【完結】マンハッタンカフェのそっくりさんをスカウトした転生トレーナー   作:クスクス

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夏合宿/”家”

夏。

私の視界の中で、空の青と海の青が溶けあう。

穏やかな波のうねりを感じながら時計を見る。

…そろそろサンデーを呼び戻さなくてはいけない。

ボートから身を乗り出して合図をすると、サンデーが潜って姿を消す。

 

そのまま待っていると、驚くほどのスピードでこちらに向かってくるのが見える。

群青の水の下で巧みに身をくねらせて躍動する様は人魚というよりは、むしろ獰猛なシャチのようだ。

 

そして…サンデーはボートの前でいったん深く潜ると一気に浮上して、空中に躍り上がった。

彼女はそのまま優雅に弧を描いて着水する。

 

盛大に上がる水しぶき。

 

その餌食になった私が顔を拭っているうちに、悪戯なシャチ…ではなく私の愛バがしれっとボートに乗り込んでいた。

彼女の金の瞳が無邪気な喜びに輝いている。

艶やかな水着の黒と彼女の肢体の白のコントラストが鮮やかだ、

私の視線を感じた彼女が悪戯っぽく笑う。

 

「濡れてしまいましたね…トレーナーさん。…どうせなら一緒に泳ぎませんか?」

 

甘えた猫なで声と媚びるような流し目。

私は苦笑する。

魅力的な提案だが…私と一緒に泳ぐのは彼女にとっては児戯にも等しい。

それに、トレーニングを始める前にもウォーミングアップを兼ねて一緒に泳いだばかりだ。

 

「もう昼食の時間だ。そろそろ戻ろう」

「そうですか…じゃあ帰りましょう。私達の”家”に」

 

彼女は少しだけ残念そうな顔をしたが、ものわかりよく頷いてくれた。

私達の”家”と言う時に彼女が幸せそうに目を細めたのは気づかなかった事にする。

 

気を取り直して、オールを取ろうとすると…手が空を切る。

驚いて辺りを見回すと、サンデーの手にオールが握られていた。

悪童の笑みを浮かべる彼女はいたずら好きな水の精といった可憐な風情だが…

 

「サンデー待っ…」

「さあ、早く帰りましょう?」

 

その後、何があったのかは察していただきたい。

ただ一つ言えるのは、本来手漕ぎボートは時速数十キロで爆走する代物ではない、という事だ。

 

もう二度とオールから目を離さないと心に誓いつつ、サンデーと寄り添いあって家路をたどる。

もちろん”家”といっても本当の家ではない。

合宿所の事をいつしかサンデーがそう呼び始めたのだ。

 

海を臨む小高い丘の上にぽつんと佇む小さな宿舎。

本来はチーム用の宿舎なのだが、たまたま使うチームが無く、合宿所の本館が定員オーバーだった事から私達が利用させてもらっている。

少し古いが清潔であり、周囲を木立に囲まれているので静かで環境としては申し分ない。

 

ただ一つ、トレーナー用の部屋の設備が壊れており、物置として利用されていた事以外は。

 

ここを利用するチームのトレーナーは合宿所の本館の方に部屋を取るのが通例だったらしい。

だが今は本館のほうは空きがないし、幸いにも大部屋は間仕切りで部屋を区切る事ができるので我慢してほしい…職員からそんな説明を受けた時は私だけ外に宿を取ろうと思ったのだが、この時期は中々宿を取る事も難しい。

 

何より、目を輝かせたサンデーの説得が決め手となった。

 

「そんなつまらない事でトレーナーの時間を空費しないでください。それではあの子に、イージーゴアに勝つ事はできません」とか「何事も分かち合うと決めたではないですか…私は気にしませんよ?」と異様な熱意で迫ってきたので、否応なしに頷くほかなかった。

 

まあ、一緒に暮らせばどうしても粗が目につく。

サンデーの私への想いも冷めるのではないかとも思ったのだが…

その効き目は今のところないらしい。

 

そんな私達の”家”にたどり着くとサンデーが先に立って鍵を開ける。

そして玄関に一歩足を踏み入れると、くるりと振り返る。

彼女の金の瞳が何かを期待して私を見つめていた。

少々照れくさいが…意を決して彼女の望む言葉を言う。

 

「ただいま。サンデー」

「おかえりなさい…トレーナーさん」

 

そんなおままごとのようなやり取り。

まるで夫婦のようで面映ゆい。

 

彼女が水着から着替える間に、私は食堂で昼食の準備をする。

 

やがてジャージへと着替えたサンデーがやってきて料理を手伝ってくれる。

本当は彼女には休んでいてもらいたいのだが…

あの日以来「共に分かち合う」というのが彼女の信念に追加されてしまい、私と一緒にできる事は何でも参加したがる。

言い出したら聞かない彼女の性格を知っているので、私もついつい甘えてしまっていた。

 

サンデーと呼吸をあわせて料理を完成させる。

ここにきた当初はまったくの初心者だった彼女だが、自分も手伝いをすると言い出してからは数日でコツをつかみ、今では簡単な料理なら一人で作れるまで上達した。

 

誇らしげな彼女の頭を撫でてやるとウマ耳がぴくぴく震え、横にぺたりと垂れる。

そんな彼女を微笑ましく思い、ウマ耳を優しくくすぐってやると、彼女からくたりと力が抜けたので、慌てて抱きとめた。

恍惚とした様子の彼女が「もっと…してください」と甘えた声で鳴くのを、料理が冷める事を口実に何とかかわす。

 

真夏の日光に慣れた目からすると室内は薄暗い。

ただ、窓から見える海の青が鮮烈だった。

 

二人で食卓に座り、出来上がった料理を堪能する。

 

「美味しい…」

 

幸せそうなサンデーの様子に、私の胸にも幸福感が溢れる。

きっと雛鳥に餌を与える親鳥はこんな気分なのだろう。

そんな彼女を見ながら、もの思いに耽る。

 

ここでの彼女との生活は決まったスケジュールに従っている。

午前中は海で泳ぎ、昼食をとった後は座学、そして暑さがすこし落ち着いたらトレーニングに。

夜は夕食から就寝まで語り合ったり、時には夜の散歩に出かけたりする。

 

ともすれば単調に思える生活だが、サンデーには充実した生活らしい。

新しく料理を身につけたり、トレーニングで日々成長する彼女には新鮮な経験なのだろう。

 

では…私にとってはどうか。

日ごとに、彼女との生活が馴染んでくる。

夜ごとに、彼女の過去を、想いを深く知っていく。

 

私は…サンデーをどうしたいのだろうか。

 

彼女の幸福が第一なのは間違いない。

偶然、彼女を見出しただけの私が摘み取っていい花ではないのはわかっている。

走り終えてから、彼女自身で相応しい相手をゆっくり探す時間を与えてあげなければ。

 

しかし、彼女を手放したくない…と叫ぶ私もいて。

中々、人の心とは難しいものだ。

 

眼前のサンデーを改めて見つめる。

 

青い海を背にしたサンデーの髪は黒々として陽光にきらめいている。

それは彼女の内からあふれる生命を象徴しているかのようだ。

彼女の髪が海からの風になびく。

そして、彼女の心からの笑顔。

 

「ままならないな…」

 

しみじみと小声でつぶやく。

 

きっと忘れられなくなる。

夏の海と空を見る度にサンデーを想い出す事になる。

決して手放すなと騒ぎ立てる私の心に強引に蓋をして、午後からのトレーニングの話をする事にした。

 

「さて、食べ終わったら少し休憩して、過去のレース映像で戦術を検討しよう。今日のテーマは─」

 

”トレーナー”としての仮面を被りなおす。

だが、これまでの彼女との日々の中で、仮面にはヒビが入っているのを感じる。

…きっと夏のせいだろう。

この空と海があまりにも青いせいなのだ。

 

────────────

 

──────────

 

────────

※サンデーサイレンス視点

 

 

幸せです。

私達…二人だけのお家。

 

この家からは海と木立しか見えなくて。

まるで世界には私とトレーナーさんしかいないかのよう。

幼い頃に母に買ってもらったガラスドームを思い出します。

透明なガラスの中に閉じ込められた世界。

それと同じように透明な、私とトレーナーさんの愛が世界を隔てているかのような錯覚を感じます。

二人だけの完璧な夏。

あなたと過ごす一瞬一瞬が私にとってかけがえのないものなんです。

 

あなたと泳いだ海。

あなたと一緒に作った料理の味。

毎夜、あなたと寄り添って語り合った事。

トレーニングする砂浜のざらついた砂粒の感触すら愛おしい記憶です。

 

そして、ずっと二人きりですから…

トレーナーさんの普段は見られない姿が見られて嬉しいです。

 

いつも私の前では優しい顔をしているあなたが。

私のトレーニングメニューやレース選びに頭を悩ませて難しい顔をして。

私のグッズやCMの条件をめぐって難しい交渉をしたり。

あんなに冷たい声も出せるんですね…トレーナーさん。

 

私のために悩んで、苦しむあなたを見るのは切なくて辛いけれど…密やかな甘い喜びもこみ上げてきます。

だってそれだけ、私の事を愛してくれているって事でしょう?

 

…大丈夫です。トレーナーさん。

私はこの罪の味に溺れたりしません。

今はまだあなたに庇護される弱い私ですが、きっとあなたに報います。

だって…私はもうあなたのものですから。

 

それに、あなたの可愛らしいところもたくさん知れました。

寝ぐせを直すのに毎朝苦労していたり、私の歌った曲をよく鼻歌で歌っていたり。

私がミントキャンディに目がないのをからかうくせに、自分も甘党だったり。

 

あなたの事を知る度にもっと愛おしくなります。

だから…もっと私に見せてください。

何もかも。

あなたの全部を。

 

もちろん、あなたも私を知ってください。

私の過去も、想いも全部…お伝えします。

何なら…もっと深く知っていただいても構いません。

 

合宿の期間はまだまだ残っています。

水平線で海と空が溶けあうように。

何もかも私とわかちあってください。トレーナーさん。

だってここは私達の”家”ですから。

 

 




長くなったので分割しました。
次話で夏合宿編は終わり、次々話でイージーゴアとの決戦になります。

感想とできれば…高評価をいただけると大変嬉しいです!
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