりじゃなくて想いはちゃんと伝わっていた。

そしてやっと…あの事故が終わったと感じる事ができました。

 




次話は夏合宿の話になります。
トレーナーとイチャイチャする話なので期待していただけたらなあと思います。
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