【完結】マンハッタンカフェのそっくりさんをスカウトした転生トレーナー 作:クスクス
本編から半年後くらいのお話です。 全3話ぐらいを想定しています。
サンデーの引退に伴って教官をやっているトレーナーとサブトレーナーを目指して進学を決めたサンデーサイレンス。
トレーナーが教官として指導するウマ娘「ジェニュイン」が模擬レースに出るという事でサンデーちゃんは(勝手に)品定めする気満々のようですが…?
※ハーレム展開はありません。
※サンデーサイレンス視点
黄昏のグラウンドをウマ娘たちが駆けていく。
教室の窓辺から彼女達を眺めながら、私は思わず頬が緩むのを感じました。
まだ本格化も迎えていない彼女達の走りは未熟で、荒削りで。
そして何より飢えを感じる。
まだ何者でもない彼女達のひたむきで純粋な飢え。
どこまでも走っていけるような希望と、それでもなお満たされぬ渇きを、まだ見ぬ栄光への焦がれを、孤独と焦燥で眠れない夜を私は知っています。
そっと彼女達から目を離して私の薬指に輝く指輪を見つめます。
冬の穏やかな陽光に照らされて静かに煌めくそれが、私を窘めるようで。
そう、私は勝利だけが全てではないことも知っている。
積み重ねてきた日々は、努力は無にはならない。
勝者は敗者の砕けた夢も背負って走るのだから。
でも、だからこそ。
私は心の中で彼女達に呼びかけました。
戦いなさい。命を懸けて。
勝利のために。ただ己自身のために。
あなたたちがこれから過ごすのは私達ウマ娘だけに許された特別な時間なのだから。
それから、私は走る彼女達の中の一人に目を向けました。
ジェニュイン。私のトレーナーさんが教官として指導しているウマ娘の一人。
穏やかで生真面目そうな顔と、教科書通りの走り方。
優等生と聞いていましたが、その通りの娘ですね。
でも…少し退屈です。
自分の走りを持たないウマ娘など私は何人も喰らってきました。
だってレースに教科書通りの展開など一度たりともないのですから。
ほら、逃げウマ娘が失速して…それに釣られた娘が代わりに飛び出しました。
最終コーナーはまだ遠い。
先行ウマ娘が仕掛けるには早すぎる。
でもそれをきっかけにして、規則正しく進行していたレースが動き始めました。
あわせて速度を上げるウマ娘もいれば、仕掛け時ではないと判断して後方に下がるウマ娘もいて。
後方で刃を研いでいた差しウマ娘達も迫ってくる。
難しい展開です。
でも…レースの醍醐味でもある。
互いに知略を尽くしての駆け引き。
それをねじ伏せて、あるいはかわして獲物を狩る悦び。
私の血が騒ぐのを感じます。
ジェニュインは…うろたえたように周囲に目をやって、速度を上げてみたり、あるいはペースを急に落としたり。
その黒い瞳が不安に揺れています。
それを見て私は静かに理解しました。
この娘はきっと…自分に自信がないのですね。
先ほどの過剰に教科書通りの走り方も。優等生という評判も。
本当の自分を見せないための鎧なのでしょう。
でも…駄目ですね。
そんな重荷を抱えていては勝てない。
例え、この世の人々全てが嘲笑し、哀れみ、あざけろうとも。
自分の全てをぶつけなければ。
だって…これはあなたのレース。
あなただけの戦いなのだから。
自分を信じる強さがあれば。
あるいは…彼女以上に彼女の事を信じてくれる誰か。背中を押してくれる誰かがいてくれたら。
もし…そんな人がいてくれたら…彼女はきっと勝てるでしょう。
そうでしょう?トレーナーさん。
「ジェニュイン!君自身の走りをすればいい!」
寒空に穏やかな、だけど凛とした声が響き渡ります。
私の大好きな声。かつて私を勝利へと導いた声がジェニュインにかけられます。
ジェニュインが鞭うたれたかのように大きく震えます。
「大丈夫。私は…君が見たい。本物の君の走りを見せてくれ!」
いたわるように優しく、だけど力強い声。
ジェニュインが頷いて、もう一度走りだします。
動揺した不安定な走り方とも、教科書通りの走り方とも違う。
彼女だけの走り方。
まだ未熟かもしれない。けれど…確かに彼女は自分で戦い始めたのです。
私が見守るうちに彼女はあっさりと他のウマ娘を抜き返して、先頭に躍り出ました。
その顔には先ほどの焦燥はなく、喜びと確かな闘志がありました。
もう大丈夫。
だから…そんなに怖い顔をしなくてもいいんですよ?トレーナーさん。
ジェニュインから視線をそらし、トレーナーさんに視線をむけます。
真摯に、祈るかのように一心に彼女を見つめる厳しい顔。
あなたの競争バだった時からあなたの視線は感じてきました。
その視線に背中を押されて勝ってきたのだから。
でも最終コーナーを回った私を迎えるあなたの顔は優しくて。
だから…気づきませんでした。
あなたも一緒に戦っていたのですね。トレーナーさん。
私が競争バ時代に見られなかったどんな顔も、全部私に見せてください。
私ももうすぐサブトレーナーになって、あなたと一緒に戦いますから。
だから待っていてくださいね。
切ない気持ちがこみ上げるのをこらえてレースに目を戻します。
最終コーナーを回って他バを後方に突き放したジェニュインが戻ってくる。
それを見たトレーナーさんが見慣れた優しい顔になります。
ジェニュインがさらにスピードを上げました。
…胸にチクリと痛みが走ります。
きっと…ジェニュインはかつての私と同じものを感じている。
迎えてくれる人がいるから。だからこそ全身の血を燃やし尽くして。
身体に残った最後の一片の力さえ絞り出しても。
勝ちたい。
そのまま、彼女は1位でゴールして、弾むような足取りのままトレーナーさんのもとに向かう。
私はゆっくり、息を長く吐き出しました。
…彼女がこの後何を言うのかは想像がつきます。
まあ、いいでしょう。
彼女は自分の走りを示しました。
報酬は与えられなければ。
私は目を閉じて彼女の言葉を待ちました。
避けられない痛みもあります。
「教官!…私勝ちました!…だから…だから」
初々しい、勝利の喜びに震える声。
そして、彼女は私が予想した通りの言葉をトレーナーさんに投げかけました。
「私のトレーナーになってください!」
大切な誓いの言葉。ウマ娘にとって一生にいちどの機会を捧げる言葉。
だから…優しいあの人がそれを無下にするはずはありません。
だけど…トレーナーさんの言葉は予想外のものでした。
「すまない…少し考えさせてほしい。…今の私にはその資格がない」
どうして?
私の事をあんなに優しく導いてくれたあなたがジェニュインの想いをわからないはずがないのに。
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※トレーナー視点
トレーナー室、いや、今は教官室となった部屋に戻った私は机に向かい、1枚の紙を取り出した。
トレーナー契約書。
ジェニュインらしい几帳面な字でウマ娘側の記載部分は全てうめられている。
あとは私が記載するだけで契約は成立する。
私は深々と溜息をついた。
ジェニュインに不満があるわけではない。
彼女の真面目さも、走りへの熱意も。その裏側の脆くて繊細なところも。
私は知っている。
教官として担当したウマ娘達のうち、一人は学園を去り、残る5人のうち4人には担当がつき。
最後に残ったのがジェニュインだった。
だからといって彼女の素質が劣っていたという事はない。
むしろ優等生ぶりは評判だったし、真っ先にトレーナー契約の申込みが来たのも彼女だった。
だが、彼女は次々に舞い込んでくるトレーナー契約の申し出を拒み続け…私のチームの最後の一人になったところで私に契約を持ちかけてきたのだ。
”あなたの本当の担当バになりたいです!私のこの気持ちは本物です!だから模擬レースで勝ったら!私を担当してください!”
その覚悟が本物である事はよくわかっている。
トレーナー契約を拒み続けた結果、いまや彼女に契約を申し込むトレーナーはいなくなってしまった。
ウマ娘にとってそれがどんなに致命的な事かわからないほど愚かな娘ではない。
もっとも…気負いすぎて肝心のレースでガチガチになってしまうのも彼女らしいのだが。
ジェニュイン。私は君の想いに値しないんだよ。
トレーナーは担当ウマ娘を一番に想わなければならない。
それはトレーナーとして最初の、そして最大の義務だ。
だが、私の中には常にサンデーサイレンスがいる。
もちろん、恋人と担当バは違う。
しかし、常にジェニュインを優先できるかというと…私には自信がない。
そんな状態でジェニュインの指導にあたるのはジェニュインとサンデーサイレンス。
2人に対する裏切りではないだろうか。
ミダス王の手。そんな逸話を思い出す。
強欲の代償に触れるもの全てが黄金と化す呪いを受けた王の話だ。
最愛の恋人と自分をトレーナーにと一途に慕ってくれる才能豊かなウマ娘。
誰もが羨むだろう。
そして、サンデーサイレンスに続いてジェニュインもG1を勝てば、私のトレーナーとしての名声は不動のものになる。
正直に言って私のトレーナーとしての世間的な評価はあまり高くない。
サンデーサイレンスというあまりに特異なウマ娘を指導した事、そしてアメリカでの経験がそのまま日本で通用するかが未知数だからだ。
しかし、ジェニュインが勝てば。
私の指導力に疑いの余地は無くなる。
賞金。若き天才という名誉。有望株のウマ娘をスカウトする事も遥かに容易になるし望むならメジロのような名家のウマ娘すら担当できるだろう。
そしてさらに順風満帆のトレーナー人生を…
想像の私がバスローブ姿でワインを傾けながらキラッと歯を輝かせたところで私は苦笑して妄想を打ち切った。
私自身の名誉などどうでもいい。
サンデーサイレンスが一生分の栄光を与えてくれた。
それに…私としては教官の仕事のほうがどちらかといえば性に合っている。
ウマ娘それぞれに夢があり、素質や体質の面でG1は難しいにしても…なるべく彼女達の夢を叶えられるように指導するのはやりがいのある仕事だった。
学園を去る事を決めた娘にも、ここで過ごした事が無駄ではないと。君の努力は嘘ではないとできる限り伝え、新しい進路選びにもできる限り付き合った。
トレーナーと比べて軽視されがちな教官だが、私にはちょうどいい。
私は改めて深く嘆息するとトレーナー契約書を眺めた。
ジェニュインは素晴らしいウマ娘だ。
”本物”を求める彼女を”偽物”の私がどうして指導できるだろうか。
幸いにも信頼できるトレーナーの伝手はある。
ジェニュインを指導してくれるよう頼みこんでみよう。
そして、トレーナー契約書をしまい込もうとしたところでトレーナー室の扉が砲撃のような凄まじい音を立てて開く。
サンデーサイレンス。
私の恋人が金色の目を爛々と輝かせてそこに立っていた。
ここまでお読みいただいてありがとうございます。
番外編にも関わらず読んでいただいた皆様には本当に感謝しています!
次回もぜひお読みいただければと…!
【設定について】
トレセン学園には大学としての機能もあるというのは原作でも語られていたのでトレーナー養成課程は当然あるだろうなと思い、サンデーちゃんがそこに進学する事を決めたという設定にしています。
ウマ娘がトレーナーになるのは珍しいが0ではないと原作でもあったと思うので。