【完結】マンハッタンカフェのそっくりさんをスカウトした転生トレーナー   作:クスクス

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※冒頭部分で一部文章が重複している箇所があったので修正しました。


楽園(後編)

地下バ道を抜けて、光の中に踏み出した私を迎えたのは、会場を埋め尽くした観衆でした。

それでも、トレーナーさんの事はすぐに見つけ出せました。

 

あなたの視線が私を輝かせる。

きっと楽園に。

 

その想いを込めてトレーナーさんと視線を交わします。

 

そして、トレーナーさんから少し離れたところにアイビーの姿がありました。

銀髪を11月の柔らかな陽光に輝かせて。

その周囲には旧友達の姿もあり、懐かしさに頬が緩みます。

 

相変わらず仕切り屋で元気そうに栗色の髪をぴょこぴょこと揺らしているチェイス。

抜け目なくすばしこいペニー。

とにかく先頭に立ちたがったアンバー。

それ以外にも見知った顔がたくさん…。

無邪気な笑顔で私に手を振るアイビー達に、私もぎこちなく手を振り返します。

 

会場から一斉にどよめきが起こり…喝采が後に続きました。

困惑する私に、傍らにいたイージーゴアがそっと囁きます。

その顔に娘の成長を喜ぶ母親のような微笑みを浮かべて。

 

「貴方から手を振られたのが初めてだから、観客の皆さまが喜んでいるのですわ」

 

そういえば…観客に私から手を振る事はこれまで無かったですね。

喝采の声に気おされて手を降ろした私を見て、イージーゴアが私の前にくるりと回り込みました。

それから柔らかく、諭すように私に語りかけます。

 

「サンデー。貴方と私のトレーナーさんのような永久不変の愛ではないけれど…観客の皆様は貴方に心動かされているのですわ。それはこの一瞬の事かもしれない。でもその気持ちにきっと嘘はありません。ですから…応えてあげてはいかがですか?」

 

それから、彼女はとっておきの笑顔を浮かべました。

世界をまるごと愛するような笑顔を。

そして、彼女を呼ぶ観客達の声に応えてレース場をまるごと抱き締めようとするかのように両手を広げて、舞踏会の円舞のように優雅に回って見せた。

彼女の漆黒のドレスのような勝負服の裾がふわりと広がる。

 

イージーゴアの身のこなし、その笑顔には高貴なものの生まれつきの優雅さがあり、何かしらの古い失われた美徳を呼び起こすような感覚を与えます。

 

その姿は幼い日に聞いたおとぎ話か、美しい夢のようで、観客はまるで魔法にかけられたかのように彼女に魅了されていました。

 

「何故…私にそんな事を言うのですか?」

「知ってほしいからです。…私はレースの全てが好きです。この身に授けられた力の全てを出し切って駆ける事が好きです。貴方のような素晴らしいウマ娘と戦うのも。でも…それだけじゃありません」

 

そこでいったん言葉を切ってから彼女は続けた。

 

「観客の皆様が私の名を讃えるのも。私達を見つめる観客の皆様が幸福な笑顔になるのも好きです。ですから貴方にも讃える声に応える喜びを知ってほしいのです!」

 

彼女の笑顔が眩しくて、視線をそらしました。

その笑顔には絶対に引き下がらないという意志があります。

それで、彼女の気が済むのなら。

 

「…仕方ないですね」

 

イージーゴアと一緒に観客席に手を振る。

それに応えて観客席から一斉に手が振られる様は壮観でした。

傍らで満面の笑みを浮かべるイージーゴアを横目で睨みます。

 

「これ…あなたがやりたかっただけじゃないですか?」

「ええ!お友達と一緒に手を振るのを一度やってみたかったんですの!」

 

夢が叶いましたと悪戯っぽく笑うイージーゴア。

それから穏やかな顔に戻って続けました。

 

「でもそれだけじゃありませんわ。…サンデーサイレンス。貴方の走りは…いいえ、貴方の人生の物語は世界の人々に愛されています。きっと…今日会場に来た方々は苦境に立たされた時に貴方の事を思い出します。逆境にあっても諦めずに立ち向かってきた貴方を」

「ずいぶんと自信があるのですね…あなたに彼らの気持ちがわかるのですか」

 

確信に満ちた彼女の言葉に、少し意地悪をしてみます。

けれど、彼女は楽しそうに笑って返事をします。

 

「あら…わかりますわ。だって私も貴方のファンですもの!」

 

私は呆れて溜息をつきます。

全く…このお嬢様は…。

でも、彼女の無邪気な裏表のない言葉は私の心に響きました。

かつての私のように独りで闘っている人を勇気づけられるなら。

…それは悪い事ではないかもしれませんね。

 

改めて、会場を見渡します。

観客と一括りにして気にしていませんでしたが、様々な人がいる事に気づきます。

 

幼いウマ娘とその兄か、幼馴染か人間の少年。

現役を引退したのであろうウマ娘のグループ。

かつてトレーナーだったのだろう古いトレーナーバッジを付けた老人と老ウマ娘の夫婦。

会社からスーツ姿のまま慌てて駆け付けたと思しき人。

 

人種も年齢もばらばらですが、私達に手を振る彼らは皆、幸福そうな顔をしています。

 

「だから、誇ってください。サンデーサイレンス。運命に噛みついたウマ娘よ。貴方の走りはきっと皆を幸せにします。今日これからのレースも」

 

イージーゴアの言葉にゆっくりと頷きます。

 

「はい。…良いレースを。私達の戦いをしましょう」

「ええ。良い戦いを」

 

 

最後にもう一度二人で観客席に手を振り、ゲートへと向かいます。

私達の決戦の場所へ。

────────────

 

──────────

 

────────

 

『全バゲートイン完了!スタートの準備が整いました!』

 

イージーゴアの言葉は嬉しかった。

そして、観客が私に手を振ってくれたことも。

 

でも、今は何よりも、トレーナーさんと楽園に行きたい。

 

渇く。飢える。

全身に力が漲り、熱い血液が全身を駆け巡るのを感じる。それとは反対に頭は冴え冴えとしていて。

 

レースでしか味わえない昂揚。

レースが始まる前の静寂の中で私はスタートの時を待ちます。

会場全体が緊張と期待に満ちた空気で充たされ…大いなる瞬間を待ちわびています

 

そして、天使の喇叭のようにブザーが鳴り響き、楽園への扉が開く。

 

ゲートから弾かれたように飛び出す。

 

土を踏みしめる感触。

景色が後方へと見る間に流れ去っていく。

私だけのリズムで駆ける。

 

先頭を走るのはスルーシティースルー。

しかし、ペースが速すぎます。

私とイージーゴアに勝つために逃げという賭けに出たのは評価します。

でも…それは無謀ですね。

 

私は彼女には付き合わずに先頭集団に場所を確保します。

良いレース。理想的な展開です。

その事に満足して…イージーゴアの気配を感じない事に気づきます。

…スタートで出遅れましたね。イージーゴア。

ライバルの醜態に内心溜息をつきます。

まあ、良いでしょう。どのみち最終直線では嫌でも出会う事になるでしょうから。

 

少しづつ前に出て、位置をつめていきます。

先頭はスルーシティースルーに代わってブラッシングジョン。

そして、イージーゴアが上がってくる。

 

決然と、それでいて優雅に。

その大きなストライドから得られる推進力を存分に活かして。

私に並びかけた彼女と一瞬視線を交わす。

闘う意志を持った彼女の瞳に敬意を払う。

 

流石ですね。

でも、あなたにはそのスピードでカーブを曲がる事はできない。

最終直線でまた、会いましょう。

 

前を向く。

コーナーは私の狩場です。

身体に刻みこまれた本能がその瞬間だと教えてくれる。

脚に渾身の力を込めて。

今、駆ける。

 

爆発的な加速に景色が滲んでいく。

風の音が鳴り響く。

駆ける事の喜びを強く感じます。

 

遠心力に逆らわずに柔らかくその力を受け流して。

ステップを踏むように。

 

そして最終コーナーを巡った私の目がトレーナーさんの姿をとらえる。

全身に切なさがこみ上げます。

早く、早く、あなたと楽園に行きたい。

その想いが私を駆り立てます。

 

先頭を行くブラッシングジョンを追い抜いて、さらに加速する。

あと200メートル。

 

『イージーゴア!イージーゴア!』

そこで、観客席からイージーゴアを呼ぶ声が巻き起こる。

後方から猛然と迫ってくる彼女の脚音を聞きます。

でも、このままなら勝てる。

 

しかし、最後の100メートルで彼女の脚音が変わるのを聞きます。

全てを賭けた全力の走り。優雅さも何もかもを投げ捨てて彼女は走っている。

やはり、あなたは手ごわい…!

でも、勝つのは私です…!

 

あと50メートル。

彼女が私に並びかける。

 

私の全てを走る事に注ぎ込む。

私の生命、愛の全てを今、ここで。

私の心臓が限界まで鼓動しているのが。

その音が聞こえる。

視界が黒くなり、そして白くなる。

窒息する苦しさ。

 

轟轟と鳴り響く風の音と私の荒い息が混じりあってどちらの音なのかもうわからない。

 

あと10メートル。

 

つかみ取ってみせる。

あの場所に。楽園に。

 

あと一秒。一瞬だけでいい。

私のほうが…速い!

 

そして、私の脚が地面を蹴って。

 

掲示板の1位に私の名が表示される。

『サンデーサイレンス!一着でゴールイン!歴史に名を刻みました!』

 

勝った。

楽園に。

焦がれ続けた場所に。

たどり着いた。

 

呆然とする私に観客の歓声と拍手が怒涛のように押し寄せる。

 

「サンデー。お見事でした。年度代表バに相応しい走りでしたわ」

 

疲弊しきって汗にまみれてはいるが、輝くような笑顔でイージーゴアが声をかけてくる。

じわじわと実感と喜びが湧いてきます。

 

「あなたも…素晴らしい走りでした。イージーゴア」

 

私の言葉に、イージーゴアが笑みを深くする。

 

「光栄ですわ。ねえ…サンデー。私と握手をしていただけないでしょうか」

 

初めての戦ったケンタッキーダービーの日、彼女の握手を拒んだのを思い出します。

あの時のイージーゴアは私の相手ではなかった。

でも、今の彼女は私の宿敵で……私の友人ですから。

 

彼女と固く握手をする。

そして、彼女は彼女のトレーナーの方に向かって歩いていきながら、振り返って叫んだ。

彼女の尻尾がぶんぶんと振られているのが見えます。

 

「サンデー。今年は貴方が勝者です。でも、来年はきっと私が勝ちます!ですから、またレースをしましょう!素晴らしいレースを!」

「望むところです。…そして何度でも教えてあげます。私の方が強いという事を」

 

私も叫び返して…イージーゴアと微笑みを交わしました。

 

そして、振り返ると私のトレーナーさんが立っています。

輝くネクタイピンを持って。

満面の笑顔で。

 

「サンデー、君は、いや、私達はたどり着いたんだ。楽園に」

 

それから優しい手つきで私にネクタイピンを付けてくれました。

私達の愛の証を。

それから…私を強く抱き締めてくれました。

彼の腕の中で、堰を切ったように喜びがあふれてきます。

 

走ってきてよかった。…生きていてよかった。

 

決して離れないように私も彼を抱き締めます。

尻尾も彼に巻き付けて。

永遠にも感じられる抱擁を終えたあと、私は何かが足りない事に気づきました。

そして、彼を抱く力を緩めて、彼の瞳を見つめます。

彼はしばしの間私を見つめて、次に周囲を見渡して。

最後に一瞬天を仰いでから…私に口づけしました。

 

私達は一つになり、天から楽園が落ちてくる。

とうとう辿り着きました。私の…私達の楽園に。

 

 




サンデーサイレンスは楽園に辿り着きました。この後は来週の日曜日にエピローグを投稿してそれで完結とさせていただきたいと思います。

ここまで読んでいただいた皆様に感謝を申し上げたいと思います。皆様の感想や評価、ブックマークがなければ、私はここまでこの物語を書き続けることはできませんでした。その意味では、この物語は読者の皆様と共に作り上げた物語と言えると思います。無数の作品からこの作品を見つけていただき、そして、2ヶ月という長い間お付き合いいただき本当にありがとうございました。

ぜひ感想や評価をいただければと思います。

この作品は、サンデーサイレンスという皆に愛された偉大な名馬の劇的な生涯に負うところが大きい(というかほぼ全てですね…)と思っています。作品を作るために彼の生涯を調べれば調べるほど、彼がどれほど偉大な馬であったかという想いが強くなりました。彼のライバルであったイージーゴアについても同様です。

また、ウマ娘という作品の懐の深さや素晴らしさを学ぶことができました。

この作品を書くことは本当に楽しくて幸福な経験でした。繰り返しになりますが、支えていただいた読者の皆様には心からの感謝を申し上げます。ありがとうございました。

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