【完結】マンハッタンカフェのそっくりさんをスカウトした転生トレーナー 作:クスクス
順風満帆。
勘違いでサンデーサイレンスをスカウトしてしまったが…彼女とのレース生活はそう言い表すしかないほど順調だ。
未勝利戦、OP戦、G3レースを大差で勝ち抜き、全日本ジュニア優駿への出場権をあっさり手にした。
アプリだと当然と思われるかもしれないが、これは快挙だ。
憧れながらも一度も走る事なく学園を去るウマ娘も多いG1への出走、そして勝負服を着る権利を手に入れながら彼女は当然と言わんばかりに平然としていた。
また、彼女のトレーニングも順調そのものだ。
彼女に初めてトレーニングメニューを渡した時「…これは私を見て作ったものではありません」と破り捨てられた時は困惑したものの、考えてみれば彼女のデータを見て作ったものであり、それで済むようであれば私の存在意義などない。
彼女のこれまでのトレーニングを実際に見せてもらい、二人で切磋琢磨しながら一から彼女にあったトレーニングメニューを作り上げていくのは充実した日々だった。
彼女は強靭な意志力で食事制限やハードなトレーニングにも良く耐えるし、技術面での飲み込みも早い。
弱音をこちらに見せないように押し隠してしまうのでオーバーワークにならないように気を配るだけでよかった。
彼女は日々強くなり、私達の絆は一刻ごとに深まる。
まさにトレーナー冥利に尽きるといえるのだが…
問題もある。
そして、それはトレーナー室に敷いたマットに横たわり、無防備にその脚を差し出している彼女だった。
きっかけは今朝の事だった。
朝練を始めようとした時、彼女がわずかにふらついたのだ。
昨日は彼女がトレーニングの負荷を高める事を強硬に主張したので渋々それを承諾したのだが、やはり無理があったらしい。
朝練は中止。今日は軽いトレーニングに切り替える事を伝えている時、そういえば疲労回復にはマッサージが有効だと学んだのを思い出し、ついこう提案してしまったのだ。
疲れているようだから私のマッサージを受けてみないか?と。
言ってしまってからふと気づく。
治療のためとはいえ、年頃の少女の脚に触れてもいいのか。
だが彼女はその金の瞳をわずかに細めると「…よろしくお願いします」とつぶやいた。
これまでの付き合いで彼女が喜んでいるという事がわかった。
彼女は大きく表情を変える事こそないが、実はとても表情豊かな少女なのだ。
結局…授業が終わってからトレーニング室でマッサージをする事になってしまった。
とにかく約束してしまったものは仕方がない。
そっと手を伸ばして彼女の脚に触れる。
陶器のように白く滑らかで本当に血が通っているのか不安になるほどだ。
ウマ娘の脚というのは…芸術だと思う。
この脚のどこにあれほどのスピードで走る力が秘められているのか。
その神秘性と、日々のたゆまぬ鍛錬で鍛えられた努力の証。
彼女の脚に触れる事は彼女の歴史を知る事と同じだった。
柔軟な筋肉の感触に彼女がいかに心血を注いでこれを造り上げたのか、そして私と過ごしてどう変わったのか、それを知る事につい夢中になっているとサンデーサイレンスがわずかに身じろぎした。
我に返ると不安そうに金の瞳を揺らめかせるサンデーサイレンスと目が合った。
いかん…つい夢中で触りすぎた!べたべた触るだけでいつまでもマッサージが始まらないのではセクハラではないか。
どうフォローするか頭を悩ませていると、彼女が口を開こうとする。
ここは潔く謝るしかない。先手で謝罪してそれ以上追及できなくする作戦でいこう!
「…やはり醜いですか?私の脚は…「すまない!とても綺麗で見とれてしまった!」え…?」
だが、彼女の口から放たれたのは予想外の言葉だった。
醜い?
彼女の脚が?
予想外の発言に当惑する。
だが、それは彼女も同じようで私の綺麗という言葉に困惑しているようだ。
彼女の目をしっかりとのぞき込む。
不安げな彼女の瞳に私の姿が映りこみ、いつもの金の煌めきを取り戻していく。
再び愛おしい彼女の脚をそっと撫でる。
彼女の努力を、その結果を醜いなどと他ならぬ彼女には二度と言ってほしくない。
この気持ちだけは伝わってほしい…たとえセクハラで契約解除されても!
「君の脚は美しいよ。この柔軟性、均整の取れた筋肉は一朝一夕で出来上がるものじゃない。それは君のたゆまぬ努力の結果だ」
彼女の目が見開かれる。
「たとえ誰が何といおうとも私が保証する。君の脚は美しい。それは私にとって1+1が2であるように、太陽が東から昇って西に沈むのと同じくらい自明な事なんだよ」
彼女の透き通るような白い肌に血の色が差し、ほのかに赤くなる。
これは怒らせてしまっただろうか。
べたべた脚を触ったあげく気持ち悪いポエムまで言ってしまったのでは当然か。
「私の脚が美しい…なんて言ったのはあなたが初めてです」
彼女がぽつりとつぶやく。
「それは光栄だ…でもきっと今に私だけじゃなくなる。G1という大舞台で君の走りを見ればきっと皆そう思うはずだ」
これは私の本心だ。というか担当ウマ娘とトレーナーがイチャイチャしていても「推せる~!」ってなる狂人だらけのウマ娘ファンなら絶対にそうなる!
そんな私を見て彼女はくすりと微笑む。
「私にはあなただけでも…それよりそろそろマッサージをお願いします」
どうやら許してくれたらしい。
何と寛大なウマ娘なのだろう。
自身の担当ウマ娘の懐の広さに感謝しつつ愛情をこめてマッサージをする。
それなりに苦痛を伴うはずなのだが…サンデーサイレンスは幸福そうに私を眺めていた。
やがてマッサージを終えると彼女は立ち上がり軽くステップを踏む。
彼女の持ち味の柔らかな筋肉の伸びやかな動き。
どうやら多少は効果があったようで胸をなでおろす。
「…よくなりました。これなら予定通りのトレーニングを」
そんな事を言い出す彼女を慌てて止める。
結局短い議論の末、なるべく脚に負荷がかからないトレーニングの負荷を少し増やす事で決着した。
彼女は妥協を知らないので、常に何パターンもトレーニングメニューを用意しておく必要があるのが難しい部分でもあるが、やりがいでもある。
そんな愛バを支えられる事を誇りに思いつつ彼女を追ってトレーニングに向かうのだった。
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※サンデーサイレンス視点
トレーニングを終えて寮に戻り、自室で自分の脚を眺める。
少し不格好にねじれている私の脚。
でも今日は愛おしくどこか特別に誇らしく感じられる。
私の脚を芸術品でも眺めるかのように真摯な顔で見て、触れていたトレーナーさんの顔を思い出す。
本当は自分の脚を醜いなどと思った事はない。
この脚で自分は他のウマ娘をねじ伏せてきたのだから。
でも、あえてしおらしく聞いてみたのは、彼がどう思っているのか本当の事を聞いてみたかったから。
「君の脚は美しい…冴えないですねトレーナーさん」
そんな憎まれ口を叩いてみるけれど。
そう、本当に子どものような飾らない言葉。
その声、その態度を見たら、本気でそう思っているのがわかってしまう。
…困ってしまいます。
だってこんなにもその言葉が私の胸を焦がすから。
トレーナーさん。
誰にも声をかけてもらえずにいた私に、走る意志があると、名バになれると言ってくれた人。
孤独に走っていた私に手を差し伸べてくれた人。
そして、私だけの誇りだった脚を褒めてくれた人。
壁にかけてあるカレンダーを見やる。
まもなく初のG1を走る事になる。
そう思うと自分の中の得体の知れない何かが騒ぐのを感じる。
この衝動が導く先にきっと”楽園”はある。
このG1を取り、そして米国3冠へ。
さらにその先へ。
無数の勝利を貴方に。いや、貴方と。
「…一緒に行きましょうね。トレーナーさん」
そうつぶやいて私はあなたの顔を思い浮かべて眠りに落ちる。
明日、貴方に会える事を心待ちにしながら。
楽園はカフェのテーマですが…彼女はあの子を追っているので当然サンデーも楽園を追っているのだろうなという事で彼女のテーマに取り入れました。