【完結】マンハッタンカフェのそっくりさんをスカウトした転生トレーナー   作:クスクス

21 / 22
大変お待たせしたにも関わらず短くてすみません…
区切りがちょうどよかったもので…


EX3 狩りのとき/温泉旅行(前編)

※サンデーサイレンス視点

 

薄明の中、私は目を開いた。

静かな喜びが身体を満たすのを感じる。

だって今日は…待ち望んだ日。”狩りの時”ですから。

開け放った窓から冷たい冷気に混じって微かな春の香りをかぐ。

今日のこの香りをきっと何度も思い出すでしょう。

だって…今日は私を捧げるのですから。

微笑んで私は身だしなみを整えにかかった。

 

寮のシャワーを使ってから私は部屋で身づくろいを続けた。

身体は念入りに清めてある。

そっと身体を伸ばしていく。

つま先から、足首、ふくらはぎ、膝、太ももまで一つ一つ…私の形を確かめるように。

レースで走る前に欠かさず行ってきた儀式。

その時と変わらず、私の脚はしなやかで柔軟で。そして…強い。

そっと自分の脚を撫でる。

あの人がいつもどんなに慈しんでこの脚に触れてくれたかを想いだす。

 

”君の脚は美しい”

 

そして確信に満ちた声も。

私の孤独な誇りを。誰もが醜いと蔑んだこの脚を認めてくれたあなただからこそ。

私はあなたに捧げたい。

私の全てを。

 

背中をそらし、ゆっくりと息を吸う。

同様に上半身も入念に点検する。

傷跡の残る腹部も。

慎ましい胸も。

全て私の一部であり、誇らしいものだから。

そしてあらゆる筋肉が以前と変わらず獣の滑らかさと静かさを持っている事に満足する。

 

私は美しい。

 

それもあの人が私に気づかせてくれた事でした。

身体を起こすと髪を優しく梳かす。

 

以前は何とも思っていなかったけれど…あなたが私の髪に触れて褒めてくれた時から宝物になりました。

だから今日は。くまなく愛してほしい。

 

身支度を終えた私は部屋を見回す。

もう間もなくこの部屋は引き払うことになる。

ここを出て…あの人と二人で暮らすのです。

 

だから…哀しくはないけれど。

馴染んだ部屋を去るのは…やはり寂しいと思いました。

二人で勝ち取ったトロフィーとケンタッキーダービーで送られた花束。

そして、旧友達からの手紙。イージーゴアとの写真。

来た時はほとんど私物も無くてがらんとした部屋だったのに。

いつのまにか想い出で溢れてしまいました。

だから証が欲しいと…そう思います。

ここから出てあなたとこれからも歩いていく証が。

 

足元に転がっていた卒業証書を棚に置くと、鞄を手に取ります。

1泊2日の旅行には少し多い荷物。

私の”魂”を収めたそれを手に取り…それから再び棚に近づくとネクタイピンのケースを手にしました。

レースで私を支えてくれた愛の証。

慎重に蓋を開け、変わらぬ輝きを放っている事を確かめると…私はケースを鞄に入れました。

 

これで準備は整いました。

待っていてください。

あなたの猟犬が獲物を捧げます。

この”私”自身を。

でも。

もしあなたが受け取ってくれないのなら…

その時は…私が悪い狼になってあなたを食べてしまいますよ…?

 

私はあなたのもの。

そしてあなたは私のものですから。

 

────────────

 

──────────

 

────────

※トレーナー視点

 

待ち合わせ時刻の5分前。

駅の広場でサンデーを待ちながら心地よい日差しを楽しむ。

 

私を快く送り出してくれたジェニュインの言葉を思い出す。

 

『私の事は気にしないでください!むしろ私を言い訳にして自分を偽らないでください!』

 

”怒りますよ!”と怒ったマーモットのようなジェスチャーをしたジェニュインを微笑ましく思いながら、ふと考えた。

偽らない気持ちか。

トレーナーとしてではなく一人の人間として。

私はサンデーサイレンスの事をどう思っているのだろうか。

 

まず真っ先に思い浮かんだのは敬意だった。

過酷な運命に屈しない闘志と独り自分の道を歩む雄々しさ。

どんな時でも顔を上げて前に進む彼女を私は尊敬している。

 

そして、彼女の不器用な優しさを想った。

彼女は決して屈しないから、時には傲慢に見えるかもしれない。

だけど…本当は人一倍優しい娘なのだ。

事故にあい、走れなくなった旧友の夢まで負って彼女は走ってきた。

自分の最大のライバルのイージーゴアに手を差し伸べた。そしてジェニュインから逃げようとした私を叱ったのも彼女だ。

 

それから…無邪気な少女としての彼女を。

ペパーミント味のキャンディーに目を輝かせ、私を悪戯で困らせて笑っている彼女を。

 

最後に恋人としての彼女を想う。

私となんでも分かち合いたいといった彼女を。

共に楽園を歩みたいといった彼女を。

 

そこまで考えて…私はサンデーがこちらに向かってくるのを認めた。

黒のトレンチコートと柔らかなニットに身を包んだ彼女はどこか大人びて見えた。

軽く手を振って合図をすると彼女がその金の瞳を輝かせ、足早になり…最後には駆け足で私のもとに飛び込んでくる。

彼女を抱きとめると、彼女は少しの間、堪能するかのように大人しく私に抱かれていたが…

やがてするりと身を翻して、私の腕に腕を絡めた。

そして。悪戯っぽく笑いながら私に囁く。

 

「お待たせしました…それでは行きましょうか。”あなた”」

 

そうか、もう私は彼女の”トレーナー”ではないのか。

そう思った途端、より彼女が身近になった気がした。

まるで鎧を脱いだかのように。

 

そして彼女をどう思っているか悩むなど無意味だったと気づいた。

愛している。この温もりを。

それが全てだった。

 

私も柔らかく彼女に微笑むと声をかけた。

 

「じゃあ、行こうか。…荷物は私が持つよ」

 

そして、彼女の荷物を受け取ろうとするが…。

 

「だめです。あなただけに重荷を背負わせるなんてできません」

 

愉しそうに、だけど断固たる口調でサンデーが答える。

こういう時、彼女に何を言っても無駄な事はよくわかっている。

私は頷くと、一緒に駅に向かって歩きだした。

 

うららかな小春日和に温泉…

そう思うと心が躍るのを感じる。

きっとサンデーにとっても楽しい旅行になるだろう。

 

 




GW中には後編を投稿できるかと思います。
どうかお付き合いいただければと…!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。